ぷかぷか浮きながら
第十四部、ありがとうございます!
ゆっくりしていってください!
『さて、午後は何する?』
「やり尽くした感あるよね。」
『まあな…。バレーの続きでもやるか。』
「あれ、流れるプールは?」
『あっ、忘れてた。あれ行くか!』
「そうしよ!」
『よし。Tシャツ脱いでくるか。』
「脱いでくる。」
また更衣室に行くのか。はっきり言って嫌だ。
中に人はまばらで、なんだか安心した。ロッカーの中身も先ほどから変わっていない。
Tシャツを脱ぎ更衣室を出ようとする。するとまた、耳元で囁かれるのだった。
『覚悟しろよ、クズ。』
聞こえないふりをした。いちいち気にしていては気が滅入って楽しめなくなってしまう。
「お待たせ。」
『行こっか。』
流れるプールまでの道を歩いていると、1人の小さな男の子が、おみやげコーナーで買ったのだろう。おもちゃの刀を持って嬉しそうにしていた。
すると、彼をじぃっと見つめ、口を開いた。ついその場にとどまってしまった。
『で、でたなー!悪党め!』
そういうと男の子は刀を彼にぺちぺちと打ち付けた。
なんて可愛らしいのだろう。
『くっ、…つ、強い…。』
低い声でそう唸ると、彼はその場に倒れた。
『こらっ、何やってんの!』
その子の母親らしき女性が男の子を軽く叩いた。
『すいません、うちの子が。』
『あはは、大丈夫ですよ。少年、またいつでも決闘を待っているぞ。』
「余計なこと言わないの。」
手を振りながら男の子は母親と共に去っていった。
『可愛いなあ、俺も弟が欲しかった。』
「弟は可愛いよ。」
『良いなあ。』
流れるプールは流れがかなり早く、目が回りそうだった。
『おい、俺から離れるなよ。』
「いきなりどうしたの?」
『痴漢とかされたら俺マジでキレるから。』
「痴漢?されるわけないでしょ。」
『何言ってんだ、そんなのわかんないだろ。』
「用心だなあ。」
『当たり前だ。』
「見る限り女の人とかカップルが多いし、きっと大丈夫だよ。」
『だといいけどな。』
「あっ。」
胸元に違和感を感じて見ると、貴重品入れがぶら下がったままだった。
「入れてくるの忘れてた。」
『待ってるから入れてきな。』
「うん、待ってて!」
急いでコインロッカーまで行き、先ほどとは違う場所に入れた。彼の元に戻ろうと歩みを進めると…。彼の周りに、嫌がらせの女たちが集まって何やら話していた。女たちは迷惑なほど声がでかい。少し聞いてみるか。
『こんなところで何してるんですかぁ先輩!』
どうやらあの子達はバスケ部の後輩らしい。どこかで見たことがあると思った。
『ん?泳ぎに来た』
『今日は誰と来てるんですかぁ?』
『よかったら私たちと一緒に泳ぎましょ??』
そう言うと、女たちの1人が彼の腕を掴んで胸元に持っていった。色気で誘う作戦か。
だが彼は、それを振り払って苦笑いしながら言った。
『ごめん、今日……と来てるから。君たちとは泳げない。』
肝心なところが聞き取れなかった。まあ、断ってくれたなら良かった。
『…そうですかぁ…。つまんなぁい…。』
そう言って女たちはぞろぞろと去っていった。女は集団行動じゃないと動けないのだ。
「ごめーん、ロッカーいっぱいでどこ空いてるか見つからなかった。」
『いっ、…良いよ。泳ごうぜ。』
私を見た瞬間、彼は一瞬顔を赤くした。どうしたのだろうか?
