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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第4章 『転調』
35/47

始まる絡まる 1

「響ちゃん。どうだった?」


 譜面台の裏からひょこっと顔だけを覗かせるカジ。


「おお。テンポの走りも減っている。音の乱れも少なくなっている。良くはなっている」

「よかった。って響ちゃんどうしたの!? 汗びっしょりだよ」


 ピアノから離れて駆け寄ってきたカジ。

 やっぱり誤魔化し切れないか。

 気を失うことは無かったが、耐えるだけで疲労が半端ない。

 

「もしかして、音がまた」

「ああ。今度はファとソが聞こえなくなっている」


 もう正直に話そう。

 そして、対策を打たないと駄目だ。

 どう対策するかはわからないが。

 カジはポケットからハンカチを取り出して、俺の額に当てようとする。


「すまん。ちょっと貸してくれ」

「え。わかった」


 すっとカジの手からハンカチを貰う。

 額の汗をポンポンと当てるようにして拭った。

 そして、すっと返す。


「助かった」

「え。うん」


 ホゲーッとした表情で俺を見つめるカジ。

 何だ一体。


「今日の響ちゃん。本当に響ちゃん?」

「なんだ? ダジャレに目覚めたか?」

「違うって」


 カジは珍しいモノを見るような瞳で食い入るように、いや俺の全身を眺め始める。

 カジの言いたいことはわかる。

 今の俺には余裕がない。


「わりい。もう正直教えるのができないかもしれない」

「そんなことはもうどうでもいい。今は響ちゃんの呪いを早く解かないと」


 激しく荒げた声、少し慌て始める言動。

 その上……。いや、それは元からか。

 カジは俺の呪いの解き方はわからない。だがどうにかしようと手を動かしたり視線を上に向けて考えたりと、落ち着かない様子だ。


「なあ。やっぱり気になっていたことが一つある」


 呪い解除の前には訊きたい。じゃないと妙なわだかまりが消えない。


「え。呪いを解除する方法?」

「いや違う」

「じゃあ」

「お前が俺を助けようとする理由」


 たぶん初めてだろう。俺からカジの瞳に視線を合わせにいったのは……。

 そしてカジが面を食らったのも初めてだろう。


「それは……」


 カジが言葉を詰まらせた。

 あいつが俺の事を好いているのは気づいている。あれで違うならもう詐欺だ。

 でも俺があいつと初めに関わってから、好意を抱かれるまでの間が短い。

 どうしても気になる。ある程度の予想ができても、本人から言葉を聞かないと、わからない。

 じっと俺は見つめる。

 カジは、じんわりと頬を紅潮させていく。

 銀色の髪をくるくると指で絡めて回し始める。

 悩みあぐねいた後に、ゆっくりと口を開いた。


「そ、それは……」 


 バン!


 激しく音をたてて開かれたドアによってカジの言葉は遮られた。

 突如乱入してきた人物そこにいたのは……。


「佐嶋……」


 息を荒くさせて、俺とカジを交互に見つめる佐嶋。

 何故このタイミングで現れたのか。


「何故あんたがここに?」

「そっくりそのまま返すよ。何故あなた達がここにいるの? 今日は部活動禁止なの、知らないの?」


 キッと目付きを鋭くする佐嶋。

 やはりそうか。久江の野郎、伝えるの忘れやがったな。

 知らなかったと誤魔化すか。

 いや。それで納得はしないか。面倒になるだけか。


「それはな。お前を……」

「あなたを探しにきたの!」


 カジは俺の言葉を遮った。そして俺の真正面に立った。

 

「私を? 何故?」


 どういう意味と、彼女はムッと口を閉じて瞳を大きく開いた。


「それは……」

「あなたに訊きたいことがあるの? 答えていただける?」


 またもやカジは俺の言葉を遮るように話した。


「訊きたいこと? 何かしら?」

「文化祭のコンテスト。大丈夫なの?」


 カジの質問に、反射的に俺に目を合わせてきた。

 その瞳は複雑な色がちらついたのがわかった。


「あなたに心配されるほど深刻ではないから」

「本当に?」


 カジは追撃を止めない。 

 

「私の言うことが信じられないの?」

「あれだけの事があって、すんなりと事が終わるとは思っていないからね」

「仮に知ってもあなたに何ができるというの?」

「……」


 今度はカジが言葉を詰まらせた。

 佐嶋は少し上から見下ろすように睨み付ける。

 ギリッと歯を食いしばった音が、カジから聞こえて来た。


「そうかもしれない。でも教えることぐらいできるでしょ」

「今、議論中なの。私たち生徒だけではどうしようもない上で議論中なの。だから正式に答えが出るまでは口外できないの」

「じゃあ一つ。文化祭まで無くなるとか、そんなことはないよね」

「……」


 佐嶋はムッと口を閉じた。

 質問をしたカジもすぐに言葉を出さない。背中が少し小さくなった気がした。

 流れる沈黙。

 文化祭がなくなるかもしれない。いよいよ目的が消えそうだな。


「それは困る!」


 カジは叫んだ。

 いつものふざけたカジではなく、真剣な声で叫んでいた。

 

