第34話 ゴットフリートと裏切り者Ⅰ
ゲッツとブルーノがベティー達を救出してから数分後。教会周辺には多くの人々が群がっていた。いつもなら寂れた教会には不気味がって誰も近づこうとはしないのだが、この日は違う。
行方不明の子供達が戻ってきたためである。
「ありがとうございました。おかげさまで私の娘が帰ってきました」
「私の娘も」
「俺の息子も帰ってきた! ありがとう!」
ゲッツとブルーノは親達に感謝された。いい年して目に涙を浮かべるものが多かったが、何人かの行方不明者はまだ戻ってきておらず、中には死体となって発見されたものもいた為である。
「何事か!」
警官隊だ、と誰かが叫ぶ。
この人だかりを見て、巡回中の警官が不審に思ったのだろう。
二、三人の警官達が向かってくる。
「何を騒いでいる! もう、日が暮れる頃だというのに」
こちらに向かって来た警官隊は騒ぎの中心を見つけたようで、ブルーノとゲッツを怪しむように見ると、腰の杖に手を当てながら警戒する。
ゲッツの前世の警察と同じくこの国の警官は制服姿だが、頭に特徴的な黒いヘルメットを被っている他、マントや杖、魔銃も携帯している。さらには馬に乗っている。
そのためかかなり威圧感があった。
「私はブルーノ・ドレッセルである。この警官隊の指揮官に会いたい」
ブルーノはそう言ってゲッツ達の前に立った。ブルーノは研究者としてある程度名が通っているらしい。件の警官隊を含めて、民衆達にもどよめきが走る。
「っ!」
この言いようもない感覚。
ブルーノが民衆や警官隊の隊長と話をつけている間、ゲッツはまたもや『導属性』の導きを受ける。今度は何があった?
(なにがおかしい? これ以上何かあるのかよ。疲れたよ、さすがに)
今日だけでもうどれくらいのことが起こったか。ただでさえ疲労困憊の身の上なのに、自分の『導き』は容赦がない。
ふと、同じく疲労困憊といった様子のベティーが目に入る。彼女も、今日は災難な日である。
(うん? そう言えば、だれかもう一人いたよな? ……えーっと、たしか…アルノーか!)
寄宿舎からずっと一緒だったアルノー涙目である。
だが、たしかにアルノーは自分の妹が助かったというのに、駆けつけてこないのはおかしなことであった。彼はベティーが消えたというカフェ中心で探していたはずだから、普通はこの騒ぎに気づく。
彼がこの周辺にいないなら話は別だが。
もしくはこの事件に関わっていたら?
ゲッツは急にきな臭くなったアルノーについて、おそらく一番知っているであろう、ベティーに話しかけることにした。ブルーノは姓が同じであることや、家を借りていたことからベティーより知っていそうだが、彼は今取り込み中である。
「ベティー」
「ひゃい!? ……な、なに? ゲッツ」
お転婆な印象だったベティーの急に顔を赤らめてしまう様子に、クラっとしかけるゲッツだったが、今はその時ではない。
「答えにくいと思うけど、アルノーについて何か知ってる? 彼はこの騒ぎを聞きつけていないとは思えないんだけど」
「ぁ……兄貴はやっぱり……」
「アルノーについて何か知っているのか? なんでもいい。なにか嫌な予感がするんだ」
「うん……私は兄貴とは実はあんまり会っていないんだけど、ここ最近の兄貴は少しおかしかったの」
「おかしいということは? いつから?」
「ローゼンブルクの寄宿舎学園に教師として就任してからかな。普段は私のことなんか気にもかけないのに、頻繁に手紙をよこしてくるようになったんだもの。特に様子がおかしかったのは、数ヶ月前。ブルーノさんがドレッセル邸を研究室として貸してほしいと言って来てからよ」
「ちょっと待てよ? ブルーノさんは数ヶ月前にドレッセル邸を私的な研究室にしたのか。ってことは彼はブルーノさんの寄宿舎教授時代を知っている?」
「うん。元々とおいとおい親族なブルーノさんだけど、私たちとは苗字が同じなだけだもん。多分、バカ兄貴はブルーノさんとそこで初めて会ったんだと思う」
ブルーノは寄宿舎の教授時代に「戦術以外で用いる天候魔術学」を教えていた天候魔術師である。だが彼にはもう一つの顔があった。
魔術・魔法史学の考古学者である。それも、国家資格持ちの。
天候魔術は天候を戦略的に読む為に開発された魔術である。その起源は非常に古く、現在いくつかの魔術は使用不可になってしまっている。そのため、多くの天候魔術師達は魔術を使わずに、天候を読む技術を身につけたのである。
ブルーノは数少ない天候魔術が使用できる天候魔術師とゲッツは聞いている。そのため国家指定の図書が特別に使用できる。当然寄宿舎内の特別閉架室も。
(アルノーはそんなブルーノさんに近づくことができた……か。ってことは)
とたんにアルノーの行動が怪しくなる。
第一、ゲッツが訪問して、ブルーノがゲッツに導属性について話している時にベティーが攫われるなんてタイミングが良すぎる。
急いで探しに回ったので、ブルーノの所持品はドレッセル邸に置いたままなはずだ。
「そういうことかよ!」
ゲッツが突然声を張り上げたことで、近くにいたベティーは「え? なになに!? どうしたの!?」と肩をびくつかせる。
ゲッツは彼女のことは一旦置いておいて、急いでドレッセル邸に向かおうとする。
「おい、待て。君はあの教会の地下から行方不明者を救った、当事者だろう? 事情聴取はうけてもらうぞ」
それどころではないのに、騎馬警官がゲッツの前に立ちはだかる。もしかしたらことは一刻を争うかもしれないのに。
だが、「アルノーがあやしいから」なんてことを言っても、この場から離してもらえそうにない。
ゲッツは少年少女を救ったヒーローの一人なのに、なんだか被疑者の様な扱いで、あんまりである。
「キサマ、この場から逃げようとするとは、坊主がまさか犯人か!?」
正にゲッツの前世で言う、無能警官である。犯人が被害者を救う訳があるまい。何の為に犯行を犯したのか。
騎馬警官は完全に疑った目でこちらを見てくる。腰の魔銃にかけた手に魔素が宿るのを感じる。
双方が緊迫した時、様子を見たブルーノが無能な騎馬警官に話しかける。その顔から察するに、ブルーノもゲッツと同じ結論に至ったらしい。
「君。彼は問題ない。私と一緒にいたのだから。とにかく事情聴取は私のみで受けるから、子供らにストレスを与えんでやってくれ」
ブルーノの丸眼鏡が街灯に反射して光る。
ゲッツは渋々解いた騎馬警官の拘束を振り切ると、ドレッセル邸を目指す。ベティーは危ないかもしれないので、ブルーノと共に居させた。
辺りは本格的に暗くなってしまった道は思いのほか走りにくく、あきらめたくなる。だがこのままアルノーの思い通りになるのは嫌だった。
危険かもしれない。
自分だけで解決できるのか?
どこか楽観的に見ていたのかもしれない。
6年前に自分と自分の大切な人達が殺されかけたというのに。
自分は少し特殊な魔法ができるだけだ。
他の兄弟達とは違う。
止めれるのか。
アルノーを。
いや、もしかしたら勘違いかもしれない。
そうに違いない。
ドレッセル邸はきっと、探し疲れたアルノーがヘタレているはずだ。
そう思うとそうだとしか思えなくなる。
ゲッツはだんだんと、足の速度が遅くなるのを感じた。
自分の恐怖心に負けた訳ではない。
ドレッセル邸が燃えていたからである。