「どうしたの?」
『な、なんでもない…。』
「ほら、早くしないと私先に流れてっちゃうよ?」
『ま、待て!俺も行く!』
流れに身を任せて流れていくうちに、いつの間にか鬼ごっこのようになった。
『うわっ、くそ。待て!』
「掴まえてごらん!」
床を蹴って更に加速する。もちろん彼も。人の間をすり抜けて泳ぎ、プールの中を何周もした。その時私は気付いていた。私を睨み付けながらプールサイドでくつろぐ女たちに。
「はぁーっ。疲れた…。」
『俺の勝ち!』
「最後気抜いちゃったよ…。」
『アイス奢れ!』
「仕方ないな。」
『っしゃー!俺ガリガリ君ね!』
「私はピノにしよう。」
ロッカーから貴重品入れを取り出し、近くの売店でガリガリ君とピノを買う。まったく、余計な出費だ。
『ん、うま。やっぱアイスはガリガリ君だな!』
「冬なのに夏みたい。」
『ピノ1個ちょうだい。』
「はい、放り投げるから口開けて。」
『あー。』
軽く刺したピノを彼の口に放り込む。
『くっ、くべた!』
「何言ってるかわかんない。」
『つ、冷たい。』
「ふっ。ざまあ。」
『んにゃろー。』
「あー。ほんとやり尽くした感。あと何するよ?」
『適当に浮き輪で浮かんでれば時間過ぎるんじゃね?』
「そうだね。そうしよう。」
1番大きなプールに行き、浮き輪にはまってぷかぷか浮きながら、色々なことを話した。兄弟のこと、部活のこと、クラスのこと。最近あった面白い出来事や、ゲームのこと。どの話もいつまでも続けられるほど弾んだ。たまに水を掛け合ったりして遊んだ。ただプールに浮いて話しているだけなのに、とても楽しかった。
だが、どこからともなく感じる嫌な視線は、もちろん気持ちの良いものでは無かった。
『そろそろ上がる?』
「そうだね。楽しかったあ。」
『そとは寒いんだろうな。やだな。』
「まあ仕方ないよ、着替えよ?」
また更衣室に行くのは憂鬱だった。だが帰るにはそうしなきゃいけない。
中に入ると、着替えている人が他にもいた。安心した。
ロッカーの中身も先ほどと変わらず荒れている。さすがのあいつらも、下着を盗むような真似はしなかったようだ。
タオルで体と頭を拭き、服を着た。だが、確実に何かが無かった。あのピンクのパーカーだ。
「はぁ…。」
思わず溜息が溢れる。盗まれたなんて彼に言えない。さて、どうしようか。
『返して欲しいでしょ?』
隣で着替えている女が話しかけてくる。
「返せよ。人のもん取るとか普通に犯罪だから。」
『返して欲しいならついてきなよ。痛い目に合わせてやる。』
「はぁ。」
せっかく彼が買ってくれたものだ。返してもらわないわけにはいかない。
「ねぇ、少し待ってて。お手洗い!」
『わかった、待ってる。』
今日はとてもよく彼を待たせてしまう。申し訳ない。
「で、何?私何かあなたたちにした?」
『良い加減先輩に近付くのやめてよ。』
「そんなの知らない。」
『彼女だからって先輩にベタベタしないで!』
「彼女じゃないし。」
『嘘つかないでよ。さっき先輩、あんたのこと彼女って言ってたんだから!』
「そう。だから何?」
『なんで4月からずっと先輩を追いかけてる私たちじゃなくてあんたなのよ!!』
「あんたらの努力が足りないだけじゃない?」
『絶対許さないんだから!!』
べちんっ、と。鈍く下手くそなビンタの音が響いた。頬がヒリヒリする。
「…で?それだけならさっさとパーカー返してよ。」
叩かれたままの格好で言った。衝撃で髪も乱れ、無様な姿だろう。
『ほんっとうざい!!』
私にパーカーを投げつけると、女たちは去った。頬がまだ痛い。彼にバレては面倒だ。冷やして行こう。
ハンカチを濡らしてしばらく頬に当てていると、彼から連絡が来た。
《遅いけどどうした?体調悪いのか?》
〈ちょっとお腹痛くて。今行くよ!〉
腫れもだいぶ引いた。これならバレないだろう。
「ごめん、遅くなって。」
『いや、大丈夫だけど。腹は?』
「もう痛くない!」
『良かった。帰ろうぜ。』
「うんっ。」
上手く彼の顔を見ることが出来なかった。彼は何か勘付いたのだろうか、私にその理由を訪ねてこなかった。
帰りの電車も、話が弾まずなんだか気まずかった。せっかく楽しかったのに、悲しい。
「今日はありがと。楽しかった!」
なるべく明るく言ってみる。
『俺も楽しかったよ。また行こうな!』
「うんっ。」
『やっと笑ってくれた。なんか、俺何もできなくてごめんな。』
「悲しそうな顔しないで。私、何もないよ?」
『うん、ありがとう。じゃ、今日はここで!』
「うんっ!また明日学校で!」
『またな!』
振り返ることなく家へ向かった。今振り返ったら、彼の顔を見て涙が溢れてしまいそうだったからだ。
明日の学校はめんどくさい。だが彼に会えるなら少しは楽だ。
その日もまた、夢を見ることなく深い眠りについた。
最後までありがとうございました!
第十五部もよろしくお願いします!