第30話 ゴットフリートと夏休み旅行Ⅱ
カンカンカンと駅の鐘の音が子気味よく鳴る。ゲッツがホームに降り立つと、駅のアーケードに反射した日光が眩しく目を瞑る。
ゲッツは自分の魔法属性が『導』という、よくわからない属性だった。そのため魔法学の教師である、ヨーゼフや学園長らと独自に調べたのだが、それでも分からずじまい。
結果、夏休み期間を利用して『導』属性に心当たりがあると言われている人物に会いに西州はゴルド市に向かっているのである。
ゴルド市がある西州は海と唯一接している州の為なのか、他と比べて陽気な人物が多い。そして何より観光資源が豊富のため、夏は特に西州で過ごそうとする人々で一杯になる。
特にゴルド市はリゾートがある海岸地帯へ行く為の玄関口になっている。
「なかなかに長い旅路だったな、西州は初めてか?」
「ええ」
ゲッツは短くそう答える。ゲッツは元々あまり社交的な人物ではないのだ。昨日今日で知り合ったアルノーとそう簡単には打ち解けられないのは仕方がない。
アルノーはそんなゲッツの様子にため息を一つ零すと、キセルで一服する。
「ところで、君の魔法属性は特殊と聞いたけど? たしか、『導』属性だったかな」
「アルノー先生、僕は早く行きたいのですが」
「うん? ああスマン」
ゲッツの促しでアルノーはキセルの煙を消し、ハットを被り直すと、小走りで先を行くゲッツに追いつく。
「おいおい。そんなに急ぐことかな?」
「ええ。僕にとっては重要なことですよ。それに、これが終わったら一旦実家にも顔を出しておきたい」
「ああ、そう言ってたっけな? では、急ぐとしよう」
2人がゴルツ・ターミナルから出るとアルノーは指を鳴らし、馬車を呼んだ。アルノーは背が高く、顔も良い為にその姿が似合っていて、さらにゲッツを妙にいらだたせた。
ゴルツ市は幸いにもローゼンブルク市から、2回乗り換えるだけでたどり着くことができた。距離はそれなりに離れているため、時間は4時間程かかったが、ゲッツがペーベルからローゼンブルクに向かった時のことを思うと短い距離である。
2人はそこから馬車で暫く進み、グラッベ通り4番地を目指す。
「お客様、どちらまで?」
「グラッベ通り4番地の4号。ドレッセル邸までよろしく」
「畏まりました」
アルノーは馬車にのる前に外で御者と交渉し、ゲッツと共に馬車へと入る。
「ドレッセル邸……って先生の?」
「ああ。ヨーゼフ先生達が話していた人物はオレの親戚の家に居候中なのさ。だから、ドレッセル邸といっても、その人物の家ではないのさ。もっとも、オレの家は本家の南部の貴族家だからな」
「へー」
「おい。なんで、棒読みなんだよ! もっと、だな。スゲーとか、さすが先生とか言えよ」
アルノーは口を尖らせながら、窓の下の台に肘をつく。
グラッベ通りは街の中心地からある程度離れているのか、件の邸宅に付いた頃には太陽が少し傾きかけていた。
ゲッツは昼飯をアルノーとともに取っておいたが、揺れる馬車で体力を消耗して、お腹がすいてしまっていた。やはり市街地とはいえ、道がかなり整備されているのはローゼンブルク市以外ではあまりないようだ。
現にゴルド市の道は中心地こそ石畳であるが、ゲッツとアルノーがいる、グラッベ通り付近は土の道である。
そして、その土の道に見合う程の家が件の人物の邸宅である。白く塗られているが、基本木造建築で、ゲッツはよくある西部劇にでてくる建物の印象を受けた。
「だれかいるかい? アルノーだよ!」
アルノーが、家の扉のリングを持って三回叩く。
しばらくすると、トタトタと階段を下りる音がする。
「あ。やっぱりアルノーおじちゃんだぁ」
出て来たのは褐色エルフのロリ娘であった。
「おいおい。オレはまだおじちゃんじゃないぞ? それになんだ? その口調」
「アルノーおじちゃん、隣のかっこいい殿方は?」
