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第16話 ゴットフリートと園遊会Ⅰ

 ゲッツとイルマは園遊会の会場となる、13番街のヴァルタースハウゼン庭園に向かった。なぜ2人だけで向かったかと言うと、アポローニアは先に側近達に説明すると言って残った為である。


「ゴットフリートとイルマちゃん。良く来たな」


 ヴァルタースハウゼン庭園が貴族の親子で埋まる中、ゲッツは門前でクラウスが待っているのを見つけた。さすがは辺境伯なのだろう、彼の周りには中流から下級の貴族達が群れている。


 さすがに煩わしいので、3人は庭園の淵に移動する。ゲッツは迎賓館の壁にもたれている貴族らしくない父親に不満をもった。イルマにだけ、ワインと干肉とチーズを餌付けしている。 


「父上……なんでイルマにだけ」


「いいじゃあないか。美人には優しく、だぞ?」


(イラッ。……ルディ兄の女好きは、絶対この父上から遺伝したな)



 さすがに園遊会の開始2時間前の為か周りはにぎやかになっており、ゲッツはクラウス付きのメイドにモーニングコートの襟を正してもらう。このコートはアポローニアが用意したものだ。

 

 ちなみにイルマはメイド服ではなく、アポローニアのお下がりドレスをちゃっかり着せてもらっている。お下がりとは言え、豪華な一品だ。


「そういえばアポローニアは? 一緒じゃないのか」


「母さ……母上は側近を説得してるはずさ」


「……そうか、安心したよ。ゴットフリート、彼女を説得してくれたんだな」


 クラウスは安心したようにそう答える。彼女を説得して正解だったようだ。ゲッツはあのまま雰囲気に流されてたらと思うとゾッとする。


 とここでゲッツには新たな心配事が浮かび上がる。母親をあの側近達の中に一人で残してよかったのか、と。


「母上だけ残してもよかったのかな? 危なくない?」


「ははは! 大丈夫さ。彼女には強力な召喚獣がいるからな」


「召喚獣?」


「そう。彼女の実家、エアハート王家は元々召喚術師を得意とするシェフィールド氏族だからな。それも、彼女は天才的な召喚術師だ。ま、最もクリストフには受け継がれなかったが」


「ぼ、僕は…?(お、俺はもしや召還術師に…!)」


 ゲッツは、もしやと思いクラウスに尋ねた。目はキラキラと輝いている。


「うーん。そうだな、お前もシェフィールド氏族の一員とも言える。だが、目の色が我が一族のものだしなぁ。ま可能性は低い」


「がーん!」


 気にするな、と笑いながらそう答えるクラウスだったが、ゲッツは心底ショックを受ける。そう言えば、母親の遺伝子を本当に受け継いでいるのかと心配になるほどゲッツとアポローニアは似ていない。


 彼女は銀髪に金色の目をした、いわば現実離れした容姿だったのだ。若い頃はそれはそれは、美人だったのだろう。対してゲッツはというと、黒い髪に青紫の目。どちらかというと地味である。


 ちなみにヴァルタースハウゼン氏族の典型的な特徴はくすんだ金髪に青紫の目である。クラウスも、ゲッツの他の兄弟も例に漏れない。


 本流から大分離れたリーツ子爵やアンネリーゼでさえそうなのだ。そう言う意味ではゲッツも現実離れした容姿なのだが、気づかない。



「だが、君は黒い髪を持っている。そう落ち込むものではないな」


 そう言って近づいてくるのはクラウスと同じく、くすんだ金髪を後ろで束ねたナイスミドルである。白いマントを羽織り、青色の王国北州軍元帥の軍服を着て現れた壮年の男性はクラウスに何となく似ていた。


「兄上!」


 そうクラウスが言うのを見て、ゲッツはこの優しそうなおじさんこそがヴァルタースハウゼン大公だと知った。


「やあ、クラウス。で、この子が例の」


(おいおい、例のって何のだよ)


