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決戦(けつせん)開始




「……うぅぅ……いってぇ…………」


 ――痛い。


 お尻の周りが痛い。

 めちゃくちゃ痛い。

 当たり前だ、お尻から落ちたんだから。


 だけど、意識はしっかりしている。痛覚もある。

 空中で必死になって姿勢を保ち、俺はなんとか予定通りお尻から墜落することには成功した。だが、それで落下した勢いが殺せたわけではないし、綺麗に静止できるわけもない。

 結果として、俺は今目を閉じたまま地面に横倒れになっていた。いつそんな姿勢になったのかは覚えていない。意識を失っていたのか、それともショックで記憶が飛んでいるのかもしれない。


 おそるおそる目を開く。視界いっぱいに入ってくる光がまぶしい。見えるのは、白と黒と灰色、がれきの山に壊れかけの建物。そして、投げ出されている甲を上にした右手。

 うん、これは俺の手だ。ちぎれている感じはない。

 『右手を握れ』と脳から指令をれば、指先がちゃんと動いた。『開け』と命令すれば、やっぱり開く。


 身体は動かさず、顔だけを空の方へと向ける。青空と雲。どんなに目をこらしても、穴は見えなかった。それでも、あそこから落ちてきたことは間違いない。

 だとしても。俺は右手を空へ向かって広げる。


 ――今、間違いなく俺は生きている!


 少なくともこの状況、その事実だけでもうけものに違いない。


 それにしても。

 あんな上空へと俺を移動させ、墜落させてくるなんて……いったい何をしたのだろう。居場所をワープする魔法でも使われたのだろうか。

 転移魔法は可能性としては存在するけど技術が追いついていないとエミリは言っていたが、この分だと魔物たちによって発明されたのかもしれない。


 少なくともこんな魔法をおおっぴらに使われようになったら、今後の戦闘が一気に不利になるだろう。

 こんなの、普通の人間ならまずひとたまりも無く死んでしまう。俺も自分が生きているのが不思議なぐらいだ。


 だが、先ほどの魔人エイディも使用してこなかったことを考えれば、それほどこの魔法は完成されていないはずだ。

 なら、なおさら急がなければ。ぐずぐずしているわけにはいかない。


 痛む身体を叱咤して、右手を地面について力を込めた。大丈夫だ。あっちもこっちもズキズキいっているが、動けないほどじゃない。

 しかし、お尻周りが本当に痛い。落下の衝撃をすべて受け止めてくれたからだろうか。しかしこうして生きていられるのはお尻が偉大だったおかげだ。感謝しなければ。

 そう思ったところで――俺は、今の自分の状態の違和感に気づく。


 ――お尻周りが痛い? 俺、お尻が一番最初に地面につくようにして落ちたはずなのに、中心部じゃなくて周りが痛いのって何でだ?


 それに何というか、足がうまく動かない。膝は曲がっているんだけど、太ももの付け根部分が手前に来たまま動かせない、というか……。見えない部分にダメージを負っているのだろうか?

 とりあえず動く両膝を伸ばそう。そう思って足を真っ直ぐ伸ばす。

 視界に両足が見えた。ズボンが汚れているが、血は出ていないようだ。


「…………ん?」


 いやいやいや。なんでこんな、伸ばしたら足が見えるような体制になる?

