おともだち。
とりあえず、二話目
頭の中でブツブツと文句を言いながら、指定された席に着いた。
周りを見ると、ゆる髪ねーちゃんと同じ学校の生徒しかいない。五列目より後ろからチラホラ他校の生徒がいるように見えるが、みんな一応、制服というものを着ている。私服は俺だけか……。
やっぱ、白シャツに黒いスラックスにでもしようかな?悪目立ち過ぎに思えるな。
「またお隣ね。よろしくお願いします」
やはり、隣はゆる髪ねーちゃんだったのか、これで四月からずっと隣にいることになる。
「あっ、そうですか、お構いなく」
すました顔で、横も見ずに返事だけを返すと、両手で頬を挟まれて、ゆる髪ねーちゃんの方に向かされた。
顔は少し赤いが、あんなんで怒るとは、直情派なのだろうか?
「君、それはないよ。私は、あなたともっと知り合いたい、つまり仲良くなりたいから『よろしくお願いします』と言っているのに、お構いなくって返事は、私が嫌いということなんでしょうか?
そうでなければ、そこは、普通に『はい、こちらこそ』とか男の子風に言うと『ああ、よろしく』とかじゃない?
もし、私が嫌いなら納得できるように説明してください。そうじゃないと、もうノートを見せたり、教科書を忘れた時にみせてあげないからね!」
なんか、この子は目に涙が溜まっているんだけど、うざいな。
「ああ、よろしく」
俺はそう言って、頬を挟んだねーちゃんの両手を外して、教科書に目を落とした。
「う〜、君っ、そんな役目済まししないでよ。
本当に教科書を忘れた時に見せないし、ノートも貸さないからね」
なんだか、鼻息荒く息巻いているよ。
喜怒哀楽が激しいんだな。
新しいことを見つけたような気がするが、ここは否定しておこう。
「今まで、俺はノートを見せてもらった記憶はないし、教科書を忘れたこともない。俺があんたに見せた記憶とノートを貸した記憶はあるけどね。
さて、どうする?」
目の前の女の子の顔はサーっと青くなったと思いきや、「ま、まあ、返事をしてくれたから、許してあげる。こう見えて、私は心が広いんですからね。
ところで、私は一条 結依だから、ねーちゃんじゃない。それで、あなたのお名前は?
それに、学校はどこなんですか?もっと色々なことをお話ししてください。折角、今回の模試で席順が確定したんだから、お隣さんとは仲良くなりたいわ。
つまり、お友達になってください」
……もう立ち直りやがりました。
しかも、突然、お友達になりたいというとてつもないお言葉まで頂き、返事のしようがないのですが……。
あ〜、うざいな。
確かに、前期の席順が確定したんだから、隣のヤツと仲良しになりたいのは普通だろうな。
俺にはない気持ちだが……。
でも、相手しないともっとうざいだろうな。
そう思っていたら、左隣の端正な美人さんから、四つ折りのメモ書きを渡された。
『私らの生徒会長をいぢめるな!』
そーっと周りを見渡すと、俺の横の一列の団体がジト目で俺を見ていた。
……こいつ、生徒会長だったのか。
成績はいい。何処となく育ちは良さようだし、少し天然が入っているけど、人気はあるみたいだ。
ここは、穏便に済ませた方が身のためだな。
「俺は、薬師寺 瞬。眼鏡君なんて呼ぶな。
が、学校のことは言えない。だから、その話は出来ない。学年は、一年生だから、ゆる髪ねーちゃんより年下だ。以上だよ」
「この教室は、高二の特進クラスなのに、一年生のあなたがどうしてここにいるの?」
「塾の選抜試験の結果で、高二の授業を受けることになったんだよ」
「ふーん。なんか引っかかるけど、わかったわ。
……私は、双葉学園の二年生。二度目だけど、舜君、今日からお友達になってください。席が隣なんだから、折角のご縁だと思うんだ。
それから、いままで我慢してたけど、ゆる髪なんて呼ばないでよ。ゆるキャラねーちゃんに聞こえるわ」
クスクスと周りから笑いが起こる。
まあ、あんなに大きな声なら、聞こえない方がおかしいんだろうけど……。
『結依様が、ゆ、ゆるキャラだなんて、面白すぎ!』って、一列目の奴らが一斉に笑いだした。
「んもう、舜君が悪いんだからね。あたしがゆるキャラだなんて呼ばないで!」
……いや、呼んでないし、そんなこと言ったことないし。自分で地雷を踏んだ癖に!
