思い上がり
「君が何もしなかったのは結果的に良かった」
久江が回る椅子に乗っかるように座り、真っ暗になった外を眺める。
俺は床に座り込んだまま何も言わない。
「手を出さなかったのもね」
足される言葉、だけどそれは褒められているとは思わない。
「けどソラは……」
「それは君のせいではないよ」
「そうだけど、そうだけど」
この言葉にならないわだかまりは何だ。この後悔しかない気持ちはなんだ。
手首を掴む力がぎゅっと入る。
「そうだよ。これは私達のせいだよ。私達が守れなかった」
「あんたは関係ない。これはアタイが……」
ホシがぎりっと歯を食い縛り、握っている拳がプルプルと震えていた。
「いや。俺が助けに行けばソラはケガをしなくて……」
「それだと響ちゃんが学校にいられなくなってた!」
「じゃあ。なんでこんな結果になった!」
俺は二人を睨みつける。
「ちょっと。それは二人に酷いよ」
久江は飛び降りて、二人の前に立つ。
俺は激しく床を踏みつけ、視線を落とす。
怒りをぶつける相手が違う。俺はあの瞬間、確かにカジ達に役割を任した。だからこの二人に当たるのは違うはず。
頭では理解していても、俺の怒りが収まってくれない。
殴った奴に一発でも蹴りを入れていたら少しはマシになったのかもしれない。
でもそうできなかった。
「ソラはまだ目覚めないのか」
「うん。まだ。話を聞く限り命に関わる異常はないみたい。たぶん倒れたときに軽く後頭部をぶつけたショックで気を失っているだけだから」
その話は気休めにもならない。
結局意識を失っていることには変わりない。
「カジ、ホシ、何があったか。教えてくれ」
二人視線を合わせずに、耳だけ傾ける。
「わかった」
「銀髪娘、説明は頼んだ。アタイはソラちゃんの様子を見てくる」
ホシはこの場を離れて、ソラがいる病室に入っていく。この話を避けるように。
だが俺にホシを呼び止める理由も気力もなかった。
足音の音が消えて、しばしの沈黙が流れる。
カジのため息が一つ聞こえたあと、ゆっくりと話し始めた。
「私達が体育館に到着した時、偶然にも鬼役は誰もいなくて、ソラちゃんを救出するまでは問題なかった。だけどギリギリになって、鬼役が集団で現れて、慌てて他の人を解放させたら、終了間際にどっちが勝ち切ったか分からなくなって、そしたら一部の男子たちが揉め始めて、それが広がって、わたしたちも巻き込まれてそれをソラちゃんが庇ってくれた」
「ソラが自らか」
「そう」
ソラの方がよっぽど体を張っているじゃないか。
筋力も運動神経も、たぶん俺より無いのに自分から庇いにいったのか……。
「ずっとソラがカジ達の前にいたのか」
「そう、だね」
その姿が思い浮かんでくる。
たぶん脚を震わせながらも、腕を大きく広げている姿が、
それに代わって俺は、ただプールに飛び込んだだけか。
酷く胸が疼いた。
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
俺は立ち上がった。
「わかった」
「また勝手にいなくならないでよ」
「……」
久江の冗談に突っ込む気力なんてない。ただ否定の言葉は言わない。
俺は手だけ振って、理解したと言う合図だけ送ってこの場を去った。
外は真っ暗になっていた。病院の目の前の通りは車は一台も通らず、静まり返っていた。
ここに来たときは学校の職員や生徒で人がごった返していたが……。
「はあ」
ため息が止まらない。
フラフラと歩き、近くの公園のベンチに深く座り、ボーッと空を見上げる。
ソラがケガをして気を失った。それが酷く胸が傷む。
理由はわからない。
今まで誰かが傷つこうが、何とも思わなかった。
傍から聞いたら酷い話かもしれない。
その自覚はあるし、今更自分を正当化するつもりなんてない。
ただ誰かに疎まれ、貶され続けたら、「人なんて」と思っていた。いやでもそう思いたくなった。
けど、今回は違う。
くそったれ。
何度も頭を手のひらで強く叩く。
「あら。ここで何をやっているのかしらね」
耳元で聞こえる声に突如スッと血の気が引くような感覚が襲う。
前にも似たような感覚を味わったことがある。
「フフ。あなた今、自分なら彼を守れたのにとか思った?」
この重くずっしりと来るような感覚。
視線だけを必死に動かして、何とか捉えた姿。
「いつから悲劇の主人公になったのかしら」
血の様な赤い髪に、少し上に吊り上がった目で、常に誰かを嘲笑う様に含んだ口元。
「テメェ」
「あら、覚えていたのね」
「何が悲劇の主人公だ」
「そうじゃないの? 友達が傷ついて、自分だったら守れたと考えた勘違い野郎ではなかったの?」
何故わかる。何故知っている。どこで見ていた。相応なる理由が止めどなくあふれる。でもそれ以上に自分の感情を侮辱されたことによる怒りが湧き上がる。
「……。だったらどうした?」
「酷い思い上がり」
「なんだと! てめえ! ッ!!!」
俺は掴みかかろうとするが、全く動けなかった。
上からとてつもない力で抑えつけられているような感覚だ。全く動けない。
「フッ。それにあなたが行ったところで、殆ど変わらなかった」
「な、何を」
「たとえあなたが相手をボコボコにして守った所で、守られた相手はあなたに感謝するのかしら?」
「……」
言葉が出なかった。
返すことはできない。
暴力をふるって得られたのなんて、誹謗と中傷と失望の目。
自分の身を守るためでも、相手が攻めて来たのをし返したって、全て暴力を振るった自分が悪い。どんな状況に陥っても誰も俺を味方にする人なんていなかった。
感謝なんて、感謝なんて一つもない。人生で一つもない。
「何かできたのなんて、あなたの思い上がり、エゴ」
「……」
最後の言葉を耳元で囁いてきた。
そうなのかもしれない。そうなのかもしれない。
けど、それなら……。
「じゃあ。なんでソラは傷つく必要なんてないだろ」
「ふーん」
彼女は気持ち悪く。頬が裂けるじゃないかと思うほど口を広げ、ニヤリと笑った。それがどういう意味かなんて俺には想像ができない。
ただ背筋を撫でられるような寒気が襲ってきた。
「お前は何を知っている」
「さあ?」
「ふざけるなっ」
グッと心臓が掴まれる様な、痛みと苦しみが襲う。呼吸は辛うじてできるが、声が出ない。
どういう意味だ。ソラに傷つく理由があるというのか。あいつが他人に何か害を加える人間には思えない。勝手な推測だがそうは思えない。
「それは何だという目をしているね。それはあなたの耳で確かめたら」
「……」
「それを知ったらまたあなたは戻ってくるはず。そのときにまた会いましょ」
訳のわからない言葉を残して、奴は踵を返した。夜の闇に消えるように立ち去っていた。
俺はがっくりと地面に膝が落ちる。
「ゼェ。ハァ」
心臓が酷く痛む。呼吸をするたびに胸が軋む。汗が止まらない。
体がもたない。
あと、あいつは何なんだ。何故知っている。何者で。何がしたくて、何を求めている。
黒髪の女性といい。赤髪といい。あいつらは何がしたいんだ。
ぐちゃぐちゃになっていく思考。意味の分からない言葉。その答えがわかることなく、ただ何だと、何故、という言葉を繰り返した。




