第23話 ゴットフリートと学園生活Ⅱ
「さて、二人一組になってもらおうか。これから魔法学の基礎をはじめるぞい」
古い講堂で、豊かな白いヒゲを生やした先生ーーヨーゼフ先生がそう言って、生徒達を見回す。
学期が始まり、今日で2日目。ゲッツ達は最初の授業である、魔法学を学んでいた。今日は魔力の測定と、基礎論を教えるようだ。
(だれと、ペアになるかな)
ゲッツがそう考えているうちに周りは次々とペアを作って行く。基本的に庶民は庶民と、貴族は貴族同士でペアを作っているようである。
「ゴットフリート様。久しぶりね。ペア、組みましょう?」
「いいけど? って誰だっけ?」
「なぁ! な、な、な、な、な!」
少女は固まってしまった。サラサラした金髪ロングツインテールの美少女である。少し勝ち気そうな目は大きく見開かれる。
「だって俺が、君みたいな綺麗な子と俺知り合いなわけないだろ?」
「へっ? き、き、き綺麗な子…? 私…」
少女の顔はさらに赤くなるばっかりである。
周りの少年達はひゅーひゅーと持てはやし、少女達は興味深々だ。ゲッツはそんな周りの様子に気づき、自分がとんでもなく恥ずかしい事を言ってしまった事に赤面する。
「あ、ちがっ……そう言う意味でなくてだな…」
「これこれ、アンネリーゼ君。それと、ゴットフリート君。君たちは早く席に座りなさい」
ゲッツが否定しようとした時、半ば空気になりつつあったヨーゼフ先生が、2人を席に着く様うながす。ゲッツはしかたなく自分の席に着いた。
(たしか、アンネリーゼっていったよな)
席についてからその名前が気にかかった。ふと横を見てみる。どこかで見た顔であるのは間違いがない。
(もしかしてあの時の縦ロール少女か!?)
ゲッツは園遊会で行きの汽車に乗った時に合った、少々高飛車な少女を思い浮かべる。だが、縦巻きロールのツインテールは見事に、ストレートのツインテールになっていた。道理で気づかないはずである。
「なぁ、お前って、あのアンネリーゼか?」
ゲッツは既に授業が始まっているので静かに聞く。
「う、うん…やっと思い出してくれた?」
「あ、ああ」
(あ、あれ? こ、こんなかわいい子だったけ?)
アンネリーゼは元々から美少女だったが、高飛車な性格で無駄にしていたようである。今はただの良家の清楚なお嬢様にしか見えない。これはゲッツも知らなかったが、アンネリーゼは新入生の中でも人気が高かった。そのせいか、若干ゲッツを見る視線の中に嫉妬の視線がある。
「さて、ようやくみんなペアになったようだから、魔力測定をはじめるぞい」
そういうとヨーゼフ先生は教壇に戻り、白い紙を取り出して各ペアに配って行く。紙には手形の部分があり、それ以外は白紙になっている。
「この紙の上に手を置くと、諸君らの現時点での魔力と適正属性が浮かび上がる。多い少ないは気にせんでも良い。諸君らの潜在的な量を測り、諸君らにあった魔法を身につけてもらう為じゃ」
ヨーゼフ先生はそう言うと、席を回り一人一人の生徒の魔力量を見ていく。
「20!? せ、先生。お、俺少ないじゃんかよ!」
一人の生徒が声を荒げる。
「安心せい。量が少なくても、まだチャンスはある。それに、魔力量がもとから多い人は少数派じゃよ。ない者もおる」
「ほ、ほんとーかよ」
「お、おれも40か…」
「わ、私も」
「僕なんて魔力なし…どうしよう」
1人、また1人と魔力量100以下が出た。実際、クラスの8割以上が100以下である。対して100以上の強者もいる。
「ふんっ! 俺様は! 149だ!」
「私は120ね、簡単よ。100以下なんて雑魚じゃない?」
貴族の多くがこの100以上をたたき出す。両親が子供に秘密裏に魔法を教えていたり、魔力が潜在的に多い家系がいるからである。ただもちろん、平民もいる。
「おれは290……。所詮はバカ貴族だな。この程度で浮かれるなんて」
「な、なんだと! キサマぁ! 不正を犯しているんじゃないのか!? へ、平民の癖に!」
「アルベルト君、落ち着きたまえ。クロト君もちょっかいをだすのはやめたまえ」
魔力量の差異で剣呑な雰囲気になっていた。やはり、貴族と平民の確執はどこも同じである。ヨーゼフ先生が止めに入る。
「私は155か…。ゴットフリート様は?」
ゲッツが剣呑な雰囲気のクラスメイトを見ていると、アンネリーゼが覗き込んでくる。薄い果実の良いにおいがゲッツの心を揺する。
(い、いい匂い…じゃなくて! な、何考えてるんだ、俺は!)
