第1章 2話 落ち込み泣いておっぱい見て異世界へ
恋人と死別した男性が後を追って自殺する。彼女と恋愛映画のそんなシーンを見て、現実味がないなと思った。
ひどく悲しくなるのは分かる。だが。
「悪いがやりたいことがちゃんとあるので、俺は死なないぞ」
俺は、感想として佐奈にそつ告げた。
彼女は「それは残念」と返したあと。
「私は、あきが死んだら死ぬかも」
「冗談だろ。佐奈は俺以上にやりたいことが、夢があるじゃんか」
俺のような娯楽とは違って、きちんとした目標が。
「それでもだよ。私にとってあきはそれ以上の存在だもん。あきが死んだら、きっと何もかもどうでもよくなる」
「で、結果、後を追うと?」
佐奈は力強く「うん」と肯定すると。
「でも、あくまでも想像だから、どうするかは分からないけどね。意外と簡単に立ち直って、新しい恋人を見つけたりして」
いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なんだそれ」
「だから、今あきが思っていることも、もしかしたら逆になるかもよ。私が死んだら死にたくなるかも」
やってられた過去から、やってられない現実へと戻った俺は、見慣れた天井を見ていた。
佐奈の言う通りだったな。
行動には移していない。だが、実際死にたいと思う時間はある。
なんとも言えない虚無感が、逃れられない苦しみが彼女のことを頭に浮かべる度に襲う。また、その都度、心が折れる。
俺は、なにもやる気がしない。この間幸福を感じていた趣味ですら、もう何日もやっていなかった。
「ぼーっとするのいいけど、あきちゃん」
いつの間にか、母がドアに手をかけ俺を見ていた。
「もうすぐ高校最初のテストでしょ。気持ち切り替えて、明日の学校きちんと授業受けなさいよ」
「分かってるよ」
「ならいいけど。お母さんそろそろ会社行くから、お留守番よろしくね」
佐奈が亡くなってまだ数日しか経っていないのに、ドアを閉める母は何事もなかったかのようにいつも通りの面持ち。その姿を見たら、誰もが淡泊な人だと思うだろう。息子の恋人が死んだというのにと。
だが、それは間違いで母は俺と佐奈が付き合っているなんて知らない。
だから彼女のことは、たかが、年に1度会うか会わないかの従妹が亡くなっただけと思っている。
まあ、それでも立ち直るの早いだろと、冷たい人だと俺は思うが。
やっぱり仕事など、やらなければならないことをやってると悲しみが薄くなるのだろうか。
俺も明日から始まる学校をきちんとした態度で臨めば、この心も少しは楽になるのかな。
ピン、ポーン。
と、沈んだ空気が充満する自室までチャイム音が響く。
こそっと窓から門を覗くと宅急便が来ていた。目があったので、無視するわけにはいかない。
「来るなら、もう少し早くこいよ」
愚痴りながら外まで向い、俺は若い男性から品を受け取る。
誰からだ。
家に入り差出人を見ると、それは驚くべき人物だった。
なんで佐奈から。
疑問を解消するため、両手に収まるほどの荷物を急いで開ける。中には、メッセージカードとUSBメモリーが入っていた。
メッセージカードには大きな字で『祝! 3周年おめでとう』と、端の方に小さく『詳細は動画でね』と書かれている。
3周年。おそらくは動画配信のことだろう。
佐奈、こんなものを用意してくれていたのか。
俺は涙をぬぐいながら、死んだ彼女と会うために階段を駆け上がった。部屋にたどり着き、電源つけっぱのパソコンにUSBを差し込む。メモリーには、メッセージカード通り1つの動画が保存されている。
クリックしデータを読み込むと、スクリーンにとても大好きな人物が映し出された。
『あき、3周年おめでとう。え? なにがって、分かってるくせに言わせんな。ん? 言えって? あー、まったく手がかかるな私のダーリンは』
「しょっぱなから、ウザいな」
気分が高まり、俺はベットに腰を下ろす佐奈にツッコミを入れる。
彼女は、肩まで伸びる黒髪のサイドテールを手でなぞると。
『3周年とは、私がこの髪型をするようになって守り続けている時間だよ。……あっ、今無視して、この大きなおっぱい見てるでしょ』
