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第13話 ゴットフリートと謎の偉丈夫Ⅰ

 時は午前1時頃。ブシュー、と煙を上げながら汽車はローゼンブルク駅へと到着した。


 その駅はゲッツが見た今までで一番大きな駅であった。横に立ち並ぶ汽車の数々は圧巻である。


 レンガ造りの駅のホームは着飾った貴族や市民で埋まっている。混雑した駅は人々の喧噪であふれており、外に出るのも一苦労と言った感じであった。


「すげぇ……。リーツなんて比じゃないな」


「す、すごい街並ですね。ゴットフリート様」


 一歩外に出るとそこに広がるのは古い街並。だがそこは明らかに整備された大都会と言った感じである。街の主要車道には多くの馬車や魔導四輪が行き交い、道行く人はドレスやモーニングコートを来た人達でいっぱいである。ゲッツ達はお上りさんの如く、顔をあちらこちらに動かしながら街を見たのだった。


「ええと、ここからどうすんだっけ。イルマ? おーいイルマったら」


「はっ! い、いけない私ったら。あの美味しそうな匂いに……」


「まったく。食べるのは後にしてよ」


「はい。申し訳ありません、ゴットフリート様……」


 ゲッツの呆れた様子にしゅんとしたイルマである。

 ゲッツはよくあんなに気持ち悪そうにしてたのに食い意地はってるよな、と逆に感心した。


 だが確かに各区画に一件はティールームやカフェが立ち並ぶメインストリートは美味しそうな匂いで充満している。元日本人で大都会に慣れているはずのゲッツでそうなのだから、田舎育ちらしいイルマに平常心を保てと言っても、土台無理な話である。


「ええと。ここから先は【大型輸送四輪】でゴットフリート様のお母様の待つ、レストレーション・オブ・インペリアルに向かうそうです」


 イルマは事前にユリアからもらっている手紙を読みながら、そう言った。


「……どこそこ。その、なんていうの。レスなんとかは」


「ゴットフリート様……」


「なんだよ! その目は」


 イルマはゲッツをまるで、かわいそうな人を見る様な目で訴えて来た。


「レストレーション・オブ・インペリアルですよ。カフェとホテルを兼ねた招待制社交サロンの様です」

 

「変な名前の社交サロン。たぶん、この国の言葉じゃないね。イルマの母国語?」


「いいえ。残念ながら私も分からないのです」


「そっか。まあ、変なところじゃなければいいや」

 


 正直なところ、ゲッツにはその社交サロンの「オブ」と「インペリアル」は何となく分かった。前世での英語の様な響きである。だからこの国の言語じゃないという事は分かるが、全体的な意味まではさっぱりだ。


「では【大型輸送四輪】に乗りましょう」


「それはどこにあるの?」


「あちらだと思うのですが」


 イルマが指し示した先に会ったのは、青色の二階建てバスだった。バスとは言っても、ゲッツの知るバスではない。馬が引いているのだ。





ーーーー


「やっとついたか」


 その社交サロンは予想以上に駅から遠く、3番街と呼ばれている場所だった。この街は時計回りに内側から1〜12番街の中心街と、13〜24番街の郊外で成り立っている。ちなみにローゼンブルク駅は7番街である。


「ここも、すごいですね」


「ああ。さっきの7番街より上流階級の住む区画だな。レストランも高そうだし」


 そのときイルマのお腹がグぅ〜〜、と可愛い音を鳴らす。


「お、お腹すきました」


 イルマはそう言うとかなり恥ずかしそうに顔を赤らめた。あの悲惨だった昨日に引き続き二人とも昼を抜いてしまったのである。


「しかたがない。といっても僕らのお金じゃここら辺のレストランは無理そうだね」


「はい。サロンでタダでごちそうになるしか」


「イルマ。君、肝がすわってきたかもね」


 ここのレストランはどれも50Gを超えてくる。ゲッツはまだ子供故持っておらず、イルマの持っている全財産は80Gなのだから高い。


 ちなみにこの国の通貨は紙幣のGゲルトと貨幣のMoムースで、日本円に直すと1G=200円前後と考えると分かりやすい。3番街の料理がいかに高い事が分かってもらえるだろう。




「おーい。ゲッツ!」


「うん? あれは……! ルディ兄さんじゃないか!」


 ふと遠くで自分を呼ぶ声がすると気づいてゲッツが手を振る人物に目を凝らすと、もう14歳になるゲッツの兄ルディこと、ルドルフがいたのだった。

 ゲッツは彼に走って近づく。イルマはルドルフとは面識がないのか、後ろで静かに控えている。


 ルドルフは最後に見てから4年も経過しており、容姿は劇的に変化していた。少しカールが効いたくすんだ金髪と、整っていながらもどこかいたずらっ子そうな顔立ちはあまり変わっていないようであるが。


