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第15話 ゴットフリートと王家の血筋

 ゲッツが自分の父親と対面してから半日は経っている。今は午前9時頃。なぜ分かるのかというと、現在ゲッツは社交サロン「レストレーション・オブ・インペリアル」にいるからだ。


 その中は薄暗く、窓を閉め切り【まぬけの灯】がぼんやり光る程度に調整されているのが分かる。古いカフェの様な印象を受ける。それでも深い緑色の壁と、各所に飾られている金の胸像や金の額縁の絵画などは、しっかりと自己主張していた。


 中にいる人達は思い思いに席に座って会話しており、個室で密談している者達もいるようだった。その何人かはゲッツ達を注目している。突然入って来た見知らぬ者に警戒しているようである。


「イルマ……。僕たち店間違えたんじゃないかな?」


「で、でも。ここが、そのはずですけど」


「ーー! ーーーー。ーーーー?」


 ゲッツ達がそう悩んだ顔でヒソヒソしていると、ある紳士が話しかけてくる。その目は微笑んでいるが、警戒の色は解いていない。しかもゲッツ達には何を話しているのか分からなかった。


(翻訳機能は使えないのかよ! ってことは外国語か?)


「あ、あの? もう少し、ゆっくりお願いします……。ええと、すろーりー。すろーりー

プリーズ?」


 イルマは必死に聞き取ろうとしている。その姿は外人さんの英語を、頑張って聞き取ろうとしている女子高生のようだ。


「ーー、ーーーー」


「ふむうむ」


「ーーーー?」


「あーなるほどです!」


 イルマは分かった様な素振りを見せた後、その紳士にたどたどしく何かを答えた。その紳士がうなずいて去った後、ゲッツはイルマの方を向いて質問する。


「イルマ? 彼は何を言っていたんだい?」


「どこから来たのか、という質問だけは分かりました」


「あんまり分かってないじゃん。で何て答えたの」


「この人はゴットフリート様です、と答えましたよ?」


「……」


「わ、私だってエアハート語分かんないんですよ! 母国の言葉とヴィルヘルムス訛りのケッセルリング語話せるだけで精一杯なんですぅ」


「しー! わ、分かったから! 静かにしろよな。大声出すと余計目立つだろ」


 ゲッツとイルマがそう騒ぎ合って注目を受けていると、この談話室の奥の扉が開き、先ほどとは違う紳士が出て来た。左目にはモノクルをつけており、口ひげも立派な物だ。だが、目がかなり鋭い。ゲッツはこの紳士にわしのような印象を受けた。


「ほぅ。我々の言語をまだ『エアハート語』と呼んでくださっているとはな。エルフのお嬢ちゃんはなかなかの気配りが出来ているな」


「あなたは?」


 イルマがその紳士にそう問いかけると紳士はイルマとゲッツの前にひざまづく。周りの人々は、ついに時がきたか、などと口にしている者もいる。ゲッツは周りの人々も母親の側近だという事が分かった。


「私の名はデイミアンです。お待ちしておりました。第10代エアハート国王、ガドフリー4世陛下」


「あ、ああ。 だけど僕の名はガドフリーじゃなくてゴットフリートなんだけど。それにまだ即位式もしていないよね?」


 ゲッツはこのまま、陛下などと言わせられると既成事実化してしまう事を恐れてそう質問した。デイミアンは顔を歪める事なくその質問に答える。


「失礼致しました。ガドフリーというお名前はケッセルリング語をエアハート語風に読んだ名になります。そして即位式ですが、そうですね。気が逸りました…。では、ガドフリー殿下と御呼び致します」


 ゲッツは殿下と呼ばれる事もあまり喜ばしくなかったのだが、どうやらこれは訂正させる気はないらしい。デイミアンは、こちらに、といってゲッツ達を奥に案内する。


 奥の部屋をさらに抜けて中庭も抜け、階段をあがると明るい部屋に入った。イルマはその間にデイミアンに別室に案内されてしまい、今はゲッツ一人だ。ゲッツは緊張で汗が垂れるのも気づかずにいた。目の前に母親が座っているからだ。


 目の前に座るアポローニアは40代も半ばを超えて50代近くになっていたはずだが、まだその銀髪は光り輝いており、皺も少ない。


「待っていたわ…ガディ。私のかわいい息子」


「は、母上……か」


「うふふ。そうよ。私はあなたをずっと待ってたの。あんな辺鄙へんぴな田舎に預けちゃってごめんなさいね。でも、あの時はああするしかなかった…」


 ゲッツの母親アポローニアはゲッツを優しく微笑む。ペーベルを辺鄙な田舎で片付けるとは、ユリアも怒るものである。アポローニアの元来の性格なのだろう。何も悪びれもなくそう言い放ったのだ。


「あのペーベル女子爵ごときに将来のエアハート国王陛下を預けてしまうなんて。私のクリストフはなぜあんな野蛮な女と……」


「母上…」


 ゲッツには目の前の母親がとてもかわいそうに思えてしまう。エアハート王国が滅亡し、ドレッドノート共和国が成立してからもう、20年近く経っているのである。おそらく、世界を帰るとまで言われた漆黒の髪を持つ子供が生まれた事で自分の妄想が止められなくなってしまったのだろう。


