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くるなよ!

 窓際の席に座って、横の席にカバンを置いた時に多少なり聞き慣れた嫌な声を聞いた。しかし無視だ。あり得ん。


 スマホにダウンロードした流行りの曲をBluetoothを使いワイヤレスイヤホンで聴き始めて、問題集と睨めっこを始めた時、前の席に座る奴に気づいた。


 ……言わずと知れたゆる髪ねーちゃんだった。


「ハロー! ここで勉強するの? ご一緒してもいいでしょうか?」


 ご一緒という前に既に座っているし、妙なテンションになっているし、自販機から飲み物まで買って用意している。こいつは確信犯とみた。


「ハローじゃないよ。そこはダメ」


「えっ、じゃあ誰かここに来るのかな? だったらこの席はダメだね。……なら、舜君のカバンを退けてください。だいたい席にカバンを置くことは世間の常識から外れているわ」


 ブツブツ言いながらも、カバンを退けて強引に俺の隣に座って来たよ。この人は!

 もし、俺の彼女がいて、その席に座るイベントが起きたなら、さすがのゆる髪ねーちゃんも今後は付きまとはないんだろうが……。


 いかんせん、そんなち都合のいいイベントなんかには無縁な自分が嫌になる。


 しばらく勉強に集中するが、それを途切れさせたのはお隣さんの声だった。


「ねえ、その席は誰が来るの? なんだか気になって仕方ない」


 なんか面倒だな。早く帰んないかなー?

 とりあえず、だんまりを決め込もう。


「あっ、今、無視しようと思ったでしょう」


 ……まあ、ハズレじゃないな。

 バレたのなら、一言だけは話してやるか。


 はぁ。

 



「ここには誰もこない。俺の席から見える景色を眺めるためだけだ。ここからは珍しく都会の空に星が見える特等席なんだ。だから、単にそこには座らないで欲しかっただけ」


 俺の言葉にゆる髪ねーちゃんがじっと窓の外を眺めながら、感嘆の声をあげた。


「うっわー。素敵、素敵、素敵っ!」


「こっ、こら、静かにしろよ。みんな勉強してるんだから、邪魔するのなら出て行きなよ」


「あっ、ごめんごめん。でも、いいわよね。あなたはロマンチスト成分が含まれていたのね」


 ……成分って、俺はアニメの分類ですか?

 ロマンチスト属性なんて持ち合わせてないんだけど。


「ねえ、どうしてうちの学校に来なかったの?

 それだけでいいから、教えてください」


 真摯な瞳は一心に僕を見つめている。

 ぼっちの俺にとって、こんなことは滅多にない。

 懐かしい感じがする。過ぎ去ったあの頃のことを思い出しそうだ。

 でも、そんなことまでこいつに話すつもりはない。

 しかし、いい加減、うざいから、少し黙らせよう。


「入学申し込みの申請を提出しようとしていた時に色々なことがあって、期限が切れて申し込みが出来なかった。それだけだ。あと、お金もないし」


「お金なら、奨学金とか、あなたなら特待生にもなれたと思うのだけど? まだ他に理由があるんじゃない?」


 あーうるさい。ここらで、黙らせよう。


「誰にも言うなよ」


 一応、ゆる髪ねーちゃんが頷くことを確認する。

 さて、気が重いけど、人の心に土足でズカズカ入られるのは、この時限りだ。


「あのな、その日は不幸ごとがあったんだ。

 全てが初めてのことだから、とても忙しかった。

 たまに記憶を辿るけど、いつ、なにをしたのかも覚えていない。

 御葬式の間にやっと、少しだけ自分の時間が取れたのは覚えているけど、学校の申し込みなんて、その時には大して重要なこととは思えなかった」


 神妙な顔つきに変わったゆる髪ねーちゃんは真剣に聞き漏らさないようにしている。

 ここまで話したら、もう先はいいかな。


「という理由だから、これ以上深入りしないでくれ」


「う、うん。わかった。でっ、それは誰なの?」


 だから、『深入りするな』であんたは『わかった』って言わなかったか?おい、ゆる髪じゃなくてゆるキャラと呼んじゃうぞ!


「それは、……俺の母さん……だ」


 俺の話に衝撃を受けたのか、目の前の可愛い女の子の表情が一気に曇ったと思ったら、涙がだだ漏れ状態になっていた。


 ……なんでこいつが泣かないといけないんだよ。

 髪の毛同様、頭の方も少し緩いんじゃないか?


