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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第5章 『三つ目』
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ケンカ

「どうして、あんたはそう……。いや。これは私のせいでもあるのかもしれない。でもだからこそ私はあなたを止める」


 紫色の髪の女性は黒髪の女性の両腕を掴む。

 俺から体を引き剥がした。

 俺は体が飛ばされ、派手に尻餅をついた。


「何で、何で、何で。あなたは私の邪魔ばかりするの!」


 目前の女性が酷く歪み、紫髪の女性の胸ぐらを掴みかかる。それを苦しそうな顔でも首元を掴み返す。


「私がケガをしたせいで、何もできなくて、掴みかけた夢も消えてしまったのは知っている。だからあなたが私を恨んだことを否定するつもりもない。けど、だからって全く関係ない人間を巻き込むのはやめて!」

「うるさい。うるさい。うるさい!!」


 彼女の黒い髪が激しく暴れ、奇妙に形を作る。禍々しい黒い靄みたいなのが何故か彼女の周りに見える。

 何だよ一体。どうなっているんだ。


「風間君!」


 ソラ君がやっと気がついたのか、走ってくる。だが……。


「危ない!」


 ガシッと佐嶋さんがソラ君の腕を掴んでいた。


「何をするの?」

「今行ったらあなたもただじゃ済まない」

「なんでそんなことが分かるの?」

「だってそれは……」


 佐嶋さんは声を詰まらせた。するとソラ君は隙を見て強引に手を振り払い走って向ってくる。


「あんたは邪魔!」

「!!!!」


 黒髪の女性が振り抜いた拳が彼のお腹に直撃し少しだけ体が浮いて、後ろに吹っ飛んだ。

 そして一度激しく地面にぶつかり、体がぐでんとバウンドして動かなくなった。


「そ、そ、ソラぁぁ!」

「紅月君」


 俺は体を起こして、ソラのもとに走る。

 だが、俺の視界が途中でブレ、ひどい頭痛が襲う。一瞬違う背景が脳裏に焼き付く。広場ではない。どこかの建物の中の光景。

 グラッと足元が崩れひざまづく。


「私だけを見て」


 また気がつくと、俺の視界の目の前に黒髪の女性が現れる。薄い笑みを浮かべ近づいてくる。

 くそ。体が動かない。


「あー。もう。いい加減にしなさい」


 紫髪の女性は黒髪の女性に掴みかかる。


「あんたは後悔している。私を拒絶したことに、だからそれから逃れるように響を愛そうとした。でもそんなことしたってあなたの心の穴が埋まるわけがない」

「私がどういう気持ちだったか知らないくせに、勝手なこと言わないで」


 紫髪と黒髪の女性はお互いに手を掴み合い、ギリギリと押し合いを始める。何で喧嘩をしている。何でいがみ合っている。二人の会話の意味を全く理解できていない。

 だがいいそれはまだいい。それよりも、俺はもう一度ソラ君の所に駆け寄る。

 先にいた佐嶋さんがソラ君を揺すっていた。


「うっ」


 目を閉じたまま苦しそうに唸る。


「大丈夫。ただ気絶しているだけ。」


 佐嶋さんは冷静に彼の容態を確認していた。そう。冷静に。


「なあ。梶原さんはどこだ」

「え?」


 言葉を詰まらせ、瞬時に表情を暗くした。

 簡単な質問に対して言葉を詰まらせる。それで少しだけ察しがいった。

 だが状況が変わるわけではない。俺の記憶が戻っていれば、今どうするかわかるだろうに。


「佐嶋さん。俺は梶原さんの何だ?」

「急にどうしたの?」

「いや。記憶がないからわからん。だが、何故俺に執着する」

「何故私に訊くの!?」


 叫ばれた。いや怒鳴られた。ふと思った疑問に対してここまで叫ばれるとは思わない。


「そんなのわかるでしょ!」

「だって記憶がない」

「記憶がなくてもわかってよ。無くても気づいて! それで、あなたはあのバカを止めて!」 


