第25話 ゴットフリートとジークフリート
授業後の城前の公園で複数の生徒が1人の男子生徒を取り囲んだのは、アルベルト達にとって失敗だったと言って良いだろう。
まだ夕方4時頃。周りには少しづつ野次馬がたまりつつあった。
「よそ見してんじゃ、ねえ!」
「うおっと」
ゲッツが集まって来た野次馬をチラ見していると、体格のよい2年生が殴り掛かってくる。どうやら、魔法学専攻ではない生徒の様だ。
直接魔法は使ってこない。
もっともむやみやたらに攻撃呪文を使うと、学園によって処分されるが。
「こっちも、がら空きだぁ!」
「ちっ!」
ゲッツが体格のよい生徒の攻撃を避けると、今度は3年生の取り巻き生徒が後ろからゲッツの膝を回し蹴りしようとしてくる。
ゲッツは舌打ちを打つと、軽くジャンプして、これも避ける。
「アボイスにエッボ! さっさと片付けろ!」
アルベルトは続々と集まる野次馬達を部下の一年生に追い払わせると、そう叫ぶ。
その間もゲッツは2人の猛攻をなんとか避け続けていた。
「くそ、すばしっこい1年め。エッボ!」
「ああ、任せろ! 雑草よ【ウンクラオト】」
ついに2年生の取り巻き生徒が、杖を取り出しゲッツの足下に呪文をかける。『木』属性の魔法は、植物を操る。ゲッツはその呪文が生み出した雑草のひもに足をとられてしまう。
(うおっ!?)
なんとか転けるのを踏ん張ると、目の前には拳が見える。隙を狙って、3年生の方が殴り掛かって来たのである。
「しねぇ!」
(しまっ!)
拳が目の前にまで迫って来ており、もう避ける事が出来ないゲッツだったが、その瞬間。
ゲッツは時間がひどく遅く感じたのだ。
前にもあった現象だ。
「うぉぉ!」
ゲッツは叫びながらも寸前でかわし、懐に潜り込む。
殴り掛かって来た腕をとっさに右手でつかむと、自然と身体の背中に相手がくる体勢になった。
「なっ!」
「よいしょぉ!」
ゲッツはそのまま、その上級生を背負い投げをする格好に入る。左手で相手の胸ぐらをつかむのも忘れない。
「かはぁっ!」
「ア、アボイス先輩!?」
どしゃ、と音がすると、その上級生は受け身もとれずに背中から投げ入れられる。
ゲッツは背負い投げなど過去にやった事もなかった為、めちゃくちゃな型だったが、それでも背中から叩き付けられるとダメージは大きい。
一気に形勢逆転である。
(よっし。まずは一人……か)
「き、キサマ何をした!?」
今まで後ろでニヤニヤしていたアルベルトは、急展開に唖然としている。
だが、無理もない。この国にはこのような投げ技は存在しないのだ。
「おのれぇ!」
そんなアルベルトより早く状況を飲み込んだ、片方のエッボは持っていた杖を一振りする。
(またアレか!)
ゲッツは即座にサイドステップをして、魔法効果の指定地帯から逃れようとする。
「雑草よ【ウンクラオト】」
「しっ!」
ゲッツは難なくかわす。雑草自体の早さは遅い。
5歳の時にゲッツが相対したあの暗殺者を思うと、目の前の魔法は幾分か幼稚に思えたのだった。
「くそっ! 我、形状変化をもたらさん。追尾せよ【フェアフォルグング】!」
「そんなもので!」
よって、相手が変化系魔法を繰り出して来たとしても、余裕をもってよける事が出来る。
「なんで当たらねぇ!?」
「何をグズグズしてんだ! 使えん奴め。もっと派手な魔法で一発でやっつけろよ!」
「わ、わかってる! ちっ! まだ魔法も使えない貴族のお坊ちゃんが…偉そうに」
エッボーー魔法使いの上級生は愚痴をこぼすと、再びゲッツに向けて魔法を繰り出そうとする。
(野次馬も集まって来てるな。早いとこーー)
ゲッツがそう考えていると、
「おい、お前ら。何やってるんだ。ここは戦闘をする場所じゃないんだぞ」
1人の少年が、ゲッツ達に向かってくる。
「くそ! 邪魔だぁ! 雑草よ【ウンクラオト】」
エッボはその魔法を、注意しにきた少年に向けて放つ。
「させないよ。全ての水分を凝固せしめん。氷結せよ【ツー・フリーレ】」
少年はすぐにペンダントを握りしめながら杖を雑草に向けて呪文を放つと、雑草は一気に氷結し、動かなくなる。
その様子はダイヤモンドダスト現象に似て綺麗でもあった。
「なにぃ!? せ、性質変化魔法!」
「お、おまえ! 平民風情が、俺の制裁に頭を突っ込むな!」
その様子にエッボは驚きを隠せない。
アルベルトも突然の介入者にいきり立つ。
「君。攻撃性のある魔法をこんなところで使って、最悪退学処分になるよ。それに貴族の赤髪君。貴族だからって、処分されない事はないんだよ?」
「ふ、ふんっ! 俺様は普通の貴族じゃないんだぞ!」
「仮に名門家出身でも、あんまりひどい行動は見過ごせないよね。生徒監督生として」
「う、うぐっ!」