 クラウスが変な事言ってなければいいけど、とゲッツは密かに願う。


「ゴットフリート。挨拶しなさい」


 いつになくまじめな顔になってクラウスが言った。


 ここがマナーの正念場でもある。ゲッツは覚えた通り右足は一歩後ろに、左手を右胸にあて、右手を上げながらお辞儀する。後ろでも、イルマが緊張しながら礼をしているのが見える。


「はい。ゴットフリート・ゲオルグ・クラウス・マリウス・ヴァルタースハウゼン・フォン・レトゲンブルクと申します、閣下」


「うむ。私は第18代北方大公、レオポルド・バルトロメウス・ジギスムント・カール・グロスヘルツォーク・フォン・ヴァルタースハウゼンじゃ」


 レオポルドは、うなずくと彼の本名を名乗った。そして心底感心した様子でクラウスに話しかける。


「しかしまだ5歳だというのに。私もついつい長い名前で言ってしまった…。クラウス、君の息子らしくないじゃないか」


 レオポルドは片方の眉を上げてそう言った。


「ははは。まあ、こいつだけ聡明なんですよ」


「そうか、そうか。マリウスという名が入っているという事は、アポローニアの息子かな?」


 レオポルドはゲッツに向き直ると、そう質問する。


「はい閣下。マリウスの名は僕の母上の父上ですか?」


 この国の名前の構成はクラウスが父だと知ったときからゲッツは理解している。個人名の後に来るのは守護聖人名。その後に父方の祖父、母方の祖父、一族名(氏族名)と続くのである。ちなみに女の子の方は祖父名が入る時と祖母名が入る時がある。

 


「そうだ。……マリウスはもう、死んだがな」


 レオポルドはそう言うと、なぜか悲しむ様な懐かしむ様な顔をした。面識でもあったのだろうか、その顔はまるで親友でも亡くしたようである。


「革命で、ですか?」


「うむ。しかしよく…ああ、そういうことか」


「はい。母上から聞きました。実はーー」


 ゲッツがそう言おうとすると、レオポルドはよいと言いながら手で制す。


「事情は分かる。我が弟、お前の父親が伝えてくれたでな。未然に防いでくれて非常に助かった。例を言おう」


 そう言うと彼はゲッツに向けて、頭を下げる。クラウスは慌てて制止しようとしたが、手ではねのけられてしまう。


 その様子を見てゲッツには、どうしてもレオポルドに聞いておきたかった事があった。聞くのはまずかったが、今のこの場は非公式である。聞くなら今しかない。


「もし……もし、僕が母上の説得を失敗してしまって、僕が国王陛下と閣下に直談判してしまったら、どうなっていたのですか?」


「お、おいゴットフリート。さすがにそれを聞いちゃまずい」


 そう言ってクラウスがゲッツを諌めようとしたが、レオポルドは気にせず答えようとする。


「そうだな。もしそうなっていたら……」


「そうなっていたら?」


 両者にわずかな緊張が走る。


「その場では軽くあしらわれるだろうな」


「そ、それだけですか?」


「だが厄介者なのも正直、そうだ。なので秘密裏に処理してしまっただろう」


「……!」


「なに、お前は謹慎処分で済むやもな。一族が守る。だが、アポローニアは違う。残念だが、彼女の力がある分だけ厄介なのだ。それに…彼女達にとっては残念だろうが、今後の国の方針としてドレッドノート共和国と国交を結ぶ事にしたのだ」


「それは……」


 エアハート王国もとい、ドレッドノート共和国は資源豊かな国である。そのため、ヴィルヘルムス王国政府としても国交を樹立させる事になったのだ。そうなると余計に邪魔になるのがアポローニアであるのだ。


「だが、ゴットフリート。安心せい。確かに国内でそう言う動きはあるが、私の目が黒いうちには手を出させんよ」


 ゲッツはレオポルドの中に煮えたぎる様な魔力を感じた。その魔力はゲッツに向けられてはいないようだが、目の前の人物がとんでもない魔力の持ち主だという事を知った。その魔力は暖かくも厳しい。ゲッツにはそう感じた。