「久しぶりだな! ゲッツは大きくなったなぁ」


「ルディ兄さんこそ。最初気づかなかったよ」


「ははは。最近、背が伸びたんだよ」


 とここでゲッツはもう一人の双子フリッツこと、フリードリヒがいないことに気づく。


「そう言えば、フリッツ兄さんは?」


「ああ、あいつは俺と違って頭がいいみたいだから、家庭教師やってるんだよ。ま、俺は剣術や魔術の点ではあいつに負けねぇけどな」


「へぇ……」


 この双子は容姿は瓜二つなのに性格が正反対のようだ。大して下の双子の兄妹は性格は似ているが、容姿はあまり似ていない。


「おっと。お美しいお嬢さんの事を置いて話し込んでしまうとは。ゲッツ、彼女は?」


「ああ、イルマさ。イルマ、この人は僕の兄さんだよ。」


「イルマと申します、ルドルフ様」


「彼女はペーベルの守衛だったんだけど、今回は僕のお付きになったみたいだ」


 ルドルフはゲッツの紹介にそうか、と一言だけ言うと彼女の手の甲にキスをした。


「あ……」


「ごめんね。嫌だったかい?」


「いえ……、そんな。嫌だなんて」


 なんだこれ。ゲッツはルドルフの突然の行動に唖然とした。

 イルマもなんだか満更でもなさそうだ。ただ、非常に恥ずかしいのか顔を赤く染めている。エルフの耳も心なしか動いている様にもみえる。


「ゲッツ! やるじゃねぇか! こんな美人さんと5歳のうちに知り合ってるなんて羨ましいぞ、コンチクショウ」


 そんな事を言うルドルフにゲッツは先ほどのは、貴族の淑女に対する礼の様なものだと受け取り安心する。


 だが、2人は年も近めなのか、ゲッツを差し置いて2人で何やら話し込んでいる。


「今度、2人でレストランでも。どうですか?」


「レ、レストラン……。ごくり……」


 残念ながら今のイルマはレストランの部分にしか反応していなかった。イルマには2日の昼抜き生活は耐えられるものではなかったのだ。


「ねえ、ルディ兄さん。そう言えばどうしてこんなところにいるのさ」


「おっと。すまんすまん。本当の目的を忘れるとこだったぜ」


 ルドルフは自分の頭をかきながらそう返事をする。本当に今まで忘れていたようである。


「ゲッツ。お前のお母様に会わせる前に、俺はある人にお前を会わせたくてな」


 そういうルドルフはいつになく真剣な表情だ。


「え? 誰? 僕に会わせたい人?」


「ああ。俺たちの母親、ハンナお母様にな」


 ゲッツは初めて聞いた名前を聞いて、ぽかんと口を開ける。


「ルディ兄さん達のお母上? なんで?」


「ああ。今の無知のままに、ゲッツがあの方と会うのは危険すぎるんだ」


「危険?」


 いつになく真剣な表情のルドルフにゲッツはいぶかしむ。


「そう。理由は、ハンナお母様に会ってからだな。ただこれだけは言っておいてやるが、ゲッツ。お前はどうやらとんでもない運命を背負わされるぞ」


「え……どういうことだよ」


「とにかく、今すぐに『レストレーション・オブ・インペリアル』には行くなよ。まだ園遊会まで、数日あるだろ。俺に付いて来てくれ」


「わ、わかった」


 ゲッツ達は、ルドルフが手配していた馬車に乗り込む。馬車は半ば急ぎがちにハンナが待っているという、1番街へと向かう。1番街は3番街から少し遠い。


「ルディ兄さん。でも時間は大丈夫かな。その、レ……なんとかで僕の母親が待っているんだよね」


「ああ。その点も大丈夫さ。その為に早めに着くように仕向けたんだから。まあ、予想外の出来事もあったみたいだけどな」


 ゲッツはあの村での【闇堕ち病】のオーク族のことを思い出す。


「ってことは僕たちはかなり早めに家を出発したって事?」


「そんなに早くは出てはいないと思うけど、まあそんな感じかな」

 

  なんだか、ユリア達にはめられたように感じるゲッツだったが、馬車はゆっくりと停止する。1番街に着いたようだった。


 1番街はローゼンブルク市の中心部。市内でも一番古い区画であり、その建物の多くは石造りの白い物件が多く立ち並ぶ。道は狭く、交通量も少ない。そのかわり、大聖堂や議会の様な重要な建物が多い。


「この区画は、今から1200年も前の古代ガーランド帝国期から存在してるんだぜ。だから、古い街並なんだ」


 ゲッツはふぅん、とルドルフのうんちくを適度に流すと、目の前の大きな屋敷を見上げる。太陽が傾き始めて久しく、その屋敷に太陽が隠れる程になっていた。


 どこからか、ぐぅという音が聞こえるとゲッツは苦笑いを浮かべながら、恥ずかしそうにお腹をさするイルマを見た。





ーーーー


「ようこそ、いらっしゃいましたね。ゴットフリート」


 そうゲッツの前で優しそうに微笑みかける夫人はゲッツ達を屋敷のエントランスで迎えた。夫人はゲッツ視点でもまだ若々しく、40代に入っていなさそうであった。


「お母様。では俺はここで」


「ええ、お疲れ様。誰か、ルドルフを送ってやって頂戴」


 そう言うと、ルドルフはその夫人ーーハンナに一礼すると執事に連れられて部屋を辞した。



 ルドルフが去った後、ハンナはゲッツを見つめる。この無言の雰囲気に耐えきれずに思わずゲッツは言葉を発する。


「あの……」


「ゴットフリート。私の執務室へ案内する……前に、食堂ね。そちらのエルフさんはもう耐えきれなさそうだし」


 ゲッツがそのエルフ娘を見る。彼女の顔は、まるでお預けをくらった犬がえさを食べる許可をもらったようであった。



 イルマが騎士用の食堂に案内された後、ゲッツはハンナに貴族用の食堂に案内される。

 扉を開けると、もう既に誰かが食べているのが見える。その食堂は長テーブルが置かれている部屋で、その人物は入り口の反対側、つまり一番偉い席に座っている。



「おう。……良く来たな。まあ、座りたまえ」


 その男はゲッツに気づいたのかフォークとナイフを置き、両手を上げてゲッツを歓迎する。


 立派なカイゼル髭を携え、黒い貴族服を着るその人物は大変な偉丈夫であったが、口に着いたソースの後がすべてを台無しにしていた。


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