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第28話 クリスティーナ・フォン・レトゲンブルク

ちなみにクリスティーナの省略系は「クリスタ」です。

今更感ありますが。

 ゲッツ達が夏期の長期休暇に入る2日前。


「クリスティーナ様だ!」


「うそっ! クリスティーナ様ぁ!」


 カツカツと音を小気味よい音を立てながら寄宿舎の石畳を歩くのは1人の少女。彼女が歩くたびに後ろで高い位置に括ったポニーテールが右に左と振り子のように揺れる。


「きゃぁぁぁぁ! クリスティーナ様、素敵!」


「あぁ! お美しすぎる……」


 彼女の周りには常に人だかりが出来る。


(やれやれ。相変わらずね、この学園は)


 特に女子生徒のファンが多いのか、なんでもファンクラブのようなものまでできているようだ。不貞者がお近づきになろうとすると、そのファンクラブの生徒が身を挺して守る。


「クリスティーナ様! ここは我々が!」


「さぁ、お先に!」


「破邪顕正! 無礼者はこの剣にて!」


(まぁ、助かっているのだけれど)


 その忠誠心はまるで王国騎士団の親衛隊。なかには、本物の騎士団の息子や娘もいる有様である。クリスティーナはそのようすに苦笑いを浮かべた。


「見て! クリスティーナ様が、私に微笑んだわ!」


「あなた程度なんかに微笑むはずがないでしょう! 私に微笑んだのよ!」


 苦笑い1つでこれである。



 そんなクリスティーナはどこへ向かっているのかと言うと、彼女の叔父ーー6年も年下の為に叔父と言うか弟みたいな存在だがーーに用事があったのだった。


「ここが…あいつのいる寮ね。というか庶民寮よね、ここ」


 彼女がゲッツのいる寮ーーサラマンダー寮に着いた時にはようやく興奮がおさまり、周りには少人数の人々が行き交う程度であった。


「ってあれ? クリスタ姉さんじゃないか」


「ゲッツ様のお姉様…?」


 ふと声がしてクリスティーナが振り向けば、そこには黒髪の少年と金髪の少女が立っていた。金髪の少女の方は黒髪の少年の腕をつかんでおり、黒髪の少年の方は片腕に買い物用の鞄を持っていた。


「ゲ、ゲゲ……」


「ゲゲゲ?」


 クリスティーナの腕がプルプルと震える。自分がかわいい弟分を見に来たというのに、その弟分は気楽に彼女とおデートである。この弟分はいつもだれか女性を隣に付けている。


 クリスティーナが実家に戻った時も、イルマという新しい美人エルフ族の使用人を隣に侍らせていた。ただ彼女はゲッツじゃなくて、ルドルフと仲良く話していたが。


「ゲッツ! あなたねぇ! 10歳にして、そんな……堕落してしまったようね。よろしい! 私が鍛え直してあげます!」


「ちょ、ちょっと、クリスタ姉さん。し、死ぬぅ! く、首がぐるじい」


「きゃぁ! ゲッツ様!」


 クリスティーナは思わず、黒髪の少年ーーゲッツを羽交い締めにする。


「そ、それに姉さん! む、むむ、胸が…」


「当ててるの、よ!」


「ギ、ギブ……がくん」


 ゲッツはあえなく陥落するのであった。

 


「あ、あのぅ……」


 ゲッツが陥落した後、アンネリーゼとクリスティーナはゲッツを寮の付近の木の下の芝生まで運んだ。


「あなたは、アンネリーゼちゃんね。確かバッハシュタイン家の」


「ーーっ! はい! でも、どうして」


「あなたのお爺さまのリーツ子爵は晩餐会でよくあっていたし、お父様のバッハシュタイン大佐は母の後輩だもの」


 クリスティーナは心配そうに見上げるアンネリーゼの頭を優しく撫でた。


「そうだったんですか…」


「でも、ゲッツに近づく女の子がアンネちゃんだったとはね。世間は狭いわ」


「ち、近づくだなんて、そんな」


 あわあわと顔を真っ赤に染めて慌てふためく少女をクリスティーナはまるで自分の妹みたいにまで思っていた。端から見るとまさに姉妹だっただろう。それくらい2人は似ている。


「アンネちゃん」


「ーーっはい!」


「ゲッツはね、おそらくこれからかなり大変な運命を背負うと思うの」


「運命…ですか」


「そう。彼のお母様ーー私のおばあさまの血筋と私たちの一族の血筋、そして黒髪。これはあなただから言うけどね。彼はおそらく、黒応神バトラ様の加護を受けていると言われているわ」