 これじゃあ、さっき空中で墜落するときにとってたお尻突き出しのポーズとあんまり変わらないじゃないか。結構苦しいんだけどこれ。

 そう思って、首を曲げて自分のお尻周りを見て――俺はようやく、今置かれている現状を理解した。


「…………んん?」


 見えたのは、俺の胴体と腰。右側に差した聖剣カリブルヌス、左側についた小さなバッグ。

 それらの外側すぐのところに存在する、青っぽい縁取り。


「…………なんだこれ」


 手で触ってみる。力を込めればゆがむ程度の強度ではあるようだが、外すことはできそうにない。

 指先で形を確かめてみる。どうやらそれは円形のようで、縁取りの一部は俺の太もものの下の部分にきている。それが原因で足があまり動かせない状態になっているようだった。


 ははあ、なるほど。

 お尻じゃなくてお尻周りが痛いのは、この青い円によって両サイド部分が丁度挟まれるような形になっているからなんだろう。

 落ちた衝撃で、お尻が青い輪っかにはまってしまったというわけだ。合点がいった、と俺は一人納得する。

 これぐらいのハプニングはまぁ、命が助かったのだから仕方が無いだろう。


 さて、ならばどうやって外したものか。

 俺は手で青い縁の奥がどうなっているかを確認する。どうやらこれ、縁だけでなく高さがあるようだ。

 要はこれはただの輪っかじゃなく、魔法使いのよくある帽子のように出っ張っているということなのだけれど。


「……ちょっと待てよ」


 とりあえずまず仰向けになろうとするが――青い輪っかの高さに邪魔されて、とてもじゃないができやしない。

 今度はうつぶせになろうとする。なんとも情けない格好になるが、どうしようもない。こうすれば、両膝から下を動かすことができる。

 なんとか不格好な四つん這いのような形になって、お尻を持ち上げた。


 ――長い。なんか長いぞこの物体!


 持ち上げたときに感じた重み。おそらくこの輪っか、幅よりに底の深さに特化している。俺が想像している以上に長そうだ。

 無理矢理首をねじ曲げてお尻付近を見る。残念なことに予想通り、青色の円柱のような物体がお尻にくっついていた。高さは俺の身長の半分ぐらいと言ったところだろうか。

 こんな状態って……もはや情けない、じゃなくて、みっともないだ。



 そして、そいつが俺にもたらした問題は、見た目だけではない。


「った、立てないっ……!」


 いざ立とうとしてみれば。この青い輪っか、ものすごく邪魔だった。

 縁に足の動きがもろに阻害されて、太ももの付け根がうまく動かせない。

 両手で青い縁をつかんで横へ広げようとする。ゆがみはするもののびくともしない。なら、と外へと押し出そうと力を込めてみる。みじんも動かない。俺の太ももおよびお尻の両サイドが痛むだけだ。

 落下の衝撃で青い輪っかにハマった結果、俺のお尻はにっちもさっちもいかない状態になっていたのだ。


 ――いやいやいやいや、冗談よしてくれよ!


 額に冷や汗が伝う。さっきは命が助かったのだから仕方が無いとおもったけれど、外れないとなると話が違う。

 こんな情けない勇者がこの世に二人としているだろうか? いや、ない。

 勇者以前に人間としてもダメだ!


「……聖剣カリブルヌスうぅぅぅぅぅ!」


 魔人エイディと戦ったときとは違う悲痛な願いを込めて、俺は腰にある聖剣カリブルヌスを引き抜こうとする。が、ハマった衝撃でこちらまでぴったりフィットしてしまったのか、さっぱり動かない。神様からの贈り物だって言うのに、最悪だ。

 ならばとバッグを無理矢理引き抜いて隙間を空けようとしたが、こちらも同じくだった。


 何か無いかと、周囲を見渡す。

 近くに人間大ほどの大きさの岩が堂々と転がっていた。所々から鉄骨のようなものが見えている。


 ……これを使ってみる、か?


 頭の中に一つの案が浮かぶ。しかし……めちゃくちゃ誰にも見られたくないような作戦だ。

 自分のお尻付近を振り返る。それでもこんなもんをつけっぱなしにするよりはマシなはずだ。見るだけで悲しい、情けない、早くなんとかしたい。

 周囲に生き物の気配がない今しかない。


 それに見られる以前に、この状況で敵に襲われたら命に関わる。

 死ぬ。

 間違いなく死ぬ。

 リアルにも社会的にも死ぬ。

 『お尻に変なものをはめたまま死んだ勇者』とか、最悪の語り継ぎ方をされかねない!