 ため息を吐きながら仕方なく、俺はバックの中に入れてたハンカチを渡して、『泣くなよ』と諭したのだが、こいつは何を思ったのだろうか? 俺の両手を握って、確かに言ったんだ。


「ごめんね。舜君の気持ちも考えずに、本当に悪いことをしてしまったわ。でも、大丈夫だよ。

 今日から、私があなたのお姉さんになるからね。

 絶対に約束するから、だから私のことを頼りにするんだよ」


 ………………なんで、こーなるの?


「ねーちゃんは、一人でいいよ。同じことを従姉妹からも言われた」


「なら、妹はいらない?」


「間に合ってます」


「じ、じゃあ、あとはこれしかないわね。

 でも、舜君のためなら……。

 思い切りますか!

 こ、こ、こ、こ、恋人はいりませんか?」


 これ以上、なにを言い出すかわからないため、ゆる髪ねーちゃんの口を人差し指でそっと塞いで、短くお礼だけ伝えた。


「あんがと。でも、それは違うんじゃないか?

 同情と恋心は全く違うだろ。

 それに目立つから、そろそろ泣きやめよ」


 俯く目の前の美少女に複雑な感情を抱きながら、心の中では別の考えで頭の中がいっぱいだった。


 ひとしきり泣き止むまで、ゆる髪ねーちゃんに付き合いたいが、そろそろ次が迫っている。

 ここらで、バイバイしないと時間がない。


「ごめん、俺、これからバイトだから、悪い」


 そう言って、その場を去ろうとしたのだが、器用にも再び袖を掴まれた。泣いている子に袖を握られている気分と似た感情が胸の奥から沸き起こる。

 仕方ない、連れて行くか。


 サッサと片付けて、そっと背中を押して、その場を離れると、正面のエレベーターに飛び乗り、下行きのボタンを押してB2で降りる。


 迷路のような地下街をただ黙々と進む。

 いつもと違うのは、誰かさんの右手を引いていることだけだが、これがまた面白いように障害物に当たってくれる。


 幾度となく、すみませんと謝るなんて、俺の気性じゃあ考えられない。

 ふと後ろを振り返ると、必死になって歩くゆる髪ねーちゃんがいた。

 ……もう泣いてないんだな。良かった。


 さあ、どうしたものか?

 このまま連れて行くには、学校の制服はちとまずい。

 ここいらで、JRか地下鉄に乗ってもらって、お帰り願おう。


「あんたの家は、どっち?」


「えっと、どういうこと?」


「電車か地下鉄かって聞いてるんだが?

 もう、九時半過ぎてるから、早く帰れよ」


「舜君は?」


「俺はバイトだから、まだ帰れない。だから、お前は早く帰れよ」


「バイトって、なんの仕事してるの?」


「だから、なんでお前に話さないといけないんだよ!」

「いや、私は今日は舜君とまだ一緒に居たいし、なにをしているのかも知りたいわ」


「俺の帰りは夜中過ぎるから、ここでさよならだ!」


「ふーん。不良なんだ。なら、なおさら私は帰れないわ」


「どんな理由だよ? お前の親が心配するから、か・え・れ!」


「じゃあ、親の了解があったらついて行ってもいいわけね!」


 …………なんでそんな考えが浮かぶのか?

 こいつはやはり、残念な奴なんだろう。

 ゆる髪残念ねーちゃんと変えよう。


 目の前で、スマホを使い、素早くメールを打つゆる髪ねーちゃんは、この後、似合わないドヤ顔で俺にメールを見せてくれた。


『帰る時は、タクシーで帰りなさい』


 ……タクシー?なんて、贅沢な。

 ゆるキャラのくせにセレブなのか?


「さあ、行きましょう!」


 今度は、俺の手を握って前を歩き始めた。

 サッサと前に進んでから、いきなり立ち止まる。


「ねえ、場所はどこかしら?」


 やっぱりだ。

 こいつのテンポが、日頃の俺らしさに水を差している。なんてことだ、かなり強力なマイペース野郎だ。

 繋いでいた手のことを思い出して、慌てて離そうとしたが、ガッチリ握られているので、簡単には離せなかった。

 そんでとうとう、バイト先までついてきやがった。

おお、三連投だ。


疲れた。

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