表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第1章 『振り回される』
4/47

突撃カジ

 この状況が飲み込めない。


「割と綺麗に整理整頓されているんだ」


 カジがマジマジとこの空間を見渡し、感心したように数回頷く。


「でも男の子の部屋って、こういうベットの下にヤバイのがあるのが定番!」


 ベット下の引き出しをズイっと引っ張り開ける。


「……。何もない!」


 空っぽの状態の引き出しを見て絶望するカジ。すぐさま俺に詰め寄ってくる。


「響ちゃんって男?」

「男だ! というかなんで自然に俺の家にいるんだよ!」


 無視をしようにもここまで踏み込んでくると訊かざるおえない。


「それは友達だから!」


 大きい左目をパチンとウインクする。

 そんな短い言葉で、俺の疑問を一蹴しないでくれ。


「お前な」

「あ、ピアノある」


 俺の言葉を無視して、電子ピアノの蓋を開き、興味津々で見つめていた。



 カジは俺の家に押しかけていた。

 しかも朝から。


 いつも日曜の朝は寝ると決まっている俺の日常を潰しにくるとは。

 カジは妙に気合の入った私服で来ているし。プラス銀色の髪も何かを塗ったのかやたらキラキラと光っている。

 それはそれとして……。


「どこで俺の家の情報を手に入れてきた?」

「え? 保健室の先生!」

「あんの久江の野郎!」


 俺のプライバシー筒抜けじゃないか!

 明日保健室に殴り込みに行ってやる。


「ん? 北条先生と仲いい?」


 俺が呼び捨てにしたのが引っかかったのか、カジは探求の眼差しを向けてくる。


「別に。他の先公より少し関わりがあるだけだ」


 まあそれ以外にもなくもないが、こいつにそれ以上の事を言う必要は無い。

 カジの相変わらずの疑い深い対応は変わらない。


「ふーん。北条先生に洗いざらい聞くことにしようかな」


 チラッと横目で伺う素振りをする。


「別に構わん」

「えー」


 不服そうに、わざと指を口元に当てる。可愛く見せているつもりだが、俺には効かない。

 カジを無視して、蓋が開いた電子ピアノを確認する。

 鍵盤は見えない。

 その部分だけポッカリと空間が空いている。一晩経ったが進展はない。あったらあったで問題だが。


「よし! じゃあ外出しよう!」

「ちょっと待て、どこからその流れになった」


 柄にもなく突っ込んだ。


「ん? どこでもいいじゃん。別に隣町でも宇宙でも異世界でも、この話の流れはあると思うけど」

「規模が肥大化しすぎだろ!」


 俺の全力のツッコミにカジはキョトンとした表情のままだ。


「そんな細かいことは置いといて、どうせ響ちゃん暇なんだから」

「俺のことを分かったように言うな!」

「でもこのままニートみたいに引き込もたって、何も変わらないけど」


 ドヤ顔を作るカジに腹立たしくなる。

 更にカジの内容は的を射ているから、抗議できない上に怒りづらいのが尚腹立たしい。


「いや。だけど」

「ハイハイ。だけどもしかしも鹿でもないから、ほら行くよ!」


 軽やかな足取りで俺の後ろに回り込み、ポンポンと背中を叩きながら俺を押していく。


「いや、ちょい待て! 待てって!」


 俺は抵抗をしようと後ろに振り返ろうとするが、思わぬ攻撃を受ける。

 俺の両脇腹の外側から腕を伸ばしてお腹を両腕でギュッと束縛しやがった。


「ちょ。お前何してんだ」

「ここまでしないと響ちゃん行かないから!」

「ふざけんな! ちょ。お前!」

「レッツゴー!」

「うおい!」


 背中から抱かれる形で、俺は抵抗虚しく家の外に押し出された。



 今、気分が凄く悪い。

 不機嫌の原因の女性は俺がそんな気分だとは微塵も思っていない。スキップするように前を進んでいる。嫌なら女性の目を盗んで逃げればいいのだが、カジは人一倍察知能力がいい。俺が行動に移そうとすると、先回りで行動に移してくる。

