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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第5章 『三つ目』
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ジャグリング

 ソラは丸いものを投げ上げた。

 空中で踊る丸いものたち、それが不思議な軌道を描く。

 凄いな。これ全部手で投げて操っているのか。

 彼の描くモノに俺は食い入るように魅入られていた。彼が丸いものを全て投げ上げて全部手元に収まると、俺は自然と手を叩いていた。

 嬉しそうに笑うソラ君。


「それが、じゃ、じゃ……」

「ジャグリング」

「ジャ、グ、リン、グ……」


 ソラ君の言葉を一文字ずつ辿るように言ってみる。

 初めて聞くはずの言葉なのに、何故か懐かしいと思える。


「俺は、君に会ったことあるんだよね」

「そうだよ。ちょっと思い出した?」

「いや。まだだな」

「そっか」


 ソラ君の淡い期待の眼差しが陰る。

 そうすぐに思い出すことはない。思い出したら苦労はしない。ただ、ほんの少しだが興味を持っただけ。あの暗号よりは薄いけど。


「これってすぐにできるものなのか」


 ソラ君は目をぱちくりと瞬き、少しだけ考え込んだ。


「やってみる?」


 彼は手にある三つの白い丸いものを差し出した。俺はその丸いものを見つめ、そしてソラ君を眺める。彼の淡い瞳がしっかりと俺を捉えていた。

 

「じゃあ。少しだけ教えてくれ」

「わかった。いいよ」


 彼は喜んで俺の手にその丸いモノを渡した。

 三つの球体を持って感触を確かめる。少し柔らかめで、重心が下にある。そして振ってみると中からシャカシャカと音が鳴っている。


「この丸いものは」

「これはボールと言うんだよ」

「ボール」


 その響きも初めてのようで、初めてではない感じ。少しだけフワッとする感覚だ。

 俺は右手に二つ。左手に一つボールを握る。

 だがそこからどうすればいいのかわからずに固まる。

 そんな姿を見てなのか、ソラはショルダーバックから新たなボールを取り出した。

 右手に一個だけ持って構えた。


「いきなりは分からないから一個からやってみようか」


 そう言いながら、彼は右手のボールを投げ上げた。綺麗な放物線を描きながら、左手で捕球した。

 それならたぶんできそうだ。

 俺は残り二つのボールを地面に置いて、同じように右手でボールを持って投げ上げた。

 少し縦に長い放物線を描きながらボールは俺の左手にポトッと落ちた。

 今度はソラ君は左で投げ上げて右手でボールをキャッチした。

 俺も同じように投げ上げた。さっきよりもボールの軌道が傾いた。少し前にずれてから何とかキャッチした。

 こんなに難しいものなのか。

 その後も交互にボールを何回か、右手で投げたり左で投げたりと繰り返した。しばらくすると安定するようになった。


「次は二個でやってみようか」


 ソラ君は両手に一個ずつボールを持つ。そして今度は右手でボールを投げた後、すぐに左手で空中に浮いているボールの内側から投げ上げた。そして交互に落ちてくるボールをキャッチした。

 俺は見様見真似でやってみる。

 だがそう簡単にできることなく、ボールは俺の手を避けて河原に落ちた。

 もう一度拾う。同じく繰り返すがまた落ちる。

 難しい。

 簡単にできるものとは思っていなかったものの、こうもできないものなのか。

 対してソラ君は難なく二個を操っているのを見て、つい言葉を漏らす。


「お前。スゲーな」

「これだけは練習したから」


 練習……。練習か。

 そうか。何度も何度も彼はこれができるようにやり続けたのか。

 それでできるようになったのか。

 胸の中が疼く。


「ソラ君は、いつから練習を続けているんだ?」

「もう。二年位かな」


 二年か長いのか短いのか分からない。ただ続けているんだな。

 俺はボールを軽くソラ君に投げる。すると彼は戸惑うことなく、ボールを掴み、三個のボールを操る。

 ボールに生命が宿ったのか、生き生きとボールが舞う。そして彼も踊っていた。

 ダンスと言って、自然とボールの技に挟んだ動きである。だが踊って見えるのは何だろうな。自然と楽しんでいるように見える。いや楽しそうだ。


「ソラ君は、ジャグリング好きか?」


 その質問に彼は迷うことなく答えた。


「好きだよ。僕の大好きなものだよ」


 風に吹かれて髪なびく、彼の笑顔に俺は少しだけ惹かれた。

 ソラ君が今日家にやって来た時は、不思議な空気を纏った感じだった。いや、不審者か。

 でも俺は彼の手を拒否することはなかった。別に男子が男子に恋をするとはたぶん違う。もっと違う別の意味だな。落ち着くというのか、いや違う。懐かしい……。

 たぶん懐かしいのかもしれない。純粋に楽しんでいたであろう昔の自分。

 子供の頃の記憶はないはずだ。ジャグリングなんてやってはいなかったはず。だけど、彼の澄んだ瞳で楽しむ姿は、子供の無邪気さにたぶん似ていた。


「風間君。少しは何か思い出した?」


 見惚れていた俺は、ソラ君が演技を終えていたことに気づいていなかった。慌てて答える。


「いや。具体的には特に思い出せてはいない。ただ……」

「ただ?」

「俺はこれを前にも見たことはあるのか?」

「そうだね。見たことがあるという軽い感じより、がっつり関わっていたと言えばいいのかな」


 ソラ君は楽しそうに答える。

 関わっていた……。やっていたと言わなかった。俺はジャグリングをやってはいなかったのだろうか。


「どういう意味だ?」


 すると腕を組んで考え込むソラ君。


「僕と君との出会いからの話に戻るけど、梶原さんと君と僕が河原での出会いがきっかけで行動を共にすることになったのだけど、そこで梶原さん所属のオカルト研に連れていかれて、十月の文化祭のビックスターコンテストに応募することになった。そこで僕のジャグリングと梶原さんのピアノで優勝を狙うことになったんだ」


 オカルト研からのそのビッグスターコンテストの流れに関連性が全く見つからないことにツッコミを入れたいところだけど、それよりも気になったのが。


「俺は出ないから関係なくないか?」

「実はそうでもないんだ」


 少し勿体ぶるようにニッと笑みを浮かべるソラ君。


「何だその顔は」

「今の君の反応が前の君に似てきたからちょっとだけ期待した」

「あー。そ、そうか。いやまあそれは置いといて、どういう関わりがあったんだ?」

「まあ。端的に言うと梶原さんに君がピアノを教えていたんだ」


 教えていたのか。俺が。あの妙に俺との距離が近いあの女がか。

 ピアノ。ちょくちょく出てきたこの言葉、とても気になっている。だが俺は今それができない状態である話も聞いている。

 ピアノ。一体何なんだろう。


「なあ。ソラ君。ピアノって一体……」


 俺は言葉を言いきれずに止めてしまった。

 何故かというと、ソラ君がどこか違う場所をさっきとは違う警戒した目つきで睨んでいた。空気が急にピリッと張りつめていた。


「ついてきて!」

「え。ちょっとどうした。おい!」


 ソラ君はガシッと俺の腕をつかんだ。そして落ちたボールを拾うこともせず、何から逃げるようにこの場を離れ必死に走り始めた。俺はバランスを崩すか崩さないかギリギリの体制でただ必死についていった。

 唐突の出来事にただただ驚く俺だった。

 彼が何から逃げているのか、この時は全く理解できなかったのだった。

 

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