ゴットフリートは邪心を振り払うと、慌てて自分の紙に書かれた数字を見る。
「うそ…790!?」
「あ、あれ? おかしいな? 何でこんな高い?」
そこには周りの人の数字を軽く上回る790の数字と『導』の字が描かれていた。
しかしよくよく考えてみると、ゲッツは園遊会の襲撃時に魔法をぶっ放しているのである。それも相手をはじき飛ばす程の。
そこまでの威力はなかったようだが、それでも大の大人を吹き飛ばしたのである。
本来体重70キロ前後の物体を吹き飛ばす程の威力の魔法は、中級魔法以上と位置づけられている。中級魔法以上の魔法が放つには魔力量がそれなりにいる。という事はゲッツは5歳にして、中級魔法を放ったと言えるのだった。
(俺が、こんなに高い魔力量を持っていたなんて…転生者だからか?)
だが、最も意味不明なのはその属性である。適正属性は基本的に火・水・土・風・電・木・白の7つが基本だとゲッツは聞いていた。だが、ゲッツの属性は『導』なのである。これでは自分が何に向いているのかすら、わからない。
ふと隣に人影を感じて横を向くと、ヨーゼフ先生が顎をさすりながら、ゲッツの白紙を見ていた。
「ふむ。ゴットフリート君。全ての授業が終わった後でいいから、私の部屋に来なさい。いいね?」
「は、はい」
ゲッツがうなずいたのを見てヨーゼフ先生は微笑むと、教壇に戻る。
「さて、諸君らはそれぞれの魔力量を確認できたかね。まあ仮にゼロでも、攻撃手段はいくらでもある。例えば魔銃兵などじゃな。それに、学者になるなどして魔力がないが大成した者もおる。あわてんことじゃな」
ヨーゼフ先生は自分の白いあご髭をさらりと撫でると、魔法学について話しだす。周りの生徒は寝ている者もわずかにいるようだ。まるでゲッツの前世である。
「魔法とはなにか。みな考えた事はあるかな? 魔術と違うのは、錬金術や召喚術などのいわゆる特殊術を含めないものだぞい。基本属性はみな知っておるな? その属性に属するものを魔法という。この授業ではそんな魔法を最も分かりやすく解釈して論ずる、そういったものじゃ」
ゲッツはこの説明を聞いてしっくりきた。自分の母親の魔法が基本属性に属していないという事を毎回不思議に思ったものである。
隣ではアンネリーゼが必死にメモを取っている。見た目によらず、勤勉家のようである。そうこしているうちに、遠くで鐘の音が聞こえる。授業終了のようだ。
「みんなは、これで授業は終わりだぞい。次回は【触媒】について学ぶから、ペアの子の名前を覚えておくように」
ヨーゼフ先生がそう言うと、クラスは蜘蛛の子を散らすように教室の外に出て行く。
「ゴットフリート様? さっきヨーゼフ先生から何を言われたの?」
ゴットフリートが次の授業に向かう途中、アンネリーゼが横から心配そうに声をかけてくる。次の授業も城の中で行われる為、代わり映えのしない石の廊下を渡る。
「ああ、何でもないよ。部屋に来るようにって言われただけ」
「そう。よかった」
「あ、それと。様付けはいいよ。ゲッツで」
「うん! ゲッツ様」
(そ、その笑顔禁止!)
ゲッツは赤面しながら、次の授業のクラスに向かうのだった。




