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ワガママな人達の交響曲  作者: 三箱
第2章 『忙しない夏休み』
13/47

突然現れた変な奴

 ガラガラ。


 屋上の扉が開いた。

 久江が追っかけて来たのかと思い、若干覚悟したが杞憂に終わった。入ってきた人物は紫色の髪をした制服姿の女子生徒だった。

 あまり見慣れない……。初めて見る気がする。

 俺はソラと目を合わすが、ソラは知らないと首を横に振る。

 ソラは交友関係少なそうだし、それもそうか。

 対するカジも全く知らない様子で、キョトンとしている。

 紫の女子生徒は東の空をぼんやりと眺める。

 向かい風に煽られて激しく乱れる髪を、さっと撫でる様に右手で押さえる。

 その後ろ姿はどこか儚く寂しい。やっとの思いで両足で立つことが出来ている。そんな不安定さがあった。

 妙に惹きつけられるような、どこか人間離れした異彩を放っていたせいか、暫くの間、三人の視線は紫髪の女子生徒から離せなくなっていた。

 流石に三人が見つめていたせいか、女性はすぐに後ろの存在に気が付いた。

 人に見られていたことが恥ずかしかったのか、顔を赤くして下を向いた。

 その様な行動をしたのたが。


「さっきから何見てんだ!」


 キッと面を上げて叫ぶ。思わぬ激昂と容姿の不一致に、さっきまでの第一印象が崩壊した。

 相手が男子なら、俺はすぐに突っかかり返すのだが、今回は反応が出来ない。

 動揺で反応を示さない俺らに、ズカズカと詰め寄ってくる。


「おお。ダンマリとはいい度胸ねえ」


 言葉の内容は不良だが、少し高めの女性声に、容姿がヤンキーのような乱れて着るのではなく、校則通りに着こなした麗しい女子生徒。何か違う。いやそんな女性なんて他にもいるとは思うが、やはり違和感が正直……。


