プロローグ 丈二と異世界の案内人
分かりにくい「・・・」を「......」に変更しました。[1/8]
内容を大幅に分かりやすく見直し(話の展開はかえてません)[1/22]
「いま......いまなんて、言いました?」
真っ白く他はにはなにもない空間で田中丈二は目の前に立つ、自分と同じくらいの背丈ののっぺらぼうにそう問いかけた。
丈二は都立のとある高校に通う、ただの学生だった。成績はよい方ではなく、むしろクラスで下から数えた方が早いくらい。
その原因の一つというのが、ある小説を読むことにハマってしまったことである。小説といっても、有名な文豪が書いたような小説ではなくて、ネット小説のほう。
特に丈二はファンタジーの分野においてはほとんどのタイトルを読破したと言っても過言でない程で、いつしか異世界で活躍する主人公達に憧れと尊敬の念すらわいていた。
そのハマり具合といったら、まさに近年テレビで言われている「スマホ病患者」。電車に乗るときも学校の空き時間の時もひたすらネット小説を読み続けた。熱中しすぎて学校の最寄り駅を通り過ごして遅刻しそうになったことなんて、何回もある。
そうして読み続けていると、自分もその異世界とやらに転生できないかと考え始める程になってしまった。
とは言っても、さすがに現実にそんなことが起こるとは丈二は思ってもみなかったのだが。
ーーーー
運命の日は唐突にやってきた。
その日の丈二はいつも通り一日の最後にネット小説を見ていると、部屋の電気を消せと親にいわれてしぶしぶ寝た。
......はずだった。
目になにか光のようなものを感じて目を開けると、なにかがおかしい。
なんにもないだだっ広い空間にただ一人、丈二はポツンと立っていた。
丈二はあたりを見回すと、本当に真っ白でなにもない世界である。何も無さすぎて丈二の耳には静かな場所で起こる、あのうるさい耳鳴りが鳴り始める。
そう言えば、足でちゃんと立っている感覚もない。丈二はそう自分の足の方に視線を向けると、服も着ていないことに気づいた。
誰一人見ていないはずなので問題ないはずなのだが、いかんせん恥ずかしいお年頃。彼ががなんとかなれるまでに数時間はようした。
服を着ていない状態が分かってからだいぶ時間が経ったはずだが、なんにもおこらない。丈二はむしろ怖くなってきた。
この悪い夢から醒めてくれ、と丈二は心の中でそう念じたが、現実は非情だ。何も起こることはない。
ふと目の前に人影を感じて目線をあげると、そこには真っ白な人間らしき物体が立っていた。
そう表現したのはその人間は人の形をしているものの、顔は無く、顔の変わりに変な渦巻きのような幾何学的な模様が描かれているのである。
「ヨウ」
その変な人影は丈二の恐怖心なんてみじんも気にしていないかのように、無感情にそう言い放った。
「だれだよ、おまえは」
「そんなことは関係ナイ。お前は今から転生する事になっているからダ」
......てんせい? てんせいってあの転生か? と丈二は自分の耳を疑った。彼が愛してやまない小説の主人公の多くは異世界転生を成し遂げたのだ。故に彼は「転生」というワードにいまいち現実感がつかめないでいた。
「いま......いまなんて、言いました?」
もしこの目の前のお方が転生してくださるなら絶対にこののっぺらぼうは「神」って奴にちがいない、と丈二はそう確信してなんとか不自然にならないよう言葉を取り繕った。
「......お前は今から転生スル」
「転生って......。マジ......ほんと、ですか!?」
なかなかへりくだるというのをやっていない為か、丁寧に話すのが難しい。丈二は普段から目上の人と話慣れておくべきだったとこのときばかりは後悔した。
「煩いナ、少しダマレ。大きな声だすナ。」
目の前ののっぺらぼうの神様(仮)は少し不機嫌になったのか、先ほどまでの淡々とした話し方から一変して、こちらを威圧するような言葉を放つ。
「すいません! まじですいません! ってそう言えば、この空間ってなんなんっすか?」
せっかく得た転生の機会。このチャンスを逃すわけにはいかない。丈二は即座に適当な話題に変えた。
丈二は言った後に気づいたが、この空間は謎ばかりである。真っ白でなにもない。目の前の、のっぺらぼうも同様に真っ白なのだが、それがまるで保護色のようになってしまう程に周りの空間は白かった。
もしかしたら最初に丈二が人影を感じる前から目の前に佇んでいたのかもしれない。
「この空間、オレの空間。それ以上でもそれ以下でもナイ」
目の前の神様(仮)は丈二の質問をすでに予想していたかように淡々と即答した。しかしこれではよけい意味が分からない。
「ってことはここは異世界の狭間的な空間、ですかね?」
「ソウダ......って、そんなことはどうでもイイ。オレはさっさとキサマを異世界に送らなくてはならないんダ。もう質問は受け付けナイ。このまま異世界に転送させるゾ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! な、なあ。チートは? 特典とか、くれよ!」
「......チートとはナンダ?」
一方的かと思えた目の前のカミサマ(仮)はしかし、意外にも丈二の質問に素直に答える。
だが、チートの意味までは丈二はいままではっきりとは考えたことが無かったため、なんだと言われるとなんだろうと返さざるを得なくなる。丈二は基本的に語彙力がないのだ。
「チートってのは、こうなんていうか......異世界でどかーんとか、そんな感じの最強の力、とかさ! ......あります、よね?」
「ナイ」
「そんなきっぱり言うなよ! でもさ、じゃあ最強とかじゃなくていいから、異世界で生き残る為のものとかないのか? さすがに言葉もわかんないだろうし、いきなり異世界にご招待されても、生き残れる気が知れないんだけど......」
正直こんなカミサマ(仮)の為、丈二はあまり期待はしてなかった。だがあまりにも弱すぎる存在に転生してしまったら困のだ。
例えば、虫とか小動物とかに転生してしまったら。そういう小説もあるにはあるのだが、もし自分の身にふりかかったらと考えると丈二は生き残れる気がしない。
せめて文明的な、霊長類に分類される人間的な生物に転生しておきたい、と丈二はすがるように視線を向ける。
「オレにはキサマをどうこうできる権限がナイ。どのみち無理ダ」
「なんだよそれ! あんたは神様じゃないのか? 権限ってなんだ?」
「ダマレ。もう質問は受け付けないと言っタダロ。異世界に転送スル」
さすがの少し頭の弱そうなこの目の前のカミサマ(仮)でも、もうこれ以上待てないようだ。こころなしかイライラしているようにもみえる。
「ちょっとまってくれ!カミサマじゃないんなら、あんたは一体なんなんだ!」
「オレ達は傍観者達。君の活躍を期待するヨ」
そうのっぺらぼうが言うと、丈二は自分の体はだんだん薄くなっていくことに気づく。
「ぼうかん? 良く聞こえない! っていうか、俺の体が! 体が消えていく......!」
最後のカミサマもどきがいったことが気になったが、丈二にはその、のっぺらぼうな顔が最後笑ったように見えたところで意識が途絶えた。