 公衆の面前にもあるにもかかわらず躊躇いなく抱きつく。

 隙が無かった。

 だから俺は不本意だがカジの後ろを歩いている。

 今は川の堤防上の道を歩いている。


「それで、今からどこに行くつもりだ?」


 カジは足をピタッと止めて、クルッと回ってスマイルを見せる。


「ノープラン!」

「だと思った」


 俺は肩を落とす。


「えー。なんでわかったの?」


 悔しそうに口をへの字に曲げられても、何も出てこない。


「何となくだ」


 早い話、どの答えでも同じように返すつもりだったけどな。


「うー。私としたことが」


 シュンと肩をすぼめた。

 若干のダメージは与えられたみたいだ。

 でもカジは顔を横に数回振ってすぐに立ち直った。


「まあ。いい。とりあえず東隣の町に行こう。そこなら何か色々あるからそれなりに楽しめる」

「行き当たりばったりだな」


 冷やかしの一言を追加するが、カジに影響はなかった。カジは俺の手を掴んで引っ張るように歩き始めた。


「手を握んな!」

「いいじゃん。減るもんじゃないし!」

「歩きづらいわ! 一人で歩けるわ!」


 俺は手首をひねって、カジの手から逃れた。

 拒否されたことに明らかに不服そうな顔しているが、それ以上は何も言わずに俺の前を歩き始める。意外にもカジの後ろ姿は縮こまってはいなかった。

 橋を渡り、反対側の堤防に辿り着くとカジは一旦足を止めた。何かを見つけたのか、突然駆け出した。俺は頭の後ろで両手を組んで、のんびりとカジを眺めながら歩いていく。数歩も進まないうちに、カジが何に向かって走っているのか解った。

 河川敷の奥に一人の青年らしき人がいた。


 その人は何か普通と違う。


 違うといっても、超能力者とか怪物とかそういった類ではない。あまり見たことが無いことをしているという意味だ。

 遠目で確認するとその青年は何か複数のボールの様な物を投げていた。そして投げたものが手に吸い込まれるように収まり、またそれを投げて、掴むといった動作を繰り返していた。近づくにつれ、そのボール達が綺麗な軌道を描いていることに気がついた。物珍しさと、レベルの高そうな演技をしていたので、少しだが感心した。アレが何なのか、過去にテレビで見たことがあるが、名称までは出てこなかった。

 そう考えている間に、早くもカジが青年に接触を試みようと堤防を駆け足で降りていった。

 青年は接近するカジに気がついたせいで、投げていたボールを全て落としてしまった。

 青年は急いでボールを拾い……。


 直後、全速力で逃げ出した。


 近くに置いていた荷物を拾い、ものすごいスピードで逃げていく。カジがギアを上げて猛スピードで必死に追いかけるが、中々差が縮まっていない模様。

 俺はその光景を特に感情を抱かず傍観する。

 しばらくは二人の距離は変わらず中々勝負がつかなかったが、徐々に体力に差が出たのかカジが青年との差を縮めていく。


「いい加減、待ちなさい!」


 カジが男子顔負けの跳躍で、青年の背中に飛びついた。

 青年は仰け反るように宙に浮き、顔面から草むらに突っ込むように転んだ。

 カジは青年の背中をギュッと抱くように捕まえていた。


「何やってんだ。あのアホわ」 


 俺は欠伸を一つしたあと、傍観しながらのんびりと歩いた。

 俺が丁度二人に追いつくとカジは腕を解いて、ゆっくりと立ち上がった。水色のロングスカートの裾を強く払い、マジマジと確認する。


「あー。せっかくの服が汚れちゃった」


 裾にうっすらと土が付着している汚れを見て、シュンと落胆していた。


「自業自得だろ」


 鼻で笑ってやる。

 振り返ったカジは、不機嫌にムっと口を膨らます。


「響ちゃんも手伝ってよ!」

「お前が勝手に走って、勝手に追いかけて、勝手に捕まえただけだろ」

「私の相棒なんだから、気を利かせてサポートするのが役目でしょ!」

「いつからお前の相棒になったんだよ俺」

「響ちゃんが生まれる前から」

「お前の妄想力は前世まで行くのか」


「テへッ」と舌を出して、右手を頭に当てて、悪びれなど微塵もない顔を見せる。

 ここまで露骨だと逆に清々しい。


「で、何故追いかけた?」

「あー。それは何か物珍しく思ったから、けど話をしようとしたら逃げられた」


 半分は好奇心と半分は逃げられたことに対する不快感か、そんな目でうつ伏せで倒れる青年を見下ろす。こんな奴に追いかけられた青年が不憫でならない。

 物珍しさだけなら納得はするが、あんなに積極的に関わりにいく人間はカジだけだろう。

 まだ起き上がる気配を見せない青年の後ろ姿を見て、うっすらと脳裏が刺激される。


「けどおまえ、どのくらいの勢いでこいつに飛びかかった? 全然動かないぞ」

「あら。数々の人をなぎ倒してきた響ちゃんが、人の心配をしているなんて珍しい!」


 皮肉たっぷりの言葉に心が波立ったが、返す言葉がない。

 せめての抵抗として視線を飛ばすが、カジは何も悪びれた顔していない。むしろ事実だと胸を張って見つめ返す。

 仕方なく無視して、俺は俯せの青年に近づき、彼の体を反転させて仰向けにした。うっすらと脳裏に過ぎった考えが確信になった。

 自転車で川にダイブしたあの青年だった。

 昨日の今日で出会すなんて奇妙な縁だ。


「響ちゃんこの人知っている?」


 瞬きを二回ほどして、顔を近づけてくる。

 驚異の察知能力に相変わらず度肝を抜かれる。


「昨日会った。向こうは覚えてないかもしれないが」

「ふーん」


 ニタッと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 カジの反応は置いといて、青年の様子を観察し、ポンポンと二回肩を叩く。


