ドロタンの終幕
「ゼロ! 終了!」
終わった。
終了の放送が聞こえたと同時に緊張していた筋肉が緩み、どっと疲労が襲ってきた。
倒れるように目の前の扉を押し開き、向かいのロッカーに背中を貼りつけて、赤い帽子を鷲掴んでから外しながら、ズルズルと床に座り込んだ。
狭いロッカーの窮屈な環境から解放された。
けど、服はびっしょびっしょ。肌と服が引っ付く気持ち悪い感覚はまだ残っている。
早くシャワーを浴びたい。
気休め程度に襟元を掴んでパタパタと扇いで風を通す。
少しはマシか。
慣れないことはするものではない。
屋上からプールへのダイブ。久しぶりに走馬灯が見えかけた。大袈裟に聞こえるが、実際に宙を浮いている間は妙に時間が長く感じ、変な回想が頭を過ぎったから、大袈裟でもなくなった。
肝を冷やしかけた。
そんな体験をしてからのずぶ濡れの状態の逃走。ロッカーへの逃げ込み。
そして鬼役に見つからないようにやり過ごす。
精神がギリギリだった。
結果的にうまくいってよかった。
少しだけ休憩するか。
体をロッカーに預け、ゆったりとくつろぐ。
「折角勝ったのに、無様な格好」
声と共に横から目を塞ぎたくなる程の強い光が直撃する。
顔の前に手をかざし、眩しさを和らげると、その相手を確認できた。
相手を確認できたので、俺は正面のロッカーに向き直る。
「なんであんたがここにいる。あとここ男子更衣室」
「……あ、そうね。勝敗の確認をする為とでも言えばいいかしら」
「御苦労なことで」
全く佐嶋実行委員長様は面倒な仕事をしていらっしゃる。
懐中電灯まで所持して……。
「電気をつければいいものの」
「ああ。ここの更衣室、電気壊れてるから」
「そうですか」
全く準備がいいことで。
「で、本当はなんの用だ。まさか男性の濡れた姿を見るのが趣味とか言わないでくれ」
「まさか。そんな特殊な趣味を持ちの人間がいたら、逆に私に教えてくれる?」
「そうか。ならいい」
冷やかしだったつもりだが、顔色一つ変えず答えてきた。
意外と柔軟なやつ。いや……。いきなりドロタンを強行する人間だ。アホか天然かの二択になるのか。
まぁ。実際、そんな特殊な趣味の人間、可能性があるならあいつだけだろう。特に教えるつもりもないが。
「本題もあるけど、もう一つ理由付けるなら、一匹狼の蹴り魔さんが団体で出場していること」
特に表情を変えることなく、平然と話す佐嶋。
何をそんなに気になることなのか、俺が誰かといることに……。
ここ最近人といることが多いが、気にするほどでもないだろうに。
「物好きな奴だ」
「そうね。常識人からすると私の行動は理解し難いかしら」
自覚はあるのか。
「で、何故? オカルト研で、というか、誰かと一緒に参加しているの?」
「答える気はない」
答えるつもりないし、そもそも説明するのも面倒だ。というか正直あんまりよくわかっていない。
「やっぱりそうか。ここで簡単に話したら話したでイメージが違うし」
勝手にイメージをつけやがって。
そもそも佐嶋に合わせたイメージをしているわけではない。
「わかった。とりあえず。三十分逃げきった事は確かかな?」
「ああ」
「本題だけど、その格好で悪いけど早急に体育館に来てくれない?」
佐嶋の表情に焦りの色がチラついた。
早急にか。何かあったのか。
「何故だ」
「説明すると、ドロタンのルールで捕まった人を生きている人が助けると解放するルールがあるんだけど、それが残り三十秒程度で何十人か解放されて、そして体育館で探偵役との大勢との戦いになって、タッチが早かったとか早くなかったとか揉めている現状」
「それで確実に逃げ切っている俺が行くことで話がまとまると」
こくんと頷く佐嶋。
面倒だな。それにそんな簡単に事が運ぶのだろうか。
「どうだろうな。普通の奴ならうまくいくかもしれんが、俺だからな。素直に話を聞いてくれるかどうか」
「それは私がはっきりと擁護するつもり」