 ゲッツが放心していると、レオポルドは笑いながら片手を上げて去って行った。




ーーーー


「今日お集りの紳士淑女のみなさん、こんにちは。これから園遊会が開かれますが、今回の主役は子供達です。良いですね? 間違っても子供以上に目立とうとしないでいただきたい」


 そう司会が言うと、周りの貴族からドッと笑いがでる。一体何が面白いのかゲッツには分からないが、一種のアイスブレイクというやつか。緊張した会場が一気に暖まるのを感じた。


「さてさて、ちょうど良い頃合で。今回は北州大公領をお視察なさっておられる、国王陛下にお越し頂いております。陛下よろしくお願い致します」


 司会は畏まった様子で陛下に一礼すると、この国で一番偉い人物が台に向かう。台には大きなマイクと、ラッパの様な形の拡声器がある。


 国王陛下が台の上に立つと貴族達は皆、跪く。ゲッツも遅ればせながら跪いた。


「よい、顔を上げよ。今回は無礼講じゃ」


 そういうと貴族達は起き上がる。こういう伝統のようだ。臣下として示す意味があるのだろう。ゲッツが顔を上げると、白髪の生え始めた壮年の国王陛下がマイクの前に立っていた。


 立派な生地のモーニングコートと王の紋章入りのマントを羽織って入るが、ゲッツの想像していた様な華やかなイメージはない。


「我が親愛なる臣下よ。本日は立派に育ったそなたらの子を誉め称える。そして成長と躍進を司る神々に感謝と祈りを」


 国王陛下はそれだけ言うと台からおり、周りには国王陛下を讃える曲が流れる。ヴィルヘルムス宮廷楽団だ。


(す、すげえ! 何気に初生オーケストラ!)


 ゲッツはこれほど音楽に興味を持つとは思わなかった。貴族だけでなく、市民の間でもオペラやオーケストラを見る事はステータスになっているのである。これを生で聞けただけでもゲッツは異世界に転生しただけの事はあった。


 曲が終わるとあたりはいきなり賑やかになった。ところどころではバイオリンに似た楽器が演奏されており、貴族達は談笑に励む。


 賑やかといっても、ばか騒ぎではない。ほどほどにというのがこの国らしさだ。ただもう踊っている貴族もおり、ゲッツは事前に知らされた様な試験な感じを吹き飛ばされたようであった。


「き、きき君がゴットフリート君?」


「うん? そうだけど…」


 声をかけられたので、そちらの方を向いてみる。そこには勇気を出して聞いてみたという感じの顔をした同年代の男の子が立っていた。綺麗なブロンドの髪と青紫のたれ目。不安そうな顔は小動物を連想させる。


 だが顔を真っ赤にさせる様子は、男用の服を着ていなければ女の子と見間違えそうな程だ。


「君は?」


 ゲッツがそう聞くと、男の子は動揺しながら答える。気が弱そうだ。


「ぼ、ぼくはアレクサンダー。アレクサンダー・ジークフリート・フォン・ヴァルタースハウゼンだよ」


「え! 君が僕の従兄弟で本家の……」


「ご、ごごごめんなさい!」


 ゲッツは意外すぎる従兄弟の登場で驚いたが、アレクサンダーはゲッツの驚きに驚いてしまったようである。


「いや、謝る程じゃないと思うけど…。そうだ、僕はゴットフリート・ゲオルグ・フォン・レトゲンブルクだよ。ゲッツと呼んでくれ」


「うん! ゲッツ。ぼくの事はアレクって呼んで! ふふふ。初めての友達……」


 アレクサンダーはそう言うと、手を合わせながらニッコリ微笑んだ。とても嬉しそうである。主に彼の、初めての友達という発言に、ゲッツはとても共感と哀愁を誘われた。彼も同類ボッチだったようだ。



(なんか、どう頑張っても俺の態度の方がデカくなっちゃうんだが…)


 ゲッツは低姿勢過ぎるアレクを見て、今後の臣下としての接し方を考え始めるのだった。

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