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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第4章 『転調』
33/47

人のために……。

 どういうことだろう。

 どうすればいいんだろう。

 俺は何がしたい。

 ピアノ弾きたい。

 忘れたい。

 ストレスが消えない。

 ピアノ弾きたい。もう二ヶ月もさわっていない。

 音は……。最近音楽も聞けない。雑音でしかない。

 楽しみを奪われてる。

 酷くイライラする。

 ゲームを取り上げられた子供だな。俺にとってピアノは子供にとってのゲームとほぼ変わらない。

 怒りを吐き出せない。

 いや吐き出しはしたが、納得できる訳ではない。

 ただ感情に任せただけか。

 八つ当たりだな。

 ピアノ以外の事をやっているが、楽しいかと言われるとそうでもないか。

 そうでもないか……。

 そうでもないか……。


「……ちゃん」


 誰かが呼んでいる。


「響ちゃん」


 自分の名前が耳を貫き、目が醒めた。

 目の前にはカジの顔が鼻先が引っ付きそうなぐらい顔を近づけていた。


「おはよう」

「おは……。近いっ」


 カジの両肩を掴んでゆっくりと押し出す。想像通りだったのか、バランスを崩すことなく後ろにさがった。

 相変わらずプライベートスペース関係ない。


「もう少しで自然体の『おはよう』が聞けそうだったのに」


 腕を組んでご立腹そうに「ふん」と鼻息を荒くするカジ。

 俺に何を期待しているんだ。


「はいはい。相変わらず朝から能天気なことで」


 ホシが朝から皺を二本ぐらい増やして顔を歪めている。

 最近顔芸でも覚えたのだろうか。


「まあ。風間君の寝顔でも拝めたからいいんじゃないっ!」


 久江の口を全力で押さえに行き、怯えたように見つめるカジ。


「何故そんな表情をしている」

「それは……。寝顔を見つめていたから、怒るんじゃないかと……」


 いつものバカみたいな自信はなく、右手の親指と中指を擦り合わせている。

 何だそんなことか。


「別にそんなことでは怒らない。というかお前に羞恥の自覚があったことが驚きだ」

「酷い。私だってか弱き女性だよ」

「屋根を飛び移っておいて、か弱きは言い過ぎだ」

「女性は否定しないんだ」

「一度もしたことないだろ。その部分は」


 パッと顔を背けるカジ。感情表現が忙しい奴である。

 感心したような視線の久江と、驚いたような表情のホシ。

 一体何だというのだ。

 まあいいか。放っておこう。

 ベットに視線をやると、白のシーツをかけて静かに眠るソラの姿があった。

 昨日の夜、話し合った……。いやあれはただの言い合いだ。

 いや喧嘩かな。言葉の喧嘩。

 結局何もまとまらなかった。


「ソラちゃん。起きないね」


 いつの間にか俺の横に立っているカジ。

 瞳が悲しく揺らめき、ぎゅっと拳を握りしめていた。 

 彼女を元気づけるためにソラは夜に一度目覚めていたことを伝えようかと考えた。

 だが開きかけた口から声を発することなく飲み込んだ。

 話していいものだろうか。いや。まだだな。


「ソラちゃんは元々体力がある方ではない。連日の練習といい。昨日といい。疲れていたのかもしれない。だから今は少し休んだ方がいいかもしれない」

「そうかも……しれない」


 久江の言葉は案外当たっているかもしれない。連日の練習と昨日の出来事、慣れてない人間に堪えるはずだ。

 とはいえ心配かけさせないように敢えてそう言っている気もする。

 久江の表情を確認すると、こくんと頷き返す。


「そうだな。少し無理させたのかもしれない」

「あんたにしては珍しくまともなこと言うのね」


 ホシの口は平常運転のようだ。


「お前も同じこと思っているだろ」

「まあ。そうだけど」


 ホシの視線がストンと落ちる。

 平常運転なのは口だけか。

 まあ。いつの間にか俺以上にソラを気にしているようになった。


「とりあえず。ホシはこのまま見守っといてくれ。まだ土日あるだろう」

「え。ちょっとあんたはどうするの?」

「ちょっと外の空気吸ってくる」

「またぁ!?」


 呆れた顔を見せるホシ。リアクション芸人認定だな。


「そう言うな。ちょっと色々あんだよ……。その代わりお前はしっかりソラを見張っとけ!」

