第1章 4話 初陣(笑)
「ちょ、ちょっと待ってください。俺って今、魂抜かれてるんですか!?」
「はい。ですが、それも大丈夫です。あっちの世界は今、時が止まっていますから」
「さらっとすごいことを言ってますが。そうですか、時間が停滞しているなら安心ですね」
呼吸のこととか、ライブで動画配信していることとか考えていたが、一気に悩みが解決した。
ん? だけどそれだと変じゃないか。
「あの女神様、今の身体って作りもので本物はあっちにあるんですよね? だったらこっちでどんなひどい目に遭っても日本にある身体には関係ないと思いますけど」
命の大切さを知ってもらうと口にしていたので、矛盾に感じた。
「残念ですが、それについては関係は大ありです。肉体がダメージを負うと、魂もダメージを負います。そうなると魂を本来の身体に戻したとき、魂が受けたダメージ分が引き継がれてしまうからです」
あわよくばという期待が外れ少し暗くなる俺。その両肩を女神様は触れると。
「ですけど、魂がなるべく傷つかないように、魂にはダメージを軽減されるようにしておきました。例え、どんな無残な死に方をこちらでしても、あちらの身体がそれが原因で滅びることは決してありません」
最大の恐怖を否定し、励ましの言葉をくれた。
「それに死なないように、怪我しないように頑張って強くなればいいんです。さあ、チュートリアルを始めましょ」
女神様は、俺から離れると地面に手をかざした。そこには光り輝く円。いわゆる魔法陣というやつが浮かび上がる。
「そろそろ、モンスターが出現しますよ」
次の瞬間、より輝きを増す魔法陣から何かが現れた。
恐ろしく不細工な顔、バランスがとても悪いいびつな2頭身の身体。
何よりも意味不明なのが。
「なんですかこれ? ペラペラなんですけど?」
2次元という紙で生きている点だ。
と言っても、体は動かせないみたいで、目がパチパチしたり、口が開いたり閉じたりしているだけだが。
「これは幼児の絵に姿を変えた、ドッペルゲンガーです」
倒れないようモンスターを後ろから支えている女神様は、謎の生き物の正体を口にした。
「魔王軍幹部の召喚士が地獄から呼び寄せた生物で、こちらの世界で初めて見たモノに化けます。どんな強者にも見た目だけではなく、能力もそのまま変身できる上、経験値はドッペルゲンガー本来のままという魔王軍側にとっては最強のモンスター」
強い味方を量産できるし、それでいて倒されても経験値という塩を冒険者に送ることもないというわけか。確かにそれは強い。というかせこい。
「でしたが、召喚士の娘よって今では最弱となっています。思春期で父のことが心底嫌いになったことで、ほとんどのドッペルゲンガーを地獄から引っ張り嫌がらせをしたのです。全てを何の殺傷能力もない、このような2次元の絵に変えて」
思春期の娘は父に優しくないものだけど、魔王軍のは特にひどいな。
お父さんに「お母さん、あいつの洗濯物別にしてよ」と間接的に伝えた妹を思い出し、なんだか可愛く思えてきた。
「しかし、こちらにとってはありがたいことです。無害でいて初心者にとっては豊富な経験値が詰まっています」
女神様が「はい、倒してください」とモンスターを俺に差し出すが。
「えっと、武器とかないんですか?」
「武器なんて要りませんよ。手でちぎってもらえれば」
彼女の言う通り手でびりびりと体を引き裂くと、ドッペルゲンガーは細かな紙切れになって風でどこかへと消えていった。
なんだこのモンスターの討伐。シュールすぎるだろ。
「これでランクが上がった思います。カード見てみてください」
だが、きちんと経験値は入手できたようで。
「ランクが一気に5になってる」
ステータスも先ほどは1桁だったのに、全て2桁と上昇している。
「これは、敏捷がすごいですね」
俺が持ってるカードを覗き、ステータスを確認する女神様は驚きの表情を見せた。
「力が平均よりも低いですが、10ランカーに匹敵する素早さですよ」
「まあ、昔から足は速い方でしたからね」
俺は誇らしく少し格好付ける。
「そうでなんですね。武器はこれを活かせる軽いものにしましょう」
すると、女神が右手のひらを空に向け、あっという間に武器を創造させた。
「短刀です。私、オリジナルの武器ですから大事にしてください」
「ありがとうございます。カワイイですね。この柄の部分がピンク色で」
「そうでしょ。あなたの好みはだいたい理解してます。ここ数日の内、新人の女神にあなたのことをばかり聞かされましたから」
「え? なんで俺なんかの話を?」
「ごめんなさい。答えてあげたいですけど、今は内緒です。ですが、いつか話せるときが必ず来ますよ。きっと」
本当にそうなってほしいと切実な想いが伝わってきた。
それゆえにとても気になるのだが。
「分かりました。いつか、きっと話してください」
俺があきらめると、女神様は、「はい」ととっても素敵な笑顔を見せた。
「では、今度は街を案内しますね」
チュートリアルが次へと進み、俺は女神様と街へ繰り出す。
移動手段はテレポートかと思ったが、まさかの飛行魔法。
といっても、両手を広げて飛ぶようなものではない、シャボン玉のようなものに包まれて棒立ちのまま草原地帯を後にする。
街が見えてくると、その道なりにちょいちょい人の姿が見えた。
「みんな、俺らのことには関心ないみたいですね」
