二月の聖戦
「とうとう我々が主役となる2月がやってきた!今年こそは憎きアイツ等を叩きのめすのだ!」
「おぉ!!」
梱包された袋の中で一人…いや、一粒の豆が拳を握りしめ声高らかに宣言した言葉に周囲の者達…いや、豆達も雄叫びをあげる。
彼らは……そう豆である。
二月は彼らにとって主役となれる日がある。日本古来より伝わる鬼払いの儀式-----節分。
彼らを投げる事で邪気を払い、福を呼び込む神聖な儀式である。いつもは脇役と言っても過言ではない彼らがこの日だけは注目を集めるのだから彼らの気合いも尋常ではない。
ただ……彼らにはライバルがいる。
二月と言えばもう一つ彼らと種を同じくする者達が活躍する日、そうバレンタインがあるのだ!
そして、梱包された豆達の側にはきらびやかに着飾ったカカオ豆使用チョコレート達の姿。
まさに一触即発。
「ふんっ、お前らはすでに豆としての原型なんてないじゃないか?それとも、着飾らないと俺たちには勝てないのか?」
睨み付けるように豆達がチョコレートを挑発する。
「はははっ、君達は私に勝とうなんて…ふっ」
けれど流石は加工品、品位が違うと余裕の笑み。
「ぐぐぐっ………」
その余裕の姿に歯軋りするリーダー豆、何だかんだで未加工品の豆は地味なことには変わりない。
「俺達は素の自分で勝負するのさ!」
「そうだ、俺たち本来の味を知ってもらうんだ!」
「それに俺達は福を呼び込める!」
自分達の存在価値を次々と言い放つ豆達。
けれど、チョコレートは彼らを鼻で嗤う。
「それで、年末の大掃除に君たちの仲間が干からびて見つかるのかい?食べられもせずに---哀れだねぇ」
その言葉に先程までの威勢がなくなる豆達。
「…………ぐっ、言ってはならないことを!」
確かに年末の大掃除にテレビやタンスの隙間から発見される豆を見ると何だかやるせない気持ちになる。
「だが、それでも彼らは邪気を払った英雄だ!」
リーダー豆が暗くなった豆達を鼓舞する。
「そういう、お前はどうなんだ?」
「愛を産み出すのさ」
遠くを見つめながらキラキラと瞳を輝かす。
「えっ?お前が?」
「いやいや、ないわぁ~。それはない」
「な、何をいってるんだい?バレンタインデーのチョコと言えば告白、愛を確かめ合うことだろ?全く、これだから野暮ったい豆ときたら---」
鼻で嗤うチョコレート。
けれど豆達はチョコレートの発言にキョトンとした表情で瞳を瞬かせて直ぐに盛大に笑い出す。
「えっ?お前が?愛を確かめ合う?あはははっ、面白い冗談だな。まさか本気じゃないよな?」
リーダー豆の問いに不愉快そうに
「……本気だが?」
答えるチョコレート。だが、その答えに---。
「「ない、ない、ない、ない」」
豆達は口を揃えて首を横に振る。
「な、何故だ!チョコレートだぞ!しかもラッピングまでされて着飾ったチョコレートだ!何を根拠に否定する!」
声を荒げるチョコレートに豆達は「マジか?」、「アイツ自分を分かってないぞ」小さな声で不憫そうにチョコレートを見ながら口々に言い合っている。
「お前……本当に分かってないのか?」
リーダー豆が代表して訊ねる。
「何がだ!」
声を荒げるチョコレート。
「うん?そういえばお前はどこ産だ…コートジボワールかぁ、お前、漢字を読めないだろ?」
リーダー豆の問いに「ぐっ…そうだが」と悔しげな表情を浮かべるが直ぐに自分の成分に日本産があることに気づきチラリとリーダー豆に視線を向ける。
「一応、クォーターだ」
「どうでもよいわ、そんなこと」
すかさず突っ込むリーダー豆。
「…っで?漢字が読めないだけで私の価値が下がるとは思えないのだが?」
きらびやかに包装された姿を見せつけるチョコレート。けれど、豆達はその姿に失笑している。
「何がおかしいのだ!」
何故、失笑されているのか分からず怒りを露にするチョコレートにリーダー豆は「やれやれ…」と溜め息を吐きながら包装紙に書かれた大きな文字を指差す。