「プッ。プハハハハハ」


 カジが堪え切れずに吹き出して、腹を必死に手を押さえる。


「何笑ってんだコラ」


 女子生徒はカジに突っかかる。


「いやいや。だって、その姿からその言葉遣いってめちゃくちゃ合わないって。あー可笑しい」

「な、な」


 女子生徒はピタッと立ち止まり、ピクピクと眉間を震わせ、口を半開きにさせる。相変わらずだ。初対面の相手に対しても容赦がない。


「フ、フフフ」


 ソラまでピクピク肩を震わせている。早すぎる笑いの伝染。

 本当にこいつらは。

 目の前の女性はギュッと拳を握りプルプルさせている。いつ怒りの拳が飛んでくるかわからない。


「あー。ちょっとこいつら礼儀がないから、多めに見てくれ」


 何で俺がフォローしなきゃいけないんだよ。人生で初めてだった。こんな宥めるための愛想笑いをしたことが。


「そんな。そんな……」


 歯をぎりっと噛みしめて、獣の様な目つきで睨みつけられた。

 ゾッとくる喉元を引き裂くような、鋭利な恐怖が迫る。

 堪忍袋の緒が切れる寸前だ。逆襲される直前な状況で、二人が全く気が付いていない。


「まずい」


 直感でさっと二人の頭を押さえつけた。

 頭上に拳が通り過ぎた……と、思ったが。女子生徒は立ち尽くしたまま動かない。

 ブツブツと「そんな」を繰り返し続け。


「そんな。そんな。今まで一度も言われたことない……。これでみんな恐怖で動けなくなっていたのに」


 目からポロポロと涙が零れ始める。

 口調変わっている。


「くう。くそ!」


 両手を上げて、一目散にドアに向かって逃げていった。

 だが女子生徒が扉に手をかける前に、勝手に扉が開いた。


「コラー見つけた。あああああ」

「あああああ」


 ゴツンという鈍い音のあと、複数の叫び声が共鳴する。

 視界から姿が消えて、数々の転倒音と衝突音が積み重なってから止まった。


「……」

「……」

「……」

「……これまずいですよね」

「ああ。普通にまずいな」

「たぶんまずいね」

「……」

「って早く行くぞ。階段から転落しただろ今」

「そ、そうだね」

「はい!」


 我に返って三人は全力疾走で事故現場に向かう。

 案の定、到着した時は下の踊り場でぐったりと二人倒れていた。

 一人は先程の女子生徒、もう一人は。


「ひさえ!」


 幼き保健医が目を回していた。急いで階段を駆け下りる。


「起きろ」


 久江の肩を激しく揺するが反応しない。次にビシビシと顔をはたく。


「うっ。い、いたあい!」


 意外と早く気が付いた。顔と頭を押さえ「ううー」と唸っている。反応が一々子供っぽい。毎回だがこいつは一般人と同じような年の取り方をしているのかつくづく疑問だ。


「そっちの女は無事か」


 女子生徒はカジとソラに背中を支えられながら上体を起こしていた。パッと見て、目立った外傷は無いみたいだ。目を開いてはいる。けど様子がおかしい。ボーっとどこかを見つめているようで、焦点があっていない。