「困る。それは私も一緒。でも今はただ待つだけしかできない」

「じゃあ校長に直談判してくる」


 さっと歩いて佐嶋の横を通りすぎようとする。

 だが佐嶋はカジの右腕を掴んで止める。


「もう私がやった」

「嘘」

「嘘じゃない!」


 力強くカジの腕を握りしめていくのがわかる。

 睨みつける佐嶋にきつく睨み返すカジ。


「離して!」

「離さない! 私がどうなったか知ってる? どんだけ罵られたと思っているの。しかも誰も他の役員みんな逃げて、一人で謝ったら、先生からめちゃくちゃ言われた。一生徒のあなたが行ってどうにかならないのよ」

「そんなのわからない」

「あなたにそんな思いをさせたくない」

「少なくともやってわかるまでは、行ってみないと」

「じゃあ。もっと早く来てよ!」


 実行委員長はカッと口を開き、目は涙ぐみ、頬は赤く染まっていた。

 

「早くって。そんなの知らない!」

「うるさい!」


 佐嶋は腕を振り上げた。そしてカジの頭にめがけて、拳を振り下ろした。

 

 俺はその拳を掴んだ。

 俺は無言のまま佐嶋を淡く見つめた。

 佐嶋は目を真っ赤にして睨み返される。


「なによ。あなたは私より、こっちの肩を持つの?」

「違う。お前が俺に言った意味を理解したから止めた」


 佐嶋の拳の抵抗力が増す。だが俺は離さない。


「なに都合の良いこと言ってるの?」

「知ってる。でも俺に言ってお前がやってしまうお前ではないだろ。あの時は俺が頭に血が上ってお前が冷静だったはずだ。今は逆だ。頭を冷やせ」

「あんただって暴力振ったでしょ」

「否定はしない。でもお前が俺と同類になるな。我を失ったらそれこそ誰も近づかなくなる。昔の俺のように」

「……」


 佐嶋は抵抗を止めない。まだ手首に込められた力は緩まない。でも俺は今は佐嶋を止める事にする。

 贖罪とかではない。

 恩返しという綺麗事でもない。

 ただ客観的に見た姿が、他人から見た俺だったのかと、思ってしまった。

 そして暴力をうける相手がその他人の知っている人物。

 その人物がいくら性格が悪くても性格悪い同士の仲なら止めに入るはな。守るために。

 俺がソラが倒れて怒ったのも、カジが殴られそうになったのを止めるのも同じか。

 でもあいつらを許す理由にはならないが、自分の行動を省みることはできたか。

 自分を止めるような感じか。

 

 佐嶋はまだ抵抗を止めない。それよりも彼女はもう片方の腕を伸ばし、するっと俺の脇腹にてをかけようとする。

 俺はもう片方の手で阻止する。


「じゃあ。私の味方になってよ」


 これはどういう意味だ。いや。あの時協力しなかったことを言っているのか。


「敵になった覚えもない」

「じゃあ今からでも」


 何だろう。これは何か違う。さっきまで緊迫してた状態のはずなのに、何故彼女の瞳に威圧感がないのか。

 むしろ嫌な既視感を覚え始めた。


「ストップ!」


 カジが俺と佐嶋の間に割って入った。衝撃で俺と佐嶋の手は離れることができた。

 

 カジはきっと睨み付ける。

 佐嶋は睨み返す。

 暫くのいがみ合いが続いたあと、カジが口を開いた。 


「あなた。学校に入る前からつけていたよね?」


 突然何を言い出すかと思えば、何を根拠に。


「はあ? 何言いがかりをつけているのかしら?」

「校門の近くにいたよね。私気づいていたから」


 校門の近くか。確かに変な感覚があったのは否定しないが、あれは人の気配と言うより、もっと禍々しい感覚だった気がする。

 カジと佐嶋は未だに睨み合いが続いたままだ。

 というかカジは本当に女子との相性が悪いな。それとも、カジと佐嶋を一回ずつ見てみる。

 それは流石に無いと思いたい。

 

「そんなわけない。私はピアノの音が聞こえて、先生に見つかったらいけないから、ここに来たの」

「それにしてはタイミング良すぎる。出方を伺っていたしか思えない」

「だからそれも言いがかり」

「あーもう!」


 二人が取っ組み合いを初めそうな所を俺は二人の手を掴んで止める。


「とりあえずやめろ。そんで先公来るならさっさと逃げるぞ。それかあとは……」


 何だ。急に視界がぐらついた。

 そして頭に激しい痛みが襲いかかってきた。


「響ちゃん!」

「風間くん!」


 なんなんだこれは、こんなこと一度もなかった……。

 俺は抗うことが出来ずに、ばたりと床に倒れた。

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