そもそも蛙であることを知らない
「もっ、――戻れる!? 『すくいの手』って、どういうことだ!?」
俺は勢いよく立ち上がり、大ゴブリンへ詰め寄った。
大ゴブリンは案の定、といった表情でこちらを見ている。
「オメェ何も聞いてなさすぎだろ……逆に何なら知ってんだァ?」
「うっ……!今はそこはいいんだよ! 終わったことは終わったこと! 反省はこれから生かす!」
「オウ、前向きだなァ。そういうとこいいと思うぜ、ウンウン」
「若干棒読みにいうのやめろよ? それより、すくいの手って何なんだ?」
「それなァ。ちょっと複雑っつーかなんつーか……俺説明うまいわけじゃねェからなァ」
大ゴブリンは困ったように言う。
「オメェ、ゴミ箱って分かるだろ?」
唐突に何を言い出すんだこいつは。
「そう、空から落ちてきたオメェの尻にくっついたっつーヤツだ……ブフッ!」
「何で今ここでその話をぶり返した!?必要なのかその情報!?」
「スマンスマン……それでな、このラビッシュワールドってのは、それなんだとよ」
「…………?」
「俺らはまだゴミ箱に入ってるだけで、完全に捨てられたわけじゃねェってこった。だから、エート……」
大ゴブリンは目をきつく瞑って、うんうんうなりながら話をしている。
どうやら説明するのにいい言葉を必死に探してくれているようだった。そういう面倒見のいいところがこいつのいいところなんだろうと、短期間話しただけの俺でも思う。
「何つったっけ、アレだよアレ…………そう! リサイクル! リサイクルだ!」
「リサイクル?」
「オウ。『神様』が作ってる、まだ時間が止まってない……棄てられてない世界に、場所だとか生き物だとか……新しい何かを作る必要があるとするだろ。それを全部一から作るってのは、それなりに大変らしいんだよ」
「……まぁ、簡単に生み出せるとかいわれても複雑だけどな。それを『神様』が本気で思っているんだとしたら、ずいぶんと自分勝手な話だ。俺たちをなんだと思ってんだよ……」
どの面を下げて『神様』はそんなことを考えているんだろう。
簡単に棄てておいて、いざ作るとなると大変だって、なんなんだそれは。
どう考えたって、俺たちのことを命や意思のある物として認識していない。
俺たちのことを、おもちゃか実験道具だとでも思っているのか?
そんな存在によって生み出され、ぬくぬくと自分の力で生きていると思っていた今までのことを考えると――ふつふつと怒りがわいてくる。
そんな俺の感情の揺れを読んだように、
「まァ、何にせよ嬢ちゃんから聞いた話でしかないからなァ。話半分ぐらいにしておけよ」
と、大ゴブリンはなだめるような口ぶりで言う。
どうして自分を棄てた『神様』すら、こうもかばうことが出来るのだろうか。
「まァ、とにかくな。そうやって作るのは面倒だから、リサイクルをするんだよ! そうすることで俺らは戻れるかもしれないし、『神様』も楽できる。だからイッセキニチョウなんだ、って嬢ちゃんが言ってたぜ!」
どうだ、と大ゴブリンはふんぞり返る。
その表情を見るに、どうやら、『すくいの手』は『神様』にとっても俺たちにとっても都合のいいものらしい。
だが、大ゴブリンは大切なことを忘れている。
自慢ではないが――俺は無知なのだ。
おそらく、周りから見たら残念なほどに。
「なるほど。ところで一つ教えてほしいんだけど、いいか?」
「オウ? 今の説明の中になんかおかしいところでもあったかァ?」
「リサイクルって……どういう意味なんだ?」
その一言の後、変な間が流れて。
「…………。オメェ……………………」
大ゴブリンの俺を見る目が、すごく生暖かいものになった。
あぁ、知ってたよ。話の中で説明が入らなかった時点で知っていたとも、どうやら理解できていて当たり前らしいと言うことぐらい!