 大丈夫だろうか。

 カジが女性の体を揺する。それにより気がついたのか、瞼をニ三度動かした後、大きく目を開いた。

 そして女性は静かに口を動かす。


「やっ……り、さみ……い……いか……で」


 ツーっと一筋の涙が女性の頬をつたって流れた。

 一瞬の出来事だった。当然何が起きたか知る由もない。頭打っておかしくなったか、最初からおかしかったけど。


「大丈夫ですか?」


 今度はソラが女子生徒の正面に座り、両肩を揺らす。

 人形のように首が揺れる。意識がないのか、意識が別世界にいるのか。


「い……かな……いで」


 行かないで。誰かと別れた時の情景を思い出しているのか。

 一向に意識が戻っていない。


「しっかりしてください!」


 ソラが少し強く肩を揺すり、今度は強く叩いた。


「……ッ」


 背中を勢い良く伸ばして、一瞬動きが止まった。上を見つめていた瞳が時計の秒針が動くように下に移動し、ソラを正面に捉えると、ピタッと動きを止めた。


「あ、あ。会えた」


 女性はソラの胸に飛び込みギュッと抱きしめたのだ。


「え」

「ええええええ!」


 隣のカジ、本日二回目の絶叫。

 しかも両頬に両手をビターっと貼り付けている。


「ムンクの叫び」か。


 お前にっとてそこまで深刻なのか。

 対して久江は、ホウホウと感心し、口元をニヤリとさせて、生暖かい目をしているし、


「へ? ええ。ちょっと」 


 ソラは顔を真っ赤にしてタジタジになっている。こいつの場合、照れているよりはどう反応するか迷っている方が上だろ。

 こいつらの反応が大袈裟すぎて、冷静になれるからいいけど。

 涙を流している女子生徒は、ソラの胸でグスッと泣いている。誰かと勘違いしているのか、それとも本当に当人なのか。

 にしても人前にして抱きつくとは相当その人に対して思い強いのだろう。カジでもそこまではしない。

 と思った瞬間に、既視感のある恐怖を全身で受け取る。

 ムンクの叫びの女性がジッと俺に対して瞳をギラギラさせる。


「カジ」

「なあに?」

「お前、今絶対に、約束までちょっと早いけど、目の前がアレだから大丈夫でしょ。と勝手な解釈してないよな」

「ん? してないよ。ソラに彼女がいるなら、響ちゃんにも彼女が必要だねと思っただけだよ」


 主観的すぎるめちゃくちゃな持論を展開してきた。

 ちょっと顔が怖い。口元は笑っているけど目が笑っていない。つうかこれあれか巷で聞いたことある「ヤンデレ」か。

 何でそこまで俺に固執する。何で……。

 この圧倒的に押しつけの好意。感じたことがある。こいつに会う前にどこかで感じたことがある。けどどこだ。

 何か思い出せそうだったが、予期せぬ事態が発生したため、思考を中断するしかなかった。


「な。何引っ付いてんの!」


 人が変わった女子生徒が、ソラの顔をひっ叩いたのだ。

 叩かれたソラは訳の分からぬまま、そのまま床に倒れて気絶した。

 数分の間に二転三転し過ぎて、俺はただただ茫然とその光景を見つめることしかできなかった。




「で、どうしてこうなった」

「細かいことはどうでもいいじゃない。練習できるし、まあこの子がいなければもっとよかったんだけど」

「アタイだってここに来たくて来たわけじゃない」

「じゃあ。さっさと出ろ」


 冷たい視線を送る。


「いやその。夜はやっぱり女性一人で野宿って怖いし」

「何でそこでしおらしくなるんだ。三重人格か!」

「そこまで性格多くない! そもそもこの銀髪猫がアタイの性格にイチャモン付けるからこうなったんだよ」

「あんな格好で不良っぽくされても面白い以外の何者でもないんだけど。ねえ」

「え、いや。別に、人それぞれ、個性がありますから」

「あんただって笑ってたよな」

「いや。まああの時は初めて見ましたので、驚いたというか」

「それにアタイの体に触った」

「それはお前からだろうが!」


 賑やかに……。

 いやうるさくなった。

 俺の家は、人生十五年の中で類を見ない騒がしさと、人口密度の高い空間と化していた。

 何故こうなったか。

 正直、今でも理解できていない。

 発端は「ガチで練習するなら家に泊まり込んで練習した方がいい」というカジの突然の思い付きだった。しかも俺の家で。

 俺は反対したが、一人じゃピアノ練習ができないとか、ソラともっと合わせるためには一緒に泊まり込んだ方がいいという持論を展開し、しかも夏休みだがら家の人にもうまく説明できるからと言ってきた。

