第14話 ゴットフリートと謎の偉丈夫Ⅱ
「おう。……良く来たな。まあ、座りたまえ」
そんなことを目の前の謎のカイゼル髭が言ったかと思うと、ゲッツはものすごいプレッシャーを感じた。それは猛禽類のそれを思い起こす程に。
「あなた……? 先に食べちゃったのね……。どうしてかしらね」
「そ、そ、そ、それはすまん! まじですまんかった!」
(なんだ……これ)
そこにはしゅん、とした様子でハンナに怒られている謎のカイゼル髭がいたのだった。どうやらこの2人は夫婦のようである。ということは……。
「正直、こんな美味しそうな手作り料理を見たのは久しぶりだったんだよ、ハンナ。俺は君のことで夢中だ」
カイゼル髭は一瞬で開き直るとハンナの赤髪をつかみ、彼女の耳にかける。
「んふふ。クラウス様ったら。……でも、あなたの息子せっかく来ていらしたのに」
「ふっ。なぁに、俺の息子ならなおさら気にはしないさ! な!」
「あ、ああ……」
怒られていると思ったら、急にラブコメに入りだしたことにゲッツは困惑を隠せない。ハンナも先ほどはあんなにプレッシャーをかけていたのに、この男に一瞬で堕ちてしまった。チョロインである。
すると困惑しているうちに、彼らのラブコメはだんだんアヤシイ方向に行ってしまっている。
「クラウス様……。今夜……」
「ふっ……、愛しいな。ハンナ」
「おーいっ! ここに息子がいるんだぞー!」
「まあ。そうでしたわ」
「ははは。いや、すまんすまん。決して忘れていた訳ではないぞ?」
(完全に忘れられてたよな? これ)
互いを抱き始めた2人はこのままベットインしそうだったので、ゲッツは思わずツッコんでしまった。だがこれで確信した。ゲッツは目の前のカイゼル髭が自分の父親だと確信して、ガックリ項垂れるのだった。
「で、だ。ゴットフリートーー俺の息子よ。今回お前を呼んだのは俺だ。具体的にはユリアに頼んでお前の出発を一日早くしてもらった」
「そうなん、ですか」
「はっははは。いちいち慣れん敬語を使うな。俺を呼ぶ時も親父とかでいい。それにお腹がすいているだろう? 食べながら聞く事も許そう」
「はぁ」
現在この食堂にはハンナとゲッツと、ゲッツの父親ーークラウスしかいない。そして話があるのはクラウスだったようだ。クラウスの言葉にゲッツは素直にフォークとナイフを使い食べ始める。ゲッツもお腹がすいていたのだ。
「さて、本題に入ろう。今回お前をここに呼んだのはな、お前の母で俺の妻ーーアポローニアがお前を利用して何か企んでいる事が分かったからだ」
「た、企む?」
「そう。その事を話すには、お前の母の生まれとこの国の周辺情報の事を話さなくてはならんな」
「あなた。この子はまだ5歳よ? その事はまだ早いと私は思っているんだけど」
「ああ。だがな、ハンナ。この子は現実を知らなくてはならん。『それに漆黒の髪を持つ子は重要な運命を背負わされる』だろう?」
ハンナはクラウスにそう言われると、わかったわと言って引き下がる。
「漆黒の髪ってそんなに重要なものだったの? ただの隔世遺伝だって聞いたけど」
「ああ、そういうこともある。だが、これはジレンマに近いな」
「ってことは、アヒムさんも?」
ゲッツは気さくに話しかけてくれる優しい兄代わりの人物も、漆黒の髪の持ち主だった事を思い浮かべる。
「ああ。彼にもまた、ある。だが今回はお前の事だ、ゴットフリート。話を戻そう」
クラウスは少し悲しむ様な、懐かしむような顔をした。ゲッツには少し気にかかったが、クラウスが衝撃の事実を口にする。
「まず言っておくが、お前の母親、アポローニアはこの国の生まれではない。本名はアポロニア・モニカ・エアハート。旧エアハート王国ーー現ドレッドノート共和国の元第2王女だ」
「え……。元、王女様だったの?」
「うん? ……案外驚かないな? 言い方間違えたか?」
「……」
いろいろと台無しである。
「ま、そう言う感じだな。俺と彼女が結婚した時はまだ王女様だったんだが、なんというか不幸な姫でな。結婚してこっちに来たとたん、実家の王国は革命によって崩壊。その王国もといドレッドノート共和国は海の向こうの国だから、攻めようにも難しくてな」
「でもそれって、かなり前の話でしょ? だってクリストフ兄上が生まれたのはもう20年以上も前のはず。なんでまた」