「ほう」
「疑っている?」
「まあ。そうだろう。初対面に対して擁護すると言われて信じる方がおかしい」
実行委員長という肩書きはあっても、初対面という事実には勝てない。それに……。
「俺が嘘を言っているという線を考えなかったのか」
「……」
佐嶋は口籠る。まるで予想していなかったかのように。
そんな気がした。佐嶋はたぶん真っ直ぐな人間だろう、根は純粋だろう。
「んー。嘘をついている人間が、自分から嘘を言っているって言うかしら?」
あとから思いついた理由を絞り出したのか、それとも純粋な疑問か。
「さあな。ただ仮にお前が信じたとしても、他の人が俺を信じるかは別物だと言うことを知っとけ」
もう俺が嫌われていることは知っている。
正直嫌われることに関してはもう慣れた。
「あなたって、案外話すのね」
今度は俺が口ごもってしまった。
そして、その原因となる人物が頭を過り、複雑な気持ちになる。
正直今佐嶋が言うまで、気が付かなかった。こんなに口数が多くなったのも、あいつ、いやあいつらに振り回されたせいだ。
あいつらが……だな。
「面倒だか、正直行きたくないが、このままとんずらというわけにはいかないのだろう?」
「あら、なんだかんだ物分かりいいのね」
「さあな」
俺は大袈裟に手のひらを上に向ける。
びっしょびっしょの体を無理やり立ち上がらせる。やっぱり重いし気持ち悪さは変わらない。ただ、このまま帰るとカジの目的が達せられないというか、あとあと面倒事を被る気もする。
だがその前に、最後に一つだけ気になっていることがある。
「行く前に一つ訊きたい。お前……。何か隠してるか」
佐嶋は一瞬目を丸くしたあと、ニヤッと笑みを浮かべた。
「あなたと同じように言うなら、さあね?」
「そうか。まあ細かいことを訊いてもどうせはぐらかすから訊かない。その代わり弁護だけはしろよ」
「ああ。それはするから心配しないで」
その含みのある言い方で何か裏があるのは予想通りだった。そもそもここで見つけること事態おかしいからな。だが今はいい。この様な相手はどうせ答えない。今は害がないならほっとけばいい。それに面倒だし、もうあまり話する気力がない。
「ふふ。あなたたちは……」
「何か言ったか?」
「いや? 言ってないから」
何か小声で呟いたのは分かったが、それが何と言ったかは俺にはわからなかった。
体育館に入った時。
騒然としていた。
佐嶋の話から察するにある程度の予想はしていた。けどこれはその予想を超えていた。
いや超えてほしくはなかった。
叫び声が聞こえる、怒鳴り声が聞こえる、泣き声が聞こえる。
何人かが倒れて、うずくまっている。
中心ではまだ小競り合いが続いている。
先公はいない。何でここまでになっても来ない。
「どうなってんだ。お前」
「私の役員が止めてたはずなのに」
佐嶋は襟につけていたマイクを口元に合わせる。
「どうなってんの。誰か答えて」
「今、向かっています。あと少しで来ます」
「急いで!」
マイクを壊す勢いで叫ぶ。
俺たちが来たところで全く意味がない。乱闘が終わる気配が見えない。
これでは、ドロタンもコンテストどころではない。
ぐっと脚に力をこめる。
「あなたは絶対に暴力を振らないで」
俺の行動を予見したか、くぎを刺さされた。
「じゃあどうしろと!」
「先生が来てそれで終了。今回は、何もルールを破っていない。あなたが罰則の対象に成り下がるのは実行委員長として許さない」
ギロッと見つめる。
ただ見るしかできないのか、いやでもそれしかできないか。
突っ込もうとした脚を押し留まる。
「きゃあああ!」
ひと際大きい悲鳴が聞こえた。集団の後方からだ。いがみ合っている集団が邪魔して何も見えない。
必死に目を凝らして、その方向を見つめた。
「!!」
一人の生徒が床に倒れていく。仰向けに天井を仰ぎ見ながら、背中から床に崩れていった。
「ソ、ソ、ソラああああああ!」




