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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第3章 『ドロタン』
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ドロタンの終幕

「ゼロ! 終了!」


 終わった。

 終了の放送が聞こえたと同時に緊張していた筋肉が緩み、どっと疲労が襲ってきた。

 倒れるように目の前の扉を押し開き、向かいのロッカーに背中を貼りつけて、赤い帽子を鷲掴んでから外しながら、ズルズルと床に座り込んだ。

 狭いロッカーの窮屈な環境から解放された。

 けど、服はびっしょびっしょ。肌と服が引っ付く気持ち悪い感覚はまだ残っている。

 早くシャワーを浴びたい。

 気休め程度に襟元を掴んでパタパタと扇いで風を通す。

 少しはマシか。

 慣れないことはするものではない。

 屋上からプールへのダイブ。久しぶりに走馬灯が見えかけた。大袈裟に聞こえるが、実際に宙を浮いている間は妙に時間が長く感じ、変な回想が頭を過ぎったから、大袈裟でもなくなった。

 肝を冷やしかけた。

 そんな体験をしてからのずぶ濡れの状態の逃走。ロッカーへの逃げ込み。

 そして鬼役に見つからないようにやり過ごす。

 精神がギリギリだった。

 結果的にうまくいってよかった。

 少しだけ休憩するか。

 体をロッカーに預け、ゆったりとくつろぐ。


「折角勝ったのに、無様な格好」


 声と共に横から目を塞ぎたくなる程の強い光が直撃する。

 顔の前に手をかざし、眩しさを和らげると、その相手を確認できた。

 相手を確認できたので、俺は正面のロッカーに向き直る。


「なんであんたがここにいる。あとここ男子更衣室」

「……あ、そうね。勝敗の確認をする為とでも言えばいいかしら」

「御苦労なことで」


 全く佐嶋実行委員長様は面倒な仕事をしていらっしゃる。

 懐中電灯まで所持して……。


「電気をつければいいものの」

「ああ。ここの更衣室、電気壊れてるから」

「そうですか」


 全く準備がいいことで。


「で、本当はなんの用だ。まさか男性の濡れた姿を見るのが趣味とか言わないでくれ」

「まさか。そんな特殊な趣味を持ちの人間がいたら、逆に私に教えてくれる?」

「そうか。ならいい」


 冷やかしだったつもりだが、顔色一つ変えず答えてきた。

 意外と柔軟なやつ。いや……。いきなりドロタンを強行する人間だ。アホか天然かの二択になるのか。

 まぁ。実際、そんな特殊な趣味の人間、可能性があるならあいつだけだろう。特に教えるつもりもないが。


「本題もあるけど、もう一つ理由付けるなら、一匹狼の蹴り魔さんが団体で出場していること」


 特に表情を変えることなく、平然と話す佐嶋。

 何をそんなに気になることなのか、俺が誰かといることに……。

 ここ最近人といることが多いが、気にするほどでもないだろうに。


「物好きな奴だ」

「そうね。常識人からすると私の行動は理解し難いかしら」


 自覚はあるのか。

 

「で、何故? オカルト研で、というか、誰かと一緒に参加しているの?」

「答える気はない」


 答えるつもりないし、そもそも説明するのも面倒だ。というか正直あんまりよくわかっていない。


「やっぱりそうか。ここで簡単に話したら話したでイメージが違うし」


 勝手にイメージをつけやがって。

 そもそも佐嶋に合わせたイメージをしているわけではない。


「わかった。とりあえず。三十分逃げきった事は確かかな?」

「ああ」

「本題だけど、その格好で悪いけど早急に体育館に来てくれない?」


 佐嶋の表情に焦りの色がチラついた。 

 早急にか。何かあったのか。


「何故だ」

「説明すると、ドロタンのルールで捕まった人を生きている人が助けると解放するルールがあるんだけど、それが残り三十秒程度で何十人か解放されて、そして体育館で探偵役との大勢との戦いになって、タッチが早かったとか早くなかったとか揉めている現状」

「それで確実に逃げ切っている俺が行くことで話がまとまると」


 こくんと頷く佐嶋。

 面倒だな。それにそんな簡単に事が運ぶのだろうか。


「どうだろうな。普通の奴ならうまくいくかもしれんが、俺だからな。素直に話を聞いてくれるかどうか」

「それは私がはっきりと擁護するつもり」

「ほう」

「疑っている?」

「まあ。そうだろう。初対面に対して擁護すると言われて信じる方がおかしい」

 