「言いたいことは分かってるからそんな目で俺を見るんじゃねえよ!」
「俺のかわいいガキどもだって、たぶん知ってるぜ……?」
「仕方ないだろ知らないんだから! 洞窟育ちで学無ぇんだよ俺は!」
「なんかそれだけ聞くと、オメェすげェ魔族っぽいな……」
だって知らない物は知らないんだから、恥を忍んで聞くしかない。
リサイクルっていうのが何らかの物質だったら、この世界の性質上見せてもらえれば即座に理解できるのだろうが、そういうわけでもないみたいだし。
仕方ねェな、と大ゴブリンは鼻息を荒くしながら腕を組み直し。
「いーかァ? 教えてやるからよーく聞けよォ! リサイクルってのはなァ……」
「……リサイクルの意味ってのは?」
ふんぞり返って、俺に向かって自信満々に話そうとして――。
「えーと……アレ、リサイクルの意味、だと……?」
「いやそういう二段ボケはいらないから」
俺はそう言った後に。
大ゴブリンがかなり真面目な顔をしていることに気がつく。
――俺説明うまいわけじゃねェからなァ。
先ほどの大ゴブリンの言葉が脳内で繰り返された。
「アー……」
「…………」
「リサイクルって、リサイクルってことだよな。リサイクルはリサイクルだろ? つまり……?」
大ごブリンは首を大きく右に傾けて、ぶつぶつと独り言を言い出した。
「ちょっと待て、ちょォっと待てよ。今考えてるからな」
「……………………」
「リサイクル……リサイクルと言えば、リサイクル……リサイクルといえば……? えーと、嬢ちゃんはなんて言ってたっけかァ……?」
「……ええと」
大ゴブリンが必死で考えているのを見ていると、だんだんと申し訳なさが勝ってきて。
「アァ、アァー……リサイクルリサイクルリサイクルリサイクル……」
「…………………………………………ごめん」
「アァ?」
「なんかごめん……」
そんな姿にいたたまれなくなって、俺は思わず謝った。
何というか……明らかに見た目は力自慢のゴブリン、といった感じなのに。
こんなので悩んでいる姿を見ると、本来の物ではないんだろうという気がしてきて……ものすごくつらい気持ちになってしまったのだ。
俺の心の中は罪悪感でいっぱいだった。
先ほどの謝罪をしたときと同程度に。
だが――。
「オメェ……記憶が怪しいジジィを見守るみたいに俺を見てんじゃねェよ」
「……へ?」
大ゴブリンのいやに静かな、しかし確かな感情のこもった声と一緒に。
ブチン、と音が鳴って。
大ゴブリンの額に青筋が立つ。
「オメェ俺が所詮ゴブリンだと思ってんだろォ……? 言葉の意味の説明すら出来ないゴブリンだとでも思ってんだろ、アァ!?」
「ちょっと落ち着けって、どうしていきなりそうなったんだよ!?」
なんだ!? 何がこいつの琴線に触れた!?
俺がそう焦る間にも、大ゴブリンの頭の青筋はどんどん増えていく。
「畜生がァ! 意地でも思い出してやるからな!?」
「えっ、いやそんなつもりは……! 確かに思い出してもらえたら助かるけど、ちょっと待てって、そんな頭に青筋立てて地団駄踏むのはやめてくれなんか地響きが!」
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「やめろ、やめろって! 地面が割れはじめてるから、っていうかお前どんだけパワーあるんだよちょっと待てってばああああああ!!」
「あれ、とうちゃん地震起こして遊んでるの? 僕らもやるー!」
「やめろ混ざるんじゃない止めてくれえええええええ!」
◇◆◇
ゴブリンたちによる大地震が収まったのは、それから優に三時間を超えた頃だった。
運良く死ぬことも傷を負うことも無かったが――それは本来なら相手に向けられるはずのパワーを全て地面が受け止めてくれたからであり。
草原に走る幾筋もの地割れを見れば、決して笑って済ませていい事態ではない。
俺は二度とこのゴブリンにけんかを売るなんて言う無茶をしないことを心に誓った。
というか、あのときこのゴブリンに殴りかかりにいけた俺はマジで勇者だったのではないだろうか。
逃げたけど。
そして地震が収まったのは、別に彼らが疲れたからと言うわけではなく。
「――そうだ! 思い出した! 『再利用』だァ!」
そんな大声とともに、大ゴブリンが暴れるのをやめたからだ。
それにつられて、子供らも足を止める。
「――本当か!? ありがとう! ありがとう!! 再利用って意味なのか、ありがとう!」
俺はその隙を逃がさないように、全力で叫んだ。
また動く前に、なんとかして機嫌を直してもらわなければ!