「そう。実はアポローニアとはあまり会わなくなってしまったんだよ。俺も忙しかったし」
「え。じゃあ僕は」
ゲッツがそう聞くとクラウスは目に見えて動揺していた。横目でハンナをチラチラと伺っている。
「だ、だが久しぶりに会ってみると、だな。その……。なんというか、健気な姿が夕日に映り、俺は思わずって感じにな? ハ、ハンナ怒るなよ? 頼むって!」
「はぁ、怒りませんよ。結局この男が全部悪いってことです」
「……そうだな。だが、お前が生まれて来てよかったよ。黒髪は予想外だったが」
要するにクラウスはアポロニアの年齢と健気な様子にギャップで燃えてしまったようである。ハンナが額に手をやって呆れた様子で聞いていた。
ひとまず食事が終わると、ゲッツは一つ疑問に思っていた事をクラウスに聞く。
「結局、僕は母上に何をさせられる予定だったのさ」
「ああ、そうだな。ま、頭が良いお前だ。予想はつくかもしれんが、アポローニアはお前を王政復古の旗頭に担ぐつもりだったようだな。いや、正確にはアポローニアの側近だな」
「側近?」
「ああ。だから何も知らないお前をレス……オブ・インペリアルには連れて行きたくなかったんだよ。何も知らないまま行ってしまっては、お前に選択肢がないまま運命に流されてしまうは必定だからな」
「うん……」
ゲッツには心当たりがありすぎた。正直なところ、ゲッツはお気楽な貴族生活が出来ればいいと思っていた。だが元日本人だからか、お人好しで流されやすい部分があったのだ。
「本当はな。お前もクリストフと同じように俺が庇えれば良いのだが、お前は4男。それも黒髪。運命とは残酷なものだな」
クラウスが言うには漆黒の髪を持つものはもれなく大きな宿命を背負わされてしまうことが多いようで、ゲッツが黒髪だった事でアポロニアとその側近に多大な期待を持たせてしまったようである。
「ゴットフリート。5歳児に本当は言うべきか分からんが、お前の運命はお前が決めろ。お前の母親や側近が何を言おうとも自分の意志で行動しろ。無責任だが、これしか言えん。すまん」
ゲッツにはレトゲンブルク辺境伯たるはずの父親の、頭を垂れるその姿が印象的だった。
ゲッツがクラウスとの会話を終えた頃には既に時計の針は9時を回っており、クラウスは仕事があるのでな、と言ってこの屋敷を辞した。この屋敷に泊まる事になったゲッツはイルマと合流し、その日はゆっくりと寝る事ができた。
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次の日の朝。ハンナに見送られて門をでると、イルマとゲッツは【大型輸送四輪】に乗って再び3番街を目指す。
「はぁ。今日は母上とあうのか…」
ゲッツは昨日の件で自分の母親に会うことに余計辟易するのだった。それに園遊会も3日後に迫って来ていた。緊張もしてくるというものである。
ちょうど朝の出勤なのか、3番街にはモーニングコートを着た紳士達が忙しく移動していた。彼ら全員は貴族ではなさそうだが、上流階級の市民なのだろう。たまに高級レストランで朝のコーヒーを楽しんでいた。
「ゴットフリート様は貴族様らしくないですよね」
その光景を見ていたイルマが唐突にそう切り出す。
「なんで?」
「だって、貴族様でも大貴族様ですのにあんまりお金持ってないです」
昨日のお昼を抜いた事にまだブーたれているイルマである。だが、ゲッツにも理由はある。
「あのな。貴族の方が自分でお金は使わないの。ああいうのは、上流市民用だよ。ま、僕が貴族らしくないのは父の遺伝かな?」
「お父様もなんですか? ゴットフリート様のお父様ってレトゲンブルク辺境伯様ですよね」
「まあね。すごい気さくというか、壁を感じさせないというか。ああいう父親だったら……よかったのにね」
「ゴットフリート様?」
ゲッツは前世では父親は暴力を振るうものだと思っていた。その結果親は離婚。いわば父親の愛情を知らずに育ったと言っても良い。そのため今生は、あの性格のクラウスに助けられた。
「どうでもいいことさ。今は母上とその側近をどうにかして故郷の王政復古させることを考えよう」
「はい。私も力になれたらと思います」
前世とは違い、ゲッツには現在たくさんの人とつながり、助けられている。彼は異世界に転生した幸運を噛み締めながら、今度は彼らを守れるように強くなろうと決心したのだった。