(俺も、本質的にはこの人と変わらないのかもな…)


 ゲッツは前世で自分のことを思い出していた。ゲッツも毎日現実逃避にふけっていた。かなわないとは言え、そう信じたい気持ちが勝ってしまうのである。


「さあ、ガディ。マナーの練習をしましょう? 明日はおめかしもしてもらうわよ。主席なさるヴァルタースハウゼン大公閣下とヴィルヘルムス国王陛下に新エアハート国王継承を認めてもらい、憎きドレッドノートをーー」


「は、母上!」


 ゲッツは昨日の父親に言われた事を思い出していた。自分の運命は自分で決めろ、と。それに今ヴィルヘルムス国王陛下がエアハート継承を認めるはずがない。


 ヴィルヘルムス連合王国は現在、南北両方の潜在敵国がいる。そこに遠く海を隔てた国に継承戦争を仕掛けたところで、何になるというのだ。ここで母親と側近の妄想を打ち払わなければ、ゲッツ達の命が狙われる。


「ガディ……?」

 

 アポローニアは不安そうな表情をゲッツに向ける。


「母上! ぼ、僕はまだ(・・)エアハート継承は行いません! それに僕の名はゴットフリートです。ゲッツって呼んでください」


 そういうと、ゲッツは精一杯の笑みを母親に見せた。心臓バクバクである。


「ガ、ガディ……な、なにを言ってるの?」


 アポローニアはゲッツの言葉が心底信じられないという様な顔をしている。かわいそうだが、ここが正念場だ。


「僕はこの国に生まれ、育ちました。ヴィルヘルムス王国人なんです。それに今エアハート継承をする訳にはいきません!」


 彼がそう突きつけると、アポローニアはうつむき、ぼそりと何かを呟く。


「……そ、そんなこと」


「え?」


「そんなこと分かってるわよ!! 今継承なんて宣言したら、暗殺されそうになる事くらい!」


 アポローニアは叫んでいる相手が自分の5歳の息子だという事も忘れ、ひどく取り乱している。


「だ、だとしたら。なんーー」


「私の……ごめんなさい、ガディ」


 彼女は何かを告げようとしたが、言葉を飲み込み謝ると、ゲッツをまっすぐ見て言葉を続ける。

「生まれて来てまだ5年しか経っていない子だというのに、もう周りの状況まで把握できているのね。それに比べて、わ、私は……」


「母上、いや母さん。僕は初代ヴァルタースハウゼンの遺伝子を継いだ、黒髪だ。だから、いずれは母さん達が言う通りエアハート継承に巻き込まれるんだと思う。でも今じゃない。何となくだけど、そう思うんだ」


「……エアハート継承は…しなくても、いいわ。本当はみんな分かっているのよ。クリストフの時もそうだった。でもドレッドノート公爵に裏切られ、みんな親や兄弟を亡くしているの。……私もね」


「母さんも……」


 市民の事も考えず、悪政を敷いたエアハート王室は市民革命によって滅んだ。正義の革命。それが、エアハート王国以外の国での常識だった。


 だが、革命が起きたという事は誰かが犠牲になっているのだ。その革命後20年も経つというのに、まだ混乱が続いているのだという。欲望から生まれた革命に、正義はない。


「ガディ……いいえ、ゲッツ。あなたはまだ幼い。思えば私達は敵と同じ事をしていたのね…。本当に、ごめんなさい……ね」


「母さん……」


 まだ、昼前の社交サロンの一室でアポローニアの咽び泣く声が響く。ゲッツはアポローニアに近づくと彼女の肩に手を置くのだった。




ーーーー


 その場所の夜は雲のせいで月が見えず、かなり暗い夜であった。


 そのせいかどうかは分からないが薄暗くなっている室内に、2人の男がいた。2人ともフードを深くに被っている為か、互いの目は見えなくなっている。


 片方の男は幻影のように霞んでおり、2人とも大きな丸いテーブルの席に着いていた。


「首尾は……どうだ? 暗き友よ」


「ああ。任せてくれ。…明日だろ?」


「ふっふふふ……さすがだな暗き友。だが、当日は…分かるな?」


 男は笑ったと思うと、強烈なプレッシャーを相手にかける。


「おお、怖い怖い。ま、大丈夫ですとも。オレも選りすぐりを選んだつもりでな」


「ほう。誰だね、それは」


「ギーレン兄弟ですよ。……あと数名」


「なるほど、なかなかの者達だ。ギルドは? 通したのか?」


「うーん、一応通さなかったが……通した方がよかったか?」


「いや、いい。ならば、私がギルドに掛け合おう」


「そうかい。ありがと、さん。じゃあな」


 幻影の男はそう言うと、この室内からかき消える。


「ふっふふふ……『暗き日には黄金の輝きを』」


 その男はくつくつと笑うとその部屋を後にした。


 夜は冷え、雲はより厚みを増す。その日のその場所は季節外れの雪が降る。暗い道ではカラスがネズミの死体を貪る。


 その男は外に出るとカラスを呼び肩に乗せると、その足に手紙を括り付け飛ばせた。

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