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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第2章 『忙しない夏休み』
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赤き女性

 気が付いたらここにいた。

 誤解されそうだから一つ訂正するが、別に寝て起きたらここにいたとか、そんなファンタジーや夢遊病な類でない。日が出る前に起床し、意識を持ったまま出かけた。ただ目的もなくどことなくフラフラと歩いていたら、ここに辿り着いた。

 結果的には良かったかもしれない。近いうちに行く予定だったから。


 新聞に載っていた十五年前の事件の場所。


 町を展望できる山の上の公園と、その崖下。木で作られた展望台が崖にせり出すようにあり、体半分位の高さの木の柵が三方を囲むようにあり、そこに手を置く。木々の匂いが鼻を擽り、開けた空間から風が吹き抜け、皮膚を、髪を撫でていく。眼下に広がる街はミニチュアみたいに小さく見える。

 下にいるのと違い逆に空が大きくなる。雲一つ一つの動きがはっきり見える。赤みがかかった雲と青い空が混じり合い、幻想的な世界へと誘われているようだ。

 朝焼けなんて初めてかもしれない。


「黄昏というやつか」


 少ない知識を絞ってそんな言葉を呟く。でも「黄昏」は夕方に使う言葉だったような。まあどっちでもいいか。

 まともに空を見るのは久しぶりだった。何も考えず、時間を忘れ、この景色を眺めていた。暫く経ち、辺りを見回すと、ふと展望台の角に視線が止まった。

 一束の花束が置かれていた。

 それが十五年前の事件の献花だと考えた。

 悼む人が今になってもいるのか。

 感心と嘲笑。


「今。笑ったね」


 心臓をギュッと掴まれたような圧迫感に襲われる。振り返った瞬間、目と鼻のがぶつかるくらい近くに女性がいた。

 咄嗟に下がろうとしたが両腕をガシッとつかまれた。喉を絞めつけられるように息苦しくなる。

 一体何だというんだ。

 燃えるような赤い瞳が俺を舐めるように睨む。


「ふーん。あなたはもう受けているか」


 何か気が付いたように言葉を吐いた。鑑定は終わったのか、赤い瞳を俺から逸らして、ゆっくり両手を離す。同時に体に襲っていた恐怖から解放された。地面に膝が落ちていき、ガクッと前のめりに倒れた。手の平にはべっとりと汗が浸っていた。


「へえ。この格好で意識を保ったのあなたが初めてかも」


 一歩下がりながら、物珍しい目線でフムフムと頷く。


「おまえ」


 体がガタガタになりながらも、敵意を向ける。


「何? あなた、さっきあの花束に対して一瞬でも笑ったね」


 赤髪の女性は、赤い瞳を大きくし、見つめ返してきた。途端に周りの空気が重くなる。今度は地面に押し付けられるような圧迫感。崩れそうな体を必死に歯を食いしばって堪える。


