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04

今年初の投稿。

ーー夜空には星々と満月が舞う。


妓楼が立ち並ぶ歓楽街界隈は夜になると人通りが多くなるのは万国共通だ。


一夜の夢を買う為、男達は大枚をはたいて極上の妓女を買い、その女達は払われた金額に相応しいだけの一夜の夢を提供する為に身体を使う。


黒く染め抜かれた着流しの上に巻いた角帯へ二振りの太刀を差し込んだ和樹も一夜の夢を買う為、この歓楽街を訪れた一人だ。


決まった馴染みの店はない。


ふと目についた店へふらりと立ち寄るのが常だった。


遊ぶ為の軍資金は潤沢。


何処で朝を迎えても問題はなかった。



何処で遊ぶか、と思案する為、狭い路地に入って着流しの袖からタバコとジッポを取り出し火を点ける。


紫煙を吐き出しつつ立ち上るそれを視線でぼんやりと追い掛けていると自分に送られて来る他人の視線を感じた。


視線を感じる方向へ視線を向けるとーー三階建ての妓楼の最上階の一室にある窓から薄化粧を施した美しい若い女性が彼を見ていた。


和樹が視線に気付き、自分を見上げている事を察した彼女が軽く一礼を済ませて部屋の奥へ引っ込んだ。


「……ふむ……」


ーーあの店にするか。願わくば、先程の娘と……。


やや着崩れた着物の襟を正した後、和樹は狙いを付けた妓楼の戸を潜った。







ーー通うようになった切っ掛けは、と問われれば理由はそんなモノだ。


孫呉に傭われて直ぐに出逢った筈だ、と和樹は記憶している。


邸の縁側で銜えたタバコをふかし、吸い込んだ紫煙を吐き出すと短くなったそれを灰皿へ押し潰す。


彼が涼鈴の下へ通うのは大半が戦場から帰って来た時だった。


当然ではあるが和樹も男だ。圧迫されるストレスから解放された時、それを発散する方法は彼の場合は女だった訳である。


「考えれば考えるほど薄情だな……あれでは欲望の捌け口にしか見えんーー」


新たなタバコを銜えて火を点けようとした時ーー門の付近でリィンと鈴の音が鳴る。


来たか、と察しつつ銜えたタバコに改めて火を点けると紫煙を吐き出す。


「……立ってないで酌をしてくれんか?お前が来るまで素面でいようと手を付けておらんのだ」


酒を満たした徳利と杯が乗せられた盆を手元へ引き寄せれば今度は和樹の傍らでリィンと鈴の音が鳴る。


「ーーどれほどお酒を召し上がっても全く酩酊されなかった狼牙様でしょうに…」


「女との逢瀬で酒の臭いを漂わせる男がいるか?」


「ーーまぁ」


視線を横へ流せばーー傍らには記憶にある姿形のままの美女。


盃を持ってそれを差し出せば、女は徳利を傾けて酒を注いだ。


その酒をぐいっと一気に飲み干して和樹は溜め息を吐き出すと指の間に挟んでいた煙草を銜える。


「ーー狼牙様。大変遅くなりましたが、五胡との大戦おおいくさでの大勝利、誠におめでとうございます」


「…応、ありがとう」


素直に彼が謝辞を述べると傍らの涼鈴がクスクスと忍び笑いを溢す。


「ふふっ…狼牙様、暫くお会いしない間に丸くなられましたね」


「丸く…?…太ったか?」


「素直になられた、という事ですわ。以前は戦の勝利をお祝い申し上げても素っ気ないお返事ばかりでしたから」


「…誉め言葉、と受け取っておこう」


「ふふっ」


仏頂面のまま盃を差し出せば涼鈴が酒を注ぐ。


「…乱世は終わりましたわね……」


「……あぁ……」


「……その間は何か御懸念があられるので?」


「……隠せんな。お前の前では」


「えぇ。あなた様の事は良く知っておりますから。何度、褥を共にしたとお思いですか?」


「ふん……」


酒をグイっと一息に飲み干して和樹が溜め息を吐き出した。


「……これまでは曹魏、孫呉、漢蜀の三大勢力が“いたからこそ”均衡が取れていた、と言っても過言ではない」


「その均衡が崩れる、と?」


「いや崩れはせんだろう。崩れはせんが……先の五胡との戦で三国とも疲弊している。それを察して、これまで抑圧されていた中小の豪族共が動き出す可能性も無きにしもあらずーーいや、間違いなく再び乱や政変が起きる。とうの昔から火種は燻っておったからな。近い内に各地で火の手が上がる」


「ーーそうなれば乱世の頃に逆戻り……」


「小さな戦が各地で起きるだろうな。勿論、戦その物は鎮圧される。だが歯止めは利かなくなる。そうなれば戦の世はまだ続くぞ。何せ…人間の欲望は果てしなく、これまでの歴史で人間が戦をせんかった世はない」


