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あなたは『異世界』という言葉を理解できますか?




 震える指で、紙の束の一番上をめくる。

 真っ白い紙の中央付近に、ぽつんと書かれた一文があった。現れた文字を目で追う。


【あなたは『異世界』という言葉を理解できますか?

 できない方は三ページへ、できる方は四ページへお進みください】


 頭の中で文章を三回繰り返して、俺は口を開く。


「……あなたは、『異世界』という言葉を、理解できますか…………」


 そして視線をあげ、カヤの顔を見た。

 彼女は黙ったままだ。

 けれど、それはきっと。俺が読み上げた言葉が、ここに書かれている文章と寸分違わぬものであるという事実に他ならない。

 心臓の鼓動が耳に聞こえるぐらい大きくなる。

 もはや「読める」という事実にごまかしはきかない。自分をだますことも出来ない。

 先ほどまでとは別の意味で、口の中がからからになっている。


 あなたは『異世界』という言葉を理解できますか、だって?


 ――そんなの、知らない。っていうか知りたいことが書いてあるって言ってたのに、なんでこっちが質問されてるんだよ。


 軽口をたたきたかった。

 この状況をふすべてひっくるめて、冗談めかして笑い飛ばしてやりたかった。

 だが、口は荒い呼吸を繰り返すばかりで、言葉を発する器官としての役割を果たせそうにない。


「右下に番号が振ってある」


 計ったようなタイミングでカヤが言った。言われるがままに紙の右下を見ると、『2』と書かれている。


 ……これが『2』という数字だ、というのが分かることだって異常だ。

 俺は数を数えることはできても、それがどんな文字で表されているかなんて知らなかったのだから。

 どうして、こんなことになっているんだ?


 文面の指示に従い、俺はページを一枚めくる。

 そこに書かれていた文章は、説明と呼ぶにはあまりにも淡泊だった。




【『異世界』とは、あなたの生きてきた現実世界とは異なる、かかわりのない世界のことです。

 四ページへお進みください】



 うまく意味が分からず、言葉の意味を一つ一つ解釈しようと脳が仕事をして――文面に、頭を殴られたような感覚がした。


 なんなんだ。

 なんなんだよ、これ。


 オレノイキテキタセカイト、マッタコクトナル、ベツノセカイ?


 書いてあることは分かるのに、頭の中の理解が追いつかない。


 生きてきた世界とは違う、とは何だ?

 王国は?

 魔王は?

 エミリとヴィクトルは?

 魔族に虐げられていた人たちは?


 ――ここは、どこなんだ?


 寒くもないのに、指がかじかんだような感覚になっているのは、血の気が引いているからなのだろうか。

 身体が拒否反応を起こしている。読み進めるのをやめろと本能が言っているような気がした。


 けれど、俺の脳はそれに従わない。

 なんとしてでも、この先に書かれていることを読まなければいけない。

 そうしなければ、俺は現状について正しく知ることはきっとできない。

 そんな気がした。


 指を叱咤して、文面に従って紙を一枚めくらせる。


【あなたは『異世界転移』という言葉を理解できますか?

 できない方は五ページへ、できる方は六ページへお進みください】


 勝手に思考が回って、答えをはじき出そうとする。

 『異世界』と『転移』。転移魔法、という概念はちゃんとあったから、転移の意味は分かる。そこに先ほどの説明にあった異世界をくっつければいいのだろう。

 そこから導き出される答えなんて、それほど難しくはない。


 でも。まさか、そんな。そう思いながら、次へと進む。


【『異世界転移』とは、対象が本来存在した世界と異なる、全く関わりの無い世界へと移動することをいいます。

 六ページへお進みください】


「…………」


 読みたくない。進みたくない。

 次のページに書かれているのは、おそらく今の俺が最も読みたくない一文だ。


 それでも。

 ぱらり、と力無くめくって、次の紙。


【『異世界』と『異世界転移』を理解したあなた。

 あなたは現在いるこの世界は、『ラビッシュワールド』と呼ばれています。

 あなたはこの世界へ『異世界転移』をしてやってきました。

 次のページへお進みください】


「………」


 ――ふざけるな、こんなのめちゃくちゃだ!

 そう腹の底から叫びたかったのに、口はぱくぱくと動くだけで何の音も発さなかった。


 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、自覚があったからだ。


 こんなことはあり得ない、あり得ないはずなのに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことを――本能に無理矢理たたき込まされているような、そんな感じだった。


 読めないはずの文字が読めるように。

 知らないはずのオレンジジュースを知っていたように。

 異世界にやってきてしまっているという現実を、俺は今、()()()()()()()()()()()()()


 俺は今、間違いなく、今まで十六年間生きてきた世界とは、違う場所にいる。

 指先の感覚がなくなりながら、ページをめくる。


【あなたを『異世界転移』させたのは『神様』と呼ばれる存在です。

 『神様』についてあなたは知っていますか?

