表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第2章 『忙しない夏休み』
8/47

初練習日

 夏休みに突入して数日。練習日初日。

 現時刻、集合時間予定時刻二分前、現在地自宅。忘れていた訳ではなく、面倒だから行く気がなかった。そもそも同意してない。

 あれは一種の恐喝だ。

 だが俺の家の場所が知らているから、とりあえず外出しないと確実に押しかけてくる。

 俺は重い腰を上げて、顔を洗いに洗面台に向かう。一度鏡越しで後ろを一瞥し、再度振り返って確認する。黒髪の女性はあれ以来現れていない。十五年前にあった事件、女子高生の変死体。

 その死んだ奴が俺に憑りついているという解釈でいいはず。実際写真にはその姿は写っていなかったから断定はできないが。


「ふー」


 でも直接解呪にはつながらない。他に情報を収集しないといけないが、正直どこから調べばいいか分からなかった。質の悪い悩みを抱えながら、私服に着替えた。財布とスマホをポケットに入れ、俺は玄関の扉を開ける。


「おはよう。響ちゃん!」

「……」


 俺はバタンと扉を閉めた。

 呪いだ。


「ちょっと響ちゃん!」


 ドンドンと扉を叩く音が部屋に響く。本気で悪夢としか思えない。俺は頭に手を当てて数分間、自分の浅慮を悔いた。



「渚さんの予想が完璧に当たりましたね」


 ソラの感動した言葉に、喜びを露わにするカジは、上機嫌に指を振りながら語り始める。


「そりゃ当然! 私が何年響ちゃんと一緒にいるって思っているの?」

「一週間だろが。ストーカー」


 何が昔からの友だ。


「ちょっと響ちゃん。ストーカーってひどくない?」


 怒った猿のように迫ってくる。


「そうだろ。関わった翌日には家に押しかけるって、ストーカーしかないだろ」

「友達って、家を知っているものでしょ」


 さも当たり前の様に答える。只の一片も間違っていないという、澄んだ瞳をしているから質が悪い。


「何なら私の家も教えるよ」

「興味ない」

「えー」


 ブーブーと口を窄めるカジ。どんだけ感情表現豊かなんだよ。もう呆れて反抗する気力も起きない。


「つうか。今日は学校で練習なはずだよな」


 予定では音楽室で練習だったはず、だが両隣で歩いている二人は外に出かけるような私服だ。カジに至っては白いワンピースに麦わら帽子と妙にシャレている。


「風間君が気にするとは」

「おい。それどういう意味だソラ」

「深い意味はないけど、行く気がない風間君が練習場所を覚えているからかな」


 そっちか。

 サボろうとしていた人間が覚えていると思えないからか。


「今日は予定変更して、近くの市民体育館が借りれたからそこでしようと思うの!」


 アクティブだな。この短期間でよく借りられたな。


「でもそこってピアノってあったけ?」


 俺の疑問を代弁してくれたソラ。


「そこは抜かりなく、ピアノが置いている体育館をゲットしたよ! ちゃんと使用許可もとったから」


 右目をパチンとウインクする。

 初回から張り切りすぎだ。


「おー」


 高速小刻み拍手をしながら、感嘆するソラ。

 お前は単純だな。


「はあ。ったく相変わらずの奔走ぶりだな」


 相手するだけで疲れる。


「それ褒めてる?」

「褒めてねえ」

「褒めてはないかな」

「ソラちゃんまで!」


 カジは衝撃のあまり、ずずっと一歩後ろに下がり、ガクッと跪く。俺はカジに背を向けて、笑いと若干の優越感を噛みしめてやった。


「おーい」


 子供みたいな人物が市民体育館前でピョンピョン跳ねている。

 よく見たら、子供っぽい保健医の久江だった。久江は水色のTシャツにジーパンというラフな格好だ。


「おい。あいつまで呼んだのか」

「先生をあいつ呼ばわりって、響ちゃん酷い」

「それは酷いかな」

「おまえはどっちの味方だ」


 ソラは口を濁し、明後日の方向を見て誤魔化そうとする。その横でニヒッと笑うカジ。