「………狼牙様は如何なさるのです?」


「驃騎将軍に列せられたとしても俺の根っこは傭兵のままだ。戦う事に躊躇いはない。求められるならば戦うだけだ」


「……………」


彼女へ盃を差し出し、注がれた酒を呑もうと口へ寄せると涼鈴がポツリと呟く。


「……これは戯れ言とお思い下さいませ。このままでは狼牙様……あなた様が壊れてしまいます」


「壊れる、とは?」


「あなた様の“心”がです」


涼鈴の言葉を聞いた和樹は眉根を寄せつつ酒を煽り、盃をカタリと床へ置いた。


「……俺の心が?」


「…否定なさるでしょうがあなた様はとてもお優しい心根の持ち主。他人を思い遣り、気遣う事が出来るお優しい方ですわ。…だからこそ…狼牙様…あなた様は……戦を嫌悪なされている。戦は恥ずべき行いだと」


「俺は傭兵だぞ涼鈴」


「えぇ、存じ上げております。喩え将軍に列せられたとしても狼牙様は傭兵の在り方を捨てる事はない。……私が申し上げているのは、あなた様ですら気付かない、聞こえない、あなた様の心の奥底からの悲鳴でございます」


「…ふん…確かに…戯れ言だな。俺の心が悲鳴を上げていると何故お前に分かる?」


「ーーこの世の者ではないからですわ。あなた様をお慕い申し上げていた惨めな亡者だからこそ聞こえる声なのです」


「…………………」


「ーー狼牙様」


ーー不意に涼鈴が和樹の身体へ腕を回して抱き寄せる。


かつては身体から薫った花のような匂いや、人肌の温もりも、そして心臓の鼓動も感じる事は出来なかったが、彼は身体の力を抜いて身を委ねる。


「ーーあなた様はとてもお強い方です。そして誰よりもお強い心根の持ち主。ですが……どうかあなた様の心の奥底の声に耳を傾けて下さい。このままではいずれ狼牙様の心が壊れて、狂われるやもしれません。そんなあなた様を涼鈴は見とうございません」


「…俺も…そんな無様な姿は見せたくないな」


「ですが……それが出来るほど狼牙様が器用な方ではない事も私は知っております」


「…何気に酷い事を言うな…」


「ですから…どうしても疲れた時は何方どなたかに甘えて下さいませ」


「甘える、か……どうすれば良いか分からん」


「簡単な事です。今こうしているように身を委ねれば良いのですよ」


「……迷惑ではないか?」


「愛しい御方に甘えられる事を拒む女はおりませんわ」


微笑を湛えた涼鈴が和樹の頭を優しく撫でると彼は双眸を細める。


「ーーどうか御自愛下さいませ狼牙様。涼鈴は嬉しゅうございました。あなた様にお逢い出来て、あなた様の御寵愛を受け、そして……最後に再び愛しい御方にお逢い出来て……」


「……もう…終わりか?陽が昇るまでは時があるぞ?」


「私は亡者、狼牙様は生者。別々の時の流れに身を置いておるのです」


「……共に朝は迎えられんか」


「えぇ……名残惜しい限りですが」


「……涼鈴。俺はお前の墓前に参る事はせんぞ。何処に墓があるか知らんからな」


「えぇ」


「女の墓前に花を手向けるのは二度とごめんだ。………柄でもないしな」


想像してしまったのか彼女がクスクスと忍び笑いを溢すと和樹の唇も自然に綻んだ。


「花を手向けはせんが………これを代わりに手向けよう。真名は和樹だ」


「ーーーーー」


「せめてもの手向けだ。受け取れ」


涼鈴の唇が震える。


「……かずき…さま…」


「応」


「あぁ…!……和樹様…私の…私の愛しい御方……!!」


何度も真名を紡ぐ彼女の姿が薄れていく。


「…涼鈴は嬉しゅうございます…!…和樹様…!和樹様ぁ…!」


「…いつかまた逢おう。何十年先の話になるか分からんがな」


「お待ちしております…涼鈴はいつまでもお待ち致します…!!何十年、何百年、何千年でも…!!」


「あぁ…涼鈴を飽きさせないような土産話を持って行く。約束だ」


「はい…!……お待ち申し上げております……和樹様ーーーー」


「………………」


ーーリィンと鈴の音だけを余韻に残して涼鈴は消えた。


最後の逢瀬となった夜はーー初めて出会った夜と同じく星々と満月が踊っていた。


私事ですが去年の靭帯再建術で入れたスクリューを1月19日に抜きました。まだ抜糸が済んでないので痛いです(五日間の入院でしたがね)。

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