第9話 ゴットフリートとエルフ騎士Ⅱ
ちょいグロ注意で。
(うん? なんだろ)
ゴットフリートはイルマと雑談している時、なにか不思議というか妙な感覚がした。それは何かを知らせる様なものだ。これが虫の知らせというやつか。
カーテンを開けて外の様子を伺うが、何もおかしな様子はない。
唯一おかしな点と言えば、外の村人の数人が夜なのに外に出て来ていることだった。夜とはいえ、明かりは村の家や教会やこの宿屋ギルド支部にあるため明るいのだが。
「どうしました? ゴットフリート様」
イルマはそう言って顔を傾ける。すると彼女の解いた長い金髪がなびく。ゲッツは思わず見とれてしまう。
「いや、なんでもないと思う……」
と思わず見とれて固まってしまった事に恥ずかしがるゲッツは、即座になんでもない事を取り繕う。
しかし彼が、カーテンを閉めようとしたその時に事はおこったのだ。
当然どぉん、と何かが壊れる音がする。
その音の正体は襲撃者が何かを壊した音だろう。一瞬置いて村人達の悲鳴と怒声が入り交じった声がする。
窓越しでもゲッツには感じられるほどだ。
ただごとじゃない。ゲッツとイルマはそう思った。
ゲッツとイルマはドアに向かった。
「ゴ、ゴットフリート様!? ダメです! この部屋にいてください!」
「イルマ! 僕は貴族だ! ここで踞っていてはいけない」
ゲッツは本当はまだ幼い故に、何の役にも立たない事は分かっている。
イルマに弱いところを見せたくなかったのか本心を言わず、ゲッツは今まで習って来た貴族の義務をのべた。
「わ、分かりました。でも、私から離れないでください」
そういうとイルマは鎧の胸当てだけをして、サーベルを腰に差した。
外に出ると村人は既に避難されていた。人数が少ないのもあるのだろうし、元々ここの常駐守衛もいたのだろう。
「ゲッツ! 中にいなさい。あなたはまだ危ないわ。」
「義姉さん! 僕は貴族だからみんなを!」
「ゲッツ。その心意気は忘れちゃダメだけど、まだその年じゃないでしょ。あと今回は飛竜じゃないの。近くの森の魔物達が群れで押し寄せて来たみたいだから、屋内にいた方がいいわ!」
ゲッツは自分の拳を強く握りしめる。手からは汗が滴った。
「……う、うん、わかった。でも、イルマを側に置いてよ」
いつになく子供らしいゲッツにユリアは微笑むと、すぐに指揮官の顔になりイルマに命令を下す。
「イルマ。ゲッツを避難先まで護衛した後、避難先の護衛にまわって!」
「はっ! ユリア様! ゴットフリート様、こちらです!」
「……うん」
イルマには若干の不満を持ったようだが、即座に任務を全うするよう行動した。
避難先の宿屋ギルド支部に到着すると、明るい会議室は人でごった返していた。人々の目は不安を訴えており、中には泣き出している子供もいる。ゲッツと同年代の子も。
「エルフの騎士様。戦況は、ユリア様はどうなりました?」
「あ、いえ。私は騎士ではないのです。ユリア様はまだ戦っておられます。でも、ご安心を。ユリア様も他の騎士様達も、ものすっごく強いですから」
この村の長老がみんなの不安を代表するかのように質問したのを、イルマは落ち着いた様子でそう答えた。
「うん? こ、こちらに何かが向かってくる!」
会議室から出て、宿屋ギルドのエントランスで待機していたところ、ゲッツはまた悪い虫の知らせを感じた。目を閉じると魔物の気配がする。
「ゴットフリート様? ユリア様でしょうか?」
「いや、魔物だ! イルマ、剣を抜いた方がいい。他の守衛さんも」
前世ではなかったタイプの恐怖に、本来は周りが見えなくなるはず。しかし今は、その恐怖がある意味振り切ったのか冷静になっていた。
ゲッツは自然と腰の紋章入り小刀に手を置いた。
ゲッツはいつもより冷静に分析し、イルマだけではなくこの村の守衛達をも動かしていた。
「守衛さんはそれぞれドアを取り囲む形で待機。イルマは僕の近くに」
「は、ははっ!」
