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第17話 ゴットフリートと園遊会Ⅱ

「おおっ!」


「て、天才ではないか!」


「す、すばらしい! さすがはレトゲンブルク卿の…」


(な、なんだ?)


 子供達が主役の園遊会。貴族の子供達の最初の見せ場と言えば、筆記である。


 だがゲッツは園遊会の隅々から起こる喝采に目を白黒させていた。彼の筆跡があまりにも大人顔負けであったようである。


 たかだか筆跡の一つでと思うが、いかに見栄えの良いサインがかけるかが貴族のステータスにつながる。へたっぴな貴族は部下に頼るしかなくなるのだ。


「この流れる様な綺麗な字。さすがじゃの、レトゲンブルク卿。今までどんな英才教育を施して来たのやら」


「はっ! 殿下達には及びませぬが」


 ヒゲの国王陛下に大層ほめられてゲッツの父親のクラウスは、得意げになっていた。だが思い出してほしい。彼とゲッツはつい、2日前に初めて対面したのである。親子だというのに。


「ところでレトゲンブルク卿。卿に話があるんじゃが、この後迎賓館でな」


「はい。畏まりました。例の件で、ですな」


「うむ。そなたの兄も呼んでおる」


 そう言うと、国王陛下はこの園遊会を後にする。陛下が出て行くのをクラウスとともに礼をしながら見送ると、ゲッツの元にアポローニアが来る。側近達を説得できたようだ。ゲッツにはアポローニアの影がとれたように思えた。


「ゲッツ。待たせたわね」


「あ、母上」


「あとはダンスね。なんだか天才という噂が流れているじゃない。期待してるわ」


「ダ、ダンスは苦手です、母上。そ、それに天才なんかじゃ……ないですよ」

  

 へこたれるゲッツに微笑みながら語りかけるアポローニアに、ゲッツはほっとする。一夜明けた事で大部吹っ切れたようだが、まだ涙の跡をうかがえる。完全には、もう少しだけ時間がかかるようだ。


「ほら、ゲッツ。あなたの番よ」


しているうちに、ゲッツの番が来てしまった。正式な舞踏会ではないが、多くの子供達にとっての晴れ舞台である。親子が必死になって相手役を探す様子は哀愁さえ漂わせる。


「ね! 私と踊りましょう?」


「いや、是非我が娘と!」


「私の娘にお願いしますわ」


(な、なんだよこれは!)


 先ほどの筆跡の上手さから有望だと思えたのか、はたまた辺境伯の4男だというのにゲッツには人だかりができてしまっていた。ふと横をみると、アレクサンダーも人だかりができている。


「う、うーんと……(えーい、ままよ!)」


「あ、あれ? ゴットフリート様?」


 ゲッツは思わずイルマをかっさらい、相手を決めた。だが身長差がありすぎる上に、子供ではない為却下されてしまう。


「よろしくお願いいたしますわ。ゴットフリート様」


「あ、ああ。よろしく」


 結局、クラウスが選んだ親戚の女の子になったのである。


「あ、あぶねっ」


「きゃあ」


「ご、ごめんよ」


 緊張してスカートを踏みそうになった事は言うまでもない。





ーーーー


「はい。ゴットフリート様、紅茶です」


「ん。ありがとうイルマ」


 ますますメイドらしさに磨きをかけたイルマをながめながら、ゲッツは椅子に座って紅茶を一杯。外はもう夕方になってきており、園遊会もお開きである。貴族達は主催者でヴァルタースハウゼン大公のレオポルドに挨拶をしている。


「さて、ゴットフリート。今日は一緒に帰りたいところだが、俺は用事が出来た。夜故、護衛をつけるが、一旦アポローニアと1番街の屋敷に泊まってくれ」


「うん」


「アポローニアは表面上は安定しているが、まだ精神的に弱い。すまんが、暫く彼女の側にいてやってくれ。ユリアには伝えておく」


 ゲッツが返事をするとクラウスはゲッツの頭をワシワシと撫で、レオポルドの方へ向かって行った。


「母上、イルマ。僕たちも行こう」


「はい、ゴットフリート様」


「ええ。でも気になる事があるわ。ちょっと離れてて…」


 そういうとアポローニアは杖を取り出す。さらにに彼女にとっての【回路】にあたる紫色のペンダントもとりだし、杖をペンダントの水晶部分にあてた。


「は、母上……なにを?」


「大丈夫よ。安心して」


 強烈な魔力の波動を感じて不安になるが、どうやら攻撃呪文の類いではないようだ。敵意が感じられない。


「喚起する【エヴォケート】!」


 アポローニアが杖を地面に向ける。

 地面には魔方陣の様な円形の模様が浮かび上がり、周りを光で包む。


『呼んだ? アポロニア。ずいぶんと久しぶりね』


 そこにいたのは、銀色の狼であった。大きな体躯をもつのに、その姿は高貴で美しさを際立たせる。


「ええ、ごめんなさいね。でもカトゥルス、今日は雑談はなしでお願い」


『はぁ。わかったわ』


 銀色狼のカトゥルスは一つため息をすると、園遊会の門を飛び出し行ってしまった。正直ゲッツには理解が追いつかない。


「は、母上。今のは?」


「今のは召喚術の一種ね。あの子はカトゥルスといって、【フェンリル】っていう種族の一つなのよ」


「フェ、フェンリル……」


 フェンリルと聞いて、ファンタジー好きなゲッツを興奮させるのに時間はかからなかった。あのフサフサの毛に触ってみたいと思うのであった。


「アポローニア様。なぜ、召喚を?」


 イルマが放心しているゲッツに変わりアポローニアに聞く。


「私の部下達とこの庭園の前で合流するはずだったんだけど、帰りが遅くてね。合流地点を1番街に変更と伝えさせたの。…護衛は夫が出してくれるとしても、私の部下が戻らないのが不可解なのよ」


 そういえば、アポローニアの側近は見ていない。ゲッツにはその話を聞いて先ほどの興奮が一気に醒め、何か嫌な予感を感じるのであった。





ーーーー


 ゲッツが異変を感じたのは、その馬車が1番街付近にさしかかった時である。すっかり周りは暗くなり、あたりは薄く霧がたちこめる。


 馬車は周りを辺境伯の私兵騎士団の団員が護衛しており、かなり安全なはずである。


 だがあのオーク族との戦闘の時のようにまた虫の知らせが、ゲッツの脳裏にささやくのである。あの時とは違ってかなり明確な危機が迫っていると感じられた。


(右? 右から来るのか!)


