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同じ、生きているもの



 ◇◆◇




「勇者レナード。あなたの勇気は、とても――とても、素晴らしい」


 ――星の綺麗な夜だった。


 魔物によって何十年も前に滅ぼされた、とある王族の城。

 ヴィクトルがいびきをかいて眠りこけている横。


 その夜に負けないぐらい、白い衣服をまとった魔法使い。

 エミリは真っ直ぐな瞳で俺を見つめながら、そう言った。


「……へっ?」


 いきなり面と向かってそんなことを言われ、頬が熱くなる。


「どんなに魔物に対しても、臆せず、惑わず、成すべきことだけ信じて戦う。……それこそがきっと、『勇者』としての才能なのでしょうね」

「いや……そんなことない。いつだって、怖くてたまらない。ただ無我夢中で戦ってるだけだよ」

「無我夢中で……とおっしゃられますが。大抵の人は立ち向かう前に恐怖が勝ってしまうものなんです。

 私だって、あなたに出会う前はそうでした。

 ……ねぇ、勇者レナード。どこからそんな勇気が湧いてくるのですか?」


 彼女の言葉は、何時だって真っ直ぐだ。

 人間の解放を目指そうと、俺についてくると決めてくれたそのときから、ずっと変わらない。


 そんな真っ直ぐな彼女が、俺という『勇者』を信用してくれているから、どんなときだって前を向ける。

 ……んだけど、そんなことをはっきり言えるほどの勇気は俺には無い。


 恥ずかしい話だ。

 魔物に立ち向かうより、メアリに真っ直ぐな胸の内を語りかけることの方が。

 ずっとずっと、難しい。

 俺の勇気は、魔族には遺憾なく発揮できても、たった一人の人間には簡単にしぼんでしまう。


「なんで、か……。どうなんだろう、人々の期待を背負ってるから、とかなのかな。あんまり考えたことがなかったから、分からないよ」

「うふふ。そう言われると困ってしまいますね、勇者レナード」


 そういって、眉尻を下げて笑うその表情すら美しい。


「私もあなたのように、どんなに強い魔族にも恐れず立ち向かう勇気を手に入れたいのです」

「うーん……けど、今言われてもはっきりした答えが出てこないな……」


 出てこないな、というよりは。

 言えないな、なのだけれど。


「だから、その理由が自分で分かるようになったら、エミリに伝える。これでどうかな」


 分かるようになったら、ではなく。

 言える勇気を持てたら、なのだけれど。


「あら。でしたら、そういうことで是非。勇者レナードへの二つ目の宿題、ですね」



 エミリは仕方がないというように、けれど嬉しそうに――。




 ◇◆◇




「…………う……」


 遠くにいっていた意識が戻ってくる。

 何だか懐かしい夢をみていたような気がした。


 何だったのだろう。

 とても、幸せな瞬間の思い出だった気がする。


 うっすらと目を開ける。透き通るような青空が視界いっぱいに広がった。

 今はもう昼なのか? 日差しが温かい。

 どうやら草原を背にして寝ていたようだ。


 はて、どうしてそんなことになったんだったか――。




「……オォ、ボウズ! 意識が戻ったか!」


 耳を劈くような声に、一気にその理由を思い出す。


「良かった良かった! 悪ィな、なんせ殴るってのが久々だったもんで力加減が今ひとつ分かンなくてなァ」

「――――魔物っ!」


 青空いっぱいだった視界の端に映った、緑色の影。

 俺は跳ねるように起き上がり、聖剣カリブルヌスを抜こうとし――。


「――――なぁっ!?」


 普段だったら強く持ち手を握るはずの手のなかには、何の感覚も無い。

 慌てて手の場所を見れば……何時もそこにあるはずの聖剣カリブルヌスが影も形もない!


 なんで、どうして!?

 そんな疑問はすぐに解ける。


「アァ、ボウズ。悪ィが剣はちょっと預からせてもらってるぞ。俺のかわいいガキどもにまたちょっかい出されちゃあるんでなァ」


 目の前に座っている大ゴブリンが、おもちゃを扱うみたいに聖剣カリブルヌスを右手でもてあそんでいる。

 俺は完全に動揺して、


「か、返せ!」


 と、だだをこねる子供のように魔物に対して叫んでいた。


「オメェなァ……返したらまた速攻でコイツ振り回すだろうが!

 いいから大人しく座って話を聞けッつーんだ!

 俺だってなァ、頭冷やしてオメェが起きんのを待っててやったんだぞ!

