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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第2章 『忙しない夏休み』
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単独行動

 次の日、気のせいと願っていたことは、紛れもない現実だった。

 今、隣で練習しているカジ。

 だいぶ詰まらず、弾けるようになっていた。

 まだぎこちなさや、音が転んだりする部分はあるが進展具合としては上出来な方だ。

 問題は俺だ。

 今カジの弾いているピアノの音がノイズが入る様に音が途切れて聴こえる。

 推測だが「ラ」と「シ」の音だけが聞こえない。

 指の位置と楽譜からそう思われる。

 酷い。

 前触れもなしだ。

 正直、こんなに冷静に分析する程、今の俺の心は穏やかじゃない。

 だが、カジが練習に集中している以上、この場を蔑ろにはできない。もししたらカジの変な攻撃を受けるだろうし。

 けどこのまま音が消えていくのを放っておくわけにはいかない。

 四人に協力を求めるか、それとも気づかれず一人で行動するべきか、これ以上貸しを作りたくはないからな。


「響ちゃん!」


 気が付くと、カジの顔が俺の鼻先まで迫っていた。

 考えすぎて、全く気が付かなかった。


「どうした」

「どうしたのはこっちのセリフ。何回呼んだと思ってるの?」

「わりい。考え事していた」

「むう」


 ジーッと青い瞳が疑うように見つめる。間違いなく今の行為に違和感を感じ取っている。

 特にこいつの察知能力は人外レベルだからな。

 顔色を変えないようにする。


「まあ。いいわ」


 カジは興味がなくなったのか、ピアノの鍵盤に向かい、弾き始める。

 もっと追求するかと思ったが、案外あっさりと退いたことに拍子抜けもするが、今はとりあえずそれで良しとしておく。


 深夜。

 全員が寝静まったあとに、こっそりと起き上がる。リビングを見て、四人が眠っていることを確認する。

 起こさないように足を忍ばせながら外出する。

 夜空の星は見えない。濁ったような黒い空。微かに雨の臭いを感じる。もう少しで降るかもしれない。できる限り早めに済ましたい。

 アパートの階段を静かに降りていき、夜道へ駆け出した。

 妙な胸騒ぎを抱えながら。


 目的地に到着。

 とりあえず塀を乗り越えて敷地内に侵入しグルッと辺りを観察する。


「久しぶりだな。夜に学校に忍び込むって」


 ボソッと呟きながら、校舎を見上げる。

 昼と夜では全く雰囲気が違う。

 活気のあり明るい声が聞こえ、爽やかな青春に包まれた昼の姿。

 静まり返った廃墟のように、混沌と怪談の妖気が漂う夜の姿。

 本当に同じ建物かと疑いたくなる。

 俺は元々、オカルト系は全く信じなかったが、例の一件のせいで過剰に気にするようになってしまった。

 それもこれも呪いのせいだ。

 久江の情報によると俺は一か月ほど前に音楽室で倒れていたと言う。

 正しい情報なら、その場所に行ってみる価値はあると思う。空振りの可能性もあるが、曲の音が聞こえなくなるという異常事態にもなって、のんびりするわけにもいかない。

 呪いが本格化している以上、あまり時間が残されていない。

 とりあえず手持ちの針金を使い、裏口の戸を開けて侵入する。

 したくはないが緊急だからという理由で、勝手に正当化しておく。

 廊下を歩いて進む。

 気のせいか空気がずっしりと重く感じる。足が床に吸い付くように重たい。

 理由は恐怖のせいか、それとも他に何かに起因するものなのか。それは開けて見ないと分からない。

 階段を上へ上へ上っていき、音楽室の階に到着すると、ピタッと足を止めた。


「カツン」


 今、下から足音が聞こえた気がした。

 耳を澄ましながら、階段の下を見下ろすが、全く何も見えなかった。

 自分の足音と勘違いしたか、首筋に手を当てながら考えてはみたが、とりあえずそのまま進み続けた。

 

 音楽室に到着した。

 中を伺うと、暗い空間の中に黒いグランドピアノが佇んでおり、独特な古い木の臭いに、チョークの鼻をソワソワさせる感覚。

 至って普通の光景だ。グルッと教室を見回すが、特に目立った違和感は無い。

 細かく調べてみる。

 床やテーブル、掃除用具入れに本棚など、念入りに調べるが特にない。

 あと作曲家の肖像画をじっくりと見つめる。

 こいつが壁から出て来たのではないかと、ファンタジーな発想をしてしまった。

 頭おかしくなったか。

 結局そこそこの時間経ったが、何も見つからなかった。

 最後にグランドピアノを確認するため、鍵盤の蓋を開けた。目の前には白と黒の鍵盤は存在せず、ただ虚空が広がっていた。

 少しは期待していたが、当然の結果に落胆の息を吐く。

 人差し指で鍵盤の底を左から右に向かってなぞる様に触る。つるつるした感触。

 何も指にはつかない。

 親指で擦って確かめるが、埃のふわっと感もない。ザラザラした皮膚の感触しかない。

 構造上おかしいはずだが、これも呪いのなせる業か。

 それはそれとして、結局手掛かりなし。

 都合よく手掛かりが落ちている訳ないか。

 せめて倒れる直前の記憶があれば、少しは進むかもしれないのにな、どうしたものか。

 カジが言っていた情報を思い出す。

 