「なんで、分かったんだよ」
ボケをシカトして豊満な胸に視線を固定していた俺の動きを見事的中させた。
『さて、冗談はここらで終わりにして。あき、動画配信するようになって3年が経つね。飽きっぽいあなたがまさか3年間も続けるなんて、びっくりだよ。勧めといてなんだけど、もって半年くらいかなって思ってた』
ねぎらいの言葉を送ると、それから佐奈は、これまでの過去を懐かし気に語っていった。俺も適当にツッコンでいく。というか勝手に口から思っていることがこぼれていく。
本当に会話しているみたいで、楽しくて、嬉しくて幸せの気持ちが溢れる。
だが、それももうすぐ終わりを迎えることとなる。
気が付けば長かった動画も、残り僅かになっていた。
『うーん、たくさんしゃべったな。じゃあ、そろそろ言いたいことを言って、終わりにするね』
両腕を上げ背伸びした佐奈の顔は少し頬が赤い。少々緊張もうかがえる彼女は、少し間をあけ、意を決したのか両頬をぺしっと軽く叩くと、真剣な目をカメラに向けた。
『あき、好きだよ。動画のあなたは、すごくキラキラしてて、それを見て益々好きになった。やっぱり、何かに夢中になっている人ってカッコイイ。ん? あきはもちろんカワイイよ。でも、手を抜き出したら嫌いになっちゃうかもだから、気をつけてよね。あと最後に』
顔を真っ赤にして、佐奈は満面の笑みを見せた。
『――大好きだよ。世界で1番、愛してる!』
心に熱い何かが込み上げてくる。ぽろぽろと流れる涙は未だ止まらない、だが俺はいい気分でいた。
そうだよな、佐奈。君が好きな俺は、こんな腐っているやつじゃないよな。
俺を大好きだと、愛してると言ってくれた佐奈。そんな彼女を大好きで、愛してる俺がしなくちゃいけないことなんて分かりきっている。
これからも歌を歌う。もちろん、女装して女声で披露する。
例え、どれだけ傷つくことを言われても。
例え、どれだけ運営にエロネタでアカウントをバンされても。
ずっと、ずっと活動し続ける。そう堅く胸に誓うと。
スマホがブーブー音をたてて震えた。
携帯を手にし確認すると、SNSにファンからメッセージが。
『突然メッセ―ジなんて送ってすいません。いつも楽しく動画見ている者です。最近まったく活動してませんよね? GWはたくさん放送するからって言ってたので、不安に思いました。なにかあったんですか? 心配してます。たぶん、ファンの方は皆そう感じています』
ほかにも数人の方から似たようなものが送られていた。
まずは、リスナーの皆に謝らないとだな。
俺はライブを開始し、ある程度人が集まってから事の一端を報告した。
「――というわけなんだ。今まで何も言えなくて、ごめんなさい」
『いいよいいよ。そんなこと気にしなくていい』
『それよりも、キャンディーちゃん大丈夫?』
「そうね、正直、生まれて初めて本気で死にたくなった。けど、今は平気。って言ったら嘘になるけど、いつまでも暗い顔してたら、従妹に怒られちゃうからね」
『無理しちゃだめだよ』
『そうだぞ。泣きたかったらきちんと泣けよ。我慢はいけない』
『もしよかったら、俺の胸貸してやるから(他意はない)』
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
皆、やっぱり良い人だよな。
優しさに感動していたら、変なコメントが目に入った。
『それは残念。死にたがっていたら、私が有意義にその命を使ってあげるのに』
動画を盛り上がるように、ボケてくれたのかな。
「へー、どんなふうに。もしかして、エロいことじゃないよね」
『それもいいけど、違う。興味あります?』
「まあ、興味あるっちゃあるかな。で、私に何させる気?」
どんな返しが来るのか、楽しみにしている俺はリスナーのコメントを待っていると。
「ん? ここどこ?」
知らぬ間に大自然の中に腰を落としていた。
「え? どういうこと?」
「それはですね」
見渡す限りの草原を認識し困惑している俺に、目の前にいるとても美しい女性はこう言った。
「この世界を救ってもらいたい。そのため、あなたを異世界に連れてきたのです」