プロローグ 父親
初投稿になります。よろしくお願いします。
※ 内容をより分かりやすいように変更(話の展開は変わりません)
ふう、と息をはくとその息は白くその辺りの寒さを物語っている。
馬車の窓からの景色は、雪一色の銀世界であった。遠くには白ギツネだろうか、何やら白い四足歩行の獣が雪の中に鼻を入れこみ、なにか獲物を探っているようだった。
馬車に乗る若い男は自身のくすんだ金髪をかきむしる。いつもは後ろで一つにまとめている髪が、今日は窓から入る風によってなびくので、かきむしりづらい。
彼が「雪精の村」と呼ばれる雪景色が大変美しい村を出てから時が3時間は経過した頃だろうか。太陽は傾き始め、周りに広がる広大な白いキャンパスは朱色に染まりつつあった。
男を乗せる馬車の御者は少し速度を早めた。街道であるためか道は舗装されており、一定の間隔で街灯も備え付けられているが、やはり夜になる前に目的地についておきたいのだ。
「......もう、間もなくか」
その男は少し緊張するように、つぶやいた。だれも返事をしてくれる者はいなかったが、彼の心は少し落ち着くのである。
外は相変わらず銀世界が広がり、先ほどに見たあの白キツネは見えなくなっていた。
視線の少し先には小さく移る町並みが見えている。その町が自分のよく知る町だと知ると、その緊張が増したことを感じた。
「御者も大変だな......」
馬車は客室がボックスとなっており、前方にあるガラス製の窓からは御者が見える。男からは懸命に馬を急かす御者の後ろ姿しか見えないが、己の職務を全うしていた。
冬期だというのに汗まみれになっているであろう御者に男は内心すまないと思いつつも、背もたれにもたれかかる。
気持ちばかり逸ってしまうのを感じるのだが、貴族は常にゆったりと構えていなくてはならないのだ。彼の母親の教育の賜物と言える。
気持ちを落ち着かせる為に彼はしばし目をつむることにした。こういう時は他のことを考えるべきである。
ーーーー
男が馬車に乗る2日前。
男はいつも通り書類に目を通し、サインをしていた。彼の朝は大体こういった仕事から始まる。
その書類を側に控える部下が包み、印璽と呼ばれる男の家の紋章がついた封蝋を捺していた。
封蝋は二種類ある。彼がこの地方を支配しているヴァルタースハウゼン一族の一員を証明したもの。
もう一つはこのあたり一帯を治めているレトゲンブルク辺境伯の補佐で、この「白い街」と呼ばれる街の町長ルーベン子爵を示しているものがある。
「ルードルフ。寒いな」
「はい。暖炉が間もなく暖まります故、今暫く」
「ふぅ。ルードルフ。コーヒーが飲みたいな」
「はい。この作業が終わりましたら、一旦休憩致しましょう。その後はアーレ商会の会長殿と面会ですな。その後はーー」
「はぁ。もう良いよ。わかったから」
その男ーークリストフが大きくため息を零す。
二人のこのやりとりは日常茶飯事のことだったので、周りでせかせかと働く使用人達は特に気にもとめずにいる。
そんな二人の恒例行事が終わり、クリストフがうんざりする量の書類に目を向けたその時である。
突然バンっと大きく音をたてて扉が開いた。
これまたいつも通りのタイミングである。クリストフとルードルフがその音をたてた主の方を見ると案の定、アヒムと呼ばれる黒髪で少し幼さを顔に残す青年だった。
「大変です! クリストフ様!」
この言葉もいつも通りのやりとり。周りの使用人達もクリストフもルードルフも、アヒムが大変だといっても大概取るに足らないことであると知っていた。
もし、この部屋に来客が着ていたら大変驚かれるのだろう。だが、この青年はまだ魔法大学生でもある為、政務に慣れていないのだ。
「......一体どうしたね、アヒム君」
「もう少し落ち着いてください、アヒム君」
ルードルフがアヒムのマナー違反を目で叱る。もう何度目かの注意で、さすがにマナーくらい覚えても良いはずだ。
「はぁ、はぁ......ふぅうーー。......申し訳ありません、ルードルフ様、クリストフ様。......これが、これが届いたのです」
と彼が懐から一枚の手紙を取り出した。手紙には魔法印と呼ばれる特別な印が捺してあるのが見える。
魔法印とは、その印に記憶してある波形と同じ波形をもつ者でしか中身を確認できない代物である。魔法の波形はそれぞれ一族に同系統の波形を持つ者が多く、魔法印を捺す者はその範囲を決めることができるといったものだ。
「うん? この手紙には魔法印が捺してあるけど何かあったのかい?」
「クリストフ様。魔法印を、クリストフ様と同じヴァルタースハウゼン氏族であるアヒムで開けられないと言うことは、身内内の手紙ですな」
ルードルフはそういうと、手紙の中身を見ようとしたと思われるアヒムを暗に攻める。
「ぼっ、僕は手紙を開けようとはしてないですよ、ルードルフ様! ここにっ、ここに書いてある、送り主の欄をみてくださいよ!」
あわててアヒムは自分の無罪を主張すると、手紙の裏に書いてある、彼が息を切らしながらこの部屋にきた原因を示した。
「裏かい? ......これは......!」
その送り主の名はクリストフの妻、ユリアであった。
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ふと、クリストフは少し前の昼下がりの出来事から戻り、再び馬車の小さな窓から彼の妻がいる町、ペーベルを眺めた。
「もうすぐ、私も父親か......早いな」
彼はそうつぶやくと、その小さな窓を閉め、来るべく彼の初の子供との対面を想像した。
気付くとあたりはすっかり暗くなり、街道には太陽の変わりに街灯の淡いオレンジ色の光が彼の馬車の行く先をしっかりと照らしていた。