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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第4章 『転調』
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待合室

 フラフラと歩きながら、病院に戻っていく。

 待合室に戻ると、淡い蛍光灯の光と座椅子が鎮座しているだけだった。

 誰もいない。

 ソラの様子でも見に行っているのか……。

 俺も見に行くか。

 一歩足を進める。


『たとえ、あなたが行ったところで殆ど変わらない』


 脳裏に過る言葉。

 そんなはずはない。とは言い切れはしない。でも何もできない自分が嫌だった。


「蹴り魔さん」


 立ち尽くしていると、前の暗い廊下からゆっくりと現れた。

 実行委員長。

 突然過ぎて一瞬身構えたが、疲れ切った姿を見てその警戒は解いた。

 最初の頃の覇気など全くない。少しやつれた様な顔、茶色の髪は少し乱れている。


「雰囲気違うな」

「雰囲気違う。ね」


 歯切れが悪い。

 ああ。なんとなく察しがいった。たぶんアレの後処理だろう。

 ズルっと足を引き摺るように歩いてくる。


「疲れた」


 突然佐嶋が俺に向かって倒れ込んできた。咄嗟に俺は彼女を受け止めるしかなかった。

 思ったより軽く、小さく思えた。

 そして彼女は小刻みに体が震えていた。


「つらい」


 佐嶋は微かにグスンと鼻をすすった。

 突然泣く姿に困惑する。

 こんな状況は初めてだ。こういう時はどうすればいい。

 素直に話を聞いてあげるべきか、それとも無視をするか。

 いや。無視をしたところで、その後がたぶん面倒な気もする。


「どうした」

「コンテストがなくなるかもしれない」

「……」


 ああ。そうだろうな。暴力事件まで起きてしまった以上、存続は厳しいだろう。


「あなたは悪くないのに」

「……」


 何故今俺を擁護したのだろうか。そんな余裕など佐嶋にはないはずだろう。

 それに悪くないとはいえ、あの場で何もできなかったことに、俺自身は許せない。

 ソラが傷つけられたことがつらい。


「友達は大丈夫だったの?」

「命に別状はないようだ。だが今は寝ている」

「そう」


 彼女は静かに俺の胸に手を添えてくる。


「あなたは大丈夫なの?」


 大丈夫か。正直大丈夫からは程遠い。だが答えるつもりはない。


「お前は大丈夫なのか」

「大丈夫なんか……。ない」


 彼女は顔を埋めたまま、グスンと再度鼻をすする。


「そうか」


 こういう時の言葉のかけ方がわからない。

 ただこの状況を長く続けるのもよくない気がする。 

 俺は佐嶋の両肩をそっと押す。

 彼女は抵抗することなく、すっと離れた。


「蹴り魔さんって、もっと乱暴かと思った」


 目の周りが仄かに赤くなっていた。


「否定はしない」


 沈黙の時間が流れる。物音一つ聞こえない。向かい合ったままでいる俺と佐嶋。


「とりあえず、座っていい?」

 

 近くの座椅子に視線を移す。その佐嶋の脚がかすかに震えていたのが見てわかった。


「ああ。わかった」

「ありがとう」


 佐嶋と同じ茶色の座椅子に腰を下ろす。佐嶋とは人一人分だけ離れている。

 沈黙の時間。

 特に話しかけることが思いつかなかい。


「どうしたらいいのかな」


 膝にしっかり拳をのせて、俯いたまま呟く。

 佐嶋は俺に問いかけているのか、それとも独り言なのか。


「わからん」


 素直に答える以外ない。


「コンテストなくなるかもしれないというのに、何も思わないの?」


 佐嶋はゆっくりと俺を見つめてきた。

 別に何も思わないわけではない。ただそれ以上のことがある。 


「多少はだな」

「血も涙もないわけではなさそうね」


 どういう印象を持たれているのだ。噂がひとり歩きすればそうなるものなのか。

 佐嶋はちょっと笑っているし。


「あれ。かなり酷いこと言ったはずなのに反応ないのね」

「確信犯か。生憎その手の人間を俺は嫌というほど知っているので」

「ああ。あなたが変わるきっかけでもなった人」

「いや。違う」


 そんなことはない。あいつは突然現れて突然俺のプライベートに侵入し、そして何故か執拗に頼ってきた。

 何でそんなに頼るのか、未だに謎だ。


「そんなことはどうでもいい。コンテスト存続の策はあるのか」

「……」


 黙り込む。

 無いのか。

 もしかしたら文化祭自体がなくなる危険性すらあり得る。それは困るか。

 どうなんだろう。


「ないよ! だから頼っているんじゃない!」


 いきなり立ち上がり叫んできた。きつく目を釣り上げ、鋭く睨まれる。

 人生で初めて目を丸くした。


「どうしたんだ」

「どうしたって、私にはどうすればいいか分からない。楽しくしようと思ったのに、結果あんなことになって。そしたら教師から管理が成ってないと言われ、同じ役員メンバーには見放された。どうしたらいいのか分からない!」


 腕を下に伸ばしぎゅっと拳を握りしめ、口の形が歪み固く結ぶ彼女を見つめるしかできない。

 八つ当たりだ。

 俺はただ現状を尋ねただけだ。

 それに頼っているって言われても、こんな俺をなぜ頼る。


「あ。もう言わせないで! 頼れる人間がいないの!」


 彼女の声の残響が、やけに長く聞こえた。

 頼れる人間がいない、か。

 だから藁でもすがりたい気持ちだったのか。

 ああ。


「そうか。悪い」

「もういい」


 彼女は顔を伏せ、俺に背を向けた。

 手のひらを顔に当てて、ぐすりと一つ聞こえた。

 もう何も言わず走っていった。

 足音がいつもより大きく聞こえた気がした。

 胸に残るチクっとした痛み。

 今まで散々、俺から逃げる奴等を見てきたが、こうも自分に痛みを覚えたのは初めてだった。


 そして引き止めようと思ったのも初めてだった。

 

 

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