「市内の高校の音楽室でピアノにもたれかかるように死んでいた。これも同じく目立った外傷もなく、血の痕跡もない。死因も死体解剖したが不明だった」

 

 もたれかかるように死んでいたと言われても、細かな詳細が分からない。

 それに外傷がない死に方なんてあるのか、知識が乏しいから分からない。

 内臓的なものか。

 だとしても二人同時は奇妙だ。

 けど俺の頭では大衆の理解する範疇を超えられない。その上、情報が曖昧過ぎてダメか。

 何を調べればいいのか。

 俺は頭の回転が遅い。けどここは頑張って考えないと。


「漣。文集……。卒業文集。卒業アルバム」


 文集からパッと思いついたのはこの二つか、だとしてもどこにある。

 十五年前のものなんて、保管されているのか。

 あるとしても図書室か。

 これ以上頭を捻るが、全く出てこない。


「じゃあ。図書室に行くか」


 かなり流れで決心したが、結局そこしかなかった。

 音楽室全体を一瞥した後、扉を閉めて退出する。

 図書室に到着する。

 引き戸に手をかけると、問題なく開いた。

 想像以上に暗い。ほとんど見えない。

 一歩足を踏み入れると、ギーッと木が軋み、わずかに下に沈む。

 ある程度年季が入っている学校だけど、これは大丈夫なのかと心配してしまう。続けて二歩目を踏み出すとギーッと同じように音が返ってきた。

 別にいいが、無音状態でこの軋む音は想像以上に響くから気にはなる。

 些細なことにイライラしながら、スマホをライト代わりにして進んでいく。

 といっても、どこにあるんだそんなもの。卒業文集なんて、学校の資料コーナーとかだろうが、どこにあるんだ。

 一つ一つシラミ潰しで探していくしかないか。

 三十分後……。

 卒業文集コーナーというのが受付のカウンター付近にあった。

 入り口からあんまり距離がないのに気づかなかった自分に腹立ちつつ一個ずつ調べていくと、十五年前の文集があったので引っ張り出す。

 早速開いてみる。

 その年の行事の年表や、部活動の大会結果や、アンケートなど多種多様な内容だった。

 その中でクラブの欄で目を止める。

 総数百十二、多いな。

 興味を惹かれ、指でなぞりながら、一つずつクラブ名を確かめていく。


「オカルト研」


 十五年前にもあったのか。

 あの物騒なクラブが十五年も続いているとか身の毛が立ちそうだ。

 何を書いているのか。


「部長。北条久江。マジか」


 オカルト研のコーナーのすぐ横に書いてあった。久江はここの卒業生だった。

 まあそこまで驚かない。

 続きは一体何を書いているか。


 この世にある科学的に実証されていない物体、あるいは現象に対し、己の体で立ち向かっていく、そう言ったクラブです。


「……」


 体育会系の匂いがするのは何故だ。

 いやこの後は真面なことが。

 

 夜のお墓の散策、城跡の散策、ホラーで有名なトンネルの写真撮影、あと幽霊に憑りつかれてもはじき出せるように、筋トレ十セット……。

 

「体育会系じゃねえか!」


 一人なのに叫んでしまったじゃねえか。

 オカルトチックの空気が一蹴されたぞ。

 久江らしいと言えば久江らしい……。

 いや待て、これ久江なのか。

 同姓同名の別人ではないのか。あいつが体育会系に全く見えない。いや、天然だからそう言った発想をしているのか。

 考えれば考える程、久江という人間にありもしない設定が勝手に足されていく。


 何やってんだ俺。

 我に返って、再度読み直すが、内容が幽霊散策からの鬼ごっこ。宇宙との交信を測りつつスクワット。ぶっ飛んでいて要領を得なかった。


「他を探すか」


 ページを捲った後のページに、一枚の写真が載っていた。

 そこに写っていたのは三人の女子生徒、真ん中にいるのが面影からして久江だと思われる。

 両脇には見覚えのない二人の女性が写っていた。

 誰だろう?