 躊躇うな俺、生き残るために最善を尽くせ!


 俺は四つん這い状態でその岩の端まで移動し、背を向ける。後ろを見て、青い出っ張りが岩に当たるように位置を調整する。

 大きく息を吸い、吐く。大丈夫だ俺、魔人エイディを倒した時の万能感を思い出せ!


 俺は岩とは反対側の方向にお尻を振る。青い出っ張った部分を岩から大きく引き離し――壊すつもりで、お尻を思いっきり右にスイングさせ岩に出っ張りをたたきつけた。


 カーン、と、空を抜けるようないい音が響いて。


「――のああああああ!」


 青い物体は破壊されることなく、岩にはじき返される。

 当然その青いのにくっついている俺は、一緒になって飛ばされ地面にみっともなく這いつくばることになった。

 だが――俺は自分のお尻方向を見る。青い物体は相変わらずそこにあった。先ほどと全く変わらない、無傷のままで。

 どんだけ頑丈なんだよ、これ!


 いやまて、落ち着け俺。

 何も勇者って言ったって、使えるのは力業だけじゃない。

 魔法で破壊してしまえばいいんだ。簡単な話じゃないか。

 俺は右手を青い部分に押し当てる。


「雷魔法『サンダー』!」


 俺の声とともに青い物体に魔方陣が浮かぶ。中央に白い光が走り、そこから雷が発生する。

 至近距離どころかゼロ距離での魔法攻撃だ、これで壊れないなんてことは――。


「……………………」


 あった。あってしまった。壊れないどころか焦げ目すらついていない。

 どうなってるんだこの物体。呪いの装備かなんかなのか!? お尻につける装備なんて聞いたこともないが……。

 魔人エイディに匹敵するような――いや、もしかしたらそれ以上の強敵かもしれない。


 ――なんてこった。


 俺は途方に暮れた。いろんな魔法が使えるエミリも、力自慢のヴィクトルもいない今。これをなんとかする他の方法は、思いつかなかった。

 旅を始めたときに何時も感じていた心細さがよみがえってくる。助けてくれ、といえる仲間がいない孤独感。弱気になっている場合じゃないのに。しかもこんな下らないことで。

 このままこれをつけたまま、地面を這って進んでいくしかないのか――そんな思いが脳を埋め尽くしそうになったとき。




「――落ちてきたのは、君か」


 不意に、そんな声が上から聞こえて。

 顔を上げると同時に、かつん、という靴音が降ってくる。俺が青い物体をぶつけた岩の上に、右足を乗せて立っている人物が目に入った。

 ぶっきらぼうな話し方だが、声質からすると女性のようだ。とりあえず急に襲ってこないあたり、敵ではないらしい。


「まったく、ずいぶんと奥地に落ちてくれたものだ。もう少し私の家の近くなら楽だったというのに……」


 その女性はそこで一旦言葉を句切ると。


「……しかし何だ、随分と珍妙な格好だな。ゴミ箱を尻に装着するのが、君の世界の正装なのか?」


 そう言って、彼女は首を傾げた。

 突然の人間――確定はしてないけど、十中八九そうだろう――の登場に、俺はこの情けない状態を見られたショックやら何やらで。

 ただぽかんとして話を聞いているだけだったのだが、彼女の言葉で我に返る。



 今この人『ゴミ箱』って言わなかった?



 俺は勿論ファッションでお尻にゴミ箱を装着していたりなんかしない。

 そして今彼女に見えるている俺のお尻付近は、落ちたときにハマった青い物体。

 だから、つまり、この発言がどういうことかというと。


「――誤解です違います不慮の事故でハマったんです! お願いなんで外すの手伝ってくださあああああああああい!」


 俺は、初対面の正体不明の人物に対して、全力で。

 ゴミ箱にハマったお尻をはずすのを手伝ってくれという、世界中探してもほとんどの人間がしたことのないであろう懇願をしていた。




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