「だから、お兄さんだって」
「そんなことより!」
「ったく、わかったよ。ゴットフリート君、この娘はベティー。オレの妹だな。ベティー、こいつはゴットフリートって言って、オレのファンでーー」
「ねぇねぇ、ゴットフリート君! 君って、何歳なの?」
「へ? 一応11歳ですけど…」
ゲッツはこの元気印な娘に若干押され気味で答える。ちなみにゲッツの誕生日は4月である。
「じゃあ、私と同い年ね! 私も11歳なの!」
「えっと……よろしく?」
「ゴットフリート君、外見にだまされてはいけないぞ。この娘は立派に20…ムグゥ!」
「おじちゃんは黙ってて。ね?」
「はい」
なんとこの外見で20歳前後であった。
ゲッツは思わずこの見た目で20歳かよと内心思いそうになったが、なにか黒い感情を察知して、その思いを思い止まらせる。
エルフは長命といっても、せいぜい人間族より少し長い程度である。成長速度も常識的なはず。
だが、目の前の合法ロリは特殊であった。
「あの…ね? 私はこう見えても確かにゴットフリート君より、すこーしだけ年上だけど、見た目同い年くらいだから気にしなくてもいいわよ!」
そう言って、彼女は遠慮なくゲッツの腕を組んだ。胸を当ててくるが、いかんせん見事にまな板である。
ただ、この光景を見られたらクリスティーナとアンネリーゼがどのような反応を示すか、想像にたやすい。
「おーい、ベティー。そんなことより、ブルーノさんはどこだ」
「うーん。たぶん大学研究室で籠っているわよ。いってきたら? ねぇゴットフリート君…。私たちはその間に街へデートにいきましょ?」
「え、ええと」
(すごい娘だなこの人。確かに可愛いけど……いやいかん! 俺にはやるべきことがある!)
「おいおい。兄に向かって『いってきたら?』はねえだろ。それにゴットフリート君は遊びに来たんじゃねぇの」
「なによ! お兄ちゃんのいけず!」
「なんだとぉ? この若作り!」
なんだか大の大人2人が子供染みた口喧嘩を始めていた。ゲッツは2人から少し距離とる。
同じ類いの人間と思われたくないという防衛反応であった。
「何やっているのであるか、2人とも?」
そんな口喧嘩をしている2人を諫めるように、1人の研究家のような格好の中年が話に割って入る。件の人物が帰って来たようであった。
だが、よく見るとどこかであったことがある。ゲッツは自分がこれまで会ったことのある人物を思い浮かべては消していった。
「(誰だっけ? あ!)ブ、ブルーノさん?」
「ほう。そこにいるのはゲッツ様では?」
ゲッツとブルーノの実に7年ぶりの再会であった。
ゲッツはその後、家の外にいるのはということで、家の中にお邪魔することになった。
部屋の中は意外と快適に作られており、キッチンからお風呂まで完備しているようである。
メイドや使用人もそれなりにおり、周りの家とは全然違う格の家だということを示していた。
「はい。ゲッツ様? 紅茶です!」
「あ、ありがとう」
ゲッツはベティーから紅茶を受け取る。
「さて。久しぶりであるが、思い出話はこれまでにしよう。ゲッツ様はご自身の属性が『導』属性だったとか」
「そうですね。ただ、この属性が何なのか」
「うむ。私も本職は天候魔術師故、あまり詳しくないのだが。私はこの属性についてとある国の文献を持っているのだよ。その事実はわずかですが、ゲッツ様ならば必ずモノにできるでしょう」
そう言うとブルーノは2階へと上がり、とある本を持って来た。
「この本は機密故な。スマンが」
「そうだな。ベティー、いくぞ」
「えぇ! ゲッツ様! 明日はデートいきましょうね!」
アルノーがベティーの手を引きながら、無理矢理外へ連れ出した。
2人がいなくなると一気に部屋が静かになる。ゲッツはもう一度気を引き締めるのであった。




