気を付けろよ運動不足
第十二部、ありがとうございます!
ゆっくりしていってください!
『え、予約ミス?』
どうやら店側のミスで、私たちの前に2時半に予約していた客がいたらしい。
『はい…申し訳ありません、2時半には既に他のお客様から予約が入っておりまして…。』
『次空くの何時頃なんですか?』
『次…ですと5時半頃になってしまいますね…。』
『5時半か…どうする?』
「ちょっと厳しいかも。」
『じゃあ今日はいいです。』
『申し訳ありませんでした。次に来店する場合、こちらのクーポンをお使いください。』
『あ、ありがとうございます。』
『申し訳ありませんでした。』
軽く会釈をした。ミスならば仕方ないだろう。
「つくづくカラオケに縁が無いな。」
『しかもここしか無いしな。最悪だー。』
「どうするよ。まだ2時半過ぎだよ?」
『だよなあ…。』
どうしようかと悩んでいると、ヤツが言った。
『うち来てゲームでもする?』
「え?」
『うち来てゲームでも「いやそれは聞き取れた。」
今からコイツの家に行ってゲームをする?友達とは言え、男の家に、か?
『さすがに男の家に2人はまずいか?』
「ゲームならする。」
せっかく誘われたのだ。行くしかあるまい。
「お姉さんとかいないの?」
『今日は婚活パーティーだってよ。』
「そういう類のやつ多いね。」
『早く結婚したいんだとよ。』
「そうなんだ…。」
私にもそうなってしまう時が来るのだろうか。恐ろしい。
『とりあえず帰るか。』
「そうだね。」
『せっかくスカート履いてきてくれたのにな。家デートで悪いな。』
「ううん、楽しいからいいよ。」
『それは良かった。ていうか、今更だけど…俺、お前の連絡先持ってねぇ。』
「あ、確かに。交換しよっか。」
『その方が便利だよな。』
「そうだね。」
そうして連絡先を交換した。これで待ち合わせなども楽に決まるだろう。
今日も電車の中は暖かかった。心地よく揺られ、今度こそ眠ってしまいそうだ。
『眠かったら寝てもいいぞ?』
「寝ようかな…。」
『三駅分あるんだから、寝てもいいぞ。』
「うん…。」
こてん、と頭が落ちた。その瞬間、確かヤツがいた方向に頭が引き寄せられた。そのあとはずっと暖かかった。なぜだろう。眠くて目は開かない。もしかしたら彼が抱きしめてくれていたのだろうか…。それは分からない…。
とんとん、と頭を叩かれた。三駅分なのに随分寝た気がする。
『降りるぞ。』
「うん…。」
手を引かれながら半分寝つつ電車から降りると、外は寒くて目が覚めた。
「さむっ…。」
『はは、目覚めたか。』
「…手。」
『あっ、ごめん。だってお前引っ張らないと歩いたまま寝ちゃいそうなんだもん。』
「うるさいし…。早く家まで案内しろや。」
『すぐそこだから安心しろよ。』
「はやくゲームしたーい。」
『すぐそこすぐそこ!』
「はよはよ。」
駅から徒歩2分ほどで、本当に着いてしまった、ヤツの家。まじで近かった。
ガチャガチャと鍵を開けている。
『はい、どうぞお入りください?』
「お邪魔します…。」
中はシナモンの甘い匂いがした。お菓子作りでもしているのだろうか?
