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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第3章 『ドロタン』
22/47

ドロタンに落ち着く暇はない 1

「ぎゃあああ!」

「離れろ! うまく逃げられないだろ!」

「だって怖いよ! あんな人数に捕まったらなんかされるかもしれないじゃない」

「んなわけ……」

 

 ホシの言う通りならただの鬼ごっこだ。タッチされたら終わりだと思うが。


「待たんかいこら!」


 ラグビー部かプロレス部か知らないが、体格がガッチガチの男どもが十人ぐらいが凄い勢いで追いかけてくる。

 あれには捕まりたくないな。

 メンドクサイな。

 ソラはそろそろ限界そうな顔をしている。それにホシは俺たちを残してもう先に逃げているし。カジはいつも通りやし、どうするか。

 

「風間君! 僕が囮になるから渚さんを抱えて逃げて!」


 突然ソラが、ソラらしくない程、必死な表情になる。


「おい。マジか」

「マジだよ! それに他のみんなが最後の一人が逃げ切れたらいいから、ここは共倒れになるより一人の犠牲で二人生きるならそっちのほうが良い」

「……わかった」


 合理的なのは理解したが、正直言ってあまりしてほしくない作戦だった。けどソラの力の入れた言葉にただ合意するしかなかった。

 ソラは俺とアイコンタクトをとったあと、別方向に走っていった。何人かはソラに行ったが、三人くらいはこっちに向かってきている。


「おいカジ!」

「怖い!」


 カジは未だに目をつぶりながら俺の腕にしがみついている。


「ちっ」


 俺はカジを脚から持ち上げて抱き、校舎内に逃げ込む。

 階段を上り、廊下の角を駆使して逃げまわり、何とか教室の中に隠れてやり過ごした。足音が聞こえなくなって廊下を眺める。とりあえず今はいない。ただ相手は百人以上、すぐ見つかってまた逃げることになる。その間に蹲っているカジを叩き起こさないと。


「おい。起きろカジ」

「ふ、ふえ!?」


 軽く頭を叩き、体を揺すると、瞳をパチクリとしてから、すっと体を起こした。


「あれ? ソラ君は」

「ああ。本人の希望で囮になった」

「え。何で?」

「このドロタンは一人でも逃げ切ればいいから、ソラが俺たちを逃がすために自ら囮になった」

「何で、何でそんな事」


 カジの反応が妙だ。いつものテンションではなく、ちょっと焦燥感に駆られた表情をしている。

 何か勘違いをしているか、それとも……。


「おい。落ち着け。これはただの鬼ごっこだ。別にソラが居なくなるわけではないぞ」

「え。あ、うん。そうだよね」


 自らに無理やり納得させるため数回頷きながら、俺の言葉を咀嚼するように理解したのか、徐にカジの体の震えが止まった。


「大丈夫か」

「大丈夫。ちょっと気が動転していた」


 カジらしくない、か細い声だった。

 気が動転か。珍しいな。

 いや初めてだな。

 気にはなった。けどその理由を訊ける程、距離が近づいているとは思ってもいない。それに人は、それぞれ何かしら抱えているモノはあるだろう。

 だから訊かない。

 俺は体育座りで休憩している彼女を見つつ外を警戒する。

 ソラはたぶん無理だな。でも捕まったらどこに行くのか。ポケットからスマホを取り出してドロタンもしくはケイドロを調べる。

 スマホを上にスライドし、説明を流し読みする。

 なるほど、泥棒側は捕まったら牢屋に移動するのか。捕まっていない泥棒が捕まっている泥棒にタッチすると救出もできるのか。

 牢屋ってどこだ? 体育館か? はっきりと場所を聞いていないからな。

 リスクが大きいな。

 場所の不確かで、守りを固めているから救えても一人ぐらいで、離脱しようにも捕まるな。素直に逃げ回った方がいいか。


「って、響ちゃんが私を心配した!」

「静かにしろ」


 絶叫をあげて俺に迫るカジの肩を掴み口を押さえて音漏れを防いだ。


「カジ、状況わかっているか?」


 息からギリギリ声に変わる位の声質と声量で話しかける。


「えっ。とりあえず鬼ごっこしているのでしょ」

「そうだ。それで今隠れているから、出来る限り大声を出すな」

「それは私にアイデンティティーを消せという命令?」

「お前は話していないと生きていけないのか」

「逆にずっと黙っているってそれこそ難しくない?」

「時と場合だ。今から大体二十五分くらいは静かにできるだろ」

「五秒で破る自信ある!」

「ひどい自信だな」


 とりあえず今のやり取りでカジが元に戻った確信は得た。

 ただどうしようか。このまま外に出ても、相手が百人以上だとすぐ見つかるし、この場所で見つけられると逃げ切るのがしんどいな。どうしようか。

 現に今も、外からは時より叫び声や雄叫びが聞こえている。それに泥棒側は人が減るので時間が経てば経つほど状況が悪くなる。


「それより、響ちゃん赤い帽子、全然似合わない!」

「うるせえ。お前も大概だろ」


 カジの銀色の長い髪の上にひょっこりとのった赤いキャップ。うまくはまらないのかちょっと傾いている。それを直そうとカジは帽子を両手で挟みながら直すがうまく合わず、すぐに諦めて手を派手に下ろした。帽子は傾いたままだ。

