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気になるあいつ

なんとなく、書いたかな?

 朝、起きると同時に窓に近寄り、カーテンを開けると朝日は既に高く眩しい光が部屋の中に入って来る。

 八月の快晴の空には、透き通るぐらいの薄い雲を抜けて陽光が光の糸のように降り注ぐように見える。


 例えるなら、なんとなく神々しい情景だ。


 午前十時半前、洗いざらしのジーンズを履き、お気に入りの白いポロシャツに袖を通した。

 これのどこが気に入っているかというと、白地のポロシャツにブランドを表すロゴまで白糸で刺繍されているところだ。自己主張をしながらも、野暮な感じがしないのが僕の好みに合致した。


 部屋で着替えを済ませ、ベッドメイキングをしてから誰もいないキッチンに向かう。

 決して広いとは言えないけど、一応、それなりに全ての装備が揃っているから、一人暮らしの俺にはこれで十分なのである。


 食洗機から昨晩乾燥させたままの状態になっているマグカップを取り出し、冷蔵庫の中の牛乳を注ぎ、腰に手を当てながら一口で飲み干す。


 マグカップの半分も注いでないけど、空腹のお腹にズンっと重しが入って来るような感じがした。

 これで、スイッチが入り目が覚めると同時に空腹も解消される。


 両手を高く広げて、伸びをした。


 これが毎日の習慣、あと少しは背が伸びて欲しいという気持ちを、なんとか落ち着かせるためだけにしている気がして、最近はなんとなく虚しい。

 まあ、健康的に悪いことはしていないから、そのままでいいだろうと自己完結はしている。


 牛乳を飲み干したマグカップを水で濯いで流し台の中に伏せると、キッチンを抜け、洗面台に向かい、歯磨きをしながら、今日着ける眼鏡の品定めを同時に行った。

 昨日は、黒縁だったから、今日は線が細い感じの丸いレンズにしよう。


 これはこれで悩みの種ではある。

 毎日のことだから、もう少し眼鏡のバリエーションを増やす必要があると思うけれど、なかなか財布との折り合いがつかない。

 そもそも、眼鏡は伊達なので、勿体無いと思うからなのだろうが、無ければ困るから、やはり必需品だとは思う。


 素早く歯磨きを終えると、次に寝癖を直す。


 眼鏡に帽子、少しだけ長めの茶髪な姿は、中学の時の友達に見つからないための変装となっている。

 だから、念入りに髪の毛もセットして、深めに帽子を被る。帽子は好きだけど、ニット帽だけは好きになれず、被ったことはない。以前の友達がニットとあだ名が付く程、ニット帽を被っていたことが僕の心に抵抗感をもたらしたのかもしれない。


 洗面台の前で、くるりと一回りして、今日の姿が変ではないことを確認すると、自分の部屋にあるカバンを取って、素早く戸締りして外に飛び出した。


 行く先は百メートルも離れていない。

 旭ヶ丘駅の駅ビルの中の喫茶店が目的地だ。


 駅ビルの中に入ると、人だらけ、しかし僕が会いたくない連中は、今の時間には一人もいない。

 その代わりビジネスマンや買い物に訪れた主婦、学生や外国人まで様々な人でごった返している。


 目指す喫茶店『ゆず』は、七階の東南の角にあり、和風喫茶で、少し照明を暗めにして落ち着いた雰囲気をだしてある。

 ここにお店を開いた時には、ダウンライトでモダンな洋風喫茶店だったらしいが、そんな店は近辺に星の数ほどあるために、売り上げが全く伸びなかったらしい。そこでマスターはかなりの借金を背負って大改装をした結果、いまでは結構な人気店となっている。


 この店の人気の一つは、全ての席がくつろげるようにコンパートメントになっていて、観葉植物と色々なペンダントライトで、楽しめることから、女性客を中心に話題になっている。

 だいたい、お客の九割は若い女性とと言っても過言ではない。


 メニューも多く、スィーツも充実していて、隠れた甘味どころとしても有名な店だ。

 ここのマスターは、俺の母の弟、つまり叔父が経営しているお店でもあり、半ば強制的にバイトを押し付けられる羽目になった。


 ことの顛末はとても簡単な話、一人暮らしの俺の後見役という大義名分をちらつかせ、バイトを引き受けなければ、叔父の家に住まなければならないという一方的な条件を提示され、渋々と従った訳である。


 中性的な外見の俺は、女性客にうけると判断されたのは、的確だったと今更ながらに感心してしまう。

 ホストよろしく、夕食のお誘いやプレゼントは当然とばかり、この頃は旅行のお誘いもある。

 しかし、それだけは断っている。『ホストは職業、ひもとは違う』という信念が俺の心の中の善悪の基準なのである。


 別に叔父の家が嫌いという訳ではないが、年が近い三姉妹がいるため、遠慮したい。小姑は三人も要らないし、加えていうなら、そいつらと無理矢理引っ付けようとする叔父夫婦が幾度となく起こした行き過ぎた行動を考えると、それを避けたいと心底思っている。