 知らない方は八ページへ、知っている方は九ページへお進みください】


 神様。それなら知っている。

 人々の味方となる存在であり、俺に勇者としての啓示を与え、聖剣カリブルヌスを与えて下さった方だ。

 その加護があって、俺は心強い味方と出会い、魔族四天王の一角を打ち倒すことができたのだ。


 ――そうか、これも神様がしたことなのか……。


 俺は少しだけ冷静になった。

 俺を勇者であると教え、あるべき道へと導いてくれた神様。

 そんな存在が俺をここへ転移させたというのならば、これもまた意味のあることなのかもしれない。

 八ページを飛ばして九ページへと進む。


【あなたが今読んでいるこの文字は、あなたの住む世界の文字ではありません。

 ラビッシュワールドの共通文字です。

 ラビッシュワールドに転移してきた方なら、どなたでも読むことができるようになっています。

 次のページへお進みください】


 ……そういうことなのか、と思う。

 文字そのものを大して知らなかった俺からすれば、この文面が何語で書かれているかなんてそもそも分からない。

 だが、俺ではない誰かならば。元いた世界では文字が読めた誰かならば――そういった点にも違和感を抱くのだろう。

 だからこの書類のこんなにも早い段階で、そのことに言及した文面を出している。

 ……ただこれ、相当な重要事項な気がするから、表紙に書くぐらいな方がいいんじゃないのか?


【同じく喋っている言葉についても、ラビッシュワールドの共通語です。

 ラビッシュワールドに転移してきた方ならば、どなたでも喋ることができるようになります。

 次のページへお進みください】


 話している言葉も?

 俺は紙から一旦視線を離し、座っているカヤを見た。


「あのさ、カヤ。質問いい? ここについてなんだけど」

「……そこか。それだけはどう書いても質問されるのを避けられんな……何だ?」


 無言の圧力をかけられるかと思ったが、カヤは面倒くさそうな顔をしながらも答えてくれた。


「俺、今もさ。自分の生まれてきた場所で使ってきた言葉で話してるつもりなんだけど」

「そうだろうな。だが、それが私にも通じている。君にとっての異世界で生きてきた私の話し言葉もまた、こうして君に通じている。それがラビッシュワールド(ここ)での真実で、『神様』の意思さ」

「…………」

「そんなところで詰まっていては、先は長いぞ」


 そんな理屈、どう考えてもむちゃくちゃでしかない。

 だが、神様の意思だと言われると。ただの一村民だった自分に力を与えてくれた、神様の意思なのだと言われると……俺は何も言えなかった。

 そう言われるならば、この世界はそういう場所なのだ。


「悩むな。考えるな。疑問をぶつけなくたって、理解はできるだろう? とにかく読んで、この世界について知ることに集中しろ」


 カヤの言うとおり、そう思うしかないのだろう。

 言われるがままに俺はページをめくり、出現する文章をひたすら頭にたたき込んだ。


【ラビッシュワールドには、あなた以外にもたくさんの転移者がいます。

 次のページへお進みください】


【ラビッシュワールドに存在する物質は、すべてあなたが『以前から知っている知識』として認識されます。

 全く見たこともなく、聞いたこともない。そんなものについて知っていたとしても、それはラビッシュワールドの仕様ですので問題はありません。

 次のページへお進みください】


【ラビッシュワールドでは、二十四時間の経過を『一日』と換算しています。

 また、十二時間おきに『昼』と『夜』がくり返されます。『昼』について理解できない方は九十八ページへ、『夜』について理解できない方は九十九ページへ、理解できる方は百ページへお進みください】


【ラビッシュワールドでは、あなたが元いた世界で使用してきたすべての能力を使用することができます。

 能力とは、『魔法』『超能力』『スキル』等と呼ばれるものです。

 『魔法』ついて理解できない方は百三十五ページへ、『超能力』について理解できない方は百三十六ページへ、『スキル』について理解できない方は百三十七ページへ、理解できる方は百三十八ページへお進みください】


 その紙の束は、シンプルに一ページにつき一つの事柄を載せているようだった。

 この世界(ラビッシュワールド)に関する事象を、質問を交えながらただひたすら記している。

 何故かオレンジジュースに関する質問もあり、次のページを見ると用紙一枚すべてが文字で埋まるレベルの解説が書かれていた。流石に膨大すぎて読む気にならなかったので飛ばしたら、カヤに睨まれたような気がした。




 そうして、紙の束を半分ほどめくり終えた頃。

 とにかく機械的に情報を流し込んでいた俺は、こんな文章にたどり着くことになる。



【ところで、ここは『ラビッシュワールド』です。

 あなたは『ラビッシュ』という言葉の意味を知っていますか?

 知らない方は三百七十八ページへ、知っている方は三百七十九ページへお進みください】



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