 もう一発殴られたいかオラァ!?」


 大ゴブリンの怒り声に、またしても空気が震える。


 くそ。この状況、完全にどうしようもない。

 魔法はきかないし、聖剣カリブルヌスも向こうの手に渡っている現状、逃げることも出来ない。


 大丈夫だ、今生きているってことは、何か理由があって生かされているはず。

 ならばそこから、チャンスを窺っていけば……。


 俺は大ゴブリンの動きに警戒しながら、ゆっくりとその場に腰を下ろす。


「オォ! ちゃんと話を聞けるんじゃねェか」

「……望みはなんだ」

「アァ?」

「気を失っていた俺を殺すことなく、起きるのを待ってたって事は……何かあるんだろう」


 俺は、努めて冷静に話そうとする。

 あの馬鹿みたいな怪力があれば、気を失っていた俺の頭を握りつぶすことだってできただろう。ていうか実際、つぶれてもおかしくないような音がしてたし。

 しかしそれをせず、武器を取り上げて俺が目覚めるのを待っていたというのなら。

 この魔族なりに人間への要求がある――ってことのはずだ。


 交渉ごとは俺の得意分野じゃない。

 ヴィクトルがいれば、と思うが、そもそもこの状況自体が味方がいないから招いてしまった展開であって。


 殺されなかったことを感謝しなければいけない。

 その上で、地を這ってでも命をつながなければ。


 そんなことを考えながら大ゴブリンを睨む俺に対し。




「……アー……ボウズ、なんか勘違いしてるみたいだが。俺ァ別にボウズを脅そうとか、そんなことは全く考えちゃいねェぞ?」

「…………は?」


 大ゴブリンは何故か困ったように、人差し指で頬をポリポリと掻いた。


「ぶっちゃけここで、生き物同士で争う理由なんざ俺には思いつかねェからな」

「いや……お前、俺の頭思いっきり殴って……」

「ありゃァ正当防衛だろォが! かわいいガキどもが泣きそうになりながら助けを呼んでんのをシカト出来るわけがねェだろ、オォン!?」


 目の前でつばを飛ばす勢いで叫ばれ、俺は今度こそ両手で耳を覆った。

 殴ってこなくても、声の大きさがすでに武器でしかない。


「っつーか……待てよ。殺すだのなんだの、妙なことばっか言いやがって……さてはボウズ、オメェこの世界に来たばっかりだなァ?」


 大ゴブリンは顎に手を当てて、まじまじと俺の顔を見てきた。

 こうして明るい場所で見ると、やはりその顔にはすごみがある。緑の体色に、額には堅そうな角が生えており、額には斜めに切りつけられたような大きな傷跡がある。

 その黄土色の瞳は、あまりにも鋭すぎる目つきは――紛れもない、戦士の目だ。


 暗くなかったら、この顔を見た時点で戦闘を諦めて逃げていただろうと思う。

 どう考えても、強者だ。


「ボウズのいた世界でも、魔物と人間は仲が悪かったのか?

