学校三大不思議 1
放課後、俺は廊下をのんびり歩いて、カジの指定場所を目指す。
あいつの指示通りに行動すること自体腹立たしいが、無視をしたら、また厄介なことになりそうだ。そっちのほうが面倒だ。
「で、何でついてきてんだ。ソラ」
俺の後方、大体十メートルくらいの距離で、物陰に隠れながらついてくる青年がいた。
「なんか放課後暇だし、適当に絡んできてもいいって言ったから、適当に……」
「適当すぎるだろ。露骨な尾行にも程があるだろ。どこの三流暗殺者だよ」
適当にとは言ったが、こいつもカジと違う方向で天然だな。俺は頭を掻きながら、つっ立っている青年の姿を確認する。カジ程の悪影響は無いだろ。
「わかった。適当について来て構わない」
「ありがとう」
全く不思議な感じだ。感謝される言葉なんて一言も言っていないのだが。むず痒い感覚の俺と、機嫌の良さそうなソラはのんびりと廊下を横並びで歩いていく。会話はあれっきり無い。当然俺から話を振る話題も無いが。
そんな微妙な空気のまま、気がついたらオカルト研らしき場所に到着した。
らしきと言う理由は、いかにも怪しげな雰囲気が漂っているからだ。元は普通の教室のはずだが、窓は黒いカーテンで覆われ、鉄格子にはやたらと何か文字やお札っぽいのが貼られている。入口の近くには悪趣味な髑髏が置かれていた。
異様な空気が中から漏れているのを肌で感じる。
「うあー。いかにも怪しい。ここがオカルト研?」
ぽかんと口を開けるソラ。
「……じゃなかったらおかしい」
むしろ別のクラブだった場合、そのクラブの名前を是非とも聞いてみたいレベルだ。
待ち合わせで放課後すぐと言ったから、そのうち来るだろうと予測して教室前に立って待つ。
十分程ここで待ったが、一向に来る気配はなかった。予定ではもう時間が過ぎているが、カジの奴は姿を現さない。
あいつ自分から指定したくせに遅刻するとは、どういう了見だ。
イライラが蓄積される。
「……遅い」
俺は待たされるのが嫌いだ。
黒く覆われた教室を背にして、腕を組み何度も左右を見渡すが、人っ子一人現れない。
「もう少し待てば来るかもしれないと思う」
ソラはそう言ってくれるが、俺は我慢の限界だ。
「何やら大男が二人立っていると思ったら、風間君か」
突然後方から馴染みのある女性の声が聞こえる。
振り返ると、背の低い白衣を着た子供に近い大人が、暗幕から顔をひょこっと覗かせていた。
「何だ久江か」
目的の人物では無いことに、冷めたい目線を送る。
「また先生を呼び捨てする!」
ピョンピョンと俺の顔にでも掴みかかろうとするが、全然届かない。そんな日常茶飯事のやり取りを聞き流す。
「つうか、久江はここの顧問か」
俺は目の前の陰気臭い部屋を指さす。
「だから呼び捨ては……、はあ。まあ今はね。といっても代行だけど」
諦めた結果、重いため息をついて肩を落としたあと、自然体に戻る。
「代行?」
「ちょっと前任の先生が転勤して、代わりが見つかるまで私がオカルト研の担当しているの。といってもあんまりすること無いけどね」
腕を組んで決め顔をする。
全然知らなかった。もとより知る気もあんま無かったが。
「それで隣の子は? 君が他の人と一緒にいるってすごーく珍しいんだけど」
隣のソラを物珍しそうに見て、そしてついでに俺まで物珍しそうに見る。
「こいつは、あーなんだ。河原で拾ってきた」
「ちょっとそれひどくない!?」
久江が目を大きくして突っ込んできた。
けど正直説明が面倒だし、第一友達とも言うにはまだ会ってから時間が短いし、友達というと久江がやたらにやにやする顔を想像する等、諸々の理由で雑にした。
「間違ってはいないよな? ソラ?」
自信を持ってソラに視線を飛ばすと、ソラは「えっ」と驚き、顔をキョロキョロさせる。
「うん。そんなところでいいと思う」
何か驚き方が特殊だな。こういうノリに対応できない性質かもしれないな。
久江は俺に説得の言葉を必死に考えたと思うが、ソラの言動を見て、諦めたみたいだ。
「それはともかくここで何をしてる?」
俺がマイペースを貫くと、久江はもう肩を落として半笑いになっていた。
「ちょっと資料整理をね。梶原さんに頼まれたから」
カジか。呪い関係か。
「ということは、カジは中にいるのか」
「いるよ」
久江の肯定と同時に、黒幕からヌッと顔を表した。
「響ちゃん遅かったね。あれソラちゃんも」