 思考するが、答えが出る前に遮断されることになった。

 今何か気配を感じた俺は静かに本を閉じて、右腕に抱え、図書室の奥の本棚に隠れる。


「カツン……。カツン……。カツン……」


 気持ち悪いくらいゆっくりのテンポで、廊下の奥から足音が近づいてくる。

 俺は本棚の横から顔を覗かせて観察する。


「カツン……。カツン……。カツン……」


 ゆっくり過ぎる、一歩ずつが五秒間隔で聞こえてくる。遅すぎるだろ。

 だが確実にこの図書室に近づいている。

 この時間帯に誰が。


「カツン……。カツン……」


 ピタッと音が止まった。図書室の前で止まったのか。

 入ってくるのか、入ってくるのか。


「……」


 長すぎる沈黙。本当にいるのか、本当に来ているのか、ここにいるのか分からなくなる。

 吐きそうなくらいに長く静寂な時間。

 動きがない。

 息が詰まり、胸が圧迫され、心臓が痛む。

 全く何も動かない。


「……。カツン……。カツン……。カツン……」


 止まった時計の針が動くように、また五秒間隔で足音が進んでいった。

 徐々に音が小さくなり、消えていった。

 何だったんだ一体。

 誰だったんだ。

 真っすぐに走って、廊下を確認するが、誰もいなかった。

 心臓がひどく荒れていた。

 俺は廊下に立ったまま、暫くの間動けなかった。

 

 どうやって帰ったか覚えていない。気が付いたら家のベットに寝込む寸前だった。

 ふわっとする布団の感触を今ほど心地よく思ったことはないだろう。

 その安心感から、すぐに眠りについた。


 

 目が覚めた時に、ひどく体が縛られている感覚になった。

 金縛りにでもあったのか、腕と足が思うように動かない。

 がっしりと掴まれたような束縛感。

 明るい天井しか見えないから分からん。

 話に聞いたことがあるが、金縛りはこの後、目の前に何か幽霊的な何かが出てくるはずだよな。

 這いよる恐怖に抗うように必死にもがく。


「せめて首だけでも動けば」


 必死に首に力を入れて視界を横に向けることが出来た。そして目の前に女性の顔があった。


「うお……。え?」


 何とも反応に困ることが起きた。

 それもそのはず、今俺の視界に捉えている女性がカジだったから。

 数秒の時を要してから、全身に這うように身の毛が立っていく。

 俺のベットで何勝手に添い寝を展開してんだ。

 全神経を酷使して、必死に引きはがそうとするが、数ミリ程ギチギチと金属音が聞こえて動くだけだ。これは束縛ではなく、何か紐か何かで拘束されてる感じがする。

 唯一動く首の筋肉をフル稼働させて逆方向に顔を向ける。


「うおい」


 今度はソラがすやすやとした寝顔を晒している。

 ますますどういう事態だ。

 今度も首の筋肉をフル稼働させて、顔を持ちあげることに成功する。


「お前もかよ!」


 久江が俺の上に豪快に乗っかりぐてーんと仰向けに寝て居た。口を豪快に開ける醜態を見せながら。

 何度も思うけど、どういう状況だよ!


 まさか。


 今頭の先に感触がある。ゆっくり向くと、想像通りホシが、ものすごい口を開けて、眠っている。

 酷い顔をしているな。

 もう何処から突っ込めばいいんだ。


「本当にあなたは面白い」


 急に何処からともなく声が聞こえた。

 カジでもソラでも久江でもホシでもない。

 今度は何が起きるってんだ。

 左、右、上、斜め前、何処にもそれらしき姿は見えない。


「やっぱり私の恋人」


 確かに別の声が聞こえる。

 一方的な好意に、嫌悪しか抱けない。

 だがおかしい、この苛立ちを抱いたのは、初めてな気がしない。

 自分の心に土足で侵入してくるような不快感。


「お前は何者だ!」

「私の恋人。だけど忘れてしまっている」

「忘れているって、どういう……」


 スッと自分の頬が冷たくなるのを感じた。

 何かが俺の両頬を撫でる。

 首筋に向かっていき、顎にそっと触れる。

 優しく、愛でるように、大事なものをそっと包むように、ゆっくりと撫でられる。

 けど全身に鳥肌が立つように不快でしかない。


「でも、大丈夫。もうすぐだから」

「……ッ」


 意味が分からない。

 何が後すぐだ。何が起きるのだ。

 今もその姿を捉えられない。いる方向は分かっているのに、顔が動かない。


「くそ。お前は誰だ!」

「あなたの恋人」


 そう言い残して、頬の感触がすっと消えた。


「はあ。はあ」


 またドッと汗が吹き出す。

 この感覚は何度かあるが、慣れない。

 恐怖に縛られた後の解放だが、正直この瞬間のが一番しんどい。

 恐怖現象の最中は感覚が麻痺しているから、あまり感覚的に分からない。

 けど終わった後のこのドっと出てくる疲労感というか、徒労感というか、この言葉にし難いしんどさは慣れない。

 それに今回は特に辛い。


「結局動けないのか」


 感触が消えたと同時に現実に返ってきた感覚はあるが、やはり体は何かに縛られたまま動けない状況は変わりない。縛られ方に若干違和感があるが。

 回復体位になりたいのに、寝返りがうてないだけで、倍以上に疲労感がのしかかる。

 本当俺の寝起きに碌なことないな。

 まさか、まだあいつがいるのではないかと身構えてしまうが。


「グガアー。スピー。グガー。スピー」

「ガフ。グー」


 カジとホシの人の悩みなど全く知らない怪物の様な鼾を聞いて、現実に戻った気がした。



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