練習の日々と始まる異変 1
次の日、ソラの演技が完成したので、そのお披露目を俺の家で行った。
天井低いのに。
ソラはウォークマンをスピーカーに繋いで準備する。
舞台は俺の寝室で戸を外し、客席はリビングにソファーを置いてカジと久江がワクワクした眼差しで座り、ホシはソファーの横で肩肘をつけて不貞腐れた顔をしている。
壁にもたれて立つ俺は、三人の様々な表情を観察しながら、ちょっと距離を置いて見物した。
ソラはボールを持って立つと一度目を閉じた。
数秒の間、静かに集中した後に、ゆっくりと目を開いた。
ソラの周りの空気が変わったの気がした。
音楽が始まると、さっとボールを投げ上げた。三つのボールが手のひらの上で踊る。
綺麗なインフィニティの形の軌道を描く。
途中で技を挟んで、軌道変更し、面白い形を描きながら、ボールが舞い続ける。
暫く続くと本人も踊り出した。その中でもボールが足の下、首の後ろを通っていく、暴れるように見えるボールを吸いつくように手に収まる。
不思議だ。いつどの状態でも落とさない。ほんの少しの知識だが、ジャグリング演技はかなり難しく神経を使う場面もあるはずなのに、彼の姿は本当に楽しそうだった。
演技を終えると彼はスッキリした表情を浮かべた。
「すごーい」
「かっこいい」
「まあ。思ったよりはいいんじゃない」
女子全員予想通りの反応をする。
俺も反応は示さないが、それなりにできていると感心した。
それはそれでいいのだが……。
「カジ。感動するのはいいが、お前はこの演技にピアノで合わせるということわかっているのか」
「ギクッ」
カジの背中が硬直した。反応が典型的過ぎで見ているこっちが笑いそうだ。
「えっと……。頑張るよ」
ぎこちない表情を見せてから、ガチガチになった体でそのまま電子ピアノに座る。鍵盤とにらっめっこしながら、背後から獲物を捕まえる様に、じりじりと指を伸ばしていく。
何故か無駄に緊張しているな。
プレッシャーをかけると極端に弱いのか。
「おいおい。とりあえず楽譜を置け。まだ夏休み終わるのに三週間、本番まで一か月あるから、少しずつやっていけ」
楽譜台に手書き楽譜を置き、ポンと背中を叩く。
カジはパッと顔を上げ、俺の顔を見たあと、肩がストンと落ちていくのがわかった。
心が落ち着いたのか、カジは俺には見えない鍵盤の上に震えることなく手を置き、演奏を始めた。
たどたどしかった。
決して人前に見せれるレベルでは無い。けど、全く弾けない状態からだと飛躍的に上手になっていた。
いつの間に練習していたのか、いや耳コピ楽譜書き起こしでそれなりに覚えたのかもしれない。
「ジャラジャラジャン」
弾き間違えて崩れ落ちるカジ。
まだまだ練習が必要だった。
「教えて、響ちゃん」
ウルウルした瞳を俺に見せつけるカジ。そう言われても、弾けるようになるまでは本人が必死に練習して覚えていかないといけない。
テンポズレとか、強弱とか、指使いとかそう言ったことを教える以前の問題なんだよな。
「ちなみにどこが?」
「全部!」
即答するカジ。
これはあれか。どこが分からないのか分からないパターンか。
「全部は難しい。とりあえず、お前は一通り楽譜をさらえるようになれ。あとは練習するときはもっと気楽に楽しくやれ。あんまり思い詰めるな。そんで練習していれば勝手に疑問点が出てくるから、それからだ」
一通り説明すると、カジは目をパチクリすると「わかった」と案外素直に応じた。
カジは再度楽譜を見直して、少しずつ弾き始めた。
不思議だ。
一言二言、言い返してくると思っていたのだが。
彼女はまっすぐに楽譜を見つめていた。
「じゃあ。私たちもソラ君の練習のアドバイスでも」
久江が空気を読んだつもりで話を進める。
「あたいはしないよ。そんなめんどくさい事」
「ふーん。そうなんだ。ソラの演技をあんなに噛り付いてみていたのに、興味ないの?」
「それは……。ちょっと珍しいと思っただけで」