セーラー服で現れるカジ、資料整理のせいで埃が肩や袖についていた。
「遅かったって、ずっとこの前で待っていたんだが」
「え。そうなの? 私、前で集合って言ったっけ?」
「言った」
鋭く睨むが、顔の目の前に手を縦に出す。
「ごめんね。んじゃまあ中に入って、ソラちゃんも、先生も早く」
「え、私も? そろそろ戻らないといけないんだけど」
「先生もいたほうが面白いですって!」
「んー。じゃあもうちょっとだけ」
手でちっちゃくオーケーサインを出す。
いや保健医それでいいのか。適当だな。それに俺の怒りを軽く躱すなカジ。
中は薄暗かった。窓は暗幕で塞がれて光を遮断し、蛍光灯は五秒に一回点滅する。壁はカビだろうか緑色や黒色の斑点が分布している。装飾だと思いたい。棚には怪しげな骨董品が乱雑に積まれている。いかにもという感じだな。
ソラは口を開けて、辺りを見回している。
向かいにいる久江は、その姿を見ながらニヤニヤと薄笑みを浮かべる。
「お待たせ!」
カジが奥の黒幕から出てきた。
直後ソラの顔は青ざめ、俺はぴくっと眉を顰める。
「カジ。お前の右手のお盆の上に乗っているそれはなんだ!」
キョトンとカジは首を傾げる。
カジの右手の盆の上には、この世の物とは思えない、赤く毒々しく泡立つ液体が入ったコップがあった。
「何って、オカルト研ジュースだけど」
「普通に答えるな。何が入ってんだ」
「そんな細かいことはいいじゃん。飲めばわかるし。はい」
コトッと目の前のテーブルの上に置かれる。地獄の沼のように、赤黒の液体からふつふつと泡が沸き上がっている。マジで何を入れたらこんな色に仕上がる?
「え、なんで六つある?」
ソラが不自然な数に気が付き、震える人差し指でコップを差す。
「今この部屋にいるのは何人?」
カジは嬉しそうに口角を上げる。
ソラは言われた通り、目で座っている人を数える。
俺とカジとソラと久江の四人しかいない。
「四人だけど……」
「そうだね。四人だね。だけどコップが六つある」
照明が点滅しているような、暗がりの部屋で、やけにポップな口調でにんまりと笑うカジ。ソラは何かを察したのかビクッと震え、キョロキョロと辺りに目を配る。
俺も何か嫌な胸騒ぎを覚える。
「実はね。このコップはね……私が飲むの!」
「……ってお前かい!」
柄にもなく手を伸ばして、突っ込んでしまった。
「ふはははは」
カジが腹を抱えて笑う。
「お前、笑いすぎだ!」
キッとガンを飛ばすが、逆効果だったか更に笑いが激しくなっていった。
「だって、響ちゃんが、典型的な突っ込みすると思っていなかったから、可笑しくて」
「おまえ、マジで覚悟しろ」
こっちは一瞬でも、ホラー的な展開が起きるかと身構えたっていうのに。久江も体を震えながら必死に笑いを堪えているし。
「なあ。ソラもひどいと思うよな」
「え、え、誰かいるの?」
「お前は話を聞いてないんかい!」
こっちは天然か。ものすごくキョロキョロしてビクビクするソラ。
カジが床を叩きながら笑い始めているし。
「確かに面白い。こんな君を見られるなんて。なんか新鮮!」
笑いすぎて出てきた涙をさっと指で拭う久江。
辱めにあった会った俺は、鬼の形相を見せる。こみ上げてくる怒りを必死に止めて、俺はフーッと息をつく。
「まあ。そんな顔せずこれでも飲みなよ」
そう言って目の前の赤いジュースに手を伸ばして勧めてくる久江。俺はジッと液体を見つめ、久江の目を確認し、カジの目を確認する。
カジはコップを手に取り、ゴクッと赤い液体を数秒足らずで飲み干した。続けて久江も飲む。それを俺とソラは呆然と見ていた。
徐にソラは目の前のコップに手を伸ばし、口をつける。
ジッと様子を伺う。
ほんの少し口に含んで、味わうように舌を動かした後、急に一気に飲み始めた。
「……うまい」
「マジか」
ソラは続けて飲んでいく。俺もつられて、赤い液体を口の中に含む。
その感触はとてもまろやかな味が広がり……、そんなことはなかった。
「うっ、苦い。いやすっぱい」
飲み切ったが、口の中に広がるゴロゴロとした感触、とてもじゃないが上手いとは言えないかった。
三人は「うそっ」と驚いた表情をしていた。
三人は顔を見合わせて、また赤い液体を飲む。
『旨い!』
俺はもう一度挑戦するが、結果はさっきと一緒だった。初手と同じ反応を見せると、三人は不思議そうな表情をする。
「納得がいかない」
永遠に解くことができない謎ができたみたいだ。