第19話 ゴットフリートとクリストフ
「う…ん……ここは?」
ゲッツが身を起こすと、そこは天蓋が付いた白いベットの上だった。既に朝日が昇っている為か、ベットは朝日の光を反射していた。
ゲッツは身を起こそうとするが、身体の節々が痛いことがわかる。
「それにまだ気だるい感じだ」
ゲッツは昨日の死闘の現実感がなかった。それは前世を含めても人生初の対人戦闘だったからであろう。
「しかし、あのフード模様野郎が消えた後の記憶がない。どうなったんだろ」
ゲッツがそうやってベットの上で考え込んでいると、ドアをコンコンと軽く叩く音がした。
「入るぞ。 ん? ゴットフリート、起きてたのか」
「あ。父上」
入って来たのはクラウスだった。あんまり寝ていないのだろう、目の下にくまを作っている。
「昨日は大変だったぞ。手だれの襲撃者に襲われるわ、陛下救出作戦やら、その後の事後処理を一手に担わされるわで」
「お、おつかれさまでした…」
起きて早々、愚痴を言われとは。ゲッツはいくらか残念な父親に内心そう呟いた。
「陛下も襲われたんですか!?」
「おうよ。まあ、今のルーファウス6世陛下は実はかなりの武人でな。その豪腕で暗殺者を瞬殺だよ。その後自ら前線で戦ってしまわれるのだから、困ったお人だ」
「そ、そうなんですね…」
ゲッツは間近でヒゲの国王陛下を見ただけに、その武人らしさを良く実感していた。その鍛え抜かれた肉体はもはやアスリート。まさか、あの暗殺者たちを拳だけで瞬殺とは、恐れ入る物である。
「それに、レオポルド兄上がアポローニアの狼をそっちに遣わしたんだ。後で感謝言っとけよ」
「大公閣下が、ですか?」
ゲッツはレオポルド大公を思い浮かべる。彼も襲撃されたんだろうか。
「まあな。本人は自分が直接行けなんだ事を大分悔しがってたがな」
ゲッツが父親と雑談をしていると、まただれか入っているのを感じる。
「父上! はぁ全く、ここにおられたのか」
「んを? クリストフか? いや、すまんすまん。今ゴットフリートと話しててな」
「そうですか、よかった…。あ、初めまして、だね。ゴットフリート。」
「あ、はい。初めまして」
なんだか奇妙な兄弟関係である。ゲッツから見た長兄クリストフは、さながら苦労人と言った感じである。くすんだ金髪と青紫の瞳はヴァルタースハウゼン氏族の典型的なもの。美青年という程に美形な顔立ちは母親のアポローニアに似ている。
「ん? そうか、おまえら初対面だったのか! はっははは! よきかなよきかな。今日は宴と行きたい所だ。クリストフ、ワインセラーはどうだ?」
クリストフは、これ以上ないくらいの笑顔でクリストフの肩に手を回す。対するクリストフは眉を寄せる。
「よきかなよきかな、じゃないですよ父上。 書類が残っています」
「おいおい、つれねえ長男だなおい! な、ゴットフリートはワインがいいか? やっぱりエールか? 山岳地帯の修道院からの一品、ゲーゲンバウアーなんて奴もあるぞ」
「……」
「父上! ゴットフリートはまだ5歳です」
「そうだったな。しかし、その年で魔法を放ったらしいな」
ゲッツはビクリと身体を強張らせた。まだ制御も出来ない魔法は最悪、味方や自分にも被害を及ぼしかねない危険な物なのである。最も、本来は【媒介】と魔力補助の【回路】が必要になるのだが。
「国の法律を無視する程の無茶をやるとは……」
クラウスは眉にしわ寄せ、ゲッツに歩み寄る。思わず、ゲッツは謝りそうになってしまう。
「ご、ごめーー」
「やるなぁ! さすがは我が息子!」
「へ?」
「そうだ! 俺が訓練つけてやろう! きっと、山すら破壊してしまう程の破壊ジャンキーにさせてやるぞ」
ニンマリした顔でエラいことを言って退ける父親にゲッツはガックリくるのだった。どこまでも残念パパである。その隣にいるクリストフは冷静につっこむ。
「だから5歳で魔法はまだ禁止ですよ、父上。それに書類終わらないと、その宴会もなしになりますよ」
「なにっ! それはまずい! ゴットフリート、修行は後だ! すまんが俺は速攻で終わらしてくるぞ」
よほど宴会をやりたかったのか、クラウスはその身体がぶれたと思うと、一瞬で去って行った
「はぁ、全く。ゴットフリート、起きたなら使用人を呼んで着替えさせるよ。身支度した後はリビングに来るようにね」
「は、はい」
ゲッツがそう返事をすると、クリストフは一礼してから部屋を辞する。