村の守衛達は突然指揮を取り出した貴族の5歳児に最初は怪訝な顔をしていたが、鬼気迫る程の彼の雰囲気に押されて指示に従うようになる。
「イルマ、君って魔法使える?」
「はいっ! 水属性です」
正直火が欲しかったところだが、贅沢はいえない。ゲッツは少し考えて一つの有効手段を思いつく。
「ってことは、水の性質変化は? いける?」
「はい! 【回路】も【触媒】もあります!」
「じゃあドア付近に水を張って!」
「はい! いきます。水の源泉よ【クヴェル】!」
イルマは腰のベルトに差し込んでいた短い杖を取り出すと、呪文を唱えた。
彼女が呪文を唱えると、ドア付近の地面から次々と水が湧き出るように出て来たのだった。その水は15秒程で止りドアの近くに大きな水たまりを作る。
「よし! いい感じだ」
ゲッツは満足するようにそう呟いたが、周りはよくわかっていないようだ。とは言え一刻を争う為に次の行動をとらなければならない。
ゲッツはイルマにある指示をだした。
気づくと敵の気配はだいぶ近くにあり、どんどん近づいてくる。
「来るぞ!」
ゲッツがそう叫んだとき、ついにそのモンスターはドアを突き破った。
グルルル……と唸るそれはまるで人のようだった。だがその大きさは成人男性の2倍程。口から見える大きな牙と濃い緑色のゴツゴツ肌は、そいつが化け物だという事を物語る。
とは言え幸いにして、こいつ一体のみであり、さらには肩に銃で開けられた様な傷跡が見える。弱ってはいるようだ。動きはのろい。
「あ、あいつは【闇に堕ちた亜人】だ! それもオーク族! か、勝てるわけねぇ!」
周りにいた村の守衛の誰かが嘆くように叫ぶ。闇に堕ちた亜人とはその名の通り、森に住む亜人が【赤色魔素】に犯された状態の事を言う。これを過剰に吸うと目の前のオークの様に【闇堕ち病】になる。一番分かりやすいのは目の色である。
このオークの目の色は赤黒い。
「イルマ!」
「はい!」
ゲッツはイルマに指示を出すと、彼女は即座に魔術式を書いた本を取り出し、杖を本の魔術式にあてて再び呪文を唱える。
「我、その水に性質変化を与えん。足下よ凍れ【フース・フリーレ】!」
「ぐぉぉぉ! グぅ!? グうぅぅぅ!!」
その呪文を彼女が唱えると、その水がオークの足下に絡まってどんどんと凍っていく。そのオークの身体の半分くらいを凍らせたところでその勢いは止まる。
オークは必死にもがくが、凍っているため動く事が出来ない。
「よし! ……ところでこのオークは魔物なのか?」
「いえ本来は森の水辺付近でひっそりと暮らす種族なのですが……。【闇堕ち】になってしまうと、殺すしかありません」
「そっか……。殺すしか、ないのか……」
「お、おい! こいつを早く殺してくれ! もう持たないぞ!」
その守衛の声にオークをよく見ると、ピキピキと音を立てながら身体に張った氷を壊そうとしている。
その目は強烈な殺意を向けており、顔には筋が張っていた。
「そうですね。 はぁぁ!!」
ザシュ、と音がしたと思うとイルマは既に剣を振り落としていた後だった。
イルマは急いで剣を抜きながらオークに近づき、その首筋を絶ったのだ。血しぶきがイルマに襲いかかるが、彼女は素早くバックステップをして後ろに下がる。
(うわっ! し、死んだのか?)
図らずもゲッツは人生で初の生の殺しを見てしまったのだった。元日本人のゲッツには当然なれておらず、現実感がなかった。
だが不思議と冷静でいる事が出来た。その理由は分からない。あまりに現実離れしているからか。夜は眠れそうにないが。
(これくらいは、しないとな)
ゲッツは血が止まったオークの死体に手を合わせてその冥福を祈る。元日本人として、こうする以外にこの哀れなオークを葬ったことが頭から離れそうになかったのだ。それほど、今夜の出来事は大きな事だった。
周りの守衛は彼の行動に不思議そうな顔をしていたが、イルマには何となく分かったようだ。
そのせいかゲッツに聞いてはこなかった。
早く俺TUEEEをやりたいけれど、ムズカしいですね。