『やっべ、母さんいるかも。2階に上がってすぐ左の青いプレートの部屋が俺の部屋だから、入ってて。』
「うん、わかった。」
『母さーん、帰ったよ。何作ってるの?』
彼は小走りで走っていった。とりあえず上に上がって部屋に入るか。
青いプレートの部屋。見つけた。そっと入ってみると、シンプルな部屋だった。クリーム色の絨毯の上に白いテーブル。その向かいに小型テレビがあり、窓際にはベッドがあった。窓際で寝起きするとは、すがすがしい朝を迎えられることだろう。
キィ、とドアが開くと、彼が入ってきた。手には何やらお茶とパウンドケーキを持っていた。
『母さんが試作品だから食べてみてくれって。』
「お母さんケーキでも作る仕事してるの?」
『いや?ただ趣味でやってるだけだぜ。』
「よくやるねぇ。」
『専業主婦だから暇なんだよきっと。』
「なるほどね。」
『まあ、食べてやって。別に感想とかはいらんから。』
「とても美味しそう。いただきます。」
『どーぞどーぞ。』
一口、かじってみた。ほのかに甘くて、ふんわりとしたスポンジが口の中で暖かい。
「美味しい。」
『良かった。うちの母さんが作る料理って結構美味しいんだよ。』
「いいなあ、料理よくするお母さんなんだね。 うちは母しかいないから、あんまり凝ったもの作れないんだよね。」
『お前は?』
「ん?」
『お前は作らないのか?』
「作らないなあ。作るとしても母さんがいないときくらい。でもそんなの滅多にないからほとんど作らないよ。」
『そうなのか。俺も料理は全くしねぇなあ。母さんは専業主婦だし、もし母さんが居ないときは姉ちゃんが作るし。』
「お父さんは?」
『父さんは全く家事類はしない。まあ、ああいうのがすごく下手らしい。』
「お父さんってそういうもんなのかあ。」
『得意な父親ってのもいるだろ。』
「あ、食べ終わってた。」
気付くと、美味しかったパウンドケーキは既に無くなっていた。美味しかった。
「とても美味しかったです!」
『そりゃあ良かった。安心したよ。』
私は少し眠かった。暖かい部屋でお腹いっぱい。寝るしかないだろ。しかしゲームがしたい。
『どうした?目擦って。眠いのか?』
「う”…。」
コイツには何でもお見通しのようだ。
「眠い…。」
『寝る?』
「良い?」
『俺のベッドで良かったら良いよ。』
「ありがとう。」
ベッドに倒れこむと、一瞬のうちに体が動かなくなり睡眠状態に入った。
私は夢を見た。
『知ったような事ばっかり言うなよ!!!』
私の目を見て涙を流しながら怒鳴るアイツ。
ごめん、と口を動かす。だが声は出ない。息が苦しくなってくる。顔を上げると涙を拭いながら振り返り私の元を去って行く。呼び止めようとした。だが息苦しさは増し、私の意識を蝕んでいった。苦しい、助けて。私は何かを強く握った。少しだけ、楽になったような気がした。
すぅっと目が覚めると、私の頬は濡れていた。なぜだろう。そんな怖い夢でも見ていただろうか。覚えていない。
『あ、おはよう。』
「おは…、!?」
私の手は、ヤツの手を強く握りしめていた。
「なななっ、なんで!?」
『なんでって、お前が握ってきたんだろ。俺がベッドに片腕乗っけてテレビ見てたら、お前うなされてて。』
「それでアンタの手握ったの!?」
『そだよ。なんか怖い夢でも見た?』
「わ、わかんない…覚えてない。」
『まあうなされるような怖い夢は覚えてなくて正解だろうな。もう6時になるけど、そろそろ帰る?』
「6時…6時!?」
『はは、大丈夫かさっきから。落ち着け落ち着け。』
「6時は帰んなきゃだ…ゲームできなくてごめん。」
『良いよ。明日はプールだし早く帰って休めよ?』
「そうする。」
『送ってくよ。』
「いや、私走って帰るから大丈夫!」
『そ、そうか?気を付けろよ運動不足。』
「うるさい!」
ヤツの親にバレないように、音を立てず階段を降り、玄関を出た。
『じゃ、明日な。あとでまた連絡するよ。』
「うん、分かったありがとう。」
そう言って手を振り小走りで帰った。
「ただいま!」
『あら、おかえりなさい。出掛けてたのね。』
「ちょっとね。遅くなってごめんなさい。」
『大丈夫よ、お風呂はいってきて。』
「うん!」
部屋に荷物を置いてパジャマを持ち、お風呂に入った。すると、弟が入ってきた。
『お姉ちゃん、僕も入って良い?』
「いつまでも子供なんだから。良いよ。」
『わあい。』
弟が湯船に入ってきて、お湯が溢れた。
『お姉ちゃん、最近元気だね。』
「そう?それは嬉しいなあ。」
『ままが、お姉ちゃん元気そうで良かったあって言ってたよ。』
「ふふ、良かった。」
相変わらず弟は私の癒しで、可愛かった。いつか男らしくなってしまうと思うと、なんだか寂しくなる。
お風呂を上がって、家族3人でテーブルを囲んでご飯を食べる。こんなに幸せにご飯を食べたのはいつぶりだろう。話も弾んだ。
明日はアイツとプール。楽しみだ。なんだか、高校生になって生活をエンジョイできたのは初めてな気がする。
最後までありがとうございました!
第十三部もよろしくお願いします!