 実行委員長という肩書きはあっても、初対面という事実には勝てない。それに……。


「俺が嘘を言っているという線を考えなかったのか」

「……」


 佐嶋は口籠る。まるで予想していなかったかのように。

 そんな気がした。佐嶋はたぶん真っ直ぐな人間だろう、根は純粋だろう。


「んー。嘘をついている人間が、自分から嘘を言っているって言うかしら?」


 あとから思いついた理由を絞り出したのか、それとも純粋な疑問か。


「さあな。ただ仮にお前が信じたとしても、他の人が俺を信じるかは別物だと言うことを知っとけ」


 もう俺が嫌われていることは知っている。

 正直嫌われることに関してはもう慣れた。


「あなたって、案外話すのね」


 今度は俺が口ごもってしまった。

 そして、その原因となる人物が頭を過り、複雑な気持ちになる。

 正直今佐嶋が言うまで、気が付かなかった。こんなに口数が多くなったのも、あいつ、いやあいつらに振り回されたせいだ。

 あいつらが……だな。


「面倒だか、正直行きたくないが、このままとんずらというわけにはいかないのだろう?」

「あら、なんだかんだ物分かりいいのね」

「さあな」


 俺は大袈裟に手のひらを上に向ける。

 びっしょびっしょの体を無理やり立ち上がらせる。やっぱり重いし気持ち悪さは変わらない。ただ、このまま帰るとカジの目的が達せられないというか、あとあと面倒事を被る気もする。

 だがその前に、最後に一つだけ気になっていることがある。


「行く前に一つ訊きたい。お前……。何か隠してるか」


 佐嶋は一瞬目を丸くしたあと、ニヤッと笑みを浮かべた。


「あなたと同じように言うなら、さあね?」

「そうか。まあ細かいことを訊いてもどうせはぐらかすから訊かない。その代わり弁護だけはしろよ」

「ああ。それはするから心配しないで」

 

 その含みのある言い方で何か裏があるのは予想通りだった。そもそもここで見つけること事態おかしいからな。だが今はいい。この様な相手はどうせ答えない。今は害がないならほっとけばいい。それに面倒だし、もうあまり話する気力がない。


「ふふ。あなたたちは……」

「何か言ったか?」

「いや? 言ってないから」


 何か小声で呟いたのは分かったが、それが何と言ったかは俺にはわからなかった。


 

 体育館に入った時。

 騒然としていた。

 

 佐嶋の話から察するにある程度の予想はしていた。けどこれはその予想を超えていた。

 いや超えてほしくはなかった。

 叫び声が聞こえる、怒鳴り声が聞こえる、泣き声が聞こえる。

 何人かが倒れて、うずくまっている。

 中心ではまだ小競り合いが続いている。

 先公はいない。何でここまでになっても来ない。


「どうなってんだ。お前」

「私の役員が止めてたはずなのに」


 佐嶋は襟につけていたマイクを口元に合わせる。


「どうなってんの。誰か答えて」

「今、向かっています。あと少しで来ます」

「急いで!」


 マイクを壊す勢いで叫ぶ。

 俺たちが来たところで全く意味がない。乱闘が終わる気配が見えない。

 これでは、ドロタンもコンテストどころではない。

 ぐっと脚に力をこめる。

 

「あなたは絶対に暴力を振らないで」


 俺の行動を予見したか、くぎを刺さされた。


「じゃあどうしろと!」

「先生が来てそれで終了。今回は、何もルールを破っていない。あなたが罰則の対象に成り下がるのは実行委員長として許さない」


 ギロッと見つめる。

 ただ見るしかできないのか、いやでもそれしかできないか。

 突っ込もうとした脚を押し留まる。


「きゃあああ!」


 ひと際大きい悲鳴が聞こえた。集団の後方からだ。いがみ合っている集団が邪魔して何も見えない。

 必死に目を凝らして、その方向を見つめた。


「!!」


 一人の生徒が床に倒れていく。仰向けに天井を仰ぎ見ながら、背中から床に崩れていった。


「ソ、ソ、ソラああああああ!」


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