 この世界の貴族の古い慣習として、生まれた子供の加護をもらいに教会へ行くというものがあった。ゲッツも赤ん坊の時ーーまだ前世の意識が戻る前ーーに教会に連れて行ってもらったのだが、そこで告げられた加護は『黒応神バトラ』であったのだ。


 このことは一族内で秘密にされた。理由は3つ。この加護はが『神』という名前が付く加護である事が1つ。『黒応神』クラスの中でも最高ランクの『バトラ神』である事が1つ。最後はその加護は世界の変わり目の中心人物に与えられているものだからだ。


 現に知られている中ゲッツの前任者は別の大陸の13カ国の革命を起こした「ベンジャミン・マクスウェル」や人魔大陸戦争の英雄「ルーファウス2世国王」などがいる。歴代被加護者の一覧を見ると、そのそうそうたるメンバーはクリスティーナもかなり驚いたものだった。


「黒応神バトラ様……」


「そう。要するに、ゲッツに付き合うとめんどくさいよってこと」


 クリスティーナはアンネリーゼにウインクをしながら、そう答えた。この少女にはその大きな使命を追えるかは分からないが、今ここで決意すべきものでもない。


 一方のアンネリーゼは、精一杯決意した様な表情を浮かべる。その目には涙もうっすらと浮かべていた。


「わ、私は逃げません! だって…この方は、私を、変えてくれたお人ですから!」


「そう。ならよかった。じゃあ、このバカを起こすとしましょう?」


「はい!」


 ゲッツが目を覚ましたのは、アンネリーゼに再び羽交い締めをされた所であった。結局彼は、もう一度意識がとんだ事は言うまでもない。




 

 その日の夜。クリスティーナは学園長許可の下、特別架電室にいた。ここでは、比較的遠い場所の者と連絡が出来る場所である。


 その部屋にはいくつかの個室に受話器ーー架電受信機ともいうーーが置かれており、受付の女性書司に顔パスして入室した。



「ーーええ。ゲッツに近づいていたのは、あなたの娘さんだったわ」


『そうか。我が娘ながら、厄介なことに首を突っ込んだものだよ。あの汽車での出来事で、あんなに彼に憧れを抱いてしまうなんて、な。……少し甘やかしすぎたな』


 受話器の奥から声が聞こえる。


「ゲッツとは引き離すよう説得をしますか?」


『いや、いいよ。万が一彼と結婚する意思まで固まってしまっているのなら、それはそれで娘を彼の妻の1人にでも入れてやった方がいいな。それにしてもありがとう。わざわざこんな事を手伝わしてしまって』


「いえ。ゲッツの身辺調査はついでですし、魔法図書館の厳密閉架室なんて普通入れませんから」

 クリスティーナが淡々とそういうと、受話器の奥の主は受話器が振動するように軽い笑い声を立てる。


『君がそういってくれるとはね。で、あったのかい?』


「ありませんでした。【アーカイブス】でも調べましたが、」


『ふむ…。そうか、やはりないか。私の方でも別口で調べさせているのだが、ダメだな。どうやら裏ルートで回されたらしいな』


 受話器の奥では先ほどの明るい声から一変して、何か考える様な声を出す。


「大佐?」


『いや。クリスティーナ様はこれ以上この件に突っ込まない方がいいようだ。その後はこちらーー情報管理局の方で動く』


「そうですか……」


『なに。あの図書館に入れる、数少ない人物だから協力してもらっただけだよ。気にしないでくれ。危険スパイがこの件に関わっているかもしれないからね』


 それにと彼は続けて言った。


『クリスティーナ様には是非、軍部に来てほしい所だけど。クリストフの奴がすごい勢いで子煩悩さを発揮してな。もういい年のはずなんだが』


「お父様が……」


『というわけで、この件のことはおしまい。君をこれ以上関わらせると、クリストフだけじゃなくて、今度はペーベル女子爵様にまでどやされてしまうよ。そうなると今度は義父様にも起こられる。それだけは簡便だ』


 あの3人には参ってしまうよ、と受話器の奥ーー北州軍情報管理局本部長のバッハシュタイン大佐は苦笑しながら呟いた。



 クリスティーナは特別架電室を出て1つ大きく息を吐くと、学園長室へと向かった。

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