ダッフルコートとPコート
遅くなりました!
第十部、ありがとうございます!
ゆっくりしていってください!
また意識が戻れば、4時限目はあと10分だった。次はここからやり直しか。授業は特に重要な内容でもなかった気がする。なんとかやり過ごせそうだ。
キーンコーン…
チャイムが鳴ると、いつも通り礼をして授業が終わる。そして、ヤツが声を掛けてくるのだ。
『よし、飯食おっと。』
先ほどと台詞が変わっている。まあ、内容は変わらないだろう。
「ほんといつもここで飯食いますね。まったく。」
『まあいいだろう。腹減った!』
深いことは聞かないことにした。先ほど聞いたのだ。また気まずい話をする必要はない。
『なあ、また週末遊び行かね?』
「良いよ。カラオケ?」
『いや、プール!』
「プールぅ!?」
プールに誘われる予定は無かった。これは予想外の展開だ。
『なに、泳げねぇの?』
「いや泳げるけどさ…。」
『親父が会社からタダ券貰ってきてさ、うち家族じゃプールなんか行かねーからよ、貰った!』
「まあ…。」
『俺と二人じゃ嫌か?』
「嫌じゃない。」
『良かった!なら、土曜と日曜どっちがいい?』
「私…水着持ってないよ。」
『なら土曜買いに行く?』
「へっ…?」
『俺と水着買いに行く?さすがに嫌か?』
彼は口角を上げ、笑い声を入れながらそう言う。なんだか不思議な気持ちだ。
「い、いや、」
『だよなぁー。』
「嫌じゃない!」
『おぉ、それは良かった。土曜選んで日曜行けるな!』
「良かった。楽しみにしてる。」
『おっ、おいクリーム垂れるぞ!』
「うわっ。」
思わず指ですくって舐めたクリームは、なんだかいつもより甘い気がした。ココアのせいかな。
そしてまた、1日は早々と過ぎ、約束の日が訪れるのだった。
土曜、私は服を選んでいた。今日はデートなのかわからないが、一応スカートを選んでみた。白色の柔らかな膝上のスカートに、クリーム色のニットを着た。これだけでは寒そうなので、ダッフルコートを羽織った。タイツは制服でもおなじみだ。少しでも暖かくなるようブーツを履く。これで完璧だと思う。
『お姉ちゃん、最近お出かけ多いね?』
「そう?前からよく出かけてたと思うけどなあ。」
『気を付けて行ってきてね。』
「ありがとう。」
出かける人に『気を付けて』と言うだけで、事故の確率が言わなかった場合よりかなり低くなるらしい。私が無事故で毎日帰ってこれるのは、きっと弟のおかげである。
相変わらず外は寒い。運良く風がないから良かった。
どんな水着が良いだろうか。定番のビキニなのか、キャミソール型の水着なのか、服に関してはセンスがあまり良くないためわからない。適当に安いやつにすればいいか。
そんなことを考えているうちに、駅が近くなる。あの背の高い青年は、おそらくヤツだろう。相変わらず目立つヤツだ。
背の高い青年が振り返る。やはりアイツだ。いるだけでも存在感があるのに、手を振ってきた。小走りで駆け寄る。
『おはよ!』
「おはよう。待った?」
『早く来すぎちゃった。』
おなじみの会話をしてみる。おなじみの返事だ。
『あれ。』
「ん?」
『今日はスカートなんだな。』
「ああ、まあね。」
『嬉しいよ、やっと意識してくれたんだ。』
「一応、ね?」
『俺もちゃんとした格好してきて良かった。』
そう言うのでよく見てみると、このあいだより多少シャレている。黒いPコートに茶色いジーンズ。それにスニーカー。これが世間的にオシャレと言えるのかは分からないが、悪くはないのだと思う。また姉にコーディネートされたのだろう。
「今日もオシャレだね。」
『今日は自分で選んできてみたんだよ。』
「そうなの?」
『そ!変かな?』
「ううん、前より好きだよ。」
『え?』
「その服装。」
『あっ、だ、だろ?良かったー。』
よく安心するヤツだ。コイツといると時間というものを忘れる。いつの間にか電車は来てるし、自然と乗ってる私たち。不思議だ。土曜ということもあり電車は満員で、立つことになってしまった。大人数で来る中学生であろう今ドキコーデの少女たちがきゃぴきゃぴ騒いでいる。迷惑なものだ。
『混んでるね。』
「まあ土曜だしね。」
『あんまり人多くないといいな。時間余ったらカラオケ行く?』
「答えはYesだ。」
『よし、じゃさっさと水着買ってカラオケ行くか!』
「そうする。でも、どんな水着にするか決めてないんだよね。」
『好みとかあんの?』
「派手じゃなければなんでもいいかな。」
『ならきっとすぐ見つかるよ。姉ちゃんの水着選びに付き合わされたことあるからな。』
「頼られてるね。」
『男が好きそうな水着ってどれ!?だとよ。めちゃめちゃケバいやつ選んでやったらプール合コン大成功だったらしいぜ。』
「想定外?」
『まあな。あんたのせいで失敗よ!とかになれば面白かったのにな。』
そんなことを言いながら、彼は微笑んでいた。きっと姉が大好きなのだ。コイツのことだ、幸せな思いを姉にしてもらうために良い水着を選んであげたに違いない。幸せな顔をして帰ってきた姉を見て嬉しかったのだろう。
「じゃあ私も今日は選んでもらおうかな。」
『おっ。任せとけ。あんな姉の弟だからセンスには自信あるぜ。』
また姉の話である。やはり私の憶測通りだ。
「あ、そろそろ着くな。」
そう言うと彼は、私の体をそっと自分の体の方へ引き寄せた。きっとよろつかないようにしてくれたのだろう。
プシュー…
電車のドアが開くと、どっと人が乗り降りする。人に揉まれ、彼を見失いそうになってしまった。と思ったのだが、その心配はなかった。
彼は私の手を握り、人がまばらになるところまで引いていってくれた。この寒いのに、なぜか私の頬は熱くなった。
『やっと人少なくなったな。』
そう言うと彼はさりげなく手を離す。
「やっぱこの街に来ると人が多いね。」
『まあこの辺じゃ遊べるのここくらいだしな。』
「だよね。」
『さてと、行きますか。』
「おしるこ飲みたい。」
『後で買ってやるから我慢しろな。』
「分かった。」
手にはまだ彼の温もりが残っていて、頬は熱く火照っていた。彼といると体温が上がる。心身共に。
猫のマフラーが少し暑く感じて、巻きを緩めた。歩くたび風が入ってきて心地良い。
『寒くないの?』
「…暑い。」
『はは、俺も。』
こちらを見た彼の頬も、また赤く染まっていた。この気持ちはなんだろう。きっと一生分からないんだろうな。
「ちょっと、歩くの速い。」
『ごめんごめん、合わせるよ。』
わざと遅くしてみた。振り返る彼の笑顔が見てみたかったのだ。それは素敵なものだった。
最後までありがとうございました!
次もよろしくお願いします!