 その論理を引っ提げたまま暴れるのは結構だが、生憎俺ァその気はねェ。

 大立ち回りがしてェんなら、よそでやりな」


 そんな見た目だというのに。

 丸太のように太い腕で殴りかかってくるつもりは、この大ゴブリンにはないようだった。


「……敵意は、ないのか?」


 ここまでを見れば、紛れもなくそうなのだろうが。

 俺はおそるおそる耳元から手を離して、問いかける。


「オメェに敵意を持ったところでなァ。百回戦っても負ける気しねェし」

「おい」

「つーかよォ、オメェあの嬢ちゃんの話をちゃんと聞いてこなかったのか?」

「嬢ちゃん?」

「ここに落ちてきたときに、ボウズを拾った女がいるだろ? カヤ、っつったか」


 そう言われて、嬢ちゃんというのがカヤを指しているのだと気がつく。

 俺の中では嬢ちゃんは、ヴィクトルがエミリを呼ぶときの愛称だ。


「聞いたけど……ここは『神様』に必要ないとされたヤツが転移してくる世界だって」

「オォ、そうだ。いらないっつって転移してくるのは別に人間だけじゃない、俺たち魔族だってそうだ」

「それも聞いたよ。いらなかったらなんでも棄てられてるってな」

「オォ、そこもちゃんと聞いてんだな。ならちゃんと考えろよ。

 お前の世界で魔族がどんなことをしてのかは知らねぇが、ラビッシュワールドじゃあそんな諍いはねェよ」



 ――あ。


 ……言われてみればそうだ。

 俺の世界ではなくなったと言うことは、俺たちの世界で常識とされていた事実もなくなっていると言うこと。

 ここには『魔族によって人間が支配されている』という事実自体がない、ということか。

 だからこの大ゴブリンは、戦う気も何も無いのか。


「確かにまァ、魔族と人間同士で争ってたって世界はたくさんあるみたいなんだがよォ……俺ァここに来た以上、前の世界の延長線上の戦いなんてする気がねェんだ」


 よく考えれば分かったことだ。

 けれど、魔物を見つけた、というだけで条件反射のように身体が動いていた。

 完全に頭に血が上っていたのだろう。




「……すまなかった」


 魔物に対して頭を下げるのには、それでも抵抗があったけれど。

 俺は素直に謝った。

 この大ゴブリンが敵意がないのは事実なのだろう。

 でなければ、百回戦っても負けないと見下している相手に、こんなに丁寧に説明しようとしてくれたりしない。


「オゥ、頭は冷えたか?」

「……少しは」

「そりゃァ何よりだ。……ホレ、返すぞ」

「――うん?」


 大ゴブリンは右手に持っていた聖剣カリブルヌスを。

 キャッチボールでもするかのような気軽さで、俺に放り投げてきた。


「ちょっ、お前……!」


 聖剣カリブルヌスは青空をバックに、くるくると回転しながら弧を描く。

 俺は慌ててそれを両手で受け取った。

 手にしっくりくる重さに一安心する。


「おい、雑に扱うなよ! 聖剣だぞ!?」

「オォ? ……そういえばそうみたいだな。ガッハッハ! 俺の世界じゃあ聖剣に斬られた瞬間魔物は蒸発する運命だったからなァ、大切に扱う気はさらさらおきねェよ!」

「ならなんで投げて遊んでたんだよ! っていかなんだよそれ、お前の世界の聖剣に対して強すぎないか!?」

「だよなァ!? やっぱアレ異常だよなァ!? おかげでにっちもさっちもいかなくて大変だったんだぞォ俺らの世界は!」


 大ゴブリンはそう言って、巨体を揺らして笑った。


 俺と違い、すでにこの大ゴブリンはこのラビッシュワールドに順応しているようだった。

 俺らの世界、という物言いに何のためらいも感じられない。

 

 それにつられて笑いそうになっている自分に気がついて。


 ――なんだか、変な感じだ。


 それは違和感ではなく、単純に奇妙だ、という話で。

 俺の世界でまず、魔族とこんな風に会話をするなんてこと自体があり得なかった。

 魔族の人間に対する笑いは嘲笑でしかなかったし、人間の魔族に対する言葉は怒りと服従でしかなかった。


 こんな風に笑いかけてくる魔族の存在なんて、あり得なかった。

 そんな魔族と今、自分が自然と話せているという事実が、信じられなかった。


 ――種族が違っても、こんな風に話って出来るのか。


「だァらよォ、聖剣対策にこんな腕輪作ってなァ。こいつァ聖剣を無効化できる唯一の鉱石で出来てて――」

「……あ」


 大ゴブリンの後ろから、ひょっこりと顔を出した三匹の影に、俺は思わず声を上げる。

 彼らは父親の巨体に隠れるようにして、俺の方を窺っていた。その視線は聖剣カリブルヌスに向いている。

 その目がきらきらと輝いているのが――俺の弟や妹が、この剣を見たときと同じもので。


 この時。

 ゴブリンだろうと、人間だろうと。そんな種族の境無く、純粋な子供たちは皆。

 好奇心を刺激されればこうも目が輝くのだと、俺は初めて知った。


「………………。えっと、触ってみるか?」


 少しだけ悩んで。

 遠慮がちに声を発せば、三匹はぱっと笑って大ゴブリンの影から飛び出してきた。


「いいの!?」


 あのときと全く同じように、寸分違わぬ動きをする三匹。

 あのときは誰が声を出しているのか分からなかったが、何のことはない。三匹は同時に口を動かし、全く同じ声質で一緒に喋っていただけのことのようだ。

 これもゴブリンの特性なのだろうか?

 あるいは見た目も瓜三つ状態だし、そっくりすぎる三つ子なのかもしれない。


「大事に扱ってくれるならな」

「うん! 約束する!」

「……昨日は急に斬りかかってごめんな」

「へへへ、別にいいよ! とうちゃんに返り討ちにされたの、面白かったから!」

「やめろ掘り起こすな恥ずかしい」

「ダーッハッハッハ! あのときのボウズの逃げっぷりはなかなか良かったぞォ!」

「やめろってばあああああ!」


 楽しそうに笑う大ゴブリンと、聖剣カリブルヌスに興味津々なゴブリンたちを見ながら。

 知らず知らずのうちに、俺のほほは緩んでいた。




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