「へえー」
「あの、僕一人でも大丈夫なんですけど」
あっちはあっちで、ソラが大変そうだ。当然演技以外の意味だが。
ここから怒涛の練習の日々が始まったのだった。まあほぼ俺らの二人だけどな。
一週間後。丁度日が沈んだ頃。
ソラのジャグリング演技は良好、カジのピアノは、一通りさらえるようになっていた。
まだ不安材料は多く残っているが、物凄い進展をしていた。
こんなに早く辿り着くとは思わなかった。
だがぶっ続けに練習していたため、その反動として……。
「ちょっと疲れた」
そう言い残してカジは電子ピアノに頭から突っ込み、そのまま眠った。
それもそうか。朝から晩までぶっ通しで練習していたからな。
仕方なく彼女を抱えて運び、俺のベットに寝かした。
「大丈夫そう?」
扉から心配そうに顔を覗かせるソラ。
「大丈夫だ。熱もなければ、顔色もそこまで悪くない。ちょっとした寝不足と疲労だろ」
すやすやと眠っている姿から、そう判断した。
俺は部屋を出てそっと戸を閉めた。
「さて、こっちはこっちで」
「ああ。できない!」
久江がボールを投げ出し、床に寝転がった。
「ふん。あたいの方がうまくできるし」
上機嫌になっているホシは「ほら」と言いながら三ボールを見せびらかす。
調子に乗っているが三ボールの基本技をソラ程形は安定はしないが、落とさず投げ続けている。
「興味ない割にはやってんだな」
「ばっ。いや、そこの北ちゃんが、あまりに見ていて不甲斐ないから、私が見本を」
「北ちゃん?」
「なっ」
隠し事がバレた子供みたいに、両手を振りながらアタフタしている。こいつ反応面白いな。
一方、さも当たり前な顔をしている当人に質問を投げる。
「何があった?」
「いや。別に。『シミちゃん』ってひたすら呼びながら近づいたら、シミちゃんが私にそう呼ぶようになったんだよ」
「ん?」
今、頭の中にその光景を思い浮かべる。
何か、気持ち悪い。
「久江。前から変な人だと思っていたけど、筋金入りの変人だな」
「ちょ、ちょっと風間君だって、約束破るし、すぐキレるし、そっちが変人だよ」
「いや。それ変人ではない」
きっぱり言い切った。
「へー。そうなんだ」
椅子に乗って腕を組んで、満足そうに見上げる。何とも迫力が足りない。
「ああ。何だ?」
「君って変人なの?」
「お前にだけは言われたくない!」
変人代表のホシに酷く蔑まれた目線をされたことに、かなり癇に障ったので、睨み返す。
「まあ。まあ。喧嘩はしないしない。どうどう」
馬を宥めるようにするソラ。
その行動が、子供っぽいけど精いっぱい止めようとしているところに、和みすら感じる。
それがソラな気がした。
「ふん。今回はソラの顔に免じて、これ以上の喧嘩はやめるわ」
「……そうか」
あのホシがソラを理由に怒らないということに苛立ちを積もらせつつも、素直に引くことにした。
「んで、ソラの調子はどうなんだ?」
「僕は大丈夫だよ」
「今のところ問題なさそうだよ」
「まあ。アタイが心配する必要性はほんのちょっとくらいしかないかな」
ソラに訊いたのに、反射的に便乗してくる二人。ついでにいつの間に連携が良くなったのだ。
「ずいぶん仲良くなったんだな」
「そうだね?」
「そうだね」
「そ、そんなわけない」
二人を見返すソラ。満面な笑みの久江。否定なのにめっちゃ恥ずかしがっているホシ。
一つの質問でこんなに意見が分かれるものか。
ああ。でも俺らもそうか。
「短期間でも似てくるもんだな」
「誰と誰が」
ポロッと漏らした感想を、三人揃いも揃って聞き逃さんと迫ってくる。
「それは自分らで考えろ」
敢えて悪戯ぽっくほくそ笑んでやる。
「ええー」
悔しそうに噛みついて来ようとする女子二人。
「ああー」
ポンと手を打って納得する少年一人だった。
本当に反応が面白い人たちだ。見ても飽きない人たちだな。
こんな他愛もないことが、少し心地よく思えた気がした。