 怒鳴られ、叫ばれ、そして助けてあげてとか、身勝手にも程がある。だからだろうか。前の自分は一体何をしていたのだろうか。

 止められるのが俺だけって、そんな無茶な。


「じゃあ。ソラを守っとけ!」

「それはやる!」


 投げやりで放った言葉を、はっきりと言い返した。そしてべったりとソラ君に引っ付くように、彼の肩を揺すり始めた。

 少しだけ心に波立つ感情が過ったが、今は考えないようにする。


「ああっ」


 一つの悲鳴が聞こえ、一人倒れていく姿が見えた。

 紫髪の女性が背中から倒れていった。

 黒髪の女性が追い討ちをかけるように、その女性にのしかかる。


「あんたに、あんたに、わかられたくない。私がどんな気持ちだったか」

「じゃあ。あのときの私がどんなだったか知ろうとしなかったじゃない」

「私のこと知ってよ」

「あんたこそ知ってよ」


 黒髪が殴りかかるのを、必死に止める紫髪の女性。この状況。俺なんか仲介役に入ったところで意味かないのでは。

 いや、たぶんそうだろう。

 俺なんかが二人の事情なんて知らない。そんな人間に止めようなんて無理だ。

 それに。


「何よ。私がせっかく大事にとっていたケーキのイチゴを食べたくせに」

「いつの話? あんたこそ、シュークリームを勝手に私より一個多く食べたくせに」


 結構内容が拙いのと、最初の怖い感じまで消えている。

 あれが素だろうか。あれもあれで執念と言うべきなのか。

 でもこのまま、黙って見過ごすわけにもいかない。とりあえず強引に引き剥がしてでも、ケンカを収まらせないと。

 俺はのしかかっている黒髪の女性の両肩を掴んだ。そして強引に引っ張る。だが。


「あっ。ダメ!」


 紫髪の女性の警告が聞こえた瞬間。俺の視界が真っ暗になった。

 そしてまたぎゅっと縛られる体。

 どういうことだ。何が起こったか、全く分からない。ただ真っ暗な空間に一人だけいる。

 声も聞こえない。音も聞こえない。視界が見えない。臭いもない。何もない。ただあるのは体をぎゅっと縛られるような痛みだけ。


「響ちゃん」


 いや。声が聞こえた。

 そしてその先にいるのは、黒髪の女性。


「やっと私とあなただけの世界」


 にっこりと微笑む女性。

 対して痛くなる体。


「何もない。何もいらない。ただあなただけが欲しい」

「記憶がない俺を好きだと言うのか」

「そうだね。記憶があった君も好きだけど、ない今の純粋さと戸惑っている君も好きだよ」


 愛おしく微笑む女性。

 でも女性の好きと言う言葉に、俺はあまりにもピンと来ないでいた。それよりも震えが止まらない。

 少しずつ寒くなっていく。首筋をひんやりとした空気が纏い、背中から腰、そしてお腹にかけてゆっくりと冷えていき、触覚が少しずつ麻痺していく。


「私の顔と声が聞こえればいい。それ以外はなくていい。だって痛いのも感じなく、君を罵る声も聞こえない。ピアノなんてなくても、私が君を守るから、だから私だけを見ていて」


 彼女の顔が近づく。抵抗もできない。真っ暗な中で二人でこのままずっとか。

 終わるのか。

 自然と抵抗する力がなくなる。

 さっきと一緒だ。

 もう二回も奇跡は起きない。

 誰も助け出せない。

 俺はもう諦めたのだった。

 彼女の顔が鼻先まで近づき、そして俺の唇に触れる……。


 いや。触れなかったのだ。


 彼女の表情が急に驚き、そして悲痛な顔になった。そして見えていた黒い世界がガラガラと崩壊した。

 気がつくとさっきまでいた公園。そして、地面に座り込む紫髪の女性に、倒れているソラ君と横にいる佐嶋さん。そしてもう一人背の低い白衣を着た女性が、目を潤ませて呆然と立っていた。


「さかみちゃん? のぞみちゃん?」


 俺の知らない名前を名乗り、一筋の涙を流した。

 

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