さすがのアルベルトも、目の前の少年の腕章をみて後ずさる。生徒監督生は生徒の風紀を管理する役割も担っている。それ相応の権限もあるという事だ。
(あ! あの人って、確か…)
一方のゲッツはその少年を見た事があった。茶髪で人の良さそうなたれ目。
「君は…たしか、ゲッツ、だよね」
「あ。シグ」
そう、この少年はゲッツが初めて寄宿舎に来た時にであった3年生のジークフリートである。ジークフリートはゲッツの肩をポンと叩くと、耳にささやく。
「ゲッツ。ここは僕に任せておいて。当事者になったら、君も面倒くさいだろ?」
「ありがとう、シグ。今度おごるね」
「ははは。何言ってるのさ。ゲッツはまだ新入生なんだ、気にする必要はないよ」
「じゃあ、借り一つってことで」
「わかったから。寮に戻りなよ」
「うん」
ゲッツは、そう返事をしてこの場を立ち去ろうとする。その様子にアルベルトが気づき、後ろの一年生の取り巻きに止めさせようと動く。
「おい! 逃がすかよ! お前ら、追え!」
「君たちも早く帰らないと。言っておくけど、学園長と監督生長がくるよ?」
「「「うっ」」」
ジークフリートのプレッシャーに押されてか、取り巻きも帰りたそうだ。
「あ、アルベルト様…まずいのでは」
「ちっ! ゴットフリート。お前だけはゆるさねぇ! 覚えていろ!」
アルベルトはそう言うと、地団駄を踏みながら帰って行く。
その様子を見た後ジークフリートはゴットフリートの方に振り向いた。
「やれやれ。これだから、貴族の世話は焼けるんだ。そう思わないかい?」
「シグは貴族嫌いか?」
ゲッツはこの時思わずそう聞いてしまったのを、後々後悔する事になる。
なぜこんな事を言ったのか。自分は貴族でも違うんだという事を言いたかったからかもしれない。ゲッツがこの寄宿舎にきてから思った事は、貴族と庶民の温度差が激しい事。
文明開化によって貴族と平民の差が縮こまってきているというのに、未だに貴族はその地位にこだわるのが多い。
「いいや。貴族でもいろんな人がいるのは理解しているよ。特に……」
「特に?」
「特に、だね。特にク、クリスティーナ先輩は全く違った…!」
「……へ?」
ゲッツは嫌な予感がするも、ジークフリートのボルテージは上がっていく。
「ああ……。あの美しい横顔。そして長いまつげに流れる様な美しい髪。家柄も最強なのに驕る事もなく、魔力もずば抜けているんだ。誰もが憧れたさ。あの先輩方の世代は第4次黄金世代なんて言われていたんだ」
「そ、そうなんですか…」
「そうか。もうゲッツ達の世代になっちゃうと知らない人も多くなるんだね。数十年に一度はああいった世代が生まれる事があるみたいだけど、クリスティーナ先輩達の世代は絶対歴代最強さ」
ジークフリートは普段の冷静さとはかけ離れ、目がとてもキラキラしていた。対するゲッツは少し引き気味である。
(ま、まさか。シグ先輩が、クリスタ病だとは!)
ゲッツは心の中で頭を抱えるのであった。
「そういえば今年、クリスティーナ先輩を始め、数名の黄金世代の先輩の近しい親戚が入学したらしいよね。ちょうど、ゲッツ達の世代だよね?」
「そ、そうなんだ…」
「僕たちなんか、何人かその人物を絞り込めているんだけどーー」
(へ? ま、まさか)
ゲッツは身の危険を感じて思わず後ずさる。
だが、ジークフリートに回り込まれてしまった。
「君のーー」
(や、ヤバい! バイバイ、僕の学園ライフ…)
ゲッツは己の最後を悟った。その目は全てを受け入れる境地に至った者の目であった。おそらくゲッツがクリスティーナの叔父だと知れわたるや否や、あの双子の悲しい生活より悲しくなるだろう。
超人気アイドルの身内の悲しい性、という奴である。
「君のクラスメイトのアンネリーゼちゃん、じゃないかって言われているんだよ。彼女は本当はクリスティーナ先輩の妹ではないかとも言われていてね」
「そ、そう! そうなんすね! 確かにアンネは可愛いし」
「へぇ。ゲッツ知り合いだったんだ!」
「はい! そ、そうですよ! 彼女とは同じクラスでさ(アンネ、スマン。俺の学園ライフの為だ…)」
ゲッツはウソが下手であった。目は右往左往し、言葉づかいもめちゃくちゃになってしまっている。
そんな様子のゲッツを見てジークフリートは訝しむのだった。
怪しまれているのを感じて、ゲッツはおもむろに懐中時計を出す。
「あ、シグ。もう6時近い。暗くなるから、か、帰るね」
「うん? そうか、少し気になるけど……ま、いっか。それじゃあ、ゲッツ。よい夜を」
「シグも」
そう言うとゲッツはジークフリートから逃げるように自分の寮に戻って行くのだった。
ゲッツが寮に戻った後。
「あ、やべ! アンネとの勉強会の約束すっぽかした!」
一番重要な事に気づいたのであった。どっちみち今まで忘れていたのであったのだが。




