第22話 ゴットフリートの学園生活Ⅰ
「おい! 起きろ!」
マリクがゲッツの部屋のドアを叩く。その様子はまるで借金の取り立て屋である。
「ぅん……イルマ…まだ、朝早いって」
ゲッツはようやく起き上がり、ドアを開けながらそう言い放つ。昨日は、なかなか寝付けられなかった為かゲッツはまだ寝ぼけていた。
「イルマって誰だよ! とにかく、起きて食堂に向かわねぇと朝飯食えなくなるぞ!」
「なんだって!? 今行く!」
ゲッツはマリクの言葉を聞くと、一瞬で目が覚める。ゲッツは昨日の夜、少ししか食べていないのであった。ゲッツはその事を意識するとお腹が減って仕方なくなった。
「はぁ、ようやく起きたか。じゃあいくぞ。食堂は一階だ」
マリクはそう言って食堂に行こうとするが、起きてきたゲッツを一目見て、その前にと言う。ゲッツは寝間着のまま出て来たのである。
「まず服着替えろよ」
「あ! うん。荷物も取りにいかなきゃ」
今のゲッツの荷物は手荷物しかなかった。なので昨日の分と、今日の分の服しかない。
「荷物は一階のカウンターにあるな。まず一階に行くぞ」
「うん」
ゲッツが無事に自分の荷物を手に入れると、食堂に赴く。ここは貴族専用の食堂ではない為にゲッツの育った環境を考えると、幾分か小汚い。だがオレンジ色に光るランプや、古い木の柱がいい味を出していた。
食堂自体は大部屋でかなり賑わっている。学生達はここでトレイに好きな食事を持ってくる。いわゆるビュッフェであった。
その中でゲッツ達は隣同士で座った。傍目から見るとかなり不思議な構図だ。不良に絡まれている小学生にしか見えない事だろう。現に少し注目を浴びてしまっている。
「ところで、俺はお前の名前を知らんのだが」
マリクは周りの視線を煩わしそうに、ゲッツに話しかける。
「あーっと、僕の名前はゴットフリート、です」
「『です』も『僕』もいらん。年上だからって、着飾らんでもいい。ゴットフリートな。覚えた。俺はマリクだ。よろしくな」
「よろしくおねがーーよろしく」
ゲッツはそう言うと、紅茶を一杯飲む。マリクに指摘されてギクっとしたのである。ゲッツはどうも年上に対してかなり恭しくなる癖があるのだ。
その後は何気ない会話をして、ゲッツ達は401号室にもどった。戻って早々マリクは制服の上にローブを着て、腰に杖を指し、部屋を出て行く。
ゲッツが理由を聞くと、何でも上級生は早めに授業が始まってしまうらしい。彼は9時頃に部屋を出た。
ゲッツも、もう暫くで新入生会があるので急がなくてはならない。事前に用意されていた寄宿舎の制服を着込むと、寮を出る。
新入生会が始まると手の空いている上級生達が、新入生達を案内しだした。ゲッツも案内によって席に座ると丁度学園長の挨拶が始まる。
ああいう挨拶は長くなるものだ、とゲッツは新入生会をうんざりした様子で迎える。後にも先にもゲッツくらいだろう。
「お集りの新入生諸君、ここにはたくさんの学びがある。そして、たくさんの人々。諸君らは希望に満ち満ちておる。ここで魔法を学ぶもよし、剣術を磨くのもよし、学問に傾倒するのもよし、はたまた元気に駆け回るのもよし。ここは諸君らの学びの園。諸君らの栄光と希望を願う」
学園長がそう言うと、新入会はみな拍手をする。会場が沸き立った。新入生はみな10歳前後のため、彼らの目は希望で満ちていた。
だがこの1年生の後半7月時点にテストがあって、そのテストでクラス分けという名の階級分けが行われるのだ。ゲッツはこの事実を知っていたため、冷めた目線でこの会場を見渡すことにした。
新入生の会場は広く、オペラハウスのようである。天井には大きな絵画、椅子の一つ一つに金の装飾がかけられている。ゲッツの隣の席の生徒などはフカフカな椅子自体が初めてなのか、何度も座り直したりしている。