「その漢字な…【義理】って読むんだ…でな、お前さんに書かれてるのはな【職場、友達に義理チョコお徳用】だ…つまりな、愛だの告白など無縁のとりあえずなんだよ、お前さんは」
「なっ…!?」
絶句するチョコレートに失笑する豆達。
唯一の誇りを失ったチョコレートの落ち込む姿に豆達は勝利の宴に酔いしれる。
「勝ったな」
「あぁ、俺たちの勝ちだ」
包装された袋の中で喜びを分かち合う豆達であったが、リーダー豆だけは少し浮かない顔をしている。
「どうした、リーダー豆?」
それに気づいた豆の一人が声をかける。
「いや…な」
歯切れの悪いリーダー豆。
首を傾げる豆にリーダー豆は心の中で不安を隠しきれない。何故か?それは豆達にとっての節分には今、新たなライバルがいるからだ。
チョコレートや豆達とは住む場所が違うため出逢うことは本来ならあり得ない。
けれど---。
「やぁ、時代遅れの節分豆じゃないか?」
不意に声が聞こえた。
嫌な予感と共にリーダ豆が振り替える。
そこにはこちらを見下す色黒の姿があった。
「貴様か…」
リーダー豆は直ぐに気づいた。
最近、この時期に現れて豆達の栄光をかっさらっていく恵方巻きの姿がそこにあったのだ。
勝ち組だけが乗れると呼ばれる【買い物かご】、そこで他の仲間と共に優雅に運ばれながら見下ろす姿は豆達の自尊心を気づけるには十分。
「お、俺たちの居場所が…」
祝勝モードだった豆達が一気に奈落の底に叩き落とされる。二月のライバルはもはやチョコレートではなかった。
所詮、チョコレートとはイベント違いでなんだかんだ言って住み分けは出来ていた。
だが、しかし…。
いま、目の前にいる恵方巻きだけは違う。
被るのだ。
同じイベントであり、昨今の流行りは恵方巻きに傾いている。今年の恵方を向いて無言でのり巻きを食べ切ると言う何ともシュールな光景が何故か流行っているのだ。
「貴様さえいなければ我々は英雄になれるものを」
苦々しげにリーダー豆が呟く。
「時代の流れは残酷だな」
勝ち誇ったようにリーダー豆を見つめる恵方巻き。
「くっ…我々の敗けなのか」
膝を屈するリーダー豆の姿に他の豆達がすがるように近づいてきて彼に声をかけるが彼は静かに首を横に振る。
「そ、そんなぁ…リーダー!」
その姿に絶望に包まれる豆達。
だが、そんな時--奇跡は起こった!
天から伸びる一筋の光が彼らの入った袋を手に取り【買い物かご】へと導いたのだ。
「えっ?」
「何が起きたんだ!」
「これは夢か?」
今の現状を理解できずに豆達は驚きを隠せない。
「いや、夢じゃない。これは現実だよ」
その声に振り替えると恵方巻きが和やかな笑みで豆達に手を差し伸べていた。
「え、恵方巻き…これは一体?」
リーダー豆ですら現状を理解できずにいる中で恵方巻きは苦笑混じりに大空を見上げた。
「日本人はイベント好きだからな」
そう、もはや伝統行事は日本人にとってイベントでしかない。なら、どちらか一つではなく両方を楽しめばいいじゃないかという発想が日本人なのだ。ビバ、事なかれ主義。
だが、その日本人気質に彼らは救われた。
「恵方巻き、今年もよろしくな」
「こちらこそ」
互いに和やか笑みで称え合うのだった。
---ちなみに真実はと言うと…。
「もしかして、今日の夕飯これだけじゃないよね?」
ドンッとお皿に乗ったぶっとい海鮮恵方巻きとお吸い物だけが置かれたテーブルに悲しげな表情を浮かべる。
「だって、今日は節分でしょ?」
「いや、まぁ、そうなんだけど…ツマミぐらい」
ビール片手にがっくりと項垂れていると豆の入った袋をそっとテーブルの上に置かれる。
「なら、これをおつまみにしたら?」
まぁ、節分だからね。
そして哀愁漂うお父さんが寂しげに豆をつまみに一人寂しくビールを飲むのでした。
きっと、こんな家庭も多いはず(笑)
がんばれ、世のお父さん。