「ゲッツ? どうしたのーー」


「は、母上! イルマ!」


 ゲッツがそう言ってアポローニアとイルマを抱くように頭を下げさせた、その時にゲッツ達は強烈な衝撃を受けた。


 ゲッツ達が乗る馬車が右方から強烈な波動を受けて吹きとばされたのである。


 ゲッツ達はなんとか馬車から這い出る。


「母上、イルマ。無事?」


「ええ……」


「はい…」


「護衛達は……うっ!」


 ゲッツがその護衛を見ようとした時、そこには悲惨な現場があった。




「ふふ……弱い。弱いですねぇ」


「あが……ごぼっ!!」


 エリート集団なはずの7人のレトゲンブルク騎士団員最後の一人が、その黒フードの男に貫かれるところであったのである。


 ふとあたりを見渡せば、そこら中に騎士の横たわる姿が見える。おびただしい血が石畳を紅く染める。そのフードの男は自身の剣に付着した血糊をなめる。


 こいつはヤバい。ゲッツはそう感じざるを得なかった。


「うん? あの衝撃をなんとか避けましたかぁ。でも、もう終わりですよぉ」


「ゴットフリート様、アポローニア様。下がっていてください」


 イルマが2人の前にでるが、その足は震えている。


「ふふ……良いでしょう。エルフさんから片付けてあげます」


 そういうとフード男は身体を揺らしながら、イルマに突進する。だがその動きは遅く隙だらけであった。


「甘い! 雨よ【レーゲン】!」


「この程度で……甘いですねぇ!」


 イルマは杖を上に向け、魔方陣を展開する。そこから雨のように水の弾丸が降り注ぐ。だが、フード男はその弾丸を、軽く避けきる。


「まだまだ! 氷柱に変われ【アイス・ツァプヒェン】!」


 イルマがその呪文を唱えると、先ほどの雨が氷の氷柱に変わる。フード男はそれで人間離れしたステップで避けるが、何発か刺さる。


「うぐぅ! ……さすがは、エルフ族。難しい性質変化を瞬時にこなしてみせるとは」


 フード男はそういうと剣をおさめ、今度は短剣に持ち替えた。


「おかげで、もう十分に楽しめましたよぉ。でももう時間ないですからねぇ。これで終わりです」

 そう言うと、その男は短剣の柄に手の平をあてて呪文を唱えだす。


「さ、させません!」


「イルマ! 危ない!」


 前にでるイルマにゲッツは危険を察知してそう叫ぶ。


「え? ……はっ!?」


「ふふふ……遅い! 雷光の針【ブリッツェン・ナーデル】!」


「ーー! かはっ……! ゲッツ…さま…」


 その瞬間、フード男の短剣から電撃の線がイルマを打ち抜いた。


 直撃したイルマはその場にどさりと崩れ落ちる。


「イルマァ! くそっ!」


「ゲッツ! 危ないわ!」


 ゲッツはそう言う母親の制止を振り切り、崩れ落ちるイルマの元に走り寄る。だが、その先にはフード男が待ち受けていた。ゲッツは恐怖心を振り切り、腰の短剣を抜く。


「くそ! どけよ!」


「ふふ……、園遊会で目立っていた天才児ですか…。あなたも危険因子ですねぇ。……死んでください」


 フード男はイルマを打ち破った短剣で、ゲッツに振りかぶる。


(左上から? 来る!)


 だがゲッツにはその攻撃がなぜか完全に読めていた。アドレナリンが噴出しているからだろうか、ゲッツはこの戦場がひどく遅く感じられた。



「うん? すばしっこいですねぇ」


「(こんどは右上か!)死ぬものかぁ!」


「私の攻撃が避けられている? ふふ…面白いガキですねぇ」


(次は真上か!)


(次は左!)


(今度は右ッ!)


「くっ! こざかしい! こんなガキ、私の魔法でっ!」


 ゲッツになかなか攻撃できないのにいらだったのか、フード男は先ほどイルマがやられた呪文の時と同じ格好をする。


(あれか! あれはヤバい!)


「ふふふ……死ね! 雷光の針【ブリッツェン・ナーデル】!」



(遅い! 右に三歩!)


 ドゴォン、とゲッツの後ろにあった樽が雷撃によって壊れる。ゲッツは信じられない、という感じで口を開けているフード男をにらみつける。


「く……クソが! クソがぁ! オレ様の魔法をよけやがってぇ! ガキぃ」


 フード男の口調が変わる。いらだちが頂点に達したのだろう。


「こ、この程度かよ。」


 そういきり立つゲッツであったが魔法が未だ使えないというハンデは大きく、なにか対抗策をと考え始めるのであった。


 夜はまだ深く、街ではところどころ悲鳴が聞こえる。爆発音や鋼と鋼のすり合う様な音も聞こえる。




 今この街は襲撃を受けているのであった。

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