 その上、ソラもわりとノリノリだった。

 多数決で二対一となり、かつ今日の勝手な行動を対抗材料に持ち出され、俺の家の合宿に決定した。

 そこまではまだ理解できるのだが、問題はこの後だった。


「つうか家の鍵を忘れたって、ドジ過ぎんだろ。それでここまで付いてくるって、おまえバカか」


 上着をハンガーにかけながら、呆れた視線を送る。

 紫娘は横柄にも勝手にソファーに深々と座る。


「そんなこと分かってる。けど当てがなかったから」

「要するに友達がいない」

「はっきり言うなこの銀髪娘!」


 テーブルを叩いて、グギギと歯をむき出しにしてカジに睨みつける。対するカジは腕を組んでフンとふんぞり返っている。




 俺の家の合宿が決定してから、数分後の事だった。

 後方数メートルに、俺たちを尾行する人影を確認していた。俺は足を止めて前を向いたまま声を上げる。


「おい。誰だ。そこにいる奴」


 俺は振り返ると、顔を赤くして下を向いて俯いている女子生徒が立っていた。

 さっきの紫髪の女性。

 その姿を見た時、ソラが即座に後ろに隠れ、カジはキッと細い目線を送る。

 突然の登場に反応に困る。


「あ、いや。その、ごめん、家に帰れなくなったから泊めさせて、他に頼る相手がいないから」


 余りにも衝撃の言葉に、俺ら三人は答えることが出来なかった。




「友達がいないのは分かった。けどそれで俺らを頼る勇気というか、自棄というか、無謀というか何というか。正気とは思えないのだが」

「正気よ! 正気! 真夜中に一人でいる方が落ち着けずに気が狂いそう」

「あの威嚇がありながらか」

「銀髪娘のせいで自信なくなってきたの」

「折れるの早いな」

「うるさい!」


 今は負け犬の遠吠えみたいで見るに堪えない。


「本当。あんたの心ってシャープペンシルの芯並みに弱いのね」

「黙れ銀髪娘」


 声は怒っているが、瞳の奥はウルウル涙を溜めている。確実に抵抗の牙をあの初対面で折られている。

 その当人はバチバチと火花を散らしながらも、自分が優位に立っているせいか、上から見下ろして、強気になっている。

 ソラは二人の顔を交互に見て手を広げて「アワワ」と声を上げて慌てているし。練習どころではない。

 あとそれにもう一つの不安材料。


「まあまあ。二人とも友達がいなかった同士だから、仲良くしようよ」

「うるさいこのロリババ」

「ロリッ……。酷いよ!うああ」

「って何でお前もいるんだ。引っ付くな。涙付けんな」


 久江までここにいた。

 騒がしい。

 もう静かにしてくれ、俺の家なのにもっと気を使うとか配慮とか常識を知らないのか。


「こうなったら、銀髪娘の全部調べ上げて、根掘り葉掘り悪い噂を流してやる」

「どうぞ。その代わり今ここで縛り上げてから、私の問いに嘘を付くたび一本ずつ爪と肉の間にシャープペンシルの芯を突き刺していくけど」

「うっ。だったらそうさせる前に縛りあげる」

「ふん。できるもんならやってみなさい」

「何を!」


 二人共腕と腕をつき合わせて、取っ組み合いを始めてしまった。

 人の家で何をやってんだ。

 ソラが止めようと間に入るが、取っ組み合いの腕が顔にぶつかりはじき出された。


 プツンと糸が切れた。

 

 沸々と熱が込み上げて爆発という怒りではない。逆に至って冷静だった。

 一歩ずつ一歩ずつ、音もなく二人に近づいた。

 ガシッと互いの頭を鷲掴みし、そのまま顔面衝突させた。


「ウア」

「ギャ」


 悲痛な声を上げて、二人ともにヒリヒリと痛む顔を手で押さえた後に、獣のような視線を投げつけてくる。


「何すんの」

「邪魔しないで」

「黙れ!」


 窓ガラスの振動音が変に長く残った。

 驚きを隠せない俗物たち。特に二人。


「いい加減にしろ! 人の家に押しかけて来たと思ったら、喧嘩しやがって、何がやりたいんだ! 練習する気もない。帰る家もないからと言って泊らせたのに、相手が嫌だとか何とかで揉めんな。今度喧嘩してみろ! お前ら二人の顔だけじゃなく口まで引っ付けてから、二階から外に投げ捨てるぞ!」


 言い捨てた後隣の部屋に入り、壊れる程の力を込めて引き戸を閉めた。

 そのままベットに倒れ込んだ。

 むかつく。むかつく。だから人って面倒くさい。わからねえ。腹立つ。カジの野郎、自分勝手で押しつけで、人の意見全く聞かない。

 飛び込んできた奴なんて意味わからん。情緒不安定で何がしたいのかわからん。怒ってばっかりで、全然人のことわかろうとしていない。

 しかも二人だけで揉めるのではなく、ソラまで迷惑をかけて気にしないってなんだよ。

 もう少し周りに目を配れよ。気を遣えよ。落ち着けよ。何だよもう。

 ピアノ弾けなくなってから、ずっとこんな調子だ。

 ピアノはまっすぐで純粋な音。何も考えなくてもいい。

 けど人はうるさいし、言うこと聞かないし、暴れるし、意味不明やし、わがままやし、おせっかいやし、疲れる。

 それでも、少しはマシには思ってきたはずなのに。

 これからどうしたらいい。俺はどう関わればいい。

 真っ暗な天井は何も答えてくれない。


「ああー」


 頭を掻き毟る。早くも考えられなくなった。相変わらず考える悩むといったことは苦手だ。余計にイライラする。

 奴らの部屋に背を向ける。

 隣の部屋からは何も聞こえない。

 扉の隙間から零れる光が、反対側の壁に一本の縦筋を残す。

 何も変化はない。

 静かだ。

 もうこのまま眠ろう。今はあいつらの相手をする気力もないし、それにこれ以上きつく言うのもしんどい。

 頼むから少しでもいいからおとなしくしてくれ。

 そう切に願いなら、俺は深い眠りについた。


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