「あんたに言われなくてもそのつもり!」


 ベッと舌を見せつけてきたホシ。

 対して俺は特に何も言わずに彼女らに背を向けた。


「あと、久江もソラのこと頼む」

「ついでで言うな!」


 後ろからギャーギャーと騒ぐ声が聞こえた。

 少しも気に止めず、病室の扉をゆっくりと開いた。



 廊下を歩いていると、後ろから近づく足音が聞こえた。


「響ちゃん。どこ行くの?」


 バカみたいに背中をぎゅっと抱きしめてきた。

 相変わらず人がいる状況っていうのに堂々とやってくる。


「おまえ。人がいるのをわかってやってるな」

「響ちゃんが絶対抵抗しない唯一の方法」

「そうでもないぞ」


 ガシッとカジの頭を鷲掴みにする。そしてワシャワシャと髪を引っ掻き回してやる。


「ちょ、ちょ、響ちゃん!」


 するとカジは腰に巻き付けていた腕を上に持ってき、首に絡みつく。


「お返し!」


 思ったより力強く首を絞めてきた。俺はカジの腕を掴んだ。このまま強引に振りほどいても良いが、それはそれで危険だから、彼女の首をすっと撫でる。


「ふあ」


 力が抜けた瞬間に、すっと腕を振りほどいて距離を取る。

 ふらっと揺れるカジだが、何とか踏み止まり首を気にしながらこちらを見つめる。


「ひどいよ。美女にすることではないでしょ」

「自分で美女と言うな」

「いいじゃん。減るもんでもないし」


 そういう意味では……。

 こいつに何を言っても無駄か。

 しかも嬉しそうにしているし、髪がボサボサなのに何か嬉しそうにしている。気味が悪いな。


「んで。用があってわざわざ追いかけてきたんだよな」


 とりあえず適当に鎌をかけてみる。確証もないし、カジの場合、俺と一緒にいたいという理由が九割だからな。


「あ、バレた?」


 今回は一割の方みたいだ。


「どうして?」

「勘だ」

「そう」


 ふざけたような表情は収まり、スッと俺に向き直る。


「どうするつもりなの?」

「どうするって。今はわからん」


 あの場を離れたのも、特に具体的な理由ない。

 本能的に離れるべきだと命令された気がした。

 それなら家で一人になろうとも思った。

 でもたぶん数分足らずで今と同じ状況になる。

 さて、どうしたものか。

 帰ってもできることはない。

 カジにピアノを教えるくらいか……。

 でも肝心のコンテストが、なくなるかもしれないとか言っていたな……。

 ああ。そういえば、そうだな。


「とりあえず。ソラとカジの努力が報われる方法を探さないとな」

「どういうこと……。あっ……」


 察しのいいやつだ。

 いや。知っていたのか。


「あの実行委員長から何か聞いたか」

「え? 聞いていないけど、あんな騒ぎがあったからね」


 本当に察しのいいやつだ。

 その分話が早いから助かるから、まあいい。


「それで、策はあるの?」

「ない」

「マジ」

「だが当てはある」

「実行委員長さん?」


 本当に話が早い。説明する手間が減るのは助かる。


「そうなるな。今どこにいるか知らないが、まあ学校に行けば出くわすだろう。たぶんまだ事後処理が残っていそうだ」

「珍しいね?」

「何がだ?」

「響ちゃんが自ら人のために動くなんて」


 カジは笑うことなく。物珍しそうに俺の体をなぞる様に眺める。

 人のために……。ね。


「ただの気分だ」

「ホントー?」


 疑い深く俺を注視してくるカジ。面倒くさい野郎だな。

 

「別にいいだろ。お前に不利な点があるか」

「無い! だからついていく」

「好きにしろ」

「あれ。拒絶しないんだ」

「拒絶してお前が応じたことあるか」

「無い!」

「そういうことだ」


 カジの性格はだいたい把握していた。あいつが後ろから追ってきた時点でこうなるのはわかっていた。

 まあ。一人でするよりはいいか。勝手にストッパーになってくれそうだし。

 何も言わずにカジに背を向けて歩き始める。


「ちょっと待ってよ」


 全力で走って俺の横に並ぶカジ。

 にやにやと笑うカジ。

 気味が悪い。

 まあいいか。

 適当にやっていたら、適当に何とかするだろう。

 不安材料は多くあるが、何とかなりそうな気がするという根拠のない自信を持ちつつ、俺らは病院を後にした。


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