 一つ一つの行動が癪に障る。いっそう本気でぶっ飛ばしてやりたい。


「三人とも仲がいいことで」

「違うわ!」

「いいんだよね?」

「はい!」


 眉間に皺寄せる。頭を傾ける。元気に手を上げる。三者三様の答えに微笑ましくしている久江。本当何の集まりだよ。


「何しに来たんだ久江」

「それは当然部活顧問として」

「俺は管轄外だな」

「えー。君もだよ」

「何勝手に話進めてんだよ!」


 俺は久江の両脇を掴んで頭上近くまで持ち上げてやり、よく親が子供にする「たかいたかい」をしてやる。


「ちょ、ちょっと!」


 久江は子供の様に、両手両足をバタバタさせるが、俺にとっては子供の抵抗に過ぎない。

 全く身勝手すぎる。カジもそうだ。


「傍から見たら親子じゃん。年が逆なのが乙だけど」


 また面白おかしく指を差して笑う。どこが乙なのか。


「これって、色々すごい状況」


 いや見たままなこと反復して言うなソラ。


「何感心してんの! あなたたちは教師を何だと思ってんの!」


 ギャーギャーと暴れる保健医。感心する二人。どうも予想とは違う反応をするせいで、さっきの怒りが霞んできた。周囲から変な視線を感じた。興醒めした俺は久江を下げた。久江は頬袋をパンパンに膨らましていた。はち切れるんじゃないかと思った。



「ひろーい!」


 元気よく体育館に飛び込んでいったカジ。勢い良くハンドスプリングをし、着地に失敗して尻餅をついたあと、そのまま床にへばりつく。


「アハ」っと舌をちょこっと出す。


 ほんとバカだな。


「おおおおお」


 両手を高く上げて、トコトコと久江が走っていく。


「あ」


 何もない場所で躓き、でんぐり返りでペタンと座る。年齢に似合わず言動が子供だ。


「あいつら、バカだな」

「え」


 ソラが今にも走り出そうと腕を振り上げ、足をまさに一歩踏み出そうと前に伸ばしたまま固まっていた。


「……」

「……ソラ」


 こいつもかなり捉えどころのない奴だ。



「練習開始!」

「おー!」


 カジがピアノの前で元気よく腕を上げてガッツをし、他二人も腕を上げてノッているものの、俺は対照的に冷めた目線を送る。


「響ちゃん。ノリが悪い」

「んな軽いノリはしない」

「じゃあ重いノリならするの?」

「重いノリってなんだ?」

「例えば、掛け声に応答をしなかったら、一回ごとに一万二千円の罰金というのは」

「重すぎるだろ」


 現実の金を引き合いに出すか……。確かにそれなら掛け声に乗る可能性は……ないか。ノリで楽しめるレベルじゃない。あまりのブラックジョークに、子供っぽい二人の顔が引きつっている。


「あー。ごめん。これ響ちゃん以外の前で使えないね」

「俺の前ならいいのか」

「だってここまでしないと、突っ込まないでしょ」


 目的はそっちか。

 満足そうにニヤリとする姿に虫酸が走る。こいつの掌に踊らされてる感がやけに俺の気分を害する。


「それよりどう練習するつもりだ? ジャグリングとピアノを合わせるプランは?」


 無理やり話を変える。練習することに気が向かないが、こいつのバカ話に付き合うよりはいい。余計な時間などせず、目的をさっさと進める。


「それは響ちゃんが私にピアノを教えながら、そのピアノに合わせてソラちゃんが演技練習する」

「……」


 やる気のない俺が思うのもアレだが、カジの無策も酷い。行き当たりバッタリ過ぎる。


「曲は決めてるか?」

「その場のノリでいけるでしょ?」

「おまえ弾けるか?」

「教えてもらえれば」

「……」


 雑にも程がある。

 体育館を確保するまでの行動力を持ちながら、メインが歯抜け状態とは、いやここまできたら歯無しだ。しかもカジの表情に何も迷いがないのが、救えねえ。


「はあ」

「何で溜息をつくの?」

「何で溜息をつくの?」


 久江まで、俺の言動に不満を持つ。二人そろって首を傾げながら注視してきた。ここまで雑だと逆に、心配になる。あいつらのことではなく、ソラが心配だ。俺が多少協力してやる必要があるのではないかと考えてしまう。