「関心がないのではありませんよ。今、私たちの姿は周りの目からは見えないようになっていますから。っとそろそろ、降りますよ」
地面に付くと、シャボン玉のパチっと弾けた音と共に俺と女神様は歩き出し、目的地に足を踏み入れた。
「いかにも、ファンタジー世界って感じだな」
異世界ものによくある、例の中世時代のヨーロッパみたいな街並みが広がっていた。
「ふふっ、楽しそうですね」
「すいません。一応、これって罰なんですもんね」
「いえいえ、いいんですよ。楽しんでもらって。嫌々クエストを行っていただくよりも、その方が巻き込んだ側の私は気分がいいですので。やっぱり、不幸な顔とかあんまり見たくありません。特に涙を流されるのは、ね」
そういえばさっき泣いてたことを思い出し。
「あ、あれは、誤解があったからですよ」
慌てて言い訳する俺は、これからの意気込みを口にした。
「次回からは明るく楽しみながら、この世界に貢献します」
「よろしくお願いします。さて、まずは武器屋に行きましょう」
それから俺は女神様に連れられ、街の至る所に足を運んだ。
「とりあえずこれで、チュートリアルは終わりになります。ステータスカードの裏を見てください」
スカートからカードを取り出し裏に回すと、『現在進行しているクエスト』という欄に『クエスト完了』の文字が記入されていた。
「その文字を手でなぞってみてください」
言われるがままに右手をさっとスライドさせる俺は。
『クエストク――』
「きゃっ!……びっくりした」
突然脳内に流れた美声に驚き声をあげる。
「可愛い悲鳴でしたね」
耳に快い声の『――とうございます。それでは日本へと送ります。しばらくお待ちください』というアナウンスが終わるころを見計らい、女神様が無視してほしかった俺の言葉に感想を告げる。
「ありがとうございます。で、こうやってクエストを報告することで帰れるわけですか」
「はい。毎回お願いしますね。そうしないと、クエストはクリアしたことになりませんので」
まだ若干頬に熱を感じながら俺は、「分かりました」と頷くと質問した。
「1ついいですか? あの、もう少しこの世界に居たいんですけど。ダメですか?」
「今回は緊急クエストなのでクエスト完了即帰宅ですと言いましたよね」
やはりダメか。
ギルドに寄ったとき、クエストは今日みたく女神様からもらうと思っていた俺は、当然なぜギルドを紹介するのか聞いてみた。
すると女神様は、混乱しないように丁寧に説明してくれた。
まず、異世界に来る方法が2つあること。現状のように女神様によって突然召喚されるか、俺から自由な時間に異世界を訪れるか。実はステータスカードは日本に持って帰れるようで、これには異世界とをつなぐ魔法がねられているらしい。
後者の方法で異世界に来るとき、クエストを受けたければ自分でクエストを調達する。そのためギルドに足を運んだということだ。
そしてそのときに、2種類の異世界に来る方法には、それぞれあっちの世界での状況が違うことも教えてくれた。
自発的に異世界に来た場合、あっちの世界は動き続ける。
女神様に召喚された場合、時は静止する。
その差は、人生に多大な迷惑をかけてしまう恐れがあるため。
どちらの場合でも、魂を抜かれた本体は睡眠状態になるらしく、自分の意思で訪れる時は、それの対策が出来る。が、突如召喚されてはそんなことはできない。
今の日本の俺の状況で時が動いたままなら、視聴者から寝落ちしたのかと思われるだけで済む。
しかし、これが急な坂を自転車で立ち漕ぎしながら全力で降下している時なら、大怪我、最悪死すら可能性としてはあり得る一大事となる。
そんなやばすぎることが起こらないように女神様は、誰かを異世界に召喚する度に魔法を行使しているみたいだ。
ただ、時を停止している時間は限りがあるらしく。
そのため、女神様によって受けるクエストは、滞在時間があらかじめ決められており、また、それゆえ緊急クエストと呼ぶそうだ。
「ですがあなたは、本気で死にたいと他人に告げ自分の命を粗末に考えている人という、異世界召喚の基準に強引に当てはめた特別な人です。だから、特別に今回だけは延長を許可します。ただし、30分だけです。時間になったら強制的に日本へ送りますからね」
注意を促す姿も美しい女神様が、「それで何がしたいのですか?」と聞いてきた。
「やっぱり異世界に来たので、きちんとした討伐を経験したくて」
先ほどのドッペルゲンガーの件は、モンスター討伐というには簡単すぎた。というか、俺の中では討伐のカテゴリーに入っていない。女神様には悪いけど、初陣は体を動かして武器を振るう戦いがしたかった。
「では、討伐クエストを用意しますね。カードを貸してください」
女神様は、俺が差し出したカードに手をかざす。と、一瞬光輝いたカードを返した。
「はい。初心者でもクリアできるものなので頑張ってくださいね」
クエストを確認すると、俺はその討伐モンスターの名を口にしようとしたが。
「脱最弱のスライムモドキ……あのこれ俺の目が可笑しいかもしれないので続き言ってもらってもいいですか?」
女神様にモンスターの二つ名を口にしてもらおうとお願いする。
彼女は、「えー」と困りながらも、「1回だけですよ」と恥ずかしそうに口を動かした。
「女神様のオッパイ疑似体験玩具」