 ここでの仕事は、厨房から出された料理をトレーに載せて、お客様に運ぶウェイター。十一時半にお店に入り、賄いを食べてから僕の仕事が始まる。


 甘味どころだけでなく、お昼はパスタにピラフ、パエリアにランチ定食も評判だし、コーヒーが好きで通う人もいる。

 リーズナブルでリピーターを大事にする人気店としてよく雑誌にも掲載されるようになってきた。俺もよく取材されるが、とある理由で名前と写真だけはOKしていない。

 バレたくないヤツがいるから仕方ないし、これ以上、俺の常連を増やしたくはない。


 バイトは意外と楽しい。

 過保護気味の叔父夫婦が珍しく俺に厳しく接客を教えたので、習うのはしんどかったけれど、ここ最近になり、それなりに仕事の楽しさを味わうことが出来る。

 時給が千五百円という破格なのも魅力の一つなんだけれど、心優しい常連さん方とのコミュニケーションは特に嬉しいことの一つだ。


 夕方の五時でバイトを終わり、それからは同じ駅ビルの上の階にある塾に直行し、夜の九時まで授業を受けるのが僕の日課だ。


 こんな毎日でも、少しは変化がある。

 小学生の頃から通い、慣れ親しんだこの塾でも月初めの今日は前回の月末試験の結果を反映した席順に変わるから、入口のドアで自分の席を確認しないといけない。


 俺の席は、予想つくんだけれど、周りの……というか、横のヤツが気になる。

 あいつじゃないなら、全く大丈夫なんだが、あいつなら要注意ということだ。


 みんなより少しだけ、背が低いため入口に貼られた席次表が見えずにまごまごしていると、不意に横から声が掛けられた。


「眼鏡君、また隣だね。しかも、あなたが左なんて無性に嫌な気分だわ」


「へぇーっ、ならもうお前に、俺のノートは貸さないからな。ゆる髪のねーちゃん」


 不意に声を掛けた制服の女の子はふわふわした細くて綺麗な栗毛色の髪が緩やかにウェーブを描いている。

 口で言うほど、嫌じゃないのは顔を見れば一目でわかる。


「あーっ、またそんなあだ名で意地悪言うんだ。眼鏡君は、本当に意地悪だなー!」


「そっちこそ、馴れなれしい。眼鏡君なんて呼ぶんじゃない! じゃあな」


 もう席がわかれば、こんな奴の相手なんかする必要はない。かまわずに無視して、スタスタと進んでドアを開け教室の中に入ろうとする俺の腕が掴まれた。


「せっかくまた隣なんだし、一緒に席まで行こうよ」


 ゆる髪ねーちゃんが皆様に聞こえる声で俺に掛けた言葉は、教室のヤロー共の視線を集めるには十分過ぎる影響力があった。


 うっ、……こいつ、この塾の中で目立つ存在なんだから、それを自覚して貰いたい。

 この塾での立ち位置はマドンナと言っても過言では無い。ふわふわしたロングの髪に優しそうな微笑みを絶やさない唇と大きな瞳は、人を虜にしてしまう。


 この俺様ともあろうものが、初めて、ゆる髪ねーちゃんを見た瞬間に固まるぐらい衝撃を受けたことを思い出す。

 今ではお隣さんのよしみで、たまに話をするからそこまで構えることは無いのだが、他の奴は俺達の会話に耳を傾けていることだろう。


 今現在みんなが俺を睨んでいることに最低でも自覚して欲しい。

 ついこの間も、ゆる髪ねーちゃんに振られたという噂を耳にした。この手の噂は広がるのが早い。ほぼ知り合いがいない俺にも色々なところで話されれば、耳にするという訳である。


「わかったから、手は離せ」


 小声で素早く伝えるが、『訳わかりませーん』ていう反応に頭が急に痛くなる。

 こんなこと、説明しないといけないのか?  頭の中では、多量の疑問符が次々と浮かび上がる。

 しかし、早めに危険を回避したいので、素早く文句を口にした。


「お前は目立つし、男に人気があるみたいだから、こっちは迷惑なんだよ。俺まで目立つじゃないか!」


 俺の言葉にハッとなり、ゆる髪ねーちゃんは、周りを見渡すと、どうやら納得してくれたみたいだ。自然と俺を掴んだ手が離れた。


 そう思いきや、腕から袖に握り直して、ニコリと笑顔を作ったと思うと俺だけにわかるように小声で一言言い返してきた。


「目立つのなら、早く行きましょう。お隣さん」


 くぅ〜っ。なんなんだよこいつはよっ!

 てんで理解して無いのか?

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