こんなご機嫌取りめいた動き、元いた世界では全くしなかったものだが。
ちなみに今、俺は割れかけた地面の草原にうつぶせになって両手で草をつかんでいる状態だ。
……仕方ないんだ、これ以上死ぬのはごめんだったんだ!
「アァ、間違いねェ。再利用、つまり棄てた物をもう一回使うことで生み出す負担を減らす――とかなんとか、嬢ちゃんが言ってた!」
大ゴブリンは輝かんばかりの笑顔だ。
先ほどまで青筋を立てて暴れていた魔族と同一には見えない。
とにかく、どうやら一安心のようで、俺はおそるおそる立ち上がる。
しかし……『神様』ってやつは本当に、自分のことしか見ていなさすぎる。
思い出した、と大ゴブリンは嬉々として話すが、中身は本来そんなに明るく話されるようなことじゃないだろう。
だって、再利用、だろ?
「ア、再利用の意味もわかんねェってこととかは……」
「理解できてるからそんな顔するのやめてくれよ……なんで俺の無知っぷりが怖いみたいな顔してんだよ……俺はさっきまでのお前の方が怖いよ……」
「だって俺ァ説明向きじゃねェんだよ怖ェに決まってんだろ! これ以上よく分かんねぇこと聞いてみろまたブチッと行くぞ!」
「それだけは勘弁してください!」
少なくともこれ以上ブチッと行かれたら、次の昼間でまたダウンする羽目になりかねない。
だが――まだ、肝心なことを聞けていない。
俺はどう言うかを必死で考えながら、質問をする。
俺たちという存在を、リサイクルする。
完全に生き物だと思っていない諸行だ。吐き気がする。
だがその中身の非道さについては置いておいて、とにかくやり方を知らなければ話は始まらない。
「……それで? そのリサイクルはどんな風にされるんだ? あの、言葉の意味じゃなくて状況がどんな風に動くかって感じで、その……動きとかを見せてもらえれば大丈夫なんで……」
「オォ、そういう風に聞いてくれりゃァわかりやすくていいな。えぇっと」
大ゴブリンは自分の大きな手の平を、指をきっちりそろえて俺に見せてきた。
「場所とか時間とか、そう言うのが決まってるわけじゃねェ……らしいぜ。嬢ちゃんはそう言ってたからな。本当に、『神様』の気まぐれで『すくいの手』はやってくるんだとよォ。俺も遠目に何回か見たことはあるんだが、なんつーかなァ……」
こォ、といいながら、大ゴブリンはその手をゆっくり動かす。
地面に対して手の甲を平行にし、草をすくい上げるように動かす。
「――こんな感じで、ラビッシュワールドの物を拾ってくんだ。そんで、空に消える。……そうやってもってかれた物は、どこかの世界にまた取り込まれる。そういうことなんだってよ」
「…………」
「だァら。それに選ばれることさえできりゃァ……『神様』に必要な存在だって思われることさえできりゃァ、救われるってこったなァ」
「……すくいの手、か…………」
もとの世界へと戻ることの出来る可能性、『すくいの手』。
実にいやな名前だ、と思ってしまった。
自分たちを棄てたもののもたらす『救い』だって?
魔王なんかよりも、『神様』のほうがずっとあくどいんじゃないだろうか?
――だけど。
もし、それが本当なんだとしたら。
エミリやヴィクトルにもう一度出会うことも。
ヴェーダニア大陸を、魔王の支配から解放することも。
まだ、できるかもしれないのか?