表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

孤独な詩。

作者: 白木 一

 同じ時間、同じ場所、同じ挨拶、同じ笑顔。

 いつも通りのあいつとの、代わり映えのしない日常が、このまま続くと思っていた。いや、続いてほしいと願っていた。

 身の程知らずの願いであって、分不相応な望みであって、叶うことのない夢であって――。

 近くにいるはずなのに、いつもあいつは遠くにいて、オレとあいつの間には、深い深い溝が横たわっている。たとえオレが死んだところで、その溝は永遠に埋まることはないのだろう。



 あいつもオレも独りぼっち。それがオレ達の出逢ったきっかけ。あいつがオレに声をかけ、オレは無視した。薄汚れたなりで公園のベンチにうずくまっていたオレに、あいつは言った。


くさい。風呂に入って」


 オレでも知っている、かなりデカイ学校の制服を着たあいつは、ポケットから取り出した変な機械に独り言をつぶやいた。わずか数秒後には、オレは黒塗りで胴長な車に詰め込まれ、気付いたときには巨大な部屋に放り込まれていた。

 いい年した野郎が、ひらひらした服を着た女どもによってたかって体を洗われ、そこが風呂だとようやく理解できたのだった。オレの人生で一番恥ずかしい歴史だ。忘れられるものなら忘れたい。

 風呂上がり、あまりの心地よさにうつらうつらしているとあいつが来た。オレの体をじっくり眺めまわして、あいつは言った。


「綺麗にしてたら、かっこいいのに」


 うるせえよ。乳くさいガキに褒められても嬉しくもなんとも――なくはないが、年がいなく照れて素っ気ない態度になってしまう。

 その後はなぜかあいつの愚痴を延々と聞かされたり、生まれてはじめて食べるものばかりの昼飯を食わせてもらったり、広い庭を二人で歩いたり、オレの人生で一番幸せな時間だった。一生忘れることはないだろう。

 だけれども、オレは気付いていた。ずっと笑顔のあいつが、時々顔を曇らせるのに。その理由をオレは知っている。



 オレとあいつの奇妙な付き合いは二週間ほど続いた。臭いと言われ、黒塗りの車に乗せられ、体を洗われ、あいつの笑顔を眺める。戸惑いにも慣れて、オレの中ではすでに当たり前となっていた。それでも別れはいつだって唐突だ。オレは身をもって知っていたはずだった。平穏な日常は存在しないのだと。

 あいつは歩いていた。数人の野郎に囲まれながら。野郎どもがあいつと同じ学校でないのはすぐにわかった。あいつが誰と一緒にいようがオレには関係のないことだ。だが、あいつは悲しそうだった。

 茂みの奥に隠れていても、会話ははっきりと聞こえる。


「じゃ、今日も頼むよ」


「――いくら?」


「五千ずつでいんじゃね?」


「四人だから二万だな」


「――はい」


「ほんと、金は腐るほど持ってんだな。友達はいねーのに」


「ありがとな。明日も金、財布にいれとけよ」


 茂みから出てきたのは野郎どもだけ。下卑げひた笑い声をあげながら野郎どもは去っていく。そして、奴らがこぼした言葉を、オレの耳は拾ってしまう。


「女子校通いのお嬢様が野良犬にご執心とか、まじありえねー」


「ほんとそれ、イメージ崩れるわ」


「金持ちの考えることはパンピーには理解できんよ」


「てか、保健所に知らせるぞって脅すだけで五千? ちょろっ」


「どんだけだよ、まじで」


「搾り取ったあとにでも、目の前で通報してやろうぜ」


「おまえクズだわぁ」


 耳をふさいでも聞こえてしまう現実。聞きたくない。

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。黙れ。

 ――それ以上を言わないでくれ。


「野良犬なんかに構ったせいで人生壊れるなんて、ほんとバカ」


「その犬に感謝しとかないとな」


『さんざ稼がせてもらって、ありがとうございました』


 オレの理性は本能に支配された。



 これはケンカではない。狩りだ。よって、容赦なく急所から狙う。

 牙をき、うなり、地を蹴る。

 まずは一人目、喉笛に噛み付く。誰も状況を理解できていないようだ。オレの殺気にすら気付いていなかったのだ、仕方がない。

 二人目、顔を引っき、三人目、脇腹に喰らい付く。最後の一人がようやく闘争心をあらわにした。

 四人目、振り下ろされる拳をかわし、腕に牙を立てる。浅かったために振り払われるも、オレにダメージはない。

 再び跳ね、全体重をのせてぶつかる。野郎は呆気あっけなく転んだ。無防備な喉笛が牙に触れ、そして――。


「何、してるの……?」


 あいつが見ていた。理性が少し戻ってしまった、それがオレの失敗だった。

 顔をおさえてうずくまっていた野郎が、ナイフをあいつの首に当てていた。


「オイ、クソ犬。そいつから離れろ。お嬢様が殺されたくなかったら、そこをどけ。言葉わかんなくてもわかんだろ? さっさとしろよ!」


 あいつが見ている。

 オレは、何も返せていない。何も返せない。オレにできることは……。


「何突っ立ってんだよ! 言うこと聞けよクソがっ」


 ナイフがオレに向いた瞬間を、オレは見逃さなかった。

 あいつが邪魔で、急所どころか噛み付けるのは腕しかない。それでも危険だ。さっきのように浅ければ、ナイフはあいつを刺すだろう。だからオレは、ナイフを狙った。あいつに絶対に傷を付けずに済む、オレにとって最善な選択肢。

 痛みは一瞬だった。



 サイレンが鳴っている。警察か、救急車か。どっちでもいいから黙ってくれよ。あいつの声が聴こえない……。血の臭いが鼻をおかしくしているせいで、あいつの匂いもわからない……。

 泣くなよ……、おまえが悲しまないように、オレが代わりになっただけじゃないか。笑って見送ってくれよ。おまえが笑ってくれるならそれだけでいいんだ。なのによう、どうして泣かせてるんだよ……。泣いてくれるんだよ……。

 もしも言葉を話せたら、その手を握れたら、涙をぬぐってやれたなら――。友達でもいい。ただずっと、おまえの隣にいたかった。

 もしも神というものがいるのなら、生まれ変わることができるなら――。どうかオレを人間にして、あいつのそばにいさせてほしい。

 その願いが叶うというのなら、オレは他には何も望まない。おまえを独りにしてしまって、別れに立ち会わせてしまって、ごめん。そして、短い間だったが楽しかった。

 ありがとう。

こんにちは、白木 一です。

短編です。

歪な恋愛を書こうと思ったら、こんな話になりました。

私の作品、思い返せば鬱々とした内容が多い気がします……。

ハッピーエンドで終わらせると宣言しているモミジでさえも、途中途中にはそういう展開もありますし。

心が病んでるのですね、私。

こんな疲れ気味の私と私の作品への応援、どうかよろしくお願いいたします。

_(._.)_

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