第21話 ゴットフリートと強面先輩
もう間もなく3時を回ろうかという頃。ゲッツは学園長と名乗る老人と、コーヒーを飲みながら会話をしていた。コーヒーは正直苦いだけだったが、学園長のお気に入りの銘柄のようだ。
ゲッツは格別な苦さのコーヒーを一気に飲み干す。
「で、新入生全員がここに呼ばれる訳ではないってことか」
ゲッツはそう言うとカップを机の上に置き、腕を組んで目の前の老人と対峙する。
「そうじゃのう。寄宿舎は国からの要請で、貴族平民関係なく受け入れておってな。じゃが当然、それを嫌う貴族の方々もおる訳じゃ。なので特に爵位の高い貴族の子弟はこうして儂自ら納得させてもらっとるわけ」
「まー、僕は気にしないんだけど」
「はぁ、おぬしやアレクサンダー大公公子様のように、全ての貴族が温厚な性格だと儂も楽できるのに…」
「僕やアレク以外にも温厚な貴族子弟はいないの?」
「うーん。おぬしら以外の貴族子弟といったら、本当にごく少人数になるのぅ。特にヴァルタースハウゼン氏族やレンネンカンプ氏族などの大物一族の子弟は勘違いする者もおおいでのぉ」
学園長は右斜め上を眺め、思案顔をしながらそう呟く。
やはり、汽車で出会った縦巻きロールのアンネリーゼのような子供がたくさんいるのだろう。彼女はおそらく更正しているだろうが。
レンネンカンプ氏族はヴァルタースハウゼン氏族と並ぶ7大氏族の一つ。ヴァルタースハウゼン氏族と同じく本家当主が南方大公に任じられている。
「最近では国の法律を無視してまで、幼少期に魔法を覚えさせようとするオバカ貴族もいるでのぉ。時代は変わったもんじゃ」
そう学園長がぼやくのだが、ゲッツもそのオバカ貴族に名を連ねているかもしれない。5年前のローゼンブルク襲撃事件の際、自分の母親を守る為に魔法らしきものを放ってしまったからだ。
ゲッツはそう思うと、苦笑いを浮かべる。あの時は無我夢中だった為何も意識していなかったが、法律違反であるのだ。
だが、こうした厳しい法律にも意味がある。魔法は覚えると便利だが、まだ魔素が身体に定着していない年齢の時に使うと後々魔力が伸びなかったり、最悪魔素の暴走を招く。そのせいで一家断絶した事件だってあるそうだ。
「えーと、今回の件はこれで終わりですか? 学園長」
「そうじゃな。じゃが、おぬしの寮は貴族専用じゃなくて本当にええんか?」
「はい。僕は今まで貴族だけの生活しか見て来れなかった。だから、貴族以外の人達の生活を見てみたいんです」
ゲッツは朝見た、12番街のスラムの子供達を思い出す。
彼らは国の階級でもかなり下層の庶民である。中には不法難民や不法労働者の温床にもなっていて、国でも対策は取っているらしいが、いっこうに進まない。
「ほぅ。よい点を見ているのぅ。好奇心、探究心が高いのは良い事じゃ。正直お前さんのような貴族はかなり少数派じゃな。さすがはあのクリスティーナ嬢の叔父、と言った所かな?」
こんな所にもでてきたクリスタの名前。ゲッツは一体何を彼女はやらかして来たのかと心配になっていた。
「クリスタ姉さんを知っているんですか?」
「ほっほほほ。彼女は貴族でもかなり異質じゃったからのぉ。貴族じゃない庶民のファンも多かったんじゃ。そして、現在この寄宿舎には彼女に近しい縁者が入学して来ているとの噂が流れているのぉ」
学園長は意味有りげにニヤリとゲッツを見る。もしやこのじいさんが噂を流したんじゃなかろうか、とゲッツは疑うほどだ。
「……僕は凡人なので、期待しないでください」
「そうか、そうか。おぬしには、特別な魔力を感じるがな…ま、がんばるがよい」
学園長は目を細めながら、そう答えた。
ゲッツが学園長室を後にすると、自分の寮へと向かう。
寮はこの城から少し離れた所にある、4階建ての物件である。少し古いが、内装はことのほか綺麗であった。
寄宿舎は別に貴族と庶民を分けない、とゲッツは学園長の言葉を思い出す。これからは庶民の人達とも交流する事になる。
「すいません。だれかおられますか?」
「はい、新入生君ね」
寮の1階はエントランスになっており、カウンターがついている、眼鏡の女子生徒が受付していた。ローブを羽織っている事から、上級生なのだろうとゲッツは確信する。