「ソラ。何か曲の希望はあるか?」


 一縷の望みを求めて、パフォーマーの彼に縋ってみる。

 するとソラはポケットからオーディオプレイヤーを取りだした。


「一応参考にと曲は持ってきましたけど」


 首の皮が一枚繋がった。


「それなら、今日は曲を決めろ。でないと話が進まん」


 ハアとまた一つ溜息を吐いた。

 カジの無策さに頭を悩ませていると、にやにやと俺を見つめる二つの顔がある。


「なんだ?」

「いや、別に」

「別に」


 同時に後ろに振り返ってコソコソと何かを話し始める。本当に一々癪に障る奴らだ。一層全部放り出して、ここから今すぐ出ていきたい。

 けど雑すぎて、目を離すことが逆に収拾がつかずに、ソラが困り果てる気がした。


「ハア」


 俺の溜息は止まることが無かった。

 曲決めは、思ったより難航した。ソラが提案した曲が、基本的にJポップが多く、ピアノに変換しても、弾くのが難しい。かといって緩めのクラッシックにすると、ソラのジャグリングのタイプに合わないらしい。

 本人はアップテンポ派だった。

 教える俺はピアノ弾けない上に鍵盤が見えないし、曲の難易度を考えると二か月で形にするには骨が折れる。

 絶望が色濃くなる。

 だけどカジは「何でもいいから意地でも弾く!」と意気込みだけは一人前だった。その自信が危険でしかない。

 結論、カジのどこから湧いてきたのか分からない自信によって、ソラの希望のJポップ曲のピアノアレンジになった。

それで練習で、カジに弾かせてみたが……。


「えーっと、どやって弾くの?」


 鍵盤に手を翳したまま、目をパチクリとしている。


「そこから!? 耳コピは?」

「耳コピ? え? ちょっと頑張る」


 イヤホンを耳に突き刺して必死に聞きはじめる。全て聞き終えると、鍵盤に向き直り必死に弾こうと指を構えるが、表情が固まり額から汗がツーっと流れるていき。


「うー」


 鍵盤に頭から突っ込み、ジャラジャラガーンという不協和音と共に崩れ落ちる。


「ウオイ!」


 さっきの自信はどこに行った。


「他に何が弾ける?」


 顔だけを持ち上げ、泣きそうな表情を必死に堪えようとしてクシャクシャになっておらず、むしろニッコリと笑う。


「ごめん。やっぱり、最初に会った時のあの曲しか弾けないみたい」


 ちょこっと舌を見せた。


「ふ、ふざけんなああああ!」




 あいつ何のつもりだ。

 家のドアを乱暴に開け閉めして、布団に突っ込む。

 枕に顔を当てるが、あいつのふざけ顔が離れず、苛立ちが膨れ上がる。

 枕を掴み思いっきり投げつける。

 電子ピアノにぶつかり、派手に中の籾殻をまき散らしていった。

 それでもこの憤りは晴れることはない。

 物凄くやる気を見せていながら、全く弾けないとか何だよ。

 それで全部俺から教えろとか何のつもりだよ。

 幽霊に会いたいから俺と友達になりたいとか何だよ。

 思わせぶりして能力ないからってなんだよ。

 あいつもただ目立ちたいだけで俺を出汁に使うなよ。

 ソラが不憫だろ。

 あいつは真面目にジャグリングやってんのに、そのパートナーのお前がそんなんじゃ不安になるだけだろ。

 俺が弾けないってなんだよ。

 俺が呪われてから最悪だ。

 怒りが憤りが憎しみがひどくひどく心をかき乱す。

 明日も練習するって言った。

 こんなの無理だろ。

 絶対行くか。

 どっか逃げるか。

 大きく深呼吸し、ベットに寝転がる。

 場所を知られている以上、居留守は無理だ。

 早朝に家を出てどこか行くか。

 とりあえず予め目覚ましをセットする。

 寝返りをうって仰向けに寝転んだ。

 白い天井をボーっと眺めながら考えた。

 ぱっと思いつかない。

 さっきまで荒れていた気持ちだったから、さっぱり思いつかない。


「どこにするか」


 結局何も出てこない。

 何も進展することなく、意識が薄れていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