閑話 ゴットフリート7歳の日常
今回は閑話です。
ゲッツがフード男と死闘を繰り広げた日からもう2年が経とうとしている。ゲッツは7歳になり身長も大分のびたが、未だにペーベルには帰っていない。
もう下の双子、ルカとサーシャは大きくなったのだろうか。たしかあと一週間もすれば、彼らの園遊会が始まる。と、思い耽っているうちにゲッツは船を漕いでいた。
「ーーっ! ゴットフリート様! 聞いておられるのですかっ!」
「あ、うん。キイテタキイテタ」
「……寝ていましたね?」
「(ぎくぅ!)い、いやぁ。先生のお声がとても耳障りがよくて、ですね」
一気に現実に引き戻される。ゲッツは現在、授業を受けているのである。
なぜかというとゲッツの年齢にそぐわぬ頭の良さが、アポローニアの共育熱心な心に火をつけたのである。彼女はゲッツに専属教員をつける始末であった。
彼女はペーベルのユリアに素っ気なく、ゲッツをローゼンブルクで引き取る事を伝えた。このことがまた、ユリアとアポローニアの仲の悪さを助長させているのだが。
「さて、ゴットフリート様。聖王暦1589年、今から約300年程前です。この大陸では何が起こりましたか?」
「はいはい。人魔大陸戦争でしょ? 時の国王ルーファウス6世が魔人族と直接交渉を行って、東の砂漠地帯を国境線に引いたとか」
「正解です。すんばらしい! 素晴らしいですっ! さすがはゴットフリート殿下」
「だから『殿下』なんてやめてよ」
そう、この教師も実は旧エアハート王国出身なのである。旧エアハート王国人も様々。
この教師のように単に国土復帰を夢見るだけの2世移民や、逆にデイミアンのような1世移民の貴族は国粋主義に走りやすい。だが、デイミアンのような奴は例外といってもいい。
「すみません。興奮してしまうと。やっぱり私たちのオリジナリティーですから」
「はぁ」
こういう同情心をさそう話はゲッツには弱いのであった。
「気を取り直して。では、次です。この国の州の名前と、4人の大公の名前を」
「えーっと。東西南北の州と北東州の5つあるね。それぞれ東方大公、西方大公、南方大公、北方大公の称号が貴族評議会にて、辺境伯以上から選出されるんだよね」
「はい。正解です。それでは現在の大公閣下を。答えられますか?」
「北方は簡単で、レオポルド叔父上だろ? 南方はレンネンカンプ侯爵。東方は……だめだ。思い出せない」
「いけませんよ。最低でも現職の4大公閣下全員の顔と名前は覚えないと。東方はファーレンホルスト辺境伯閣下で、西方はシュトロームブルク公爵殿下です」
「横文字は覚えにくいんだよ…」
ゲッツは前世の世界史の人名で、かなり苦戦したのを思い出す。特にこの国の名称は長く、覚えにくいのだ。
「ゴットフリート様は変な所に詳しくて、変な所で疎いですね」
「…ほっといてよ」
歴史の勉学が終わると、今度は剣術である。剣術と言っても数ある剣術流派を学ぶことはせず、あくまで基礎的な体力づくりであった。
「はっ、はっ、はっ!」
ゲッツは木製の軽い模造剣を素振りする。近くでは剣術の先生が見ている。
「ゴットフリート様! 脇が甘いですよ。軸をしっかりしてください!」
「とう! とりゃ! おりゃ!」
「これこれ、めちゃくちゃな動きになっています。応用的な身体の動かし方はまだ早いです」
剣術の先生は失礼しますと断ってから、ゲッツに軸がいかにぶれているかを実感させる。
「身体の軸をしっかりとしないと、余計に体力を使って疲れるのが早くなってしまいますよ」
「うっ…確かに」
ゲッツはフード男との戦いを思い出す。確かにあの時は直感でなんとかなっていたが、今度また同じ事が起きたら、ゲッツは生き残る自信がない。
「さ。基礎をじっくりと練習しましょう? 魔術や勉強と同じで武術も一朝一夕では会得できませんよ。名を馳せる剣豪や大魔術師、名誉学者達は地道な基礎を重視するものです」
「はい…」
たしかに基礎は重要なのであるが、飽き性のゲッツにとって同じ事の繰り返しはキツい。
「……ゴットフリート様、お疲れ様です」
「はぁ。イルマの授業が一番落ち着くよ」
「そ、そう言ってもらえると助かるのですが……」
イルマはそう言うと遠慮がちに横を見やる。
「よぉ、ゲッツ! 今日は休みの俺が見てやる!」
「げぇ! ルディ兄上」
イルマの視線の先。そこにはルドルフが立っていた。2年経ち16歳になった為か、また雰囲気が変わったルドルフである。彼はこの2年間ずっとこの館に通いつめているのである。
「げぇ、はないだろーよ。魔術理論を教えてやるから、早く来いよ」
「ルディ兄上は恋人とかいないの? 暇なんなら…」
「ば、バカお前! いる訳ねぇだろ!?」
ゲッツが毎週来る暇人なルドルフに適当な質問をしたのだが、彼はなぜか目に見えて動揺する。アヤシイ。ゲッツはそう思った。
「いるんじゃないのか?」
「い、いねぇって!」
「いるでしょ、その様子だと」
「いるわけねぇだろ!? 俺には心に決めた人がいるからなっ」
「へー」
「おい、なんだよゲッツ。その目は」
ゲッツとルドルフが男子トークを展開していると、一人置いてけぼりになっている女性が一人。彼女は困惑した様子で小さく声をあげる。
「あ、あのお二人とも、授業は…」
「はい! イルマさん!」
「……」
結局その日は魔術理論の基礎を復習しただけで終わった。
そのような日常を経たある日の午後。ゲッツはクラウスに執務室へ呼び出される。
「ゴットフリート。すまんが、ルカとサーシャの園遊会の付き添いをお願いできないか? まあハンナは出席するから良いんだが、俺は少し王都へ用事ができてしまってな」
「うん。2人の付き添いは任せてよ。でも最近、王都召喚命令が多いね」
あの2年前の襲撃事件で形はどうであれ、国王陛下が襲撃された事について、問題視される事が多くなったのである。あれ以来、少なくとも10件以上は王都召喚命令が下されている。
「ああ、まあ仕方ないさ。それよりも2人には謝っておいてくれ」
「うん」
ゲッツの弟ルカと妹サーシャの2人にとっては晴れ舞台である。クラウスは会いたかったに違いない。ゲッツは未だに忙しそうなクラウスを見て、同情するとともに長男でない事に安堵するのであった。
「おにーちゃん! 久しぶりですっ!」
「サーシャ、走らない! あ、兄上こんにちはです」
「ああ、2人とも久しぶり。大きくなったね」
クラウスとの会話からさらに2日後、ゲッツは下の双子の2人と再会した。2人とも園遊会で緊張していたゲッツは真逆の、楽しそうにしていた。
「おとーさま、いないみたいね」
「そうね。サーシャ、ルカ。よくきたわね。ゴットフリートも、大変だったわね」
ゲッツは双子を伴って以前訪れた、1番街のハンナの館に来ていた。2年前と同じである。
(あれから俺は成長したかな…?)
ゲッツは2年前と変わらないエントランスで同じように向かい入れた、ハンナを見てそう思うのであった。