「あの…、管理人さん? 学生ですよね?」
「ああ〜。初めてだから分からないわよね。私は寮管理生よ。上級生になると、寮の管理も何人かで交代しながら任されるの。お金もらえるけどね」
彼女はそういうと、眼鏡のフレームをクイっと持ち上げる。
「アルバイトのようなものですか?」
ゲッツが単刀直入にそう聞くと、その管理生はにこやかに笑って答える。
「ふふっ、まあね。結構もらえるのよ。カフェで働くより楽だし良いわ。こうやって暇な時に課題をすすめられるし。あなたも上級生になったら、やってみたらいいわよ」
「はぁ」
妙に生き生きしている彼女にゲッツは押されがちにそう返した。そんなゲッツの様子に、管理生は初々しいとでも感じたのか、くすりと微笑むと鍵を渡す。
「じゃあ、あなたの部屋番号はサラマンダー401ね」
「サラマンダー401?」
「サラマンダーはここの寮の名前。401は4階の1号室ってこと。はいこれ鍵」
「あ、ありがとうございます」
「あなたの部屋は2人部屋だからね。おそらく先輩だろうからきちんと挨拶しておくように。あと、いくつかルールもあるから、その先輩から確認しておいて。一応紙に書いたの渡すけど」
「わかりました」
ゲッツは眼鏡の寮管理生から基礎的なルールを書いた紙を渡されると、紙を見ながら2階への階段を上がる。
「結構基本的な事が書いてあるな」
寮のルールは至ってシンプル。以下の様な事が書いてあった。
ーーーー
・部屋のゴミは共同居間には持ち込まない。
・夜10時を超えての外出は極力避ける事。ただし、課外講義等で10時を超えて帰る場合は、事前に寮管理生に伝えること。
・酒類の共同居間持ち込み禁止。
・騒ぐ事禁止。
・部屋に同部屋の者以外を泊める事を禁ずる。
・犯罪行為は禁止。
・以上の事以外でも管理生が判断した場合、最悪寮を退出願う場合がある。ただしその判断が不当だとする場合、学内裁判を申し出る事が可能。
ーーーー
ゲッツはルールを読み終わると、401の部屋の前に到着した。その茶色の古い扉には同部屋となるであろう人物の名前が書いてある。
その名札にはマリク・アンブロスと書いてあった。
「って、あのエレベーターであった怖い人じゃんか!」
「おい、うるせえぞ。だれだ俺の部屋の前で……あ?」
ゲッツが思わず叫ぶと部屋の主が、ヌッと出て来た。その強面ひげ面は強烈で二度と忘れようもない。
(まじかよ! この人と数年間一緒とか!)
ゲッツは自分の不運を呪う。この寄宿舎にはたくさんの人が在籍しているのに、出会った中で一番面倒くさそうな人物と同じ部屋なのである。
「僕この部屋です…よろしく」
ゲッツがそう言うと、マリクは不審な顔をする。眉にしわ寄せ、顔をかしげる様子はまるで獅子が獲物を狙っているかのように獰猛だ。
「おまえは、たしか【魔導昇降機】のとぼけた新入生じゃねぇか。ま、まあ、なんだ。よろしくな」
マリクはそういうと、ゲッツに握手を求める。顔を赤らめながら。やっぱりいい人なのかもしれない。ゲッツは内心でそう思ったが、彼の行動は顔に似合わない。
「え…」
「なんでそこで引くんだよ!」
(ひっ! やっぱり怖い人だったぁ!)
マリクがよりしわを寄せると、それはもう鬼の如しである。
しかしマリクは何かに気づいた顔になると、当たりを見回す。懐中時計も確認する。
「ちっ! しかたねぇな! 早く入れ。ここの監督生に怒られる」
「監督生、ですか?」
ゲッツは聞き慣れない言葉にマリクへ問いかける。マリクはその顔で意外と面倒見が良いのか、下級生であるゲッツの質問にも嫌な顔を一つせず答える。
「ああ、面倒くせぇ事に同じ階に6年の先輩がいるんだ。特にこの4階は男女が共同だからな。女の監督生がいるんだよ」
なにかその監督生と嫌な事でもあったのか、マリクはそう言うと苦々しい顔つきになった。
「その監督生さんって厳しいのですか?」
「まあな。厳しいというか只の堅物だな。有力貴族だがなんだか知らねぇが、貴族の理屈を平民に押し付けてくる奴だ」
マリクはそう言うと、一層苦々しい顔になった。
彼の目の前にいる後輩も一応貴族なのだが。