 赤い帽子とか小学の時以来だ。正直高校生の身長になると不釣り合い感が半端なくてダサい。分かり易さだけはあるが、それでももうちょっとマシなものができただろうに。


「でも、なんでドロタンという鬼ごっこ?」

「さあ? あいつの気まぐれじゃないのか? いやもう気まぐれだろアレは」


 人数が多いとか直接的な事言っていたし、むしろ楽しんでいるのではないか。

 あとやたら俺と目が合ったのが気になるが、そこはほっとくか。


「気まぐれ? それにしては準備がしっかりしている」

「……そうか? 何を根拠にそう……」


 ドタバタと廊下をかける足音が近づいてくるのに気がついた俺は、ドアに張りつきガラスの下から除くように確認する。

 人影が二人見える。

 赤い帽子を被っているから、一応味方か。その後ろには追いかけてる人物は見えなかった。

 そいつ等が俺たちのいる教室に向かってきた。

 そのまま引き戸を開けてくると、俺たちと目があった。


「うあ。って味方かびっくりした。とりあえず隠れさせてくれ」


 懇願したくせに俺らの返答を聞く前にもう扉を閉めていた。同時に赤い帽子を外して壁にもたれかかった。肉眼で確認できるほどの汗が頭から流れていた。

 ロン毛と坊主頭の二人。謎の組み合せだ。


「って、おい。何で蹴り魔のお前がいる!」


 時間を置いて、ロン毛の男が立ち上がって指をさす。ただ威勢とは裏腹に体は壁に引っ付くように後ろに下がっている。


「蹴り魔って? ああ」

「蹴り魔?」


 こちら側のカジは納得し、あちらの坊主頭は表情を変えないが、頭の中で考えているのは見てとれる。

 一年か、それとも表の世界しか知らない生徒か。


「てめえ。今度はコンテストまで荒らしに来たか!」

「叫ぶな。見つかるぞ」

「常識人を気取っても騙されんからな。夏休み前も何人もブッ倒しやがって」

「……そうか」


 ロン毛のギリギリと濁り切った顔に対し、至って真顔のままで横目で見る。

 実際突っかかってきたのは向こうなんだが、それにほぼリンチの状態だったんだが、こっちが悪者扱いか。いつものことだから反論する気は無い。

 ただ胸に嫌な蠢きが立った。


「なに見下したような目でいやがる」

「……」

「無視するな! お前のせいで俺のダチが学校に来れなくなったんだぞ」


 声だけは無駄に張っているが、立ち向かってくる気配はない。指は差しているがその指がプルプルと小刻みに震えている。

 ダチか……。


「あの。この人って何かしたんですか」


 坊主頭の真面目そうな少年が、すっと手を上げてロン毛に話しかける。


「ああ。こいつは蹴り魔だ。中学から何人もの人間をその脚で蹴り倒した。残虐極まりない奴だ。関わった奴は皆病院送りだ」

「ちょっと言い過ぎじゃないっ」

「事実だ」


 ロン毛のいう言葉に抵抗しようとしたカジに、俺の言葉だけ伝える。坊主頭は目を大きくし、ロン毛は一層顔の皺を深くし歪める。

 それでもカジは、座っていたはずの体を半分以上起こし、前のめりになっている。


「はっ。今度は女まで手懐けたか」

「あんたは響ちゃんの何を知っているの!」

「じゃあお前はこいつの残虐さを知っているのか?」

「話は知っているけど、人間はそれだけと言える程単純じゃないでしょ」


 カジの言葉に今度は胸だけでなく、足が疼いた。 

 

「じゃあ何か? この蹴り魔には長所があると言うのか」

「ある!」


 はっきりと本人の目の前で言い切った。

 何故言い切れる。何故お前は俺を知ったように言う。お前は俺との付き合いなんてたったの一ヶ月だろ。

 擁護されている事が逆にズキズキと胸が痛む。


「ふ、ふ」


 ロン毛はうつむき、今にも殴りかかろうと拳を固く握り締めて構えた。

 俺は立ち上がりロン毛の攻撃を捌こうと構えた瞬間、廊下側の窓に人影がチラついた事に気がついた。

 咄嗟に後ろに振り返り、カジの手をとってベランダ側の扉に向かった。


「え? ちょっと?」


 カジは呆気にとられ体が傾きそうなのを瞬時に支え、すぐさま逃げる姿勢に切り替えさせた。

 予期せぬ俺らの反応に一瞬動きを固めた男子二人組が状況を理解する前に、廊下側の扉がバンと音を立てて開かれた。


「見つけた! 待てこら!」

「オイまじか」


 運動に覚えがある体格の男子生徒三人がなだれ込んだ。扉近くにいた二人が捕まるのが見え、急いでベランダに出た。


「嵌めやがったな!」


 教室の奥からロン毛の叫び声が耳に刺さった。

 意図的にではないが、彼らを囮にしたのは事実だ。正直アイツらのことなどどうでもいい。自分がどうなのか今更理解されようとは思わないが、耳が痛くないといえば嘘だ。

 だが、今はただこのドロタンという鬼ごっこを勝ち切るしか考えないようにする。


(……珍しいな)


 ソラの囮の時の熱意に当てられたか、カジの想いに応えようとしたのか、それともロン毛の言葉を忘れたいためか。

 隣になって走り始める彼女にチラッと目を向ける。


「響ちゃんどうしたの? それに大丈夫?」


 こいつは何故俺を気に掛ける。もう何度も思った事だ。

 心配してくれるのもむず痒い。

 ただ……。


「……いや。お前走れるのか?」

「響ちゃん私の何を見ていたの?」

「さあ。さっき怯えていたことか」

「そうだけど……。そうじゃなくて。えっと」

「……そうだな」


 今二人で逃げているはずなのに、緊張感はない。

 説明しようと言い淀んでいる。相変わらずの喜怒哀楽が豊かだな。さっきの怯えていた顔はどこにいった。


「待ちやがれ!」


 帽子を被っていない男子生徒が血眼になって追いかけてきた。


「ヤバいな。作戦あるか?」

「ない!」


 いつも通りだな。状況は悪いのにな。

 ただそれでも何とか勝つという、妙な気持ちが残ったのが今の俺だった。


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