なんだか父親らしくない父親といい、この家は変わった人が多い。
その後ゲッツは風呂でさっぱりした後に使用人に着替えを持って来てもらう。風呂の時も常に使用人が後ろに立っているので、あまりくつろぐ事は出来なかったが。
それでもゲッツはこの世界で守るべき人や、頼るべき家族、友人など前世では出来なかった程の大きなつながりを感じていた。
あの激戦でゲッツは一つ大人の階段を上った。そう思えるようになったのである。
ゲッツは着替えた後、使用人に案内されてリビングに向かう。
「よっ! ゲッツ。元気になったか?」
「ゴットフリート様、お身体の方は?」
「うん。大丈夫だよ」
リビングにいたのはイルマとルドルフ、フリードリヒの3人だった。どうやら昼前の様で、3人とも昼食の準備を待っているようだった。リビングは白と金色の装飾が目立つ室内で、明るい。
とそこへクリストフが使用人を伴ってリビングに入ってきた。
「これで兄弟全員が揃ったね」
「兄上、まだルカとサーシャがいるぞ」
「そ、そうだった。父上は一体何人子供を…」
目に見えて苦労人なクリストフであった。
「そういえば、兄上。今回の事の発端はなんだったんだよ? 俺にはさっぱりだ」
ルドルフがそう言うと、クリストフは真剣な表情に変わる。彼は一旦ソファーに座ると、使用人が用意した紅茶を一杯飲む。みんなも思い思いに座ったのでゲッツも手頃な椅子に座った。
「そうだね。事の発端はゴットフリート。君だ」
「へっ? ぼ、僕…ですか?」
クリストフから急に事件の原因扱いされ、ゲッツは思わず席を立ってしまう。
「まあ、落ち着いてよく聞いてよ。ゴットフリートが悪いってわけじゃないんだ。君の可能性に魅力されてしまった奴が悪いんだよ」
「僕の……可能性?」
「そう。ゴットフリートは知らないかもだけど、僕たちの一族の初代は黒髪で黒目の異世界からきた人物だったと言われているんだ」
クリストフの口からは、ヴァルタースハウゼン家の歴代黒髪を持つ人物の運命は比較的共通点がある事が語られる。
「100年に一度くらいに、そういった初代様の遺伝子を強く持つ人物が生まれる事があるんだ。そう言った遺伝子を持つ人物はなぜか共通して、世界を揺るがす程の何かを成し遂げるんだ」
だが、おかしい事が起きたのである。初代の遺伝子を持つ物が2人生まれてしまった。
アヒムとゲッツの事である。
そしてさらに事を混沌に導いている原因が、その遺伝子を持つ人間が何をしでかすのか分からないことである。ただそう言われているだけかもしれないのだ。
「だからこその”可能性”だよ」
クリストフはそう結論づけた所で、この事件の原因を話す。
「原因は母上の側近、デイミアンさ」
そう聞いて、ゲッツは「レストレーション・オブ・インペリアル」で出会った紳士を思い浮かべる。
「あ、あの人が」
どうやらイルマも驚いていた。
「ああ。デイミアンは元々、強烈な国粋主義者だったようだ。彼の家は元貴族でエアハート王国でも重臣の家系だった。僕も会わされたけど、僕が会った時はまだ彼らの国が滅ぶ前だったからね」
国が滅んだとき、デイミアンは変わらず表面上は冷静なままだったという。だが、彼の憎しみと憎悪は心を確実に蝕んでいたのだ。
「じゃあ、僕とイルマがそのサロンに訪れていた時にはもう…」
「いや。彼の中では最初はゴットフリートに期待していたんだろう。でもそれは、始めから無理な事だったんだ。黒髪とは言え、5歳児が陛下や閣下に直談判したところで警戒されるのが落ちさ」
「でも、僕達が戦ったフード男はデイミアンじゃなかった!」
「そう。今回の件で一番ややこしくしているのはそいつらだ。おそらく、デイミアンはただの駒だよ。死体から裏ギルドが主体で動いている事が分かったんだ」
裏ギルド。
正式名称はなく、裏世界の住人達の互助会とも言われている。ギルドを通して、様々な案件に関わっている事が多い。
「でも兄上。裏ギルドの連中がそんな死体をわざわざ残すか?」
ルドルフが顎に手をやりながら聞く。
「うん。だから、僕たちはその裏ギルドのさらに上の組織がいる事を念頭に探らせているんだけど…」
進展がない。そうクリストフが言わなくても全員が察した。
「クリストフ兄上。それで、デイミアンは?」
ゲッツは、椅子に座り直して聞いた。
「デイミアンは、逃げたよ。おそらく最初から裏ギルドとは連絡を密に取っていたのだろう」
クリストフはそう言うと、手を強く握った。




