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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第5章 『三つ目』
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ソラ

 しっかりと腕を握られていた。初めて会う人に。

 いや正確には記憶喪失後の初めて会う人。

 伝わる手の熱、じわりと滲む汗。そして少しだけ余裕のない後ろ姿。揺れる黒色のショルダーバック。

 でも何故か抗うことなく、俺は引っ張られながらもついていく。

 街を抜けて河川敷の近くに来たところで、その男性は膝を曲げて立ち止まり、ゼーハーと息を荒くし肩で呼吸していた。


「大丈夫ですか」

「あー。大丈夫だよ。ちょっと病み上がりで疲れただけだから」


 病み上がりなのに、何故俺をつれてきたのだろうか。そこまで必死なのだろうか。


「ちょっとそこに座ろうか」


 橋脚の下の陰になっている所に移動して腰を下ろした。

 思ったより砂利が冷たい。それにゴツゴツして痛い。でも彼は何ともない表情で川の方向を見て座っているので、俺はそのまま隣に座る。

 突然連れてこられて、その本人が疲れたって、冷静に考えれば変な状況だよな。


「えっと風間君。もう一度訊くけど、記憶がないってほんと?」


 静かに覗き込むように、俺に問いかける。


「そう、そうみたいだ。お前が、えっとそ、そ。そ」

「ソラ」

「ソラ君。わかった。とりあえず覚えた」


 彼は怒った顔はしていない。ただ言葉にできない迫力がある。 


「それで単刀直入に訊くんだけど、ソラ君は何故俺をつれてきたんだ?」


 もうすぐに訊いた。流れに身を任せてみたが、気になっている。

 すると、ソラ君はさっきよりもっと真剣な表情で俺を見つめた。


「風間君。君はあの二人の近くに居たらダメだ!」

「……」


 全ての時が止まった気がした。それくらい彼の言っている言葉がわからなかった。

 えっとどういう意味だ。


「ちょっと待って。わからない。というかあの二人って、あの二人だよな」

「そう。梶原さんと、さ、佐嶋さん」


 何故詰まった。いや。そこはまだいい。


「ごめん話が見えない。あの二人に何があるって言うのだ」

「それは明確には言えない。正直困っている。言葉にするのが難しい。いや。正直説得できる材料も証拠もない。僕の本能がそう言ってる」


 ますます。意味がわからない。ソラ君の本能が俺の二人に近づいたら行けないって、どういうことだ。

 素直に信じられない。いや信じる人などいないだろう。


「そんな勢いで連れ出したのか。必死に」

「ごめん。君の記憶がない上にこんなこと言うのは正直間違っているのは自覚している。それでも言わないといけないことだから言った」


 言っていることはめちゃくちゃ。自分が間違っているのは自覚している。でも彼の目は異様なほど澄んでいる。


「余計に混乱してきた」


 俺は彼から目を背けた。

 彼の言葉から察するにあの二人が悪い人ということなのか。

 気がついて一日しか経っていない。だからあの二人が善なのか悪なのかはわからない。だからと言ってそれを納得しろと言われて納得はできない。

 俺は少しだけ、彼から距離を置いた。


「ごめん。突然すぎた。君の記憶がないというのにそっちの心配する前にそんなことを言ってしまって」


 彼は川に視線を戻した。

 二人の間に流れる沈黙。気まずい。いや向こうから無理やり引っ張ってきてからいきなり訳の分からないことを言ったから、俺は悪くないよな。

 でもじゃあ何故そんなことを言ったのだろう。俺の記憶がなくなったことより大切なのか。


「えっと、風間君。音楽聞こえないまま」

「え。ああー。そうだな」


 音楽。梶原さんにも言われた。あの暗号と関係するもの。でも聞こえない。


「記憶も思い出す気配もない?」

「今のところは全くだ」

「そう。ごめん」


 ぺこりと頭を下げる。あれほど啖呵を切っていたのに謝るって、もう本当に何が言いたいのかわからない。


「何で謝る」

「節操のない聞き方をしてしまって」

「いや。もう最初のあの言葉のせいで、何か色々、どうでもよくなったというか……」


 彼のことが全く分からない。いや変人か超人。いや天然。もう何といえばいいんだろうか。


「ソラ君って、人と話すの苦手か。それとも不器用なのか」

「えっ。なんで……。うん……。そうだよ」


 びくっと体を震わせた後、肩を落として力なく頷く。

 正直で素直なのも分かった。こっちからしたら当てずっぽうだったのに、当たったことに関して驚いている。

 そうなると、本能で話していたことは不器用の表れか。

 それはまた別か。不器用だとしても本能で話すことはないか。じゃあ何であんなに必死だったんだろう。疑問がつかない……。つかないが……。


「ソラ君がうまく嘘をつく人には思えないくらいは分かった」


 パッと落ち込んでいた顔を上げて、そっと俺を見つめる。ここまで分かりやすいとはな。悪い人間になれないタイプだろう。それはいいよ。


「まあ。わかった。わかった。とりあえず。そのウルウルした瞳を元に戻してくれ」

「あ、ごめん」


 見つめていた瞳が気が付くと涙ぐんでいたことに驚き、慌ててやめてもらう。というか本当に何者だ。知り合いらしい。というか俺の周りの知り合い変人ばっかりだよな。

 あと昨日もう一人別の人が来ていたよな。その時誰かがいなくなったとか騒いでいたような……。また彼の顔を凝視してしまう。

 そしてまた流れる沈黙。

 この空気何とかならないか、いびつ過ぎるというか。

 何か話題を振ろうにも思い付かない。

 となると情報収集かな。


「ソラ君。俺は君のことがわからない。だから君がどんな人か、それと俺がどんなんだったか教えてくれないか?」

「そうだね」


 彼は何も躊躇うことなく応じた。そし俺をて正面に捉えるように座り直した。


「正直僕は自分のことを話すのは得意ではないし、君のことも知り合ってから一ヶ月半しかない。それに僕は君と梶原さん、それと星浦さん以外話す人などいなかったから、話すのは下手だけどいい?」


 一ヶ月半か……。

 話下手はもうわかった。再度確認するあたりもやっぱり得意ではないのだな。

 そして星浦さん。また違う人が現れた。その人について訊いた方がいいのか。いやあとあと訊けばいいか。

 でも手がかりになるのはそれしかないからな。


「別に構わん。情報がほしい」

「じゃあ。話すよ。君との出会いは、僕が自転車で君に突撃したのが始まり」

「マジか」


 物凄いバイオレンスじゃないか。また少し彼と距離を置く。


「最終的には君が避けて、僕は川に落ちたんだけどね」

「……」


 ははっと乾いた笑いをみせるソラ君に苦笑いで返す。


「落ち込んだ瞬間に、気を失ってね。そして気がついたらここで寝てたんだ」


 そう言って、人差し指を下に向ける。

 誰かが助けたのか。それとも俺が助けたのか。どうなんだろうか。


「そして次の日位だったかな。ここで僕がジャグリング練習した時かな。梶原さんに突撃されたんだ」


 今度は突撃されたのか。変な事態だな。そして別でもう一つ気になることが。


「ジャグリングってなんだ?」


 そう質問すると、ソラ君は一瞬沈黙して考え込む。そして彼は自分のショルダーバックを開いてごそごそとしたあと、丸いものを三つ取り出した。


「百聞は一見に如かず。とりあえず見たら早いかな」


 そう言って、立ち上がり彼は楽しそうにその丸いものを投げ上げたのだった。

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