ゲッツが会場を見渡しているうちに学園長の話題は授業についてに入っていた。
「新入生の授業は必ず魔法基礎、剣術基礎、王国史学、戦術学基礎について学んでもらう。その他の授業も学ぶ事は大いにありじゃが、最初は基礎が肝心じゃ。まあ向き不向きがあるが、その先の進路は2年生になってからじゃな」
そのまま学園長の長い話は終わり、新入生会は終了した。
「ゲッツ!」
「うん? あ、アレク!」
ゲッツは新入生会が終わって、学園の城の中庭で暇な時間を持て余していると、見覚えのある顔に呼び止められた。その人物は園遊会で知り合った、従兄弟にして公爵公子のアレクサンダーである。
ずいぶんと久しぶりの再会であったが、ゲッツにはアレクがさほど変わっているようには思えなかった。例えば、背丈である。
ゲッツは園遊会から5年も経過しているので身長は大分伸びたが、アレクサンダーは全くと言っていい程伸びていない。
「アレクは変わんないな」
「ゲッツは結構変わったよね。昨日、マリク先輩と一緒にいるのを見たんだけど。ゲッツってあのマリク先輩と一緒にいれるなんて、すごいや!」
アレクサンダーは目を輝かせながらゲッツを見上げる。その様子は相変わらず小動物のようだ、とゲッツは思う。
「マリク先輩は部屋が一緒だっただけさ」
「え!? でも、マリク先輩って貴族じゃないよね」
アレクサンダーは顔をかしげながらそう聞き返す。
「あー俺は、サラマンダー寮にいるからな」
「え?! そこって、庶民寮の所だよ?」
「ああ、俺は貴族専用が少し嫌だったからね。なんか、ずっとこの国の上辺だけしか見ていなかった様な気がして」
ゲッツは貴族として生まれた為、この国の本当の黒い部分を見ていない事に軽いショックを受けていたのだ。特にあの園遊会で自分の世間知らずが、命取りになる事を学んだ。
「そっか、すごいな。ゲッツは。僕なんて婚約者がうるさいとか、そんなことしか考えていなかったよ」
「ちょ、ちょっとまて。アレクいま何て?」
「へ? だから僕なんてゲッツに比べると、小さいなって」
アレクサンダーははにかみながらもそう答えるが、ゲッツの知りたい事はそこではない。そう、主に一つのフレーズである。
「アレク、婚約者って言ったか?」
「え? 言ったよ?」
「アレク、婚約者なんているのか?」
「え? いるよ? 普通いるものじゃないの?」
アレクサンダーはさもありなんと言った様子で答える。婚約者を持っていることになんら疑問視していないようだ。
ゲッツは頭を鉄のハンマーで殴られたような感覚がした。だが、理解できなくもない。
「そっか、アレクはなんてったって公爵公子だもんな! 婚約者の1人や2人…」
「え? 僕の側近達も婚約者いるけど…」
「ガッデム!」
だがゲッツは悟った、自分はいくら辺境伯の子供とは言え、4男。いずれ外に出なくてはならない。その為だろうか、ゲッツには婚約者がいないのだ。
だが、とゲッツは再び考える。いくら婚約者がいると言っても勝ち組だろうか、いや最悪化け物クラスが嫁にさせられることもあり得るという。
確認せねばなるまい。ゲッツはそう決意した。
「アレク……おまえは婚約者がうるさいと言っていたよな?」
「うん…」
アレクサンダーは様子がおかしいゲッツに、哀れむ様な心配する様な視線を投げ掛けてくる。
「ってことは、この学園にいるってこと?」
「そうだよ。なんでもレンネンカンプ家の娘さんらしいんだけど、僕には合わないよ。いちいち口をだしてくるんだ」
「それは…」
見せてもらおう。ゲッツはその一言が言えなかった。口うるさい人はクリスタだけで十分なものである。