「いや、俺は悪くない。ゆる髪とは言ったけど、ゆるキャラは自分で言ったでしょう」
まだ笑っている周囲を睨むながらも、俺に向き直って、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。そうよね。私が間違えたんだわ。だから、舜君は悪くない。し、しゅ、しゅん?
あなた、薬師寺と言ってたわね。なら、あなたは今年、双葉を受けた、あの薬師寺 舜君で間違いないのかな」
…………えっ、どうしてバレたのか?
う〜、なんだか、面倒なことになってきたな。
「あのっていうほどのことか? 確かに俺は薬師寺 舜だけど、それがどうしたの?」
「いや、薬師寺 舜という子がうちの学校の今年の入学試験で全ての教科を満点取ったと聞いていたけど、その子は入学しなかったんですよ。
私は生徒会を代表して、その子に入学式の代表で挨拶をしてもらうために連絡してたんだけれど、それが水の泡になってしまったから覚えてたの。
それで、なぜ、どうして、どういった理由で、こんなところに通っているのかしら?」
「ああ、そうか、俺のことを知っているのか?
俺は、単に双葉学園に入れなかっただけだよ。それだけだから、他意はない」
「なんで? うちの学校の入学試験の今年のボーダーラインは、二百五十点台だったけど、それを全て満点の五百点を取り、ダントツの一番だった人が、入学しなかったことが不思議過ぎる。
かなり時間かけて探したのよ。
電話しても現在、使われてないって、機械的なアナウンスされるし、手紙を書いて出しても返事も無かったし、今も思えば、困ったよりも怒りの気持ちが湧いてくるよ。
しかも、苦労して探していた当人が、こんなところにいるとは思わなかった」
目の前のねーちゃんの手がすっとあがったと思ったら、『ペチン』という気の抜けた音をして、俺の頬を叩いていた。
「何するんだよ」
ねーちゃんを軽く睨んでから、スマホをポケットから取り出してメールをチェックすると、珍しい奴からのメールが来ている。
ねーちゃんは、一人でブツブツ話しを続けているが、俺には関係無いので、無視してメールの返信をした。
「あてててっ、こらっ! 何するんだよ!」
こいってば、知らぬうちに頬を摘んでやがる。
「人が話している時にスマホなんて弄るな。
私に失礼じゃないの?」
「いや、もう聞きたくねーし、大事なメールなんだから、そっちこそ止めてくれよ。俺のねーちゃんでもかーちゃんでも先生でもないくせに」
「うちの学校はこれまで四百五十点以上の点を取った人はいないと聞いているのよ。
だから、あなたがなんで入学しなかったのかを知りたいし、それを聞いて学園長先生に伝えないといけないわ。学園長先生は優秀な生徒が来てくれると思っていたのに、入学してくれないなんてことになって、とても落ち込んでいらしたから、とても可哀想だったわ。
あなたがせめて他の学校に通っているのならまだわかるんだけれど……。今のあなたはどう見てもニートだわ」
「ニートはひでぇ、俺も入試を受ける時までは入学はする気だった。だから、手続きするために入学の申し込み用紙まで全て書き込んだけど、それを出すことはできなかった」
「なぜ?」
「それは、お前には言えない。もう勘弁しろよ。年下虐めだろう、まだ思い出したくはないんだ」
「そう。ごめんね。でも、いつかは話して欲しいな」
「…………心の準備が出来たらな」
その後、何事もなかったように授業が始まったが、集中出来ずに、頭の中には何も残らなかった。
まだ、心が掻き乱されるなんて、俺にとってこのことは終わることのない出来事なのだろう。
授業が終わって、横も見ずに廊下に出ると、階段を駆け上がった。
ただでさえ、席が奥にあるので、急ぐ必要がある。
俺の目的地は屋上の下にある学食だった。
とはいえ別に何かが食べたい訳じゃない。
ここで、復習するのが毎日の日課になっているというわけで、授業はしっかり聞いていたから、この場所ですることは、その応用問題に取り組むのだ。
これで、二度手間にならないというとても効率の良い勉強方と自画自賛している。
さて、もう少し頑張ろう。そう思い、さっきまで使っていたノートと違うルーズリーフを取り出した。