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彼女(仮)

 あーあ、打ち上げ出なかったからお腹が空いた。

 それにどこまで行くのか?

 近くに駅があれば、始発で朝一に帰ろう。


「おい、ゆるキャラねーちゃん。どっち方面に向かうか運転手さんに言ってくれ」


「えーと、あの……、まるとりまでお願いします」


「……っと、運転手さん、待ってください。おい、ゆるキャラ! あのね、あいつらもくつろいで打ち上げしたいと思うでしょう。だから、お前がいるとそれが台無しになってしまうわけ。それわかってる?」


「瞬君が言いたい事はわかってる。それでも、わたしもキーボードで頑張ったし、瞬君もボーカルやってたよね。だから、打ち上げに参加できるでしょう!」


 ──コイツは俺の気遣いを全然わかってない。


 あそこには既に酔ったヤローが二人もいる。

 人畜無害そうなつむりんにしても油断できない。


 つむりんのあだ名は、可愛い感じがするけど『むっつり』の意味を含んでいる。

 特に幼女が守備範囲と聞いているけど、部屋に入った事がないからあまり信じたくない。


 さらに、あーちゃんってば、女は消耗品とばかりに取っ替え引っ替えしている。

 そんな所に、このお嬢を連れて行くことはできない。

 真っ当な高校生は、お日様の下で遊びや恋愛をするべきだ。俺たちのような日陰者に首を突っ込むことはない。


「おい、ゆるキャラ! もし、俺たちの打ち上げに来るのなら、お前にも覚悟が必要だと忠告しておくよ。セクハラはもちろんのこと。ひどい時には乱暴されるかもしれない。……それでもいいのか?」


「えっ、いやっ、その……、それは、嫌だな。絶対にイヤだ! でも、でも、瞬君はきっと私を守ってくれる……、よね?」


 顔を赤らめながら動揺している、ゆるキャラねーちゃんは少し可愛そうだったが、あの二人が襲わなくてもこの時間に飲み屋にいるということだけで危ないことは色々あるだろうし、ここは早く家に帰らせるのがお互いのためだ。

 そう思って、更に説得するように話しかけようとした途端、気の抜けた音が聞こえた。


「ぶひぷひぷひ…………」


「な、なんの音、何処で鳴っている?」


 怪訝そうに周りを見回すゆるキャラねーちゃんは、少しびびっているようだ。


 少しはかわいいところもあるんだな──


 響き渡るその音は、俺のスマホの着信音、鳴っているのは鞄の中だ。


 カチャっと音をさせ、鞄を開けて、まだ鳴っているスマホを通話状態にして耳に当てた。


 スマホから聞こえるのは懐かしい声、透きとおった惹かれる声の持ち主だった。


「ヤッホー、ジュンちゃん。早くおいでよ。あたしを待たせるなんていつから偉くなったのかなー?」


「えっ、ココな? お前っ、なんでいるんだよ?」


「あっ、いやっ、それはジュンの方がよくわかってるはずなんだけど?!」


「……そうじゃない。ココな、誤解するなよ。俺の気持ちは変わってない。だから無理だし、余計なことを考えるより、自分のことだけに集中しなよ!」


「もう、わかってないなジュンは! それでも私はこれしかないって思ってるんだよねー!」


「いや、ごめん。かんべんね。絶対に無理」


「まあ、電話じゃ全然効果ないね。早くおいでよ!」


 プッという音が耳に聞こえ、通話が終わった。

 耳に残るあいつの声は、いつも俺を落ち着かない気持ちにさせる。


 あああっ、また会いたくない奴が増えてるなぁ。

 ココなが来るなんて思ってもみなかった。あいつは強引だから、どうしたものか。


 うーっ、気分はよくないけど嘘しかないな。こいつに頼みごとなんて嫌なんだけどな。今だけは仕方ない。


「やっぱ打ち上げには参加しないといけないみたいだな。……なあ、ゆるキャラねーちゃん。ちょっとお願いがある。嫌なら断っていいけど、もしダメなら打ち上げには来ないでくれ」


「えっ、どんな? 変なこと以外なら大丈夫だよ」


 お前は気楽だな。こっちはもう後がないというのに。

 それに案外、お願いごとって言い出すのが難しいのな。


「あっ、あのな…、打ち上げにココなっていうのが来ているから、そいつの前では俺の彼女のフリをしてもらいたい。もちろん嘘の彼女というわけで。その条件をのんでくれるなら、打ち上げに参加してもいいし、なにかあれば俺が必ず守る。……ダメかな?」


「うーむ。なんだかいきなり彼女とは込み入った事情があるみたいですね。でも一つ足りませんよ。私からもあなたにお願いしたいことがあります。そうでなければ不公平でしょう?」


 ──お願いって?


「えーっと、それはお金がかかるとか? それとも1番の席を譲るとか? そんなんか?」


 ゆるキャラねーちゃんの顔はいつのまにか、ニヤりとした目つきで俺を見ていた。

 まるで、この場面を待っていましたと言わんばかりに勝ち誇った感じだ。なにか俺に不都合なことをさせるのだろうか?


「ずいぶん警戒しているけれど、簡単なことだよ。

 私があなたの仮の彼女になってあげるから、私のお祖母様に会ってもらいたい。理由は会えばわかるよ。それとあなたが紹介するのは女の人なのでしょう。どのような関係か知らないけど、私に危害を加えないようにしてよね」


「ああっ、わかった。それでいい。ゆるキャラねーちゃん、ありがとう」


「あと、ついでに一つ。ゆるキャラねーちゃんじゃなくてちゃんと名前で呼ぶこと。いい? 私は一条 結依です」


「じゃあ、一条さん? いや、彼女なら結依さんかな? でも、やっぱ…ゆるキャラが言いやすい」


「なら、結依さんと呼んでください。あなたのせいで学校でもゆるキャラって影で言われてるみたいですから、その責任を取ってくださいね」


「いや、責任と言われても、ゆる髪をゆるキャラに間違えたのはあんただし、俺にはなんもできんな」


 俺がそう言った直後、車が停止した。

 俺たちが会話で夢中になっているうちに発車していたみたいだ。まあ、運転手さんも迷惑だったろうな。

 これも仕方ないことか。


「はい、1200円ね。忘れ物がないように」


 運転手さんからぶっきら棒に言われ、しぶしぶ財布を取り出したのだが、ゆるキャラねーちゃんに先を越された。


「はいこれ、ビザのチケットですが、いいですよね?」


「ああ、いいですよ。では、頂きました」


 ビリっと破ったチケットは分厚くて、まだ何枚も残っていた。コイツはやはりお嬢なのだろう。

 やっぱ俺とは住む世界が違うな。セレブを羨ましいとは思わないけど、なんだかあいつとは見えない壁が出来たみたいだ。


 運転手さんは、手早くチケットを受け取りドアを開けると、俺、ゆるキャラねーちゃんの順に車から降りる。降りた場所は、ちょうどまるとりの前だ。

 もはや逃れられんと思い、覚悟を決めると、ゆるキャラねーちゃんの顔をチラ見して暖簾をくぐった。


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