「んっ」


 俺が刺激を与えたせいか、青年が目をギュッと瞼を動かしたあと、静かに開いた。


「うあ!」

「グッ!?」


 青年の膝が俺の顎に直撃し、激しい痛みと共に脳と視界がグラッと揺れた。成すすべもなく地面に尻餅をついた。


「うあ! ご、ごめんなさい」


 ぼんやりとした視界の中、青年はシドロモドロになり、両手はあちこちに動き行き場を失っている。そして青年の行き着いた行動は地面に膝をついて、土下座をした。

 意識がはっきりとし、見えた光景がこれだ。

 膝蹴りを受けた怒りより、困惑しかなかった。


「流石に土下座はやめてくれ」


 俺は被害者だが、ここまでされると罪悪感しかない。

 青年はゆっくりと顔を上げる。

 まだ不安が色濃く残っているのか、ウルウルとした瞳で俺を見つめる。


「あ。君は昨日ぶつかりかけた人」


 気づいたのか。間違っていないけど、もっと良い表現があったと思うのだが。


「あの後無事だったか」

「いえ。川の中に入った時に意識が吹っ飛んでもう全く覚えていないんです。気がついたら橋の下で仰向けに寝ていたんです。誰かに助けられたと思って辺りを探したけどいませんで、あの後結局何があったかよくわからないんです。とりあえず少しの打撲だけで済んだのが良かったですけど」


 俺は平静を装い青年の話を理解する。


「そうか。まあ無事でよかった」

「そう……ですね」


 砂粒が三粒位だが、胸の中が軽くなったそんな気分だった。


「あー。勝手に二人で話を進めないの!」


 カジはズカズカと俺と青年の間に割って入ってきた。

 青年はビクッと震え上がり、数歩後退する。


「ちょっと、なんで避けようとするの?」

「当然だろ。お前急に追いかけた上に、体当たりしたからな」

「それは私の友好を気づくという意味で」


 カジは腕を組んで鼻を鳴らす。


「まあいい。迷惑かけたな」

「ちょっとスルーって!」


 カジの全力のツッコミを受けつつも、強引に青年との話を進めた。


「いえ。まあ痛かったですけど大丈夫です」

「そうか。これからは自転車と女性には気をつけるんだな」

「そうですね」

「じゃあまたな」

「ええ。そちらも元気で」


 これで会話を終わらして、青年を開放してあげたかった。


「ちょっと待ったーーー!」


 カジが女性らしからぬ声と、大げさな動作で両腕を広げ俺と青年を静止させた。

 あまりにも強引な行動に、面倒事の予兆を肌で感じ取った。


「何?」

「何じゃないって! 私を差し押さえて勝手にさりげなく穏やかな別れ方をしているの?」


 息を切らしながらも、楽しそうに策謀の笑みを浮かべてくる。

 ものすごく話を続けたくない……。


「お前が入ると面倒だから」

「面倒ってそんな人聞きの悪い」


 口を小さく窄めて妙に頬を赤くする。いやその反応が面倒だから。


「これまでの経緯を見れば出てくる答えだ」

「君はパフォーマー?」


 カジは俺を無視して青年に詰め寄り、ガシッと両腕を掴んだ。


「そうだけど。厳密に言うとジャグリングだけど」


 青年は顔を引きつらせながら、また一つ後退する。


「決めた。私と響ちゃんの友達になろう!」

「……は?」


 数秒の沈黙後、出てきた声はこの一文字だけだった。


「私の相方はピアノ呪い持ち、目の前には珍しいジャグリング使い。こんな組み合わせなんて世界のどこを探してもいるはずない!」


 俺の呪いを知った時と同じ、目をキラキラと輝かせている。


「ちょっと待て」


 反駁しようとするが、それを挟む余地なくカジはマイペースに進む。


「じゃあ君の名前は?」


 カジは青年に手を伸ばす。

 唐突すぎる状況を飲み込めていない青年が素直に応じると思えない。しっかり攻撃をくらっているのに。


「本当に?」


 予想だにしていない言葉を口にした。


「本当に友達になっていいですか?」


 青年にカジを恐怖する気持ちは消えていた。むしろ喜んでいるように見えた。


「いいよ」

「ありがとうございます。僕の名前は紅月空(あかつきそら)と言います。ソラと呼んでください」


 俺の思考が追いつく前に、目前で友達交渉が成立し、握手まで交わしていた。


「というわけだから響ちゃん」


 左目をパチクリとウインクをする。


「お前もお前で、ソラもソラだよ。普通はこんな簡単に成立しないだろ」


 もう諦めた。意味が解らない。けど説得したってどうせカジは突っ走るに決まっている。

 俺は深い深い溜息を俺は吐いた。


「じゃあ。三人で遊びに行こう!」


 一人ハイテンションで手を上げるカジに対し、呆れた目をする俺と、悪くはない動揺をするソラであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