「別にいいけどね。私もあなたと同じ気持ちあったから」


 パッとまた拘束を解く。体の緊張が解けて、地面に腕をついた。四つん這いにならざる終えなかった。

 顔だけは何とか起こすことができた。

 セーラー服姿の彼女は、のうのうと後ろで腕を組んで突っ立ている。あいつが何者か分からないが、普通の人間ではない。それだけは分かった。


「頑丈ね。アレの影響で強くなったとかではなさそう。元々精神は強い方なのかな」


 先程の攻撃と言えるような現象は、やはり品定めしていたみたいだ。女性は含んだ笑みを浮かべる。


「この時間帯に来るなんてね。普通の人とは違う目的だね。最もこのように私に会えることすら特別なんだけど」


 彼女は全てを知っているように違う次元から話を続けている。


「……」

「何か言いたいことあるみたいな表情だけど」


 今更かよ。色々あるが込み上げる言葉を喉元で止める。今回は言葉を選ぶ必要がある。何か彼女の琴線に触れると先程の威圧を食らうわけにはいかない。


「お前が何者なのか知りたい」


 女性は口角を上げたあと口を開いて笑う。


「あなたはそれを知っていて訪れたわけではないの?」


 質問に質問で返される。


「なんとなくだ。確信にならない」

「それは私の口から言っても確信に変わるわけではない。私が嘘をつく可能性だってある。言葉だけで信じられる程、あなたは純粋ではない」


 突き返された。そう簡単に答えてくれるわけではないか。自然と眉間に皺を入れて考え込む。


「そんな難しい顔しない。考えなくていいって。それより今日の朝焼け綺麗じゃない?」


 呑気に東の空を指さす。

 オレンジ色に染まった空に、溶け合うように染まる雲。


「今日のはじまりを祝福しているよう」


 赤い髪が風により後ろになびく。ほんのりと白い肌を赤く染め、うっすらと微笑んでいた横顔。


「君もそう思うよね」


 すっと振り向いてウインクする。


「……」


 無言だ。だが景色が心を震わされるのは否定しない。こいつも全く行動が読めない。警戒心を強く鋭い視線を維持すると、女性は背を向けて歩き始める。


「ずっとこんな景色を何も考えずに見続けられたらいいのに」


 彼女は空を見上げた。

 こいつも何となく訳ありな人間なのは何となく察する。


「あなたはずっとそんな険しい顔しているけど」


 振り返って、不思議そうな笑みを浮かべる。態とか、それとも本当に気づいていないのか、それはないか。


「二回も敵意を向けられたら、警戒するだろ普通」


 少しは分かってくれると色々助かるが。


「そうね。確かにそうだけど。そんなことで一々警戒していたら人生楽しくないんじゃない」

「何を」


 そんなこと……。と言いかけて口ごもってしまう。


「あら。図星だったかしら」

「そんな訳……」


 ねえ、と言い切れなかった。口から出る瞬間に何か引き留められるこの感覚。

 ただこいつの口車に乗せられているだけだ。そう思わせておいてまた何か攻撃してくるに違いない。けど、なんだこの嫌な気分は、言葉にならない感覚は。


「葛藤しているね」

「……」

「それもそうね。これは時間がかかりそう」


 ゆっくりと両腕を横に広げ、一歩ずつ近づいてくる。途端に体が縛られるように動けなくなる。

 彼女は微笑んでいる。

 だがそれが恐ろしい。


「そんな警戒しない。あなたは私に似ている。だからちょっと力を貸そうと思ったの」


 一歩ずつまた一歩距離を縮める。

 そのたびに心臓の鼓動が上がり、気持ち悪くなる。


「……ッ」


 全神経を使うが全く抵抗できない。


「だからそんな警戒しないって言ったじゃない。もっとポジティブに」


 笑いかける赤髪の女性。だから尚恐ろしい。

 女性との距離は這いつくばる俺の目前で足を止めた。そしてスッとしゃがみ顔を鼻の先まで近づける。

 女性の息使いが届く、甘い匂いが鼻をそそる。それは如何に心地よくも思えても危険だ。


「ふふ」


 優しくうっとりとした表情。憐れむような眼差し。そしてそっと俺の頬に手を伸ばしてくる。逃げたい。けどそれができない。


「一体何なんだ。お前は」


 震える口がギリギリの抵抗を示した。けどそれしかできない。


「私、私は……」


 女性はそこで言葉を切った。


「……ふ」


 微笑みをやめて、無表情に移り変わる。何かに気が付いたのか他所の方向を一瞥する。その瞬間、女性は深いため息を吐いた。女性は立ち上がり、何も言わずに俺に背を向けて歩き始めた。


「おい。どこへ行く」


 返答は返ってこなかった。

 彼女はそのまま無言のまま歩き去った。


「!!!」


 直後壮絶な眩暈が俺を襲った。満身創痍の俺は抵抗できずに体は地面に崩れた。目を瞑っても回っている感覚。抜けない徒労感。そしてやけに熱い日差し。全身をあらゆる方向から襲う。意識が保つことなどできなかった。ゆっくりと意識が暗闇に吸い込まれていく。


「……ょう……ん」


 最後に遠くから聞こえたのが何なのか。知る由もなかった。


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