第1章 6話 男の娘という概念が生まれた日
リア充。
それはリアルの生活が充実している人を指す。
決して、死にたいと少なくとも本気で口にはしないし、自殺なども考えない。
つまり彼女は、そういう風に演技しているのではないだろうか。
教室で友人と笑顔で会話する相田に、俺は一瞬だけ顔を向ける。
いや違うか、あんなに楽しそうに笑う顔が作りものとかありえないか。
もしそうなら人間不信になるわ。
だとしたら、過去になにかあったのかな。
べ、別に助けられて好きになったから気になってるとかじゃないんだからね。
俺のファンだと言っていたからな。リスナーに興味を持つことは大切なことだろ。
にしても、昨日の相田は格好よかった。
今の可愛く少しエロいだけのあいつを見ても、彼女が異世界でモンスターを倒しているなんて誰も想像できないだろう。
おまけに魔法も使っていた。俺もいつか、あんな魔法が使えるようになりたいものだ。
だけど、もちろん異世界に没頭するつもりはない。
メインの世界はこちらであり、あっちはあくまでもサブだと考えている。
異世界で過ごす時間が増えれば増えるほど、日本の俺の身体が傷つくリスクが高まるのは当然。昨日だって、モンスター討伐が楽しすぎて女神様の忠告をいつの間にか無視して、危うく焼け死ぬところだったし。
それに、ランクが上がるにつれて緊急クエストの難易度も上昇するらしい。
昨晩、見覚えのない宅配物が届いた。
それは、『異世界人に知ってもらいたいルール集』という女神様からの送りもので、その名の通りいくつかのルールが載っている本だった。
そこにそのような記述があったわけだが。
逆に、ランクを上げようとせず適当にモンスターから逃げていても、クエストは難しくなるそうだ。
連続で10回緊急クエストに失敗すると、絶対に勝てない強敵のもとに召喚されて、必ず病院送りになると注意が書かれていた。
確かに怒っているならやりかねない。
あのときの女神様は非常に怖かった。だって、目がまじだったもん。謝っていなかったら間違いなく部位破壊されていたって、本当に。
まあ要するに、異世界で生活する上での心構えは、危険な場面なときは気を抜かず、安全が確保させているなら楽しめということだ。
こんなふうに。
「あー、気持ちいい」
湯につかりながら、満天の夜空とか最高。
学校にライブ配信にテスト勉強を終えた俺は、ご褒美として異世界の温泉を堪能していた。
街の真ん中の召喚場所からも近いし、そこそこキレイだし、お金だってそんなにかからない。
費用は、スライムモドキのクエスト報酬と同じ500円。
この安さに、このクオリティは何度でも通いたくなる。
ただ混浴じゃなければ、な。いや混浴自体がダメなわけではない。俺だって男で、佐奈には悪いけど興味はあるし。
じゃあ、なにが不満なのか。それは――。
「あれって、もしや念願の女なんじゃ?」
「残念だが、違う。さっき、近くで確認したら、ちゃんと生えてた。紛らわしいがあれは男だぞ」
女性目当ての同い年くらいの変態にチラチラと品定めされていることだ。
金髪のウィッグも地毛扱いで取れなかったし、メイクも落とせなかったから、女と勘違いされるのはどうしようもないことだけど。
っていうか、気が付かないうちに俺の息子を見るなよ。それにお前らこそこそと会話しているようだが、丸聞こえだし。
「まじか、でも超可愛いくないか?」
「ああ、そこ勿体ないよな。はっきり言って、俺の元カノよりタイプだわ」
可愛いと思われるのは嬉しいけど、そんなにちらちら見ないでほしい。
「…………」
「おい、そんな見てたら、気づかれるだろ」
いや、もうばれてますけど。
「悪い悪い、ちょっと確かめたいことがあって」
「ん? なんだそれは?」
「誰にも言わないってなら、教えるが」
俺を凝視していた方は、片割れに「分かったから、教えてくれ」と急かされると、とんでもないことを口走った。
「目覚めちゃったわ。俺、あの子で抜ける。だって、ちっぱい見てたら大きくなっちゃたし」
「……お前、それは引く。って言いたいが、気持ち分かるぞ」
分かるな、引けよ。ドン引きしてください。
「同志よ。じゃあ、やることはもう分かるよな」
「ふっ、当然だ。だけど、それ鞘にしまってからな」
しばらく無言が続き「収まった」と、それを合図に2人は立ち上がった。
ちゃぷちゃぷと水音を立てながら、俺に近づく。
え? なに? 怖いんですけど。
一応、男同士だが、ちょっと身震いする。
襲ってこないよな、流石にそれはないよね。
頼むから、まじでそれはやめてほしい。
男の娘やっているけど、俺はノケンだから、本当にそういうことには興味ないんだ。
祈りが通じたのか、寄ってきた2人は紳士に言葉をかけてきた。
「すいません、少し話がしたいんです。いいですか?」
「ほんの少しだけなんっす、だめっすか?」
男性を象徴するアレをタオルで綺麗に隠す彼らに、俺はつい気を許してしまい。
「えっと、ちょっとだけなら」
見た目通りの女声で返事してしまった。
「「か、可愛い!」」
興奮した2人を見て、不安がよぎる。
これをきっかけで、犯されるんじゃ。
だが、そんな悪い予感は起こらなかった。ただ、代わりに。
「あの、好きです。俺と付き合ってください」
「あっ! お前なに抜け駆けしてんだ。俺も好きっす。付き合ってくださいっす」
告白された。生まれて初めて同性に。
「ごめんなさい。男に興味ないんです」
期待されるのはいけないこと。なんで、俺が即返答をすると。
「そうですか、それは残念です」
少し落ち込み男性達は、「さようならっす」とすぐに俺のことをあきらめて脱衣所に足を向けた。
しかし、彼らは一瞬で踵を返し。
「というか、告白しに来たんじゃなかった」
「ああ、可愛さのあまり告っちまったが、目的はそれじゃないな」
姿勢を正し頭を下げた。
「「ありがとうございました」」
「え? どういうこと?」
意味が分からず困っている俺に、彼らは理由を語った。
「実は俺たち、世の同性のために抜ける小説を書いていまして」
「いろいろな国に行っては、売っているんっすけど」
「あんまり儲からないとかですか?」
「売れてはいます。おかげさまで、それで食っていけるほどには。ただ」
「ここ半年、お客さんから似たような話ばかりだと、飽きられぎみなんっす。だけど」
2人は目配せし、再度頭を垂れた。
「あなたのおかげで、新しい話が見つかりました」
「男だけど、女の子みたい。ううん、女の子以上に可愛い存在。それをネタに書いたら必ず売れるっす」
本物よりも可愛いなんて、とっても嬉しい。
文字では見慣れているが、直接言葉で伝えられたことなんて珍しかった。
「それはどうも。とりあえず、顔上げてください」
機嫌が良い俺は、「あの」と少し間を置いて、ある提案をした。
「もしよかったら、その存在に名前を付けたいんですけどいいですか? とっても気に入ると思いますよ」
その後、『男の娘に中と外』という小説が世の男性たちを幸せにした。だけど、それは